『TOGⅡで戦車道を……?』   作:きのこ大三元

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スマホ版で、小説を確認したところ、読みづら過ぎてびっくりしました…
応急処置として、他の話数も行間を追加して修正しておきました。すみません…

順次、本文を調整して修正していきます。



第6話「戦車、探します!」

 翌日。

 大洗女子学園の戦車道履修希望者たちは、学園艦内の一角にある倉庫群の前に集められていた。

 大きな煉瓦造りの倉庫が、いくつも並んでいる。

 赤茶けた壁。

 重そうな扉。

 長い間使われていなかったような、少し埃っぽい空気。

 いかにも「何かが眠っていそう」な場所だった。

 戸郷灯里は、集まった生徒たちを静かに数えていた。

 一年生らしき六人。

 歴史が好きそうな四人。

 背筋の伸びた運動部らしい四人。

 西住みほ、武部沙織、五十鈴華。

 秋山優花里。

 そして自分。

 さらに、少し離れたところには生徒会の三人。

 角谷杏、小山柚子、河嶋桃。

 灯里は、心の中で計算する。

 一年生六人。

 歴女四人。

 バレー部四人。

 みほ、沙織、華、優花里、自分で五人。

 生徒会三人。

 合計、二十二人。

「……多いような、少ないような」

 灯里は小さく呟いた。

 戦車道を始めるには、決して多いとは言えない。

 けれど、昨日まで戦車道が存在しなかった学校としては、かなり集まった方なのかもしれない。

 問題は、人数ではなく戦車の方だ。

 今、大洗で確実に動かせる戦車は二両。

 ひとつは、これから確認するらしい旧戦車道の保管車両。

 そしてもうひとつは、灯里のTOGⅡ。

 ただしTOGⅡは、まだ灯里しか乗員がいない。

 長い車体。

 六人乗り。

 車長、砲手、操縦手、無線手、装填手、装填手。

 足りないのは五人。

「……五人」

 灯里が遠い目をしていると、隣の優花里が目を輝かせていた。

「戸郷殿、いよいよですね!」

「はい。いよいよです」

「大洗女子学園に残された戦車……一体どのような車両なのでしょうか。ティーガーでしょうか。パンターでしょうか。あるいはチャーチル、マチルダ、クロムウェル、もしくは――」

「TOGⅡはすでにあります」

「それは特別枠であります!」

 優花里は力強く言い切った。

 灯里は頷いた。

「分かります」

「分かってくださいますか!」

「TOGⅡは特別です」

 二人が真顔で頷き合っていると、沙織が不思議そうな顔をした。

「ねえ、華。あの二人、昨日からずっとあんな感じじゃない?」

 華は穏やかに微笑む。

「共通の話題があるというのは、素敵なことだと思います」

「素敵っていうか、すごい勢いで仲良くなったよね」

 みほは、その様子を見て少しだけ笑った。

 昨日、生徒会室で戦車道をやると言ったみほの表情は、まだ完全に晴れてはいない。

 けれど、昨日の夕方よりは少しだけ落ち着いているように見えた。

 灯里はそれに少しだけ安心した。

 その時、河嶋桃が前に出た。

「静粛に!」

 声がよく響いた。

 生徒たちのざわめきが収まる。

 桃は胸を張り、堂々と宣言した。

「これより、戦車道の授業を開始する!」

 拍手が起きる。

 ……ほどではなかった。

 むしろ、みんな少し困惑している。

「授業っていうか……」

「倉庫前だよね」

「戦車ってここにあるの?」

 桃は咳払いをした。

「まずは、我が校に残されていた戦車を確認する!」

 杏は横で干し芋をかじりながら、軽い調子で言う。

「まあ、なんとかなるでしょー」

「会長! なんとなくで戦車道はできません!」

「でも、なんとかしないと始まらないしねー」

 桃は何か言いたそうだったが、結局飲み込んだ。

 柚子が鍵を持って、倉庫の扉へ向かう。

 優花里が息を呑んだ。

「いよいよであります……!」

 灯里も静かに見守る。

 重い扉が、ぎぎぎ、と音を立てて開いた。

 中は薄暗い。

 埃が舞う。

 長い間使われていなかった空気が流れ出してくる。

 そして、その奥に。

 一両の戦車があった。

 泥と埃にまみれ、錆も浮いている。

 それでも、形ははっきり分かった。

 優花里が声を上げる。

「Ⅳ号戦車D型であります!」

 みほが、静かに目を見開いた。

 灯里は、その横顔を見た。

 さっきまで不安そうだったみほの目が、ほんの少しだけ変わった。

 怖がっているだけではない。

 戦車を見ている目だ。

 懐かしさ。

 緊張。

 そして、わずかな安心。

 みほは一歩前に出た。

「……これなら、大丈夫そう。いけるかも」

 その言葉は、とても小さかった。

 でも、灯里には聞こえた。

 戦車道は怖い。

 けれど、戦車そのものを見た時、みほの中の何かが少しだけ動いたように見えた。

 沙織はⅣ号を見上げて、目を丸くしていた。

「え、これ? こんなボロボロでなんとかなるの?」

 みほは少し困ったように答える。

「たぶん……整備すれば」

「たぶんなんだ」

 華も静かに見上げる。

「ずいぶん年季が入っていますね」

 優花里は興奮気味に解説を始めた。

「Ⅳ号戦車D型は、ドイツの中戦車であります! のちの型と比べると装甲や主砲に違いがありますが、戦車道においては扱いやすさと発展性が魅力で――」

 灯里は心の中で頷いた。

 ゲームで言うならTier5相当。

 もちろん史実とは別の話だが、そういう感覚が頭の中に浮かんでしまう。

 沙織はまだ少し不安そうだ。

「男と戦車は新しい方がいいよー」

 華が首を傾げた。

「それを言うなら、畳と何かではありませんでしたか?」

「細かいことはいいの!」

 沙織が言い切る。

 灯里はⅣ号と、少し離れたところで待機しているTOGⅡを見比べた。

 Ⅳ号はボロボロ。

 TOGⅡは長い。

 大洗の戦車道、前途多難である。

 だが、戦車が一両あるだけでも始まりではある。

 そう思ったところで、沙織がTOGⅡを指差した。

「それに、この戦車と、あの長い戦車だけで大丈夫なの?」

 桃が答えた。

「当然、足りん」

「やっぱり!」

「この人数では、全部で六両は必要だ。現状、確認できているのはⅣ号とTOGⅡのみ。つまり、あと四両必要になる」

 沙織の顔が引きつる。

「あと四両!?」

 華が冷静に聞いた。

「その四両は、どちらにあるのですか?」

 桃は堂々と言った。

「探す!」

 一瞬、沈黙が落ちた。

 沙織が叫ぶ。

「探すの!?」

 杏がのんびりと頷く。

「昔はうちにも戦車道があったからねー。どっかに残ってるでしょ」

「どっかって!」

 沙織が頭を抱える。

「聞いてたのとなんか話が違うー!」

 桃はなおも続けた。

「明後日には戦車道の教官も来られる。それまでに四両を探し出し、整備の目処を立てるのだ!」

「無茶言ってません!?」

 沙織が叫ぶ。

 杏がにこっと笑った。

「ちなみに、教官はすっごくカッコいいよー」

 沙織の動きが止まった。

「本当ですか?」

「たぶんねー」

「よし、探そう!」

 切り替えが早かった。

 灯里は内心で思う。

 会長、釣り方が上手いですね。

 華は少し苦笑していた。

 みほは困ったように笑っている。

 優花里はすでにやる気満々だった。

「戦車探索でありますね! これは燃えます!」

 灯里も静かに頷く。

「戦車を探す授業……なかなか大洗らしいです」

 

* * *

 

 探索は、まず倉庫周辺と駐車場から始まった。

 沙織は周囲を見渡して、すぐに叫んだ。

「とは言ったものの、どこにあるのよー!」

 広い駐車場には、当然のように普通の車両しか見当たらない。

 いや、普通の駐車場に戦車があったらそれはそれでおかしいのだが、この学校では否定しきれないのが怖い。

 華が真面目に周囲を見て言った。

「駐車場には、戦車はないようですね」

「華、冷静!」

 沙織が突っ込む。

 優花里は地図を広げていた。

「学園艦内の倉庫、山林区画、古い施設周辺を探してみるのがよいかと。昔の車両が保管、あるいは放置されている可能性があります」

「山の中に戦車……あるの?」

 沙織が半信半疑で聞く。

 灯里は少し考えて答えた。

「この学校なら、ありそうです」

「戸郷さんが言うと説得力あるのが嫌だなあ」

 そうして、みほ、沙織、華、優花里、灯里の五人は、山林区画へ向かうことになった。

 歩き始めて少しして、優花里がはっとした顔をした。

「あ、あの、そういえば改めて自己紹介を……!」

 沙織が振り向く。

「そういえば昨日バタバタしてたもんね」

 優花里は緊張したように背筋を伸ばした。

「秋山優花里です! 戦車が大好きであります! よろしくお願いします!」

 みほが穏やかに微笑んだ。

「西住みほです。よろしくね、秋山さん」

 その瞬間、優花里の顔が赤くなった。

「西住殿に名前を……!」

 沙織が少し引いた顔で灯里を見る。

「すごいテンションだね」

 灯里は真面目に答えた。

「戦車を前にした秋山さんは強いです」

「それ、褒めてる?」

「もちろんです」

 優花里は気合いを入れるように拳を握った。

「では皆さん、参りましょう! パンツァー・フォー!」

 沙織が目を丸くした。

「パンツがアホー!?」

「違います!」

 優花里が慌てる。

 みほも少し驚きながら説明した。

「パンツァー・フォーは、ドイツ語で『戦車前進』みたいな意味で……」

「へえ……そうなんだ」

 沙織は恥ずかしそうに笑う。

「びっくりした。いきなり何言い出すのかと」

 灯里は頷いた。

「良い掛け声です」

「戸郷さんまで真面目に言わないで!」

 少しだけ笑いが起きる。

 みほも、ほんの少しだけ自然に笑っていた。

 

* * *

 

 山林区画は、思っていたよりも広かった。

 木々が生い茂り、古い道がところどころに残っている。

 学園艦の中とは思えないほど、本格的な山道だった。

 沙織は早くも息を切らしている。

「ほんとにこんなところにあるのー?」

 優花里は目を輝かせていた。

「こういう場所こそ、隠された車両が眠っている可能性があります!」

「宝探しみたいですね」

 華が穏やかに言う。

 灯里は周囲を見ながら歩いた。

 鉄の匂い。

 油の匂い。

 古い履帯の跡。

 そういったものを探そうとしたが、さすがに簡単には分からない。

 その時、華が足を止めた。

「……こちらから、少し変わった匂いがします」

 沙織が振り返る。

「華、そんなの分かるの!?」

「はい。土や草の匂いの中に、少しだけ金属のような……」

 優花里の目が輝いた。

「行ってみましょう!」

 華の感覚を頼りに、五人は藪の奥へ進んだ。

 枝をかき分ける。

 足元に気をつける。

 少し開けた場所に出る。

 そこに、あった。

 木々と草に半ば隠れるように、小さな戦車が眠っている。

 優花里が歓声を上げた。

「38(t)軽戦車であります!」

 沙織が近づく。

「わ、ちっちゃい。なんか可愛い」

 灯里も見つめた。

 ゲームで言うならTier3相当。

 小さくて可愛い。

 TOGⅡとは真逆の魅力がある。

 優花里はすでに解説を始めていた。

「38(t)は、チェコスロバキア製の軽戦車で、後にドイツ軍でも使用されました。コンパクトで扱いやすく、機動性も期待できます!」

 みほも車両を確認する。

「状態は悪いけど、回収できれば使えるかも」

 灯里は頷いた。

「小さい戦車も良いですね。TOGⅡとは逆の魅力です」

 沙織が笑う。

「戸郷さん、最終的にTOGⅡ基準なんだね」

「はい」

 そこは否定しない。

 優花里は感動したように38(t)を見ていた。

「大洗には、まだまだ眠っている戦車があるのかもしれません!」

「この調子で探そう!」

 沙織が少しやる気を取り戻した。

 

* * *

 

 その後、戦車は次々と見つかった。

 最初に連絡が入ったのは、バレー部チームからだった。

 場所は崖下。

 どうしてそんな場所にあったのか分からないが、そこに八九式中戦車甲型が転がるように残されていた。

「何故、崖下に戦車が……?」

 華が静かに疑問を口にする。

 沙織はもう驚き疲れた顔をしていた。

「この学校、戦車の置き方おかしいよね?」

 灯里は頷いた。

「保管の概念が独特です」

 次に見つかったのは、歴女チームからだった。

 池の近く。

 というより、半分池に沈んでいた。

 引き上げられたそれは、III号突撃砲F型。

 歴女たちはむしろ盛り上がっていた。

「突撃砲!」

「ロマンだ!」

「これは我々に相応しい!」

 沙織は遠い目をする。

「何で池の中に戦車があるの……」

 灯里も同意する。

「湿気は良くないですね」

「そういう問題?」

 さらに一年生チームからも連絡が入った。

 見つかったのは、うさぎ小屋の近く。

 いや、正確には、うさぎ小屋の裏に埋もれるようにしていたM3リー中戦車だった。

「何故、うさぎ小屋に戦車が……?」

 華がまた静かに言う。

 沙織は両手を上げた。

「もう何でもありだよ、この学校!」

 優花里は大興奮だった。

「M3リー中戦車であります! 車体砲と砲塔砲を持つ独特な構造が特徴で――」

 灯里はうさぎ小屋とM3リーを見比べた。

 大洗女子学園、やはりただものではない。

 

* * *

 

 見つかった戦車は、当然そのままでは動かせなかった。

 錆。

 泥。

 埃。

 コケ。

 謎の植物。

 長い年月の放置が、どの車両にも刻まれている。

 そこで呼ばれたのが、自動車部だった。

「おおー、これはなかなかやりがいあるねー!」

「戦車って、やっぱりテンション上がるよね」

「牽引準備するよー」

 自動車部の生徒たちは、なぜかとても頼もしかった。

 灯里は深々と頭を下げた。

「自動車部の皆さん、本当にお疲れ様です」

「いいっていいって! こういうの燃えるし!」

「でも、TOGⅡもあとで見せてね」

「もちろんです」

 灯里は即答した。

 TOGⅡを見たいと言われて断る理由はない。

 ただし、乗員にされるかどうかは別である。

 見つかった戦車たちは、自動車部の協力で次々と回収されていった。

 崖下から八九式。

 池から三突。

 うさぎ小屋の裏からM3リー。

 山中から38(t)。

 牽引されていく戦車を見ながら、沙織がぽつりと言った。

「なんか、すごい学校に来ちゃったね」

 みほは少しだけ笑った。

「うん」

 その笑顔は、昨日より少しだけ柔らかかった。

 

* * *

 

 翌日。

 倉庫前の広場には、六両の戦車が並べられていた。

 ボロボロのⅣ号戦車D型。

 小さな八九式中戦車甲型。

 軽快そうな38(t)軽戦車。

 大きなM3リー中戦車。

 泥を落とされたIII号突撃砲F型。

 そして、なぜか妙に綺麗で、やたら長いTOGⅡ。

 沙織は並んだ戦車を見て言った。

「なんか、戸郷さんの戦車だけ綺麗じゃない?」

 灯里は真顔で答えた。

「愛です」

 桃が即座に突っ込む。

「整備状態の話だ」

「愛です」

「だから整備状態の話をしている!」

 杏が笑った。

「まあ、綺麗なのはいいことだよ」

 桃が資料を持って前に出る。

「では、各車両の割り当てを行う!」

 生徒たちがそれぞれの戦車の前に集まる。

「基本的には、発見したチームがその車両を担当する!」

 割り当ては次々と決まっていった。

 みほ、沙織、華、優花里たちがⅣ号戦車D型。

 生徒会が38(t)。

 バレー部が八九式。

 歴女チームがIII号突撃砲。

 一年生チームがM3リー。

 そして。

「TOGⅡは、いぬさんチーム。車長、戸郷灯里」

 桃が読み上げる。

 灯里は手を上げた。

「はい」

 そこで止まった。

 桃も止まった。

 資料を見る。

「……搭乗員は未定」

 灯里は静かに言った。

「現時点で一人です」

 沙織が思わず言う。

「え、一人であの長いの動かすの?」

「走行だけなら」

「走行だけならって怖い!」

 杏が軽く手を振った。

「大丈夫大丈夫。すぐ増えるよー」

 灯里は杏を見る。

「その言い方が不穏です」

「気のせい気のせい」

「気のせいではない気がします」

 杏は答えず、にこにこしていた。

 灯里は嫌な予感を覚えた。

 給食部専攻五人の顔が、なぜか頭をよぎる。

 

* * *

 

 各チームは、自分たちの戦車の前でそれぞれ反応していた。

 バレー部は八九式を見て、拳を握っている。

「小さいけど、根性でいける!」

「根性で動かす!」

「根性で勝つ!」

 灯里は思った。

 根性だけではエンジンは回らないが、気合いは大事である。

 歴女チームはIII号突撃砲を前に、すでに盛り上がっていた。

「突撃砲!」

「これは渋い!」

「我らに相応しい!」

 彼女たちの中では、もう物語が始まっているようだった。

 一年生チームはM3リーを見て、少し怯えつつも興味津々だった。

「大きい……」

「中、広いのかな」

「怖いけど、ちょっとかっこいいかも」

 生徒会は38(t)の前で、杏が楽しそうにしている。

「これ、軽そうでいいねー」

 桃は不安そうだった。

「会長、本当にこれで戦えるのですか」

「戦えるようにするんでしょ」

 柚子は資料を確認しながら、すでに苦労人の顔をしていた。

 そして灯里は、TOGⅡの前に立つ。

 長い。

 今日も良い長さだ。

「……長い。今日も良い長さです」

 近くにいた沙織が一歩引いた。

「戸郷さん、本当にブレないね」

「TOGⅡですので」

「理由になってるようでなってないよ」

 優花里はTOGⅡを見ながらうっとりしている。

「何度見ても素晴らしい長さであります……!」

「秋山さんは分かる人です」

「光栄であります!」

 みほは、二人を見て少しだけ笑った。

 

* * *

 

 桃が再び声を張った。

「今日は、戦車を洗車する!」

 少し間があった。

 沙織が反応する。

「戦車を洗車……」

 灯里は頷いた。

「語感が良いですね」

「そこ?」

 戦車たちはどれも汚れていた。

 泥、埃、錆、枯れ葉、コケ。

 池に沈んでいたものに至っては、何かよく分からない水草までついている。

 全員で手分けして掃除が始まった。

 バレー部は気合いで磨く。

 歴女チームは車両に妙な愛称をつけながら泥を落とす。

 一年生チームは悲鳴を上げながらも楽しそうに掃除する。

 生徒会は桃が指示を出し、柚子が実務をこなし、杏が時々干し芋を食べながら見ている。

 灯里はTOGⅡの横に立った。

 TOGⅡは比較的綺麗だった。

 地下ガレージで整備されていたからだ。

 だが、広場へ出したことで多少の埃はついている。

「うちのTOGⅡも、手入れしておきましょう」

 灯里が布を手に取ると、優花里が勢いよく近づいた。

「戸郷殿! 私もお手伝いしてよろしいでしょうか!」

「もちろんです。TOGⅡは喜びます」

 沙織が近くで聞いていた。

「戦車って喜ぶの?」

「喜びます」

 灯里は即答した。

 優花里も頷く。

「整備され、大切に扱われる戦車はきっと幸せであります!」

 沙織はみほを見る。

「みほ、戦車って喜ぶの?」

 みほは少し困ったように笑った。

「うーん……でも、大事にされるのはいいことだと思う」

 華も微笑む。

「物を慈しむ心は、大切ですね」

 灯里は満足した。

 TOGⅡの長い車体を布で拭いていく。

 長い。

 とても長い。

 拭いても拭いても終わらない。

 だが、それが良い。

「長いということは、手入れする時間も長いということです」

 灯里が呟くと、優花里が感動したように頷いた。

「名言であります」

 沙織は遠い目をした。

「そうかなあ……」

 

* * *

 

 夕方。

 日が傾き、倉庫前の広場が赤く染まり始めた頃、戦車たちはようやくある程度綺麗になっていた。

 もちろん、掃除しただけで試合に出られるわけではない。

 整備が必要だ。

 修理が必要だ。

 動くかどうかの確認もいる。

 そこから先は、自動車部の出番だった。

「残りは任せて!」

「徹夜はしないけど、できるところまでやっとくよ!」

「エンジン見るの楽しみだなー」

 自動車部は頼もしすぎるほど頼もしかった。

 灯里はまた深々と頭を下げる。

「自動車部の皆さん、本当にお疲れ様です」

「戸郷さん、何回もお礼言ってるね」

「戦車は整備する人がいて初めて走れますので」

「おお、分かってるねー」

 自動車部の一人が笑う。

「その長いのも、あとでじっくり見せてね」

「はい。TOGⅡをよろしくお願いします」

 灯里は真剣だった。

 自動車部の生徒は少し驚き、それから笑った。

「任された!」

 広場には、六両の戦車が並んでいた。

 ボロボロだったⅣ号。

 小さな八九式。

 軽快そうな38(t)。

 大きなM3リー。

 泥だらけだったIII号突撃砲。

 そして、なぜか妙に綺麗で、やたら長いTOGⅡ。

 大洗女子学園の戦車道は、ようやく形だけ整い始めた。

 灯里はその光景を見つめる。

 戦車は見つかった。

 仲間も集まり始めた。

 けれど、灯里は知っている。

 戦車を見つけるよりも難しいことが、まだ残っている。

 それは――。

「……TOGⅡに乗ってくれる五人を、見つけないと」

 灯里の呟きは、夕方の風に溶けた。

 その視線の先で、TOGⅡは長い車体を夕日に照らされながら、静かに佇んでいた。

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