『BLEACH 〜煩悩代行・千堂遥の現世奮闘記〜』 作:トート
「おおおおおおお!!!」
真っ赤な霊圧の濁流と、僕の放った青白いカウンターの衝撃波が、連絡橋の中央で正面から激突した。
バリバリバリと空間が裂けるような凄まじい絶叫が響き渡り、茜色の夕闇を白光が覆い尽くす。
互いの魂のすべてを懸けた、最後の一撃。
砂煙がゆっくりと晴れていく。
僕――千堂 遥(せんどう はる)は、超巨大な斧『恋慕断絶(れんぼだんぜつ)』の柄を地面に突き刺し、なんとかその場に踏み止まっていた。全身の皮膚から血が滲み、呼吸は鉄の味がする。
そして僕の数メートル前方では、阿散井恋次(あばらい れんじ)が、節ごとにバラバラになった『蛇尾丸(じゃびまる)』の柄を握ったまま、ゆっくりと膝から崩れ落ちようとしていた。彼の死覇装(しはくしょう)はズタズタに裂け、その胸元からは大量の鮮血が流れ出している。
「……見事……だな……。ナンパ……野郎……」
恋次は血を吐きながらも、フッと満足げに笑い、そのまま連絡橋の石畳へと倒れ込んだ。
僕は巨大斧を引きずりながら、ボロボロの身体を動かして彼の横へと歩み寄った。へらへらとしたチャラ男の仮面は、もうどこにもない。僕は正座するように恋次の前に膝をつき、その傷だらけの顔を見つめた。
「恋次副隊長。君のルキアちゃんへの想い、本物だったよ。……めちゃくちゃ、格好良かった」
「……うる……せえよ……」
恋次は弱々しく目を細め、血に濡れた右手で、僕の学ランの胸元をギュッと強く掴んできた。
「ハル……、頼む……。俺の、プライドを……投げ打ってでも……お前に、頼む……。ルキアを……ルキアを、救ってくれ……っ!」
男泣きだった。
死神としての地位も、掟も、すべてを失ってでも、幼馴染みの少女の命だけは守りたかった。現世で僕らをゴミのように見下ろしていたあの傲慢な副隊長が、いま、僕の手を握って涙を流している。
「――あぁ。約束するよ。俺と一護(いちご)で、必ずルキアちゃんを現世に連れ戻す。だから、君は安心してここで寝てなよ」
僕が力強く頷いた、その瞬間だった。
カラン……、カラン……。
無機質な一本の連絡橋の向こう側から、静かに、しかし心臓を冷たい氷の手で直接掴まれるような、あまりにも圧倒的で冷酷な霊圧の足音が響いてきた。
血の気が引く。僕の胸の奥にある美少女センサーなんてものが、恐怖のあまり完全に結露して機能停止するほどの、絶対的な『絶望』の気配。
ゆっくりと顔を上げると、茜色の夕焼けを背に、白い気高き隊長羽織を美しくなびかせた男が立っていた。
長い黒髪に、貴族の証である高価な髪飾り『牽星箝(けんせいかん)』。
冷徹で、一切の感情を排した、星のように凍てついた瞳。
六番隊隊長、朽木白哉(くちき びゃくや)。
「……恋次。私の静止を振り切り、旅禍(りょか)に加担した挙句に敗北か。朽木家の、そして護廷十三隊の恥晒しめ」
白哉のお兄さんの声は、現世の雨の夜の時と全く変わらず、冷たく、そして残酷だった。彼は足元に倒れる恋次を一瞥すらせず、その冷徹な視線を真っ直ぐに僕へと向けた。
「ほう。現世で私が『鎖結(さけつ)』と『魄睡(はくすい)』を完全に破壊したはずだが……。人間の分際で、その折れた身体に妙な肉の塊をぶら下げて戻ってきたか」
「いや〜、白哉のお兄さん。お久しぶり。相変わらずお堅い顔一筋だね。……でもさ、折られた蛇口なら、浦原商店の地下で綺麗に直してもらったんだよね。おまけに、お兄さんをぶっ飛ばすための特大の『愛の力』も手に入れちゃってさ」
僕は震える膝を強引に叩き、へらへらとした笑みを浮かべながら立ち上がった。
恐怖で全身の細胞が悲鳴を上げている。現世で一瞬にして力を奪われたあの絶望の記憶が、脳裏を支配しようとする。だけど、胸元に残る恋次の血の温かさと、彼と交わした「約束」が、僕の足を一歩も後ろへ引かせなかった。
「――お前らの血で、戦場を飾りなよ。――『恋慕断絶(れんぼだんぜつ)』!!」
青白い霊圧の爆発と共に、僕の手の中に超巨大な斧が具現化する。僕はそれを両手で硬く握り締め、白哉に向かって真っ正面から構えた。
「その不純な霊圧の玩具が、私の前で通用すると思うな。――散れ」
白哉が静かに腰の斬魄刀を抜いた。夕焼けの光を浴びて、その美しい刀身が怪しく輝く。
「――掻き毟れ(かきむしれ)、『千本桜(せんぼんざくら)』」
瞬間、彼の持つ刀の刀身が、まるで陽炎のようにサラサラと掻き消えた。
いや、消えたのではない。刀身が無数の極小の刃へと分裂し、それが夕焼けの光を反射して、まるで「舞い散る桜の華」のように美しく、そして凶暴に空気の中を埋め尽くしたのだ。
「行くぞ、旅禍」
白哉が柄を振るった瞬間、無数の桜の刃の嵐が、凄まじい速度で僕に向かって殺到してきた。
(速い……っ! だけど、砕蜂ちゃんの時と同じだ! 避ける隙間が無いなら、まとめて吹き飛ばすまでだ!)
「――『恋慕断絶』、大旋回ァアアア!!!」
僕は自分の肉体に残された全霊圧を大斧の刃へと込め、自分を中心に巨大斧を猛烈な速度で大回転させた。
ズガァアアアアアアン!!!!
広場全体を覆い尽くすほどの霊圧の超巨大な竜巻(トルネード)が発生し、迫り来る桜の刃の嵐を、凄まじい風圧の壁で強引に弾き飛ばそうとした。
だが、朽木白哉の『千本桜』は、砕蜂の瞬歩の比ではないほどに、圧倒的で、執念深く、全方位からの『絶対的な質量』を誇っていた。
バリバリバリバリ、ギシャアアアアアアン!!!
「なっ……っ!? 風圧の壁を、突き破って……!?」
僕の放った暴風の隙間を縫うようにして、無数の桜の刃が、大斧の防衛線を強引に押し潰して侵入してきた。
次の瞬間、僕の全身の衣服が、肉体が、一瞬にして数十箇所、同時に切り裂かれた。
「がはっあぁああああああっっ!!!」
鮮血が激しく噴き出し、僕は巨大な斧を手放して、白い連絡橋の石畳へと激しく叩きつけられた。全身を襲う、肉を削ぎ落とされるような凄まじい激痛。
手放した『恋慕断絶』が、光の粒子となってサラサラと消滅していく。
「口ほどにもない。ただの風圧で防げるほど、我が千本桜は甘くはないのだよ」
白哉は刀の柄を静かに戻し、倒れ伏す僕を、まるで道端の石ころでも見るかのような冷徹な目で見下ろした。
無数の桜の刃が、再び彼の周囲へと集まり、美しい嵐となって静かに揺れている。
「やはり、人間はどこまで行っても人間。掟に牙を剥く愚か者には、死こそが相応しい」
白哉が僕の首筋に向けて、トドメの『千本桜』を放とうと手を掲げた、その絶体絶命の刹那。
連絡橋の遥か後方――懺罪宮の側から、天を衝くほどの凄まじい、黒く禍々しい霊圧が爆発的に噴き出した。
「――待たせたな、ハル!!! テメエにこれ以上、好き勝手させねえよ……朽木白哉ァアアア!!!」
黒い衣服――『死覇装(しはくしょう)』を激しくなびかせ、背中に巨大な大刀『斬月』を背負った男が、凄まじい瞬歩の速度で僕らの間に割り込んできた。
オレンジ色の髪、荒々しくも誰よりも頼もしい、僕の相棒。
黒崎一護、ついに到着。
「……一護……お前……遅いんだよ、バカ……」
僕は血を吐きながらも、フッといつもの軽い笑みを取り戻し、そのまま意識を失うように路地へと頭を伏せた。
ルキア奪還の最終決戦。双殛(そうきょく)の丘を目前に控えた白い連絡橋で、一護の黒い霊圧と、白哉の白い桜の霊圧が、いま本当の意味で激突しようとしていた。