『BLEACH 〜煩悩代行・千堂遥の現世奮闘記〜』 作:トート
金、と冷たく鋭い金属音が広場に響き渡る。
僕――千堂 遥(せんどう はる)の右側に掲げられた超巨大な斧『恋慕断絶(れんぼだんぜつ)』。その肉厚な鉄塊の表面に、二番隊隊長・砕蜂(ソィフォン)の放った蜂の針のような小太刀が、寸分の狂いもなく突き立てられていた。
「ほう。私の速度に反応して武器を盾にしたか。……だが、旅禍(りょか)。私の『雀蜂』の恐怖は、一度受け止めただけでは防げんのだよ」
砕蜂の切れ長の瞳が、獲物を巣に追い詰めた蜘蛛のように妖しく、そして冷酷に輝いた。
彼女は流れるような身のこなしで、僕の大斧の刃を蹴りつけてバックステップを踏み、ふわりと距離を取った。その際、僕の『恋慕断絶』の銀色の表面に、奇妙な紋様が浮かび上がっているのが見えた。
黒い、蝶のような、あるいは大きな美しい花のような不気味な紋章。
「な、何これ……? 僕の可愛い『恋慕断絶』の肌に変なタトゥー入れないでよ、砕蜂ちゃん」
「戯言(ざれごと)を。それは『蜂紋華(ほうもんか)』。我が斬魄刀『雀蜂(じゃくほう)』が刻む、死の刻印だ」
砕蜂はお下げ髪を微風に揺らしながら、右手の指に嵌められた金色の暗器を僕に向けて突きつけた。
「私の『雀蜂』の能力は【二撃決殺(にげきけっさつ)】。同じ箇所に、もう一度この針を突き刺せば……お前は霊圧の大小に関わらず、確実に死ぬ」
(に、二撃決殺……!? 同じ場所に2回喰らったら即死って、暗殺の女王の名は伊達じゃないな……っ!)
背筋に冷たい戦慄が走る。
先ほどは、僕の野生の勘が奇跡的に働いて、大斧の刃で彼女の突きを受け止めることができた。だが、もし次の攻撃で、その大斧の『蜂紋華』が刻まれた全く同じ一点に彼女の針が触れてしまえば、僕の魂そのものである『恋慕断絶』は内部から完全に崩壊し、僕自身も消滅する。
「お前のその大斧、確かに見事な質量だ。だが、私の速度の前には、ただの動きを鈍らせる重石(おもし)でしかない。次の一撃で、その大きな玩具ごと、消し去ってくれる」
シュッ、と再び空間がブレた。
次の瞬間、砕蜂の姿が僕の視界から完全に、そして完璧に消滅した。
(消えた……! 上か!? 右か!? いや、違う、全部だ!!)
前後左右、あらゆる角度から、砕蜂の凄まじい瞬歩(しゅんぽ)によって生じる衣服の擦れる音が、残響となって僕の鼓膜を襲う。
彼女はあえて自分の残像を周囲に無数に発生させ、僕の「視覚」と「聴覚」を完全に狂わせに来ていた。美少女センサーでさえも、あまりにも高速で移動する彼女の霊圧を正確に捕捉しきれず、針が激しく揺れるように位置情報を狂わされている。
(まずい、このままだとどこから来るか分からない……! 次の突きを、大斧の同じ一点に正確に合わされたら、それで終わりだ!)
ジワリ、と額から冷や汗が垂れ、地面に落ちる。
その汗が地面に触れるよりも早く、僕の真後ろ――まさに背後から、一切の気配を排した『本物の死』の気配が迫った。
「終わりだ、旅禍」
砕蜂の冷徹な声。
振り返る時間など無い。大斧を後ろに回して防ぐ時間も無い。
だが、絶体絶命のその瞬間、僕の脳裏に、現世でのある光景がフラッシュバックした。
それは、放課後の教室で、有沢たつきの常人離れした正拳突きやミドルキックを、へらへらと笑いながら紙一重で避け続けていたあの日常。
(……そうだ。俺は毎日、空手全国クラスの女の子の暴力(愛)を避けて生きてきたんだ。スピード勝負で正面から付き合う必要なんて、最初からないんだよ!)
「――ナメないでよね、砕蜂ちゃん! 俺の愛の重さは、嵐だって巻き起こすんだから!」
僕は振り返ることなく、担いでいた超巨大な斧『恋慕断絶』の柄を両手でギュッと握りしめ、自分の肉体の全霊圧を一気にその鉄塊へと流し込んだ。
そして、その場から一歩も動かず、巨大斧を自分の身体を中心に、凄まじい力任せで【全方位へ大旋回】させたのだ。
ズガァアアアアアアアアン!!!!
「なっ……っ!?」
背後から突進してきていた砕蜂の、驚愕の声が響いた。
僕が放ったのは、ただの盲目的なフルスイング。しかし、僕の身長の2倍はある肉厚の大斧が、僕の規格外の怪力によって超高速で回転した瞬間、広場に『霊圧の超巨大な竜巻(トルネード)』が発生したのだ。
刃が空気を切り裂く風圧だけで、周囲の白い回廊の壁がベリベリと強烈に剥がれ飛び、地面の石畳が爆発したように粉々に砕け散る。
あまりにも暴力的で、あまりにも広範囲な「風の盾」。
「くっ……あぁあああ!」
どれだけ砕蜂の瞬歩が神速であろうとも、広場全体を覆い尽くすほどの凄まじい暴風と衝撃波の渦の中を、無傷で突き進むことは不可能だった。
暗殺の女王である彼女の小柄な身体は、大斧の刃に触れることすらできず、ただその凄まじい「風圧の壁」に弾き飛ばされて、空中を何度も反転しながら、数十メートル先の白い壁へと着地を余儀なくされた。
ドササッ、と砂埃が舞い落ちる。
砕蜂は壁に手をつき、激しく息を切らせながら、信じられないものを見る目で僕を睨み据えていた。その美しいお下げ髪は、僕の起こした暴風によって激しく乱れている。
「お前……、私の速度に対応するのを諦め、広場ごと私を吹き飛ばしたというのか……! なんという、無茶苦茶で野蛮な戦術だ……!」
「あはは! 野蛮だなんて人聞きが悪いな。僕はただ、砕蜂ちゃんの綺麗な顔に傷をつけたくなかっただけだよ。――ほら、これならお互い無傷でしょ?」
僕はぶんぶんと巨大斧を振り回して風を払い、再びニヤリと肩に担ぎ直した。
大斧の表面に刻まれていた『蜂紋華』の紋様は、先ほどの暴風と僕の霊圧の放出によって、綺麗に掻き消えていた。
「チッ……、小癪な真似を……っ!」
砕蜂が再び地を蹴って間合いを詰めようとした、まさにその時。
広場の鐘が、ゴーン、ゴーンと、瀞霊廷全体に響き渡る不吉な音を立てて鳴り響いた。
『緊急伝達! 緊急伝達! 五番隊隊長・藍染惣右介(あいぜん そうすけ)殿が、何者かによって暗殺された! 各隊の隊長、副隊長は、直ちに緊急隊首会議へ召集せよ!』
「何……!? 藍染隊長が……暗殺された……!?」
砕蜂の動きがピタリと止まった。彼女の顔から血の気が引き、その鋭い瞳が激しく揺れ動く。隊長格の死という、瀞霊廷の歴史を揺るがす大事件の勃報。
「……命拾いしたな、旅禍。五番隊隊長の変事となれば、私がいま最優先すべきは、お前のような害虫の駆除ではない」
砕蜂は不快そうに舌を打つと、僕を一瞥し、瞬歩の一瞬でその場からかき消えるように去っていった。
「……ふぅ。今度こそ、本当に命拾いしたなぁ」
僕は巨大斧『恋慕断絶』を光の粒子に変えて消滅させると、その場にドサリとへたり込んだ。全身の筋肉が、先ほどの超高速回転の負荷で悲鳴を上げている。
しかし、藍染隊長の暗殺という大混乱のおかげで、瀞霊廷の警備はさらにパニックに陥るはずだ。
僕は痛む身体を叩き、ルキアちゃんが囚われているという巨大な白い塔――『懺罪宮(ざんざいきゅう)』を見上げた。
「待っててね、ルキアちゃん。……さて、次は四番隊のあの聖母、卯ノ花隊長に会いに行くとしますか!」
不穏な大事件の影が瀞霊廷を覆う中、千堂遥の、どこまでもブレない不純な進撃は、さらにその奥深くへと続いていくのだった。