『BLEACH 〜煩悩代行・千堂遥の現世奮闘記〜』 作:トート
空座第一高校の放課後は、いつだって僕の愛と煩悩で満ちている。
「いや〜、今日も井上さんは世界一可愛いね! その食べてる鯛焼きになりたいな、俺は」
「えへへ、ありがとうハルくん! でも鯛焼きになったら私、食べちゃうよ?」
「むしろ本望!! 井上さんの綺麗な白い歯でバリバリと咀嚼(そしゃく)されたい!!」
教室の窓際。僕はクラスの美少女、井上織姫の席の前に陣取り、全力で愛の告白(という名のいつものナンパ)を繰り広げていた。
僕の名前は千堂 遥(せんどう はる)。みんなからは「ハル」と呼ばれている。一護や織姫、たつきと同い年の、どこにでもいるごく普通の男子高校生……を自称している男だ。
織姫の天然すぎる返しに僕が興奮で鼻血を出しそうになったその時、背後から音もなく凄まじい殺気が迫った。
ゴッ!!!
「いってえええええ!? 脳天に素晴らしい正拳突きが刺さった!?」
「あんたねぇ!!」
頭を押さえてのけ反る僕の前に、短い髪を逆立てた有沢たつきが、般若のような顔で拳を握りしめて立っていた。
「毎日毎日、織姫に変な虫がつかないように見張ってる私の前で、堂々と口説いてんじゃないわよ! このエロバカ遥!」
「痛いよたつきちゃん! でも怒った顔も凛々しくて最高! ついでに俺と放課後デート――」
「死ね!!」
間髪入れずに放たれた、空手全国クラスの猛烈な右ミドルキック。常人なら肋骨が粉砕する一撃だが、僕はそれを上半身をわずかに後ろへ反らすだけで、スッと紙一重で避けてみせた。
たつきの鋭い目が、一瞬だけ驚きに丸くなる。
「……あんた、今のよく避けたわね」
「あはは、たつきちゃんの愛の鞭を毎日食らい続けてるからさ、野生の勘が鍛えられちゃって」
僕は頭を掻きながら、お調子者らしくへらへらと笑う。
――そう、僕は避けたのだ。なぜなら、僕には『視(み)える』から。
実は物心ついた頃から、僕の視界にはこの世のものではない異形の化け物――『虚(ホロウ)』の姿が映っていた。
それだけじゃない。最近、隣の席の黒崎一護が、夜な夜な黒い着物を着て巨大な包丁みたいな刀を振り回し、その化け物どもと戦っている姿も、全部バッチリ視えていた。
だから、たつきの常人離れしたキックも、僕にとっては「少しスローモーション」に見えるくらい、実は高い霊能力と無意識の身体能力を隠し持っていた。もっとも、一護たちの戦いに巻き込まれるのが面倒で、ずっと「視えないフリ」を突き通していたのだけれど。
「おい、ハル。お前、また織姫やたつきにセクハラしてんのか」
オレンジ色の髪を乱暴に揺らしながら、カバンを肩にかけた一護が呆れ顔で近づいてくる。
「セクハラじゃない、これは純愛だよ一護! ちなみにお前の親父さんが経営する黒崎医院の、夏梨(かりん)ちゃんも将来有望な美少女で――」
「うちの妹に手ぇ出したらマジでぶっ殺すぞ、テメエ」
一護の目がガチの暗殺者みたいになったので、僕は両手を上げて降参した。
こんな風に、美女たちにウザがられ、一護にドツかれる日常が、僕は心底気に入っていた。
――だが、そんな平和な放課後は、あまりにも唐突に終わりを告げる。
バリバリバリッ!!!
不吉な音が響き、教室の空間がガラスのようにひび割れた。窓の外、ありえない高さの空中に、白い仮面をつけた醜悪な巨大生物が3体、ぬうっと姿を現したのだ。
「な、何あれ……!? 空間が……歪んで……!?」
たつきが息を呑み、その場にへたり込む。一般人のたつきには姿が視えないはずだが、今回の化け物は霊圧が強すぎて、どす黒いプレッシャーが教室全体を押し潰していた。
「井上! たつきを連れて下がれ!」
一護が叫び、胸元の「死神代行証」に手を伸ばそうとする。だが、化け物の動きの方が一瞬早かった。
ギシャアアアアアン!!
激しい音を立てて窓ガラスが派手に割れる。
巨大な虚の、鋭い爪が、恐怖で動けないたつきと織姫に向かって容赦なく振り下ろされた。一護のスピードをしても、絶対に間に合わない間合い。
「たつき!! 織姫!!」
一護の悲鳴のような叫びが響く。
その瞬間、僕の身体は「ナンパモード」から、完全に切り替わっていた。
(俺の惚れた女たちに……何傷つけてくれてんだよ、三下(さんした)が……!)
頭の中で、ずっと眠っていた熱い力が爆発する。
僕の全身から、青白く、凶暴なほどの霊圧が爆発的に噴き出した。
「退(の)きなよ」
一瞬で2人の前に割り込んだ僕は、自分の霊力で練り上げた一本の『直刀(ちょくとう)』を、下から上へと一閃した。
ザシュウウウウウッ!!!
凄まじい霊圧の斬撃が走り、迫っていた虚の巨大な腕を、根元から綺麗に切断する。虚が激痛で絶叫し、のけ反った。
「え……? ハル……くん……?」
たつきが、呆然と僕の背中を見つめている。
いつもチャラチャラして、自分に殴られていたはずの遥が、見たこともない刀を握り、圧倒的な霊圧を放って自分たちを守っている。
「ハル……お前、その力……!」
いつの間にか死神の姿になった一護が、驚愕の表情で着地した。
「あはは、一護、遅いよ。……見ての通り、俺も『視える』し、ちょっとは戦えるんだよね」
僕は刀を肩に担ぎ、ニヤリと笑ってみせた。
「お前なぁ……! 後で絶対、屋上で全部吐かせっからな!」
「いいよ。その代わり、織姫ちゃんかたつきちゃんとのデートをセッティングしてくれたらね!」
「この期に及んでまだそんなこと言ってんのか、バカ野郎!」
一護が怒鳴りながら、残りの虚に向かって飛び出す。僕もその後ろ姿を追いかけ、地面を強く蹴り出した。
女の子が大好きで、お調子者。
だけど、彼女たちのピンチには、誰よりも早く、命懸けで牙を剥く。
千堂遥の、少し不純で、最高に熱い戦いが、ここから始まった。