『BLEACH 〜煩悩代行・千堂遥の現世奮闘記〜』 作:トート
「……一体、何が起きてるんだよ……っ!」
朽木白哉(くちき びゃくや)のお兄さんとの壮絶な死闘を終え、双殛(そうきょく)の丘の冷たい地面に大の字になって寝転んでいた僕――千堂 遥(せんどう はる)は、強引に重い身体を突き動かして立ち上がった。
隣にいた一護(いちご)も、漆黒の卍解(ばんかい)『天鎖斬月』を杖代わりにしながら、信じられないものを見る目で丘の中央へと視線を注いでいる。
ルキアちゃんを救出し、白哉のお兄さんにも敗北を認めさせ、すべてが終わったはずだった。
だが、その安堵を切り裂くようにして、双殛の丘に設置されていた巨大な処刑台の跡地から、不気味で、底知れない、神の領域に達したかのような圧倒的な霊圧が立ち昇ったのだ。
砂煙がゆっくりと晴れていく。
そこに立っていたのは、数日前に「何者かによって暗殺された」はずの、五番隊隊長――藍染惣右介(あいぜん そうすけ)だった。
穏やかだったはずの眼鏡の奥の瞳は、いまや氷のように冷たく、すべてを見下すような絶対的な傲慢さに満ち溢れている。彼の背後には、不気味な市松人形のような薄笑いを浮かべた市丸ギン(いちまる ぎん)と、九番隊隊長の東仙要(とうせん かなめ)が、静かに控えていた。
そして藍染の右腕には、ぐったりと意識を失ったルキアちゃんの小さな身体が、無造作に抱えられていた。
「藍、染……隊長……? どうして、あんたが生きて……っ!」
一護が血を吐きながらも、怒りを露わにして叫ぶ。
「おや、驚くようなことでは無いよ、黒崎一護。そして――千堂遥。君たちが現世からここへ来る前から、すべては私の手のひらの上で踊っていたに過ぎないのだからね」
藍染は、いつもの穏やかな口調のまま、残酷な事実を淡々と語り始めた。
自分の死を偽装し、中央四十六室を皆殺しにして自らその跡座に座り、ルキアちゃんの処刑を裏で強行させていたこと。そのすべての目的は、ルキアちゃんの魂の最奥に隠された、浦原喜助(うらはら きすけ)の最高傑作――死神と虚(ホロウ)の境界を破壊する物質『崩玉(ほうぎょく)』を奪い取ること。
「ハルくん! 黒崎くん!」
丘の麓から、有沢たつきに支えられた織姫(おりひめ)ちゃんが、悲鳴のような声を上げて駆け上がってきた。石田雨竜や茶渡泰虎(チャド)も、それぞれの武器を構え直しながら、藍染の放つ絶望的な霊圧の前に冷や汗を流している。
「たつきちゃん! 井上さん! 来ちゃダメだ!」
僕は叫んだ。
僕の胸の奥の美少女センサー……いや、僕の魂のレーダーが、目の前にいる藍染という男から放たれている『絶対的な死の気配』を察知して、壊れた時計のように激しく警告を鳴らし続けていた。
白哉のお兄さんもバケモノだった。だけど、この藍染という男は、次元が違う。立っているだけで、僕らの魂そのものを消滅させてしまいそうなほどの、天をも圧する絶望の塊。
「さあ、お喋りは終わりにしよう。ルキアの体内から、崩玉を回収させてもらうよ」
藍染が右手をルキアちゃんの胸元へと突き立てた。彼の手に握られたのは、怪しく光る小さな結晶――『崩玉』。用済みとなったルキアちゃんの身体が、ゴミのように地面へと放り出される。
「テメエ……ッ!!!」
一護が激昂し、最後の霊圧を振り絞って天鎖斬月を構えて藍染へと突進した。
石田が光の矢を放ち、チャドの巨大な右腕が唸りを上げる。たつきちゃんも、両拳に青白い霊圧をガチガチに纏わせて、一護に続いて地を蹴った。
だが、藍染は刀を抜きさえしなかった。
ただ、その人差し指を軽く一振りしただけだった。
ドガァアアアアアアアアン!!!!
「がはっ……っ!?」
「うわぁあああっっ!?」
一護の黒い刃は藍染の指一本で完璧に受け止められ、石田の矢もチャドの拳も、ただの霊圧の障壁によって木っ端微塵に粉砕された。さらに、突撃したたつきちゃんのボディーへ、市丸ギンの『神鎗(しんそう)』の風圧が容赦なく叩きつけられた。
「きゃああああっっ!」
たつきちゃんの身体が、激しく後ろへと吹き飛ばされる。
「――たつきちゃんに……何すんだよ、テメエらぁああああ!!!」
大好きな幼馴染みが傷つけられたその瞬間、僕の脳内で、残されたすべての煩悩と怒りのエネルギーが爆発した。
死に体の肉体が、信じられないほどの霊圧を再び引きずり出す。
「――お前らの血で、戦場を飾りなよ。――『恋慕断絶(れんぼだんぜつ)』!!」
ドオオオオオン!!!
僕の魂の叫びに応じるようにして、かつてないほどに獰猛に狂い咲く、超巨大な斧『恋慕断絶』が僕の手の中に具現化した。鈍い銀色の刃が、バチバチと青白い限界突破の雷を放ちながら、藍染の脳天へと向かって真っ正面から振り下ろされる。
白哉の千本桜の衝撃を全て記憶した、僕の最大最後の『倍返し』の一撃。
「ほう。死神の力の源を壊されながら、自らの『魂の形』そのものをこれほどの質量に変えたか。千堂遥……君のその特異な力は、実にもっと観察してみたいサンプルだったがね」
藍染は、迫り来る巨大斧の刃を見つめながら、フッと不敵な笑みを浮かべた。
そして、彼は自らの斬魄刀『鏡花水月(きょうかすいげつ)』を、ほんのわずかに鞘から抜いてみせた。
「――だが、私の前では、ただの大きな玩具に過ぎないよ」
ガギィィィィィィィィィィィン!!!!!
凄まじい衝撃波が丘の上を吹き飛ばした。
だが、僕の手応えは最悪だった。僕の全力の一撃は、藍染の抜いた刀の『たった一枚の刃の側面』によって、完璧に、赤子の手をひねるかのように受け止められていたのだ。蓄積した衝撃を解放しようとした『恋慕断絶』の能力さえも、彼の圧倒的な霊圧の壁の前に、発動することすら許されずに内部で完全に押し潰された。
「な……っ!? 俺のカウンターが、効いてない……っ!?」
「君の能力は【受けた霊圧の衝撃を蓄積する】ことだろう? ならば、最初から君の斧に衝撃を『与えなければ』いいだけの話さ。……鏡に映る幻に、重さは伝わらないのだからね」
藍染の眼鏡の奥の目が、妖しく光った。
次の瞬間、僕の目の前にいた藍染の姿が、陽炎のようにサラサラと掻き消えた。
(消えた……!? いや、違う! 最初から、俺は誰を斬ってたんだ……っ!?)
ハッと気づいた時には、僕の胸元に、冷たく鋭い刃が真っ直ぐに突き立てられていた。
藍染の『鏡花水月』の完全催眠。僕は最初から、彼の術によって完璧に視覚を狂わされ、何もない空間に向かって斧を振り下ろしていたのだ。
「がはっ……あ……っ!!」
鮮血が激しく噴き出し、僕の超巨大な斧『恋慕断絶』が、音を立てて粉々に砕け散り、光の粒子となって消滅した。僕はそのまま力なく、双殛の丘の冷たい地面へと叩きつけられた。意識が急速に遠のいていく。
「ハルくーーーーん!!!」
織姫ちゃんの悲鳴が、夕焼けの空に虚しく響き渡る。
藍染は倒れた僕らを一瞥すらせず、奪い取った崩玉を高く掲げた。上空の空がバリバリと不吉な音を立てて引きちぎられ、そこから無数の巨大な虚(メノスグランデ)の群れが姿を現す。
彼らが放った黄色の光の柱――『反膜(ネガシオン)』が、藍染、市丸、東仙の三人の身体を包み込み、ゆっくりと天へと引き上げていく。
「――憧れは、理解から最も遠い感情だよ。……さらばだ、死神の少年たち。そして、現世の旅禍ども。これからは、私が天に立つ」
眼鏡を外し、前髪をラフに上げた藍染の、冷酷で圧倒的な神の宣告。
護廷十三隊の隊長たちが揃い踏みしながらも、その光の結界の前に、誰も手を出すことができなかった。
こうして、瀞霊廷の歴史を揺るがす大反逆劇は、藍染たちの虚圏(ウェコムンド)への逃亡という、最悪の結末を以て幕を閉じた。
地面に倒れ、夕焼け空を見上げながら、僕は自分の無力さに、そして奪われたルキアちゃんの切ない涙の顔を思い出し、ただ静かに悔し涙を流すことしかできなかった。