『BLEACH 〜煩悩代行・千堂遥の現世奮闘記〜』 作:トート
「――目を覚ましなさい、このエロバカ遥!」
激しい衝撃と共に、僕――千堂 遥(せんどう はる)の意識は強引に現世へと引き戻された。
視界を覆う白い天井。鼻を突く消毒液の臭い。そして何より、僕の頬を思い切り引っ叩いた、聞き覚えのある凶暴なまでの手のひらの感触。
「……いた、たたたた! ちょっと待ってよ、たつきちゃん! 瀕死の重病人にその仕打ちはバイオレンスすぎるって……!」
僕は涙目で頬を押さえながら、上体を起こした。
驚いたことに、あれほど白哉(びゃくや)のお兄さんの『千本桜』によってズタズタに切り裂かれていた僕の肉体は、綺麗に包帯で巻かれ、胸の奥からは再び力強い霊圧がドクドクと湧き上がってきていた。
「よかった……! 本当によかった、ハルくん……!」
隣から、涙をぽろぽろと流しながら織姫(おりひめ)ちゃんが僕の無事な左手をぎゅっと握りしめてきた。その純粋な温かさに、僕の死に直面していた脳内美少女センサーが一瞬で完全復活を遂げる。
「い、井上さん……! 心配して泣いてくれたの? あぁ、もう僕、このまま井上さんと結婚して現世で幸せな家庭を――」
「あんたは地獄のフチから戻ってきてもそれね! 本当に死ねばよかったのよ!」
たつきちゃんが般若のような顔で拳をワナワナと震わせている。ツンデレたつきちゃん、やっぱり可愛い。
「カカッ! 相変わらず賑やかな小僧じゃ。白哉の『千本桜』を正面から喰らって、一晩でここまで回復するとは、浦原の言う通りおぬしの魂の器は底が知れんな」
部屋の隅、影の中からひらりと現れたのは、上着を羽織った褐色の美女――夜一(よるいち)さんだった。
彼女と四番隊の隠密な手当のおかげで、僕は一命を取り留めたらしい。白哉と一護(いちご)の戦いは、夜一さんが強引に割り込んで一護を気絶させ、連れ去る形で一時休戦となったようだ。
「夜一さん……。一護は? あいつ、無事なの?」
「一護なら、いま別の場所で『最後の修行』を行っておる。あやつは、白哉を倒すために、死神の究極の力である『卍解(ばんかい)』を手に入れようとしておるのじゃ」
夜一さんの口から語られた『卍解』という言葉。
それは、斬魄刀の能力を極限まで引き出し、戦闘力を数倍へと跳ね上げる、隊長格のみが許された絶対的な力。
「一護のやつ、また俺を置いて先に行きやがって……」
僕は苦笑いしながら、自分の右手をじっと見つめた。
僕の魂そのものである超巨大な斧『恋慕断絶(れんぼだんぜつ)』。
白哉の千本桜に正面から粉砕されたあの瞬間、僕にはハッキリと分かっていた。
大斧のカウンター能力は強力だ。だが、白哉のように「避ける隙間も無いほどの圧倒的な手数と物量」で全方位から同時に攻め立てられた場合、蓄積する前に僕の肉体が持たない。
(……もっと、強くならなきゃ。恋次(れんじ)副隊長と交わした約束も、ルキアちゃんを現世に連れ戻すって誓いも、全部嘘になっちゃう……!)
その時、瀞霊廷(せいれいてい)の全域に、重々しく、そしてどこか冷酷な鐘の音が鳴り響いた。
ゴーン……、ゴーン……。
『緊急通達。緊急通達。五番隊隊長・藍染惣右介(あいぜん そうすけ)殿暗殺に伴う混乱を鑑み、旅禍・朽木ルキアの処刑時刻を大幅に繰り上げ、本日、日の出と共に執り行う。繰り返す――』
「処刑の、朝……!」
石田雨竜が、部屋の入り口に立った状態で、悔しそうに弓を強く握りしめていた。その横には、無言で拳を固める茶渡泰虎(チャド)の姿もある。
藍染隊長暗殺による大混乱を力任せに抑え込むかのように、中央四十六室はルキアちゃんの処刑を強行することを決定したのだ。
「夜一さん、僕は行くよ」
僕は全身の包帯をバリバリと力任せに引き剥がし、ベッドから立ち上がった。まだ傷口が開き、激しい痛みが走る。だけど、そんなものはどうでもよかった。
茜色に染まり始めた東の空。その先にあるのは、処刑場である『双殛(そうきょく)の丘』。
「ハル……、お前、その身体で白哉と戦う気か? 卍解も持たぬおぬしが行っても、また同じように斬り刻まれるだけじゃぞ」
夜一さんの鋭い瞳が、僕を厳しく射抜く。
「あはは、夜一さん。僕はただのチャラい男子高校生だよ? 卍解なんて上等なものは持ってない。……でもさ、女の子の涙を放っておけるほど、俺の愛は軽くないんだよね」
僕は、腰の何も無い空間へと右手を伸ばした。
僕の胸の奥で、再びあのゲラゲラと下品に笑う大斧の意志が、激しく燃え盛るのを感じていた。
『そうだ、我が主よ! 卍解などという死神のシステムに縛られるな! お前の歪んだ、どこまでも真っ直ぐな煩悩の霊圧だけで、世界のすべてを叩き潰してやれ!』
「――お前らの血で、戦場を飾りなよ。――『恋慕断絶』!!」
青白い霊圧の爆発と共に、僕の手の中に、かつてないほどに獰猛な輝きを放つ超巨大な斧が姿を現した。自重によって床板をメキメキと粉砕する鉄の塊。その刃の表面は、白哉に負けた悔しさと、ルキアを救うという執念によって、より深く、より鋭く研ぎ澄まされていた。
「ハルくん……」
織姫ちゃんが、僕の後ろ姿を見つめて、静かに祈るように両手を胸元で合わせた。
「石田、チャド、井上さん。一護が来るまで、俺たちがルキアちゃんを守るよ。……いくぞ、みんな!」
「フン、言われなくてもそのつもりさ。野蛮な男に遅れを取る気は無いよ」
石田雨竜がマントを翻し、不敵に笑う。チャドも静かに頷き、その巨大な右腕の力を解放した。
日の出の光が、白い瀞霊廷の街並みを逆光の中に浮かび上がらせていく。
かつてない緊迫感が漂う中、満身創痍の僕らは、すべての因縁と決着をつけるため、そして一人の少女の笑顔を取り戻すために、最終決戦の舞台――双殛の丘へと向かって、一斉に地面を強く蹴り出した。