『TOGⅡで戦車道を……?』   作:きのこ大三元

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第4.5話「レギュレーションと英国面」

 その日の夜。

 

 戸郷灯里は、自宅の机の前で腕を組んでいた。

 目の前には、学校から配られた戦車道関係の資料が広げられている。

 

 選択授業案内。

 戦車道履修者向け説明書。

 車両登録申請書。

 

 そして、分厚い冊子。

 

 表紙には、こう書かれていた。

 

『戦車道競技規則・車両規定抜粋』

 

 灯里は、それを見下ろしながら、ぽつりと呟いた。

「……そういえば」

 

 昼間は勢いでTOGⅡを動かした。

 秋山さんは大興奮していた。生徒会長は「売れるねー」とホットドッグの方を見ていた。給食部専攻の人たちは、戦車よりも厨房導線を確認していた。

 そして自分は、TOGⅡが動いているという事実だけで、わりと脳の処理能力を失っていた。

 

 だが、冷静になった今、ひとつの疑問が浮かぶ。

 

「……TOGⅡって、戦車道のレギュレーション、大丈夫なんでしょうか」

 

 灯里は沈黙した。

 

 いや、大丈夫なはずだ。

 大丈夫でなければ困る。

 

 自宅地下ガレージに置かれていたTOGⅡは、どう見ても戦車道用に整備されていた。安全装置もある。登録書類らしきものもあった。

 なぜかホットドッグ屋台セットもあった。

 

 最後の一つは意味が分からないが、大洗なら意味が分からなくても通る気がする。

 

 しかし、灯里は知っている。

 戦車ゲームと戦車道は違う。

 ゲームなら出撃できる車両でも、競技としてはアウトかもしれない。

 

「確認しましょう」

 

 灯里は真顔で頷き、冊子を開いた。

 

* * *

 

 まずは基本項目。

 

「第二次世界大戦期までに設計、試作、または運用された装甲戦闘車両……」

 

 灯里は赤ペンを手に取った。

 

「TOGⅡ、該当」

 

 次。

 

「競技用安全装備の搭載が確認されていること……」

 

 地下ガレージのTOGⅡには、謎にしっかりした安全装置が付いていた。座席も固定されている。内装も妙に綺麗だった。乗員用のヘルメットもあった。

 なぜか紅茶用の湯沸かし器まであった。

 

「該当」

 

 次。

 

「乗員が車外に露出した状態での通常戦闘を前提とする車両は、安全審査の対象外となる場合がある」

 

 灯里の手が止まった。

 

「……オープントップ」

 

 嫌な単語である。

 

 戦車ゲームをやっていれば、一度は出会う。

 むき出しの戦闘室。妙に高い火力。紙のような装甲。

 

 撃てば強い。

 見つかれば終わる。

 

 そして、場合によっては見た目が完全に家電。

 

 灯里は、そっと冊子に視線を戻した。

 TOGⅡは密閉式の車体と砲塔を持っている。少なくとも、乗員がむき出しで戦う車両ではない。

 

「TOGⅡ、該当しません。安全」

 

 赤ペンで丸をつける。

 

 次。

 

「自走砲、突撃砲、駆逐戦車等は、車両規定および安全審査に基づき使用可否を判断する」

 

 灯里は少し眉を寄せた。

 

「自走砲……」

 

 また嫌な単語だった。

 

 戦車ゲームにおいて、TOGⅡと自走砲の相性は最悪に近い。

 長い。

 遅い。

 隠れられない。

 逃げられない。

 

 つまり、撃ってくださいと言わんばかりの存在である。

 

 灯里は思わず冊子を閉じかけた。

 

「自走砲は駄目です」

 

 誰に言うでもなく、きっぱり言い切る。

 

「少なくとも、TOGⅡの前には出さないでいただきたいです」

 

 そこで、ふと我に返った。

 

 問題は他の車両ではない。

 TOGⅡである。

 

 灯里は改めて冊子を見た。

 

 設計時期。

 試作車両。

 密閉式戦闘室。

 砲塔搭載。

 履帯式装甲戦闘車両。

 乗員六名。

 戦車道用安全装置あり。

 使用弾は競技用特殊弾。

 

 主砲は二十八ポンド砲。

 

 九十四ミリ。

 

 数字だけ見ると、少し迫力がある。

 だが、競技用の安全弾なら問題ない。

 

 むしろ問題なのは、砲よりも車体の長さである。

 

 長い。

 

 とにかく長い。

 

 曲がり角で詰まる。

 橋で不安になる。

 狭い道では味方の邪魔になる。

 隠れる気がない。

 足も遅い。

 

 だが。

 

 灯里はノートの中央に、大きく書いた。

 

『TOGⅡ』

 

 その下に、ゆっくりと判定を書く。

 

『合法』

 

 さらに丸で囲む。

 もう一度、赤ペンで囲む。

 念のため、星も描く。

 

「……合法」

 

 灯里は、静かに息を吐いた。

 

「長い。遅い。重い。目立つ」

 

 そこで一度、言葉を切る。

 そして、確信を持って言った。

 

「でも、違反ではない」

 

 灯里は椅子にもたれかかり、天井を見上げた。

 

 これほど心強い言葉があるだろうか。

 

 違反ではない。

 

 つまり、戦える。

 TOGⅡは戦車道に出られる。

 

 誰に何と言われようと。

 遅いと言われても。

 長いと言われても。

 邪魔と言われても。

 曲がれないと言われても。

 

 それでも、レギュレーション上は問題ない。

 

「完璧ですね」

 

 なお、完璧なのは書類上の話であって、運用上の話ではない。

 

 そこには気づかなかったことにした。

 

* * *

 

 その時、机の上に置いていた携帯端末が震えた。

 

 画面を見ると、秋山優花里からのメッセージだった。

 

『戸郷殿! 本日のTOGⅡ、本当に素晴らしかったです! もしよろしければ、明日また詳しく見学させていただいてもよろしいでしょうか!』

 

 灯里は少し笑った。

 指先で返信を打つ。

 

『もちろんです。あと、レギュレーション確認しました』

 

 すぐに返事が来た。

 

『いかがでしたか!』

 

 灯里は迷わず入力した。

 

『TOGⅡは合法です』

 

 数秒後。

 

『おめでとうございます!』

 

 勢いのある返信に、灯里は思わず笑ってしまった。

 

 戦車が合法で祝われる。

 よく考えると不思議な会話だ。

 

 だが、今の灯里にはそれが嬉しかった。

 

『詳細を聞いてもよろしいでしょうか!』

 

 追加でメッセージが届く。

 灯里はノートを見ながら、簡単にまとめた。

 

『設計時期、試作車両、密閉式戦闘室、砲塔搭載、戦車道用安全装置。問題なしです』

 

『素晴らしいです!』

 

 さらにすぐ返ってくる。

 

『ですが、TOGⅡには紅茶用の設備もあるのですよね?』

 

 灯里は一瞬だけ端末を見つめた。

 

 そこに来るのか。

 

 秋山さんはやはり分かる人だった。

 

『はい。お湯が沸かせます』

 

『さすが英国戦車であります!』

 

 灯里は深く頷いた。

 

 戦車の中でお湯が沸かせる。

 それは、ただの便利機能ではない。

 

 英国面である。

 

 灯里はノートの端に、新しく書き足した。

 

『追加装備:紅茶用湯沸かし器』

『用途:士気向上』

 

 少し考えてから、さらに一行。

 

『TOGドッグ紅茶セット、検討』

 

 書いてから、灯里は手を止めた。

 

「……また商売の話になりそうですね」

 

 生徒会長の顔が浮かぶ。

 

 売れるねー。

 

 絶対に言う。

 

 言わない未来が見えない。

 

 灯里は赤ペンで、そこに小さく注意書きを加えた。

 

『戦車道用装備と販売用備品は分けて申請』

 

 真面目な一文だった。

 TOGⅡに必要なのは、愛だけではない。

 

 書類も必要である。

 

* * *

 

 灯里はノートを閉じようとして、ふと最後のページに目を留めた。

 

 そこには、車両登録時に必要な確認項目が並んでいる。

 

 車両名。

 車長名。

 搭乗員名簿。

 整備責任者。

 

 そして、過去所属校。

 

「過去所属校……」

 

 灯里の指が止まった。

 

 記入欄には、すでに薄い鉛筆書きがあった。

 誰が書いたのかは分からない。

 

 だが、そこには確かにこう記されていた。

 

『聖グロリアーナ女学院』

 

 灯里は、しばらくその文字を見つめていた。

 

 胸の奥で、何かが小さく揺れる。

 

 まだはっきりと思い出せない。

 けれど、その名前だけは妙に重かった。

 

 紅茶。

 赤い制服。

 整った発音。

 優雅な所作。

 

 そして、どこかで誰かが呼ぶ声。

 

「……ルイボス」

 

 自分の口から、知らないはずの呼び名が零れた。

 

 灯里はすぐに口を閉じる。

 

 今のは何だったのか。

 なぜ、自分はその名前を知っているのか。

 なぜ、その響きがこんなにも胸に引っかかるのか。

 

 考えようとすると、霧がかかる。

 

 細かいことを気にしすぎると、たぶん頭が痛くなる。

 

 あのメモに書かれていた言葉が、今になって妙に腹立たしく思えた。

 

「気にしますよ」

 

 灯里は小さく呟く。

 

「自分のことですから」

 

 端末がもう一度震えた。

 

 今度は、生徒会からの一斉連絡だった。

 

『明日、登録車両の確認を行います。戸郷さんはTOGⅡの書類一式を持ってきてください』

 

 灯里は画面を見つめる。

 

 その下に、もう一文。

 

『なお、過去の所属校に関する確認も行います』

 

 部屋の中が、少しだけ静かになった。

 

 TOGⅡは合法だった。

 

 けれど――。

 

 戸郷灯里自身の過去は、まだ未確認のままだった。




追加設定ですが…この世界ではスマホが普及している設定です…
ガルパン…2012年アニメの時代はまだ、iPhone5sもないんですよね…
アニメ見直してて…ガラケーでびっくりしました…時代の流れは怖いです…
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