応急処置として、他の話数も行間を追加して修正しておきました。すみません…
順次、本文を調整して修正していきます。
翌日。
大洗女子学園の戦車道履修希望者たちは、学園艦内の一角にある倉庫群の前に集められていた。
大きな煉瓦造りの倉庫が、いくつも並んでいる。
赤茶けた壁。
重そうな扉。
長い間使われていなかったような、少し埃っぽい空気。
いかにも「何かが眠っていそう」な場所だった。
戸郷灯里は、集まった生徒たちを静かに数えていた。
一年生らしき六人。
歴史が好きそうな四人。
背筋の伸びた運動部らしい四人。
西住みほ、武部沙織、五十鈴華。
秋山優花里。
そして自分。
さらに、少し離れたところには生徒会の三人。
角谷杏、小山柚子、河嶋桃。
灯里は、心の中で計算する。
一年生六人。
歴女四人。
バレー部四人。
みほ、沙織、華、優花里、自分で五人。
生徒会三人。
合計、二十二人。
「……多いような、少ないような」
灯里は小さく呟いた。
戦車道を始めるには、決して多いとは言えない。
けれど、昨日まで戦車道が存在しなかった学校としては、かなり集まった方なのかもしれない。
問題は、人数ではなく戦車の方だ。
今、大洗で確実に動かせる戦車は二両。
ひとつは、これから確認するらしい旧戦車道の保管車両。
そしてもうひとつは、灯里のTOGⅡ。
ただしTOGⅡは、まだ灯里しか乗員がいない。
長い車体。
六人乗り。
車長、砲手、操縦手、無線手、装填手、装填手。
足りないのは五人。
「……五人」
灯里が遠い目をしていると、隣の優花里が目を輝かせていた。
「戸郷殿、いよいよですね!」
「はい。いよいよです」
「大洗女子学園に残された戦車……一体どのような車両なのでしょうか。ティーガーでしょうか。パンターでしょうか。あるいはチャーチル、マチルダ、クロムウェル、もしくは――」
「TOGⅡはすでにあります」
「それは特別枠であります!」
優花里は力強く言い切った。
灯里は頷いた。
「分かります」
「分かってくださいますか!」
「TOGⅡは特別です」
二人が真顔で頷き合っていると、沙織が不思議そうな顔をした。
「ねえ、華。あの二人、昨日からずっとあんな感じじゃない?」
華は穏やかに微笑む。
「共通の話題があるというのは、素敵なことだと思います」
「素敵っていうか、すごい勢いで仲良くなったよね」
みほは、その様子を見て少しだけ笑った。
昨日、生徒会室で戦車道をやると言ったみほの表情は、まだ完全に晴れてはいない。
けれど、昨日の夕方よりは少しだけ落ち着いているように見えた。
灯里はそれに少しだけ安心した。
その時、河嶋桃が前に出た。
「静粛に!」
声がよく響いた。
生徒たちのざわめきが収まる。
桃は胸を張り、堂々と宣言した。
「これより、戦車道の授業を開始する!」
拍手が起きる。
……ほどではなかった。
むしろ、みんな少し困惑している。
「授業っていうか……」
「倉庫前だよね」
「戦車ってここにあるの?」
桃は咳払いをした。
「まずは、我が校に残されていた戦車を確認する!」
杏は横で干し芋をかじりながら、軽い調子で言う。
「まあ、なんとかなるでしょー」
「会長! なんとなくで戦車道はできません!」
「でも、なんとかしないと始まらないしねー」
桃は何か言いたそうだったが、結局飲み込んだ。
柚子が鍵を持って、倉庫の扉へ向かう。
優花里が息を呑んだ。
「いよいよであります……!」
灯里も静かに見守る。
重い扉が、ぎぎぎ、と音を立てて開いた。
中は薄暗い。
埃が舞う。
長い間使われていなかった空気が流れ出してくる。
そして、その奥に。
一両の戦車があった。
泥と埃にまみれ、錆も浮いている。
それでも、形ははっきり分かった。
優花里が声を上げる。
「Ⅳ号戦車D型であります!」
みほが、静かに目を見開いた。
灯里は、その横顔を見た。
さっきまで不安そうだったみほの目が、ほんの少しだけ変わった。
怖がっているだけではない。
戦車を見ている目だ。
懐かしさ。
緊張。
そして、わずかな安心。
みほは一歩前に出た。
「……これなら、大丈夫そう。いけるかも」
その言葉は、とても小さかった。
でも、灯里には聞こえた。
戦車道は怖い。
けれど、戦車そのものを見た時、みほの中の何かが少しだけ動いたように見えた。
沙織はⅣ号を見上げて、目を丸くしていた。
「え、これ? こんなボロボロでなんとかなるの?」
みほは少し困ったように答える。
「たぶん……整備すれば」
「たぶんなんだ」
華も静かに見上げる。
「ずいぶん年季が入っていますね」
優花里は興奮気味に解説を始めた。
「Ⅳ号戦車D型は、ドイツの中戦車であります! のちの型と比べると装甲や主砲に違いがありますが、戦車道においては扱いやすさと発展性が魅力で――」
灯里は心の中で頷いた。
ゲームで言うならTier5相当。
もちろん史実とは別の話だが、そういう感覚が頭の中に浮かんでしまう。
沙織はまだ少し不安そうだ。
「男と戦車は新しい方がいいよー」
華が首を傾げた。
「それを言うなら、畳と何かではありませんでしたか?」
「細かいことはいいの!」
沙織が言い切る。
灯里はⅣ号と、少し離れたところで待機しているTOGⅡを見比べた。
Ⅳ号はボロボロ。
TOGⅡは長い。
大洗の戦車道、前途多難である。
だが、戦車が一両あるだけでも始まりではある。
そう思ったところで、沙織がTOGⅡを指差した。
「それに、この戦車と、あの長い戦車だけで大丈夫なの?」
桃が答えた。
「当然、足りん」
「やっぱり!」
「この人数では、全部で六両は必要だ。現状、確認できているのはⅣ号とTOGⅡのみ。つまり、あと四両必要になる」
沙織の顔が引きつる。
「あと四両!?」
華が冷静に聞いた。
「その四両は、どちらにあるのですか?」
桃は堂々と言った。
「探す!」
一瞬、沈黙が落ちた。
沙織が叫ぶ。
「探すの!?」
杏がのんびりと頷く。
「昔はうちにも戦車道があったからねー。どっかに残ってるでしょ」
「どっかって!」
沙織が頭を抱える。
「聞いてたのとなんか話が違うー!」
桃はなおも続けた。
「明後日には戦車道の教官も来られる。それまでに四両を探し出し、整備の目処を立てるのだ!」
「無茶言ってません!?」
沙織が叫ぶ。
杏がにこっと笑った。
「ちなみに、教官はすっごくカッコいいよー」
沙織の動きが止まった。
「本当ですか?」
「たぶんねー」
「よし、探そう!」
切り替えが早かった。
灯里は内心で思う。
会長、釣り方が上手いですね。
華は少し苦笑していた。
みほは困ったように笑っている。
優花里はすでにやる気満々だった。
「戦車探索でありますね! これは燃えます!」
灯里も静かに頷く。
「戦車を探す授業……なかなか大洗らしいです」
* * *
探索は、まず倉庫周辺と駐車場から始まった。
沙織は周囲を見渡して、すぐに叫んだ。
「とは言ったものの、どこにあるのよー!」
広い駐車場には、当然のように普通の車両しか見当たらない。
いや、普通の駐車場に戦車があったらそれはそれでおかしいのだが、この学校では否定しきれないのが怖い。
華が真面目に周囲を見て言った。
「駐車場には、戦車はないようですね」
「華、冷静!」
沙織が突っ込む。
優花里は地図を広げていた。
「学園艦内の倉庫、山林区画、古い施設周辺を探してみるのがよいかと。昔の車両が保管、あるいは放置されている可能性があります」
「山の中に戦車……あるの?」
沙織が半信半疑で聞く。
灯里は少し考えて答えた。
「この学校なら、ありそうです」
「戸郷さんが言うと説得力あるのが嫌だなあ」
そうして、みほ、沙織、華、優花里、灯里の五人は、山林区画へ向かうことになった。
歩き始めて少しして、優花里がはっとした顔をした。
「あ、あの、そういえば改めて自己紹介を……!」
沙織が振り向く。
「そういえば昨日バタバタしてたもんね」
優花里は緊張したように背筋を伸ばした。
「秋山優花里です! 戦車が大好きであります! よろしくお願いします!」
みほが穏やかに微笑んだ。
「西住みほです。よろしくね、秋山さん」
その瞬間、優花里の顔が赤くなった。
「西住殿に名前を……!」
沙織が少し引いた顔で灯里を見る。
「すごいテンションだね」
灯里は真面目に答えた。
「戦車を前にした秋山さんは強いです」
「それ、褒めてる?」
「もちろんです」
優花里は気合いを入れるように拳を握った。
「では皆さん、参りましょう! パンツァー・フォー!」
沙織が目を丸くした。
「パンツがアホー!?」
「違います!」
優花里が慌てる。
みほも少し驚きながら説明した。
「パンツァー・フォーは、ドイツ語で『戦車前進』みたいな意味で……」
「へえ……そうなんだ」
沙織は恥ずかしそうに笑う。
「びっくりした。いきなり何言い出すのかと」
灯里は頷いた。
「良い掛け声です」
「戸郷さんまで真面目に言わないで!」
少しだけ笑いが起きる。
みほも、ほんの少しだけ自然に笑っていた。
* * *
山林区画は、思っていたよりも広かった。
木々が生い茂り、古い道がところどころに残っている。
学園艦の中とは思えないほど、本格的な山道だった。
沙織は早くも息を切らしている。
「ほんとにこんなところにあるのー?」
優花里は目を輝かせていた。
「こういう場所こそ、隠された車両が眠っている可能性があります!」
「宝探しみたいですね」
華が穏やかに言う。
灯里は周囲を見ながら歩いた。
鉄の匂い。
油の匂い。
古い履帯の跡。
そういったものを探そうとしたが、さすがに簡単には分からない。
その時、華が足を止めた。
「……こちらから、少し変わった匂いがします」
沙織が振り返る。
「華、そんなの分かるの!?」
「はい。土や草の匂いの中に、少しだけ金属のような……」
優花里の目が輝いた。
「行ってみましょう!」
華の感覚を頼りに、五人は藪の奥へ進んだ。
枝をかき分ける。
足元に気をつける。
少し開けた場所に出る。
そこに、あった。
木々と草に半ば隠れるように、小さな戦車が眠っている。
優花里が歓声を上げた。
「38(t)軽戦車であります!」
沙織が近づく。
「わ、ちっちゃい。なんか可愛い」
灯里も見つめた。
ゲームで言うならTier3相当。
小さくて可愛い。
TOGⅡとは真逆の魅力がある。
優花里はすでに解説を始めていた。
「38(t)は、チェコスロバキア製の軽戦車で、後にドイツ軍でも使用されました。コンパクトで扱いやすく、機動性も期待できます!」
みほも車両を確認する。
「状態は悪いけど、回収できれば使えるかも」
灯里は頷いた。
「小さい戦車も良いですね。TOGⅡとは逆の魅力です」
沙織が笑う。
「戸郷さん、最終的にTOGⅡ基準なんだね」
「はい」
そこは否定しない。
優花里は感動したように38(t)を見ていた。
「大洗には、まだまだ眠っている戦車があるのかもしれません!」
「この調子で探そう!」
沙織が少しやる気を取り戻した。
* * *
その後、戦車は次々と見つかった。
最初に連絡が入ったのは、バレー部チームからだった。
場所は崖下。
どうしてそんな場所にあったのか分からないが、そこに八九式中戦車甲型が転がるように残されていた。
「何故、崖下に戦車が……?」
華が静かに疑問を口にする。
沙織はもう驚き疲れた顔をしていた。
「この学校、戦車の置き方おかしいよね?」
灯里は頷いた。
「保管の概念が独特です」
次に見つかったのは、歴女チームからだった。
池の近く。
というより、半分池に沈んでいた。
引き上げられたそれは、III号突撃砲F型。
歴女たちはむしろ盛り上がっていた。
「突撃砲!」
「ロマンだ!」
「これは我々に相応しい!」
沙織は遠い目をする。
「何で池の中に戦車があるの……」
灯里も同意する。
「湿気は良くないですね」
「そういう問題?」
さらに一年生チームからも連絡が入った。
見つかったのは、うさぎ小屋の近く。
いや、正確には、うさぎ小屋の裏に埋もれるようにしていたM3リー中戦車だった。
「何故、うさぎ小屋に戦車が……?」
華がまた静かに言う。
沙織は両手を上げた。
「もう何でもありだよ、この学校!」
優花里は大興奮だった。
「M3リー中戦車であります! 車体砲と砲塔砲を持つ独特な構造が特徴で――」
灯里はうさぎ小屋とM3リーを見比べた。
大洗女子学園、やはりただものではない。
* * *
見つかった戦車は、当然そのままでは動かせなかった。
錆。
泥。
埃。
コケ。
謎の植物。
長い年月の放置が、どの車両にも刻まれている。
そこで呼ばれたのが、自動車部だった。
「おおー、これはなかなかやりがいあるねー!」
「戦車って、やっぱりテンション上がるよね」
「牽引準備するよー」
自動車部の生徒たちは、なぜかとても頼もしかった。
灯里は深々と頭を下げた。
「自動車部の皆さん、本当にお疲れ様です」
「いいっていいって! こういうの燃えるし!」
「でも、TOGⅡもあとで見せてね」
「もちろんです」
灯里は即答した。
TOGⅡを見たいと言われて断る理由はない。
ただし、乗員にされるかどうかは別である。
見つかった戦車たちは、自動車部の協力で次々と回収されていった。
崖下から八九式。
池から三突。
うさぎ小屋の裏からM3リー。
山中から38(t)。
牽引されていく戦車を見ながら、沙織がぽつりと言った。
「なんか、すごい学校に来ちゃったね」
みほは少しだけ笑った。
「うん」
その笑顔は、昨日より少しだけ柔らかかった。
* * *
翌日。
倉庫前の広場には、六両の戦車が並べられていた。
ボロボロのⅣ号戦車D型。
小さな八九式中戦車甲型。
軽快そうな38(t)軽戦車。
大きなM3リー中戦車。
泥を落とされたIII号突撃砲F型。
そして、なぜか妙に綺麗で、やたら長いTOGⅡ。
沙織は並んだ戦車を見て言った。
「なんか、戸郷さんの戦車だけ綺麗じゃない?」
灯里は真顔で答えた。
「愛です」
桃が即座に突っ込む。
「整備状態の話だ」
「愛です」
「だから整備状態の話をしている!」
杏が笑った。
「まあ、綺麗なのはいいことだよ」
桃が資料を持って前に出る。
「では、各車両の割り当てを行う!」
生徒たちがそれぞれの戦車の前に集まる。
「基本的には、発見したチームがその車両を担当する!」
割り当ては次々と決まっていった。
みほ、沙織、華、優花里たちがⅣ号戦車D型。
生徒会が38(t)。
バレー部が八九式。
歴女チームがIII号突撃砲。
一年生チームがM3リー。
そして。
「TOGⅡは、いぬさんチーム。車長、戸郷灯里」
桃が読み上げる。
灯里は手を上げた。
「はい」
そこで止まった。
桃も止まった。
資料を見る。
「……搭乗員は未定」
灯里は静かに言った。
「現時点で一人です」
沙織が思わず言う。
「え、一人であの長いの動かすの?」
「走行だけなら」
「走行だけならって怖い!」
杏が軽く手を振った。
「大丈夫大丈夫。すぐ増えるよー」
灯里は杏を見る。
「その言い方が不穏です」
「気のせい気のせい」
「気のせいではない気がします」
杏は答えず、にこにこしていた。
灯里は嫌な予感を覚えた。
給食部専攻五人の顔が、なぜか頭をよぎる。
* * *
各チームは、自分たちの戦車の前でそれぞれ反応していた。
バレー部は八九式を見て、拳を握っている。
「小さいけど、根性でいける!」
「根性で動かす!」
「根性で勝つ!」
灯里は思った。
根性だけではエンジンは回らないが、気合いは大事である。
歴女チームはIII号突撃砲を前に、すでに盛り上がっていた。
「突撃砲!」
「これは渋い!」
「我らに相応しい!」
彼女たちの中では、もう物語が始まっているようだった。
一年生チームはM3リーを見て、少し怯えつつも興味津々だった。
「大きい……」
「中、広いのかな」
「怖いけど、ちょっとかっこいいかも」
生徒会は38(t)の前で、杏が楽しそうにしている。
「これ、軽そうでいいねー」
桃は不安そうだった。
「会長、本当にこれで戦えるのですか」
「戦えるようにするんでしょ」
柚子は資料を確認しながら、すでに苦労人の顔をしていた。
そして灯里は、TOGⅡの前に立つ。
長い。
今日も良い長さだ。
「……長い。今日も良い長さです」
近くにいた沙織が一歩引いた。
「戸郷さん、本当にブレないね」
「TOGⅡですので」
「理由になってるようでなってないよ」
優花里はTOGⅡを見ながらうっとりしている。
「何度見ても素晴らしい長さであります……!」
「秋山さんは分かる人です」
「光栄であります!」
みほは、二人を見て少しだけ笑った。
* * *
桃が再び声を張った。
「今日は、戦車を洗車する!」
少し間があった。
沙織が反応する。
「戦車を洗車……」
灯里は頷いた。
「語感が良いですね」
「そこ?」
戦車たちはどれも汚れていた。
泥、埃、錆、枯れ葉、コケ。
池に沈んでいたものに至っては、何かよく分からない水草までついている。
全員で手分けして掃除が始まった。
バレー部は気合いで磨く。
歴女チームは車両に妙な愛称をつけながら泥を落とす。
一年生チームは悲鳴を上げながらも楽しそうに掃除する。
生徒会は桃が指示を出し、柚子が実務をこなし、杏が時々干し芋を食べながら見ている。
灯里はTOGⅡの横に立った。
TOGⅡは比較的綺麗だった。
地下ガレージで整備されていたからだ。
だが、広場へ出したことで多少の埃はついている。
「うちのTOGⅡも、手入れしておきましょう」
灯里が布を手に取ると、優花里が勢いよく近づいた。
「戸郷殿! 私もお手伝いしてよろしいでしょうか!」
「もちろんです。TOGⅡは喜びます」
沙織が近くで聞いていた。
「戦車って喜ぶの?」
「喜びます」
灯里は即答した。
優花里も頷く。
「整備され、大切に扱われる戦車はきっと幸せであります!」
沙織はみほを見る。
「みほ、戦車って喜ぶの?」
みほは少し困ったように笑った。
「うーん……でも、大事にされるのはいいことだと思う」
華も微笑む。
「物を慈しむ心は、大切ですね」
灯里は満足した。
TOGⅡの長い車体を布で拭いていく。
長い。
とても長い。
拭いても拭いても終わらない。
だが、それが良い。
「長いということは、手入れする時間も長いということです」
灯里が呟くと、優花里が感動したように頷いた。
「名言であります」
沙織は遠い目をした。
「そうかなあ……」
* * *
夕方。
日が傾き、倉庫前の広場が赤く染まり始めた頃、戦車たちはようやくある程度綺麗になっていた。
もちろん、掃除しただけで試合に出られるわけではない。
整備が必要だ。
修理が必要だ。
動くかどうかの確認もいる。
そこから先は、自動車部の出番だった。
「残りは任せて!」
「徹夜はしないけど、できるところまでやっとくよ!」
「エンジン見るの楽しみだなー」
自動車部は頼もしすぎるほど頼もしかった。
灯里はまた深々と頭を下げる。
「自動車部の皆さん、本当にお疲れ様です」
「戸郷さん、何回もお礼言ってるね」
「戦車は整備する人がいて初めて走れますので」
「おお、分かってるねー」
自動車部の一人が笑う。
「その長いのも、あとでじっくり見せてね」
「はい。TOGⅡをよろしくお願いします」
灯里は真剣だった。
自動車部の生徒は少し驚き、それから笑った。
「任された!」
広場には、六両の戦車が並んでいた。
ボロボロだったⅣ号。
小さな八九式。
軽快そうな38(t)。
大きなM3リー。
泥だらけだったIII号突撃砲。
そして、なぜか妙に綺麗で、やたら長いTOGⅡ。
大洗女子学園の戦車道は、ようやく形だけ整い始めた。
灯里はその光景を見つめる。
戦車は見つかった。
仲間も集まり始めた。
けれど、灯里は知っている。
戦車を見つけるよりも難しいことが、まだ残っている。
それは――。
「……TOGⅡに乗ってくれる五人を、見つけないと」
灯里の呟きは、夕方の風に溶けた。
その視線の先で、TOGⅡは長い車体を夕日に照らされながら、静かに佇んでいた。