『名探偵コナン』オリ主・銀編   作:トート

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第3話:図書室の密室と、静かなる競演

1. 静寂のチェスボード

帝丹高校の図書室は、放課後の光の中に沈んでいた。

西日が窓から差し込み、無数の埃が琥珀色の光の粒となって空気中を漂っている。本棚が作り出す長い影の迷路の中で、白銀銀(しろがね ぎん)は貸出カウンターの椅子に深く腰掛け、返却された古い歴史書の見返しを眺めていた。

その横では、毛利蘭が熱心に図書カードの整理を行っている。

(――指先の動きに、昨日までの迷いがない。スマートフォンをポケットに入れたまま、一度も触れていない時間は42分。彼女は昨日、僕が提示した『時差のロジック』を真に受け、工藤への連絡を意図的に断っているな。僕というイレギュラーの介入によって、彼女の行動に5%の変調が生じた)

銀は眼鏡の奥の瞳で、蘭の微細な変化をログとして記録していく。

彼は蘭を愛しているという言葉を嫌う。それはあまりにも安易で、脳のバグに近い感情のバーストだからだ。彼はただ、工藤新一という不完全な管理者のもとで磨り減っていく蘭という「完璧な存在」を、自身の冷徹なロジックによって正しく『保護』したいだけだった。

「あの、銀くん」

不意に、蘭がカードを揃える手を止めて、銀の方を向いた。

「なにかな、毛利さん。僕の顔に、何かついてるかい?」

「ううん、そうじゃなくて……。昨日のこと、お礼を言いたくて。銀くんが言った通り、夜遅くに新一にメールしてみたらね、いつもよりずっと優しくて、ちゃんとした返事が返ってきたの。新一、本当に遠いところにいるんだなって……ちょっとだけ、安心しちゃって」

蘭は少し頬を染めながら、はにかむように笑った。

銀はその笑顔を見つめながら、内心で冷ややかに首を振る。

(アホだな、工藤。君は彼女の健気さに甘え、自分の不誠実さを『探偵の宿命』という安い言葉で正当化している。メールの文面を少し丁寧にしたところで、君が彼女の隣にいないという物理的な欠損は何も埋まらないというのに)

「それはよかった。僕はただ、図書室の本に書いてあった人間の行動心理を口にしただけさ。君が僕の言葉をどう使うかは、君の自由だよ」

銀がいつも通り温度のない声で返した、その時だった。

「――大変よ! 蘭、銀くん!」

図書室の重い扉が勢いよく開き、息を切らした鈴木園子が飛び込んできた。その後ろには、なぜか大きな丸眼鏡を光らせた、あの小さな影――江戸川コナンが、ちょこちょこと小走りで付いてきている。

「園子? どうしたの、そんなに慌てて」

「大変なのよ! 2年B組の学級費、20万円を入れた封筒が、この図書室で消えちゃったのよ!」

園子のショッキングな叫び声が、静まり返った図書室に響き渡った。

2. 密室のロジック

「学級費が……消えた?」

蘭が驚いて声を上げる。

園子の説明によれば、状況はこうだ。

今日の放課後、会計である園子が学級費の封筒を持って図書室へやってきた。当時、図書室内には園子の他に、読書をしていたB組の男子生徒2名がいたという。園子は窓際の席で封筒を机に置き、ほんの数分間、本を探しに本棚の奥へ入った。その間、図書室の出入り口は受付カウンターにいる銀と蘭が監視しており、誰も出入りしていない。

しかし、園子が席に戻ると、机の上の封筒は跡形もなく消え去っていた。

「つまり、容疑者はその時図書室にいた、B組の男子生徒2人ってことね……!」

蘭が真剣な表情で腕を組む。

「ううん、それがおかしな話なんだけどさ」

園子は頭を抱えた。

「その二人、本棚から戻ってきた私と一緒に、すぐに荷物を全部ひっくり返して見せてくれたのよ。でも、封筒なんてどこからも出てこなかったの。もちろん、机の周りにも、ゴミ箱の中にも落ちてないわ」

「誰も外に出ていなくて、荷物の中にもない……? じゃあ、どこに消えちゃったの?」

蘭が困惑する中、銀はゆっくりとカウンターから立ち上がった。

(誰も出入りしていない図書室。持ち物検査をしても出てこない20万円。古典的な密室トリックか。いや――)

銀の視線が、園子の後ろでじっと床を見つめているコナンへと向けられた。

コナンはすでに『探偵』の目になっていた。床の足跡、窓の鍵、本棚の隙間……そのすべてを、鋭い観察力でスキャンしている。

「ねえ、園子姉ちゃん。その時、窓は開いてた?」

コナンが子供特有の高音で尋ねる。

「窓? ええ、換気のために少しだけ開いてたけど……でも、外はすぐ下の地面まで10メートル以上ある壁よ? 泥棒が飛び降りたら骨折じゃ済まないわよ」

「そっかぁ……。じゃあ、その二人の男の人の名前、教えてくれる?」

コナンはズボンのポケットに手を突っ込み、眼鏡の奥で不敵に笑った。

(誰も外に出ていない、荷物の中にもない。なら、答えは一つしかねぇ。犯人は、まだこの図書室の中に『お金を隠している』んだ。それも、誰も気づかないような、盲点となる場所に……!)

コナンは携帯電話を握りしめ、物陰に隠れて「工藤新一」の声で蘭に電話をかけようとした。自分がその場にいなくても、蘭に指示を出してこの事件を解決し、銀の鼻を明かしてやる――そのつもりだった。

だが。

「無駄な真似はよせ、名探偵(アマチュア)」

銀の声が、コナンの鼓膜を冷たく突き刺した。

振り返ると、銀はコナンのすぐ後ろに立ち、冷徹な双眸で彼を見下ろしていた。

「お兄さん、何のこと?」

「君が今から何をしようとしているか、呼吸のピッチで分かるよ。物陰に隠れて声を替え、彼女に『探偵の真似事』をさせるつもりだろう? だが、この事件に君の安っぽい『物理的な推理』は必要ない。人間の行動を観察していれば、答えは最初から目の前に転がっている」

銀はコナンを無視して、蘭と園子の元へと歩き出した。

「毛利さん、鈴木さん。その二人の男子生徒を、今すぐここへ呼びなさい。僕が30秒で、20万円のありかを吐かせてあげるよ」

銀の絶対的な自信に満ちた言葉に、コナンは激しい焦燥感を覚えた。

(何だと……? 現場の検証もせずに、もう犯人と隠し場所が分かったっていうのか……!?)

3. 剥がされる仮面

数分後、図書室のカウンター前に、困惑した表情の男子生徒2人が立っていた。

一人は野球部のジャージを着た大柄な男、もう一人は眼鏡をかけた大人しそうな男。どちらも園子の同級生だ。

「あのさ、白銀。俺たち、本当に盗んでないぜ? 荷物だって全部見せたろ?」

野球部の男が不満げに声を荒げる。

銀はカウンターに寄りかかり、ポケットに両手を突っ込んだまま、二人を凝視した。その目は、人間を人間として見ていない。ただの『肉体のサンプル』として、その挙動を解剖している。

「嘘をつくとき、人間の自律神経は明確な拒絶反応を示す」

銀の低い声が、静かな図書室に響く。

「大柄な君。君はさっきから、僕と目を合わせる回数が不自然に多い。それは『自分は潔白だ』と過剰にアピールしようとする、心理学的な防御反応だ。だが――君の呼吸は深く、規則正しい。つまり、君の脳は恐怖を感じていない。君は本当に、20万円の行方を知らないんだ」

「だろ!? だから俺は違うって――」

「問題は、隣の君だ」

銀の視線が、眼鏡をかけた大人しそうな男子生徒へと向けられた。

その瞬間、その生徒の肩がビクッと跳ね上がる。

「君はさっきから、15秒に1回の周期で、自分の左足の靴のつま先をトントンと床に打ち付けている。これは『早くこの場から立ち去りたい』という、下半身から漏れ出る焦燥のサインだ。さらに、鈴木さんが『20万円』というワードを口にするたびに、君の喉仏が大きく上下する。極度の緊張による、口腔内の乾燥だ。……君だね、盗んだのは」

「な、何言ってるんだよ! 証拠でもあるのかよ! 荷物には入ってなかったんだぞ!」

生徒が声を裏返して叫ぶ。

コナンは脇からその様子を見つめながら、必死に思考を巡らせていた。

(確かにあいつの挙動は怪しい。だが、隠し場所はどこだ!? 荷物になければ、この図書室のどこか……本棚の隙間か? それとも、受付のカウンターの裏か!?)

「証拠なら、君のその左手のポケットの中にあるよ」

銀は淡々と言い放った。

「ポケット? ポケットならさっき空っぽなのを園子に見せたよ!」

「中身じゃない。君のポケットの『内袋』の裏さ。君は本を探すフリをして鈴木さんの机から封筒を盗み、それをそのまま窓から外へ落とした。……ただし、ただ落としたんじゃない。あらかじめ用意していた『磁石付きのワイヤー』を封筒に巻き付け、窓の外のアルミ製の雨樋(あまどい)に貼り付けたんだ」

「あ……」

生徒の顔から、完全に血の気が引いた。

「君の左手の人差し指の腹には、金属ワイヤーを強く握ったときにできる、特有の赤い筋が残っている。そしてポケットの裏には、ワイヤーを回収したときに擦れた、黒い鉄錆の跡がついているはずだ。後で放課後に、その窓の下からワイヤーを引っ張り上げるつもりだったんだろう? 誰も出入りせず、荷物にも残らない、完璧な密室トリックのつもりだったわけだ。……あまりにも、チープで退屈な犯罪(あそび)だけどね」

銀がそう言って冷たく微笑んだ瞬間、男子生徒はがっくりと膝をついた。

「す、すみません……お小遣いが足りなくて、つい……」

「やった……! 本当にあったわ、窓の外に!」

園子が窓から身を乗り出し、雨樋に磁石で張り付いていた封筒を回収して歓声を上げる。

「凄い……凄いよ、銀くん! まるで超能力みたい!」

蘭が目を輝かせ、銀の手を無意識に握りしめた。その尊敬と驚嘆の入り混じった眼差しに、銀は「ただのロジックさ」と、ポーカーフェイスのまま応じる。

カウンターの陰で、コナンはただ呆然と立ち尽くしていた。

自分が現場の状況から『物理的な証拠』を探そうとしている間に、銀は人間の『肉体の揺らぎ』だけで、一瞬にして犯人の心理とトリックの全てを掌握してしまった。

完敗だった。探偵としてのスピードでも、蘭の前での格好良さでも、完全に裏をかかれた。

銀は蘭の手を優しく解きながら、すれ違いざまに、コナンだけに聞こえる声で囁いた。

「言っただろ、探偵さん。君のその小さな身体の推理じゃあ、人間のドロドロした本質(リアル)には追いつけないんだよ」

夕日が沈み、図書室に夜の帳が降りていく。

蘭の隣で誇らしげに立つ銀の影が、コナンの視界をどこまでも暗く、狭く、塗りつぶしていくようだった。

 

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