『名探偵コナン』オリ主・銀編   作:トート

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第6話:小さな名探偵の焦燥

1. 灰色の警告

「あいつは、単なる恋敵(ライバル)なんて生易しい存在じゃないわよ。工藤君」

阿笠邸の地下研究室。パソコンの無機質な駆動音だけが響く空間で、灰原哀は淹れたてのコーヒーカップを机に置きながら、冷淡な、しかし警告を孕んだ声を放った。

ソファに座る江戸川コナンは、まだ病み上がりの青白い顔のまま、眉間を限界まで寄せて灰原を見上げた。

「灰原……お前、図書室であいつと何を話したんだ?」

「そのままの意味よ。白銀銀(しろがねぎん)――あの男は、あなたの正体が『工藤新一』であることも、私たちが薬で幼児化していることも、すべて100%確信しているわ。その上で、蘭サンの心を奪うと宣言したの」

灰原の言葉に、コナンの全身にゾクリとした悪寒が走る。

正体がバレていることへの恐怖ではない。あの男が、蘭の心の隙間にどれほど冷酷に、そして「正論」という名の楔(くすみ)を打ち込もうとしているか。その悍(おぞ)ましさに身体が震えたのだ。

「あいつの武器は、暴力でも黒の組織のコネクションでもない。人間の呼吸や視線の動きから『すべての嘘と本音』を見抜く、異軌の観察眼よ」

灰原は自分の腕を抱きしめ、図書室で銀と対峙した時の底冷えするような威圧感を思い出していた。

「あの男は、あなたが蘭サンを放置して『正義の味方』を気取っている不誠実さを、完璧なロジックで論破しにかかっている。蘭サンがどれだけあなたを一途に想っていても、今ここに肉体(質量)として存在してくれない『約束』より、目の前で自分を雨から守ってくれる『現実』を選ぶのは、人間として当然の摂理よ。……今のあなたに、それを覆すだけの何があるっていうの?」

「そんなこと……!」

コナンは立ち上がろうとしたが、まだ熱の残る身体がふらつき、ソファに深く沈み込んだ。

「クソッ……! 蘭は、俺を信じるって言ってくれたんだ。あいつがどんなに正論を並べたって、俺と蘭が積み重ねてきた時間は――」

「時間は、現実の寂しさの前に風化するわよ」

灰原の冷徹な言葉が、コナンの言葉を遮った。

「現に、蘭サンは今朝、あなたの安っぽいメールの一言に傷ついて涙を流していたわ。そして、あの男から借りた制服の上着を、大切そうに抱えて登校していた。……ねえ工藤君。あなたの帰るべき『日常』という名の檻は、もうあの男のロジックによって、内側から鍵をかけられようとしているのよ」

コナンは顔を覆い、奥歯を壊れるほど噛み締めた。

悔しかった。自分がこの18キロの子供の肉体に縛り付けられているせいで、蘭の涙を拭うことすらできない。ただの同級生に過ぎない白銀銀が、工藤新一の落ち度をこれでもかと蹂躙し、蘭の隣という特等席を合法的に強奪しようとしている。その現実が、探偵としてのプライドを、一人の男としての尊厳を、ズタズタに引き裂いていた。

「……だったら、賭けに出てやるよ」

コナンは顔を上げ、眼鏡の奥の瞳に、ギラリとした執念の炎を宿した。

「賭け? 何を言うつもり?」

「阿笠博士に頼んで、試作型の解毒薬をもう一錠作ってもらう。一時的でもいい。工藤新一の身体に戻って、学校へ行く。あいつの目の前で、蘭を抱きしめて、俺の『質量』を証明してやるんだよ……!」

「正気なの!?」

灰原は激昂して机を叩いた。

「あの薬がどれだけあなたの心臓に負担をかけるか分かっているの!? それに、もし白銀銀の目の前で元の姿に戻ったりしてみなさい、それこそあいつに決定的な『証拠』を与えることになるのよ!」

「このまま指をくわえて蘭を奪われるよりはマシだ!」

コナンの叫びが、地下室に虚しく響き渡る。

小さな名探偵の焦燥は、すでに正常な判断力を奪い去るほど、限界に達していた。

2. 視線の同盟

翌日の帝丹高校。

昼休みの教室は、いつも通りの喧騒に包まれていたが、2年B組の最後列だけは、奇妙な静寂の境界線が敷かれていた。

白銀銀は自席で、いつも通り文庫本を開いていた。その視線の先では、毛利蘭が綺麗にアイロンのあてられた黒い制服の上着を、丁寧に畳んで銀の机の端に置いたところだった。

「銀くん、これ……昨日は本当にありがとう。凄く暖かかった。クリーニング、一番良いコースでお願いしておいたから」

蘭は少し頬を染め、申し訳なさそうに、けれどどこか親しみを込めた笑顔を向けた。

銀は本から目を離し、上着を一瞥(いちべつ)した。

(――衣服の折り目の正確さ、及び、僕に差し出す際の両手のわずかな震え。彼女は昨夜、僕の言った『現実の質量』という言葉を脳内で140回以上反芻(はんすう)しているな。僕の上着を通して、僕の体温という『リアル』を、彼女の皮膚感覚が記憶してしまっている)

「わざわざすまない、毛利さん。君の手を煩わせるつもりはなかったんだが、君のその誠実な処理能力は、僕のロジックを常に快適にしてくれる」

「ふふ、銀くんって本当に独特な喋り方をするよね。でも……なんだか、新一の理屈っぽさとは違って、すごく安心する」

蘭のその言葉に、銀は眼鏡の奥でフッと口元を歪めた。

(変調率、昨日からさらに7%上昇。チェックメイトへのカウントダウンは順調だ)

「ちょっとちょっとー! 二人で何色っぽい雰囲気作っちゃってるわけ?」

そこへ、お弁当箱を抱えた鈴木園子が、待ってましたと言わばかりのハイテンションで割り込んできた。

「園子、もう変なこと言わないでよ!」

「何言ってるのよ蘭! 逃げた魚(新一)のことは忘れて、目の前の優良物件(銀くん)を捕まえるのが、今世紀最大のロジックってやつでしょ? あ、そうだ。再来週から始まる『学園祭の舞台劇』、今年の2年B組の出し物、劇の配役を今日決めるんだけどさあ……」

園子は銀の肩をバシバシと叩きながら、悪戯っぽくウインクした。

「ヒロインの姫役は、空手部主将の我が親友・毛利蘭で満場一致なんだけど、その相手の王子役、私、銀くんを推薦しちゃおうかしら?」

「ええっ!? 園子、何を勝手なこと――」

蘭が慌てて顔を赤くする。

銀は肩に置かれた園子の手を冷淡に払い落としながら、静かに立ち上がった。

「劇か。他人の人生を模倣する退屈な演劇など、僕の脳のメモリの無駄遣いだが……。もし、僕がその王子役を演じることで、舞台袖で歯噛みしている『哀れな観客』を絶望させられるなら、その配役、喜んで引き受けさせてもらうよ」

銀の視線が、教室の入り口の隙間へと向けられた。

そこには、昼休みのドサクサに紛れて高校の校舎に侵入し、陰から自分たちを死に物言いで睨みつけている、あの小さな影――江戸川コナンが立っていた。

銀とコナンの視線が、教室の空気を切り裂いて激突する。

銀の目は「お前には何もできない」と嘲笑っており、コナンの目は「絶対に許さない」と燃え盛っていた。

(工藤新一。お前が影に隠れてコソコソと推理(あそび)を楽しんでいる間に、僕は彼女の隣で、全校生徒の目の前で、完璧な『王子』を演じてみせる。その時、お前は自分の無力さに、一体どんな涙を流すのかね?)

銀はポケットに手を突っ込み、コナンの前を悠然と通り過ぎて教室を出て行った。

廊下に取り残されたコナンは、激しい悔しさと焦燥感で、爪が手のひらに食い込むほど拳を握りしめていた。学園祭当日、あの男が蘭の隣に立つ。それだけは、何があっても阻止しなければならなかった。

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