『BLEACH 〜煩悩代行・千堂遥の現世奮闘記〜』 作:トート
四番隊舎を後にしてから、いくつかの白い回廊を駆け抜けた。
卯ノ花(うのはな)隊長の神業のような回道(かいどう)のおかげで、砕蜂(ソィフォン)ちゃんとの死闘でズタズタだった右腕の筋肉は、完全に結合し、むしろ前よりも霊圧の巡りが良くなっている。
夕焼けの茜色が、瀞霊廷(せいれいてい)の白い瓦屋根を赤く染め上げていく。
目の前にそびえ立つのは、巨大な白い塔――朽木ルキアちゃんが囚われている『懺罪宮(ざんざいきゅう)』へ続く、長くて無機質な一本の連絡橋だった。
「……やっとここまで来たな」
僕は路地裏の影から、その白い橋を見上げた。
脳内の美少女センサー……いや、僕の魂のレーダーが、あの塔の最上階から、微かに震えるルキアちゃんの切ない霊圧をハッキリと捉えていた。毎日、学校の屋上で一護(いちご)にドツかれている僕らを、呆れたように、だけど優しく見守ってくれていたルキアちゃん。
「待っててね、ルキアちゃん。今すぐそのお姫様抱っこで、現世に連れ戻してあげるからさ」
僕はへらへらとした笑みを消し、真剣な目つきで一歩、白い連絡橋へと踏み出した。
だが、その瞬間。
ドォオオオオオオン!!!!
上空から、真っ赤な炎のような激しい霊圧が連絡橋の中央へと叩きつけられた。激しい砂埃が舞い上がり、白い石畳がベリベリと強烈に捲れ上がる。
砂埃の向こうから姿を現したのは、蛇の皮のようなバンダナを頭に巻き、額に不気味な刺青を刻んだ、あの赤い髪の男だった。
六番隊副隊長、阿散井恋次(あばらい れんじ)。
「――待ちかねたぜ、旅禍(りょか)。現世の泥水の中で、大人しくのたれ死んでいれば恥をかかずに済んだものをよォ」
恋次は腰の斬魄刀(ざんぱくとう)の柄に手をかけ、狂犬のような鋭い瞳で僕を睨み据えた。
現世の激しい雨の中、圧倒的な実力の差で僕を泥水の中に這いつくばらせ、僕の『直刀』を粉々に粉砕した、最初の「壁」。
「いや〜、恋次副隊長。相変わらずガラが悪いね。せっかくルキアちゃんを迎えに来たんだから、そこを通してくれない? 邪魔する男には、僕の愛の鉄槌が下っちゃうよ?」
僕はいつものようにチャラついた笑みを浮かべ、腰の何も無い空間へと右手を伸ばした。
「――お前らの血で、戦場を飾りなよ。――『恋慕断絶(れんぼだんぜつ)』!!」
青白い霊圧の爆発と共に、僕の手の中に僕の身長の2倍はある肉厚の『超巨大な斧(バトルアックス)』が姿を現した。鈍い銀色に輝く巨大な刃が、白い石畳にドンと置かれる。その圧倒的な重量感に、恋次の眉がピクリと跳ね上がった。
「現世で白哉(びゃくや)隊長に『鎖結(さけつ)』と『魄睡(はくすい)』を壊されておきながら、死神とは違う『異形の塊』を引きずり出してきたか……。面白い。だが、俺の『蛇尾丸』が、そのデカいだけの玩具ごと噛み殺してやるよ!」
恋次は一瞬で間合いを詰めると、流れるような動作で刀を振り抜いた。
「――吠えろ、『蛇尾丸(じゃびまる)』!!」
瞬間、彼の持つ刀の刀身がガシャガシャと不気味な音を立てて節ごとに分離し、蛇の背骨のような伸縮自在の「蛇腹剣」へと変貌した。
恋次が柄を引くと、蛇尾丸の刃が生き物のようにうねりながら、僕の頭上から容赦なく襲いかかってきた。
(現世の時より、霊圧のキレが全然違う……! こいつ、本気だ!)
僕は超巨大な斧『恋慕断絶』を両手で握り直し、迫り来る蛇尾丸の刃を正面から力任せに迎え撃った。
ギィイイイイイイン!!!!!
凄まじい金属音が連絡橋に響き渡り、激しい火花が僕の顔を焼く。
蛇尾丸の幾重にも連なる刃が、僕の大斧の表面にガチガチと巻き付き、強烈な圧力をかけてくる。恋次がグッと柄を押し込み、凶暴な笑みを浮かべた。
「どうしたァ! ナンパ野郎! 自慢の馬鹿力も、俺の蛇尾丸の変幻自在の間合いの前には届かねえんだよ!」
「あはは! 確かに恋次副隊長の攻撃は激しくて痛いけど……さっきも言ったでしょ? 俺の『恋慕断絶』、ただ重いだけの斧じゃないんだよね」
僕は大斧に巻き付いた蛇尾丸の刃を、あえて外そうとはしなかった。むしろ、恋次の放つ獰猛な霊圧の衝撃を、大斧の刃で「全て正面から受け止め続けた」。
これこそが、僕の始解『恋慕断絶』の真の能力。
ナンパで軽い僕の性格とは裏腹の、【正面から受けた霊圧の衝撃を、自らの肉体と質量によって完璧に蓄積し、任意のタイミングで『倍』にして弾き返す】という、絶対的なカウンター性能。
「恋次副隊長、現世での借りを……そっくりそのまま、倍にして返すよ」
「何だと……!?」
「――『恋慕断絶』、倍加(ばいか)!!!」
僕が大斧の柄を激しく一閃した瞬間、斧の刃に蓄積されていた恋次の『蛇尾丸』の全衝撃、そして僕自身の青白い霊圧が、爆発的なエネルギーとなって一気に解放された。
ズガァアアアアアアアアン!!!!!
「なっ……がはっあぁあああっ!?」
大斧の表面から解き放たれた、青白く巨大な霊圧の衝撃波が、巻き付いていた蛇尾丸の刃を力任せに弾き飛ばし、そのまま恋次の胸元へと直撃した。
恋次の頑強な肉体が、まるで大砲の弾丸のように後ろへと吹き飛び、白い連絡橋の石畳を何十メートルも激しく転がっていく。彼の死覇装(しはくしょう)の胸元が大きく裂け、鮮血が夕焼けの空に舞った。
「はぁ、はぁ……っ。なんて……滅茶苦茶な……衝撃だ……!」
恋次は斬魄刀を地面に突き刺し、なんとか膝をついて立ち上がったが、その全身は激しく震えていた。口元から血を流し、息を切らせながらも、彼の瞳にある戦意の炎はまだ消えていなかった。
「……ルキアを……助けに来たと言ったな、旅禍」
恋次が、血に染まった顔を上げて僕を睨む。
「あぁ。毎日笑い合ってたクラスメイトを、こんな寂しい塔に閉じ込めておくなんて、男として放っておけないからね」
僕は巨大な斧を再び肩に担ぎ、真っ直ぐに恋次を見つめた。
「……フン、不純なツラしやがって。……一護も、お前も……どいつもこいつも、勝手な奴らだ」
恋次は自嘲気味に小さく笑うと、刀の柄を再び強く握り直した。その瞳から、迷いが完全に消え去っていた。
「だがな……ルキアを救いてえのは……俺も同じだァァァアアア!!!!」
恋次が、自らの魂のすべてを爆発させるかのような、凄まじい咆哮を上げた。彼の背後で、真っ赤な霊圧が巨大な蛇の幻影となって天高く燃え盛る。副隊長という地位を、死神の掟を全て投げ打ってでも、幼馴染みであるルキアちゃんを救いたいという、彼の本物の執念。
「いくぜ、千堂遥……! これが、俺の全霊の一撃だァアア!」
恋次が地面を強く蹴り、蛇尾丸を限界まで引き伸ばして、僕の命を完璧に刈り取るための最大最後の一撃を放ってきた。
真っ赤な霊圧の奔流が、白い連絡橋を粉砕しながら僕へと迫る。
「……恋次副隊長。君のその熱い想い、最高にカッコいいよ」
僕はニヤリと不敵に笑うと、巨大斧『恋慕断絶』を両手で構え、真っ正面からその真っ赤な濁流へと飛び込んだ。現世での無力な僕はもういない。大切な仲間を、そして男の意地を懸けた本当の決着をつけるために、僕は大斧を力任せに振り下ろした。