『BLEACH 〜煩悩代行・千堂遥の現世奮闘記〜』 作:トート
翌日の放課後、空座第一高校の屋上。
そこには、腕組みをして仁王立ちする有沢たつきと、黒崎一護の姿があった。
「さあ、千堂 遥。言い訳は聞かないわ。全部吐きなさい」
「……ハル、お前昨日、俺の刀見て『コスプレ』って言ったよな。あれ、絶対わざとだろ」
2人からの凄まじいプレッシャーを受けながら、僕――千堂 遥(せんどう はる)は、地べたに正座させられていた。
「いや〜、二人とも顔が怖いって。そんなに僕を見つめないでよ、照れるじゃん?」
「お前、この状況でよくそんなセリフが出てくるな!」
一護が呆れたように怒鳴る。その横で、井上織姫だけが「ハルくん、お団子食べる?」と、のんきに串団子を差し出してくれていた。やっぱり織姫は天使だ。
「……で、ハル。お前、その力はいつからだ?」
一護が真面目なトーンで問いかけてくる。
僕はため息をつき、正座を崩して頭を掻いた。
「物心ついた時から、あの化け物(虚)は視えてたよ。でも、刀を出せたのは昨日が初めて。井上さんとたつきちゃんが襲われそうになって、脳内で『女の子を守れ!』って煩悩が爆発したら、なんか覚醒しちゃった」
「動機が最低だけど、昨日助けてくれたのは事実よね……。ありがと、ハル」
たつきが少し顔を赤くして、そっぽを向く。ツンデレたつきちゃん、最高に可愛い。
「まぁ、事情はわかった。だったら話は早い。ハル、お前も俺の戦いに――」
一護がそう言いかけた、まさにその時。
「おい、そこな小僧ども。神妙な顔をして何の話をしておる」
フェンスの上から、低く、どこか渋い男のような声が響いた。
見上げると、そこには1匹の『黒猫』が座っていた。
「うおっ!? 猫が喋った!?」
一護が飛び退く。織姫は「わぁ、可愛い黒猫さん!」と目を輝かせている。
僕はというと、その黒猫が放つ、ただ者ではない洗練された霊圧に肌を粟立たせていた。
「……猫のくせに、随分と上質な霊圧を持ってるね。もしヤ君、可愛い女の子の生まれ変わりだったりする?」
「カカッ、面白い小僧じゃ。女子(おなご)の身体が恋しければ、いずれ拝ませてやらんでもないぞ」
黒猫は琥珀色の瞳を怪しく光らせてニヤリと笑うと、ひらりとフェンスから飛び降りた。
「我が名は夜一(よるいち)。一護、そして遥。おぬしらの力、近く大きなうねりに巻き込まれることになる。精々、牙を研いでおくことじゃな」
意味深な言葉を残し、黒猫の夜一さんは影に溶けるように姿を消した。それが、僕らの運命が大きく狂い出す前触れだった。
その日の夜、現世の街に激しい雨が降り注いでいた。
ルキアの霊圧が異常に乱れていることを察知した僕と一護は、豪雨の路地裏へと駆けつけた。
そこにいたのは、血を流して倒れている朽木ルキアと、彼女を冷徹な目で見下ろす2人の死神。
一人は赤い髪の男――阿散井恋次(あばらい れんじ)。
そしてもう一人は、圧倒的な威厳を放つ、黒髪の男――朽木白哉(くちき びゃくや)。
「ルキアちゃん!!」
僕が路地裏に飛び込むと、連行されようとしていたルキアが目を見開いた。
「ハル!? 一護!? 来るな! お前たちまで巻き込まれるぞ!」
「ルキアちゃんを連れていかせないよ。……それにしても、そっちの赤い髪の人、随分ガラが悪いね。僕のルキアちゃんに変な真似したら怒るよ?」
「あぁ!? なんだテメエは、ただの人間が死神に口答えしてんじゃねえぞ!」
恋次が激昂し、その斬魄刀『蛇尾丸(じゃびまる)』を抜いて僕に襲いかかってきた。
「――『咲き誇れ』!」
僕が叫ぶと、手の中に青白い霊圧の直刀が具現化する。
火花を散らし、恋次の重い一撃を刀で受け止める。だが、昨日覚醒したばかりの僕の刀では、訓練を積んだ席官の重圧に押し潰されそうになる。
「がはっ……!」
「口ほどにもねえな! 散れ、人間!」
恋次の蹴りが僕の腹にめり込み、僕は泥水の中を激しく転がった。横では、一護もまた、圧倒的な力の前に血を流して倒れていた。
さらに、これまで動かなかった朽木白哉が、静かに一歩前に出た。彼の瞳には、僕らの姿など映ってもいないようだった。
白哉が刀の柄に手をかけた瞬間、僕の全身の毛穴が恐怖で開きかけた。
「……どきなよ、お兄さん。――『咲き誇れ』ぁあああ!」
僕は痛む体に鞭打ち、ありったけの霊圧を込めて白哉へ突撃した。
だが、次の瞬間。
パツン……ッ!!!
何が起きたのか、分からなかった。
白哉は刀すら抜いていない。ただ、僕の横をすれ違っただけのように見えた。
「が……はっ……あ、が……っ!?」
凄まじい衝撃の後、僕の胸と背中の中心部に、焼けるような激痛が走った。
白哉の超高速の移動術『瞬歩(しゅんぽ)』による突き。僕の『鎖結(さけつ)』と『魄睡(はくすい)』――魂の中で死神の力を生み出し、体に巡らせるための2つの要害が、一瞬で、完全に破壊されたのだ。
「ハル!!」
ルキアの悲鳴が雨音に消える。
手の中から、具現化していた青白い刀が光の粒子となってサラサラと崩れ落ちていく。
どれだけ力を込めようとしても、胸の奥の「蛇口」が根元からへし折られたように、霊圧が全く湧き上がってこない。
「嘘だろ……力が……消え、る……」
圧倒的な絶望感と、魂を削られたような虚脱感。
僕はそのまま力なく、冷たい泥水が溜まったアスファルトの上へ頽(くずお)れた。意識が急速に遠のいていく。
白哉は倒れた僕を一瞥すらせず、ルキアの元へ歩を進める。
「人間の分際で、死神の掟に牙を剥く愚か者には――死を」
白哉が今度こそトドメの刀を抜こうとした、その刹那。
激しい雨の暗闇を切り裂いて、一匹の黒い影が白哉の足元へ滑り込んだ。
「……っ!?」
白哉が微かに眉を動かし、刃を止める。
僕らの前に立ちはだかったのは、昼間に屋上で出会った黒猫の夜一だった。
「朽木白哉。この場は、妾(わらわ)に免じて引いてはくれぬか。すでにその2人の力は完全に壊した。もう追う価値もあるまい」
「……夜一、か。何故お前がここにいる」
白哉の冷徹な声に、夜一さんはフッと鼻を鳴らす。
「この小僧どもは、まだ死なせるわけにはいかんでな」
白哉はしばらく夜一さんを凝視していたが、やがて静かに刀を収めた。
「……行くぞ、恋次」
ルキアは涙を流しながら、白哉たちと共に光の中へと消えていった。
僕は完全に消えた自分の力を呪いながら、暗闇の中へと意識を落とした。
数日後、浦原商店の地下空間。
体中を包帯だらけにした僕は、木刀を構えて息を切らせていた。
「いや〜、ハルさん。死神の力を完全に失っても、その『女の子を助けたい』という執念だけでここまで動けるとは、恐れ入りました」
帽子を被った怪しい男――浦原喜助が、扇子で口元を隠しながら笑っている。
その浦原の肩には、あの黒猫の夜一さんがちょこんと乗っていた。
「うるさいな、浦原さん……。僕はルキアちゃんを助けに行くって決めたんだ。……それにさ」
僕は木刀をギュッと握り直し、夜一さんを見つめて不敵に笑ってみせた。
「夜一さん、あんたさっき『女子(おなご)の身体を拝ませてやる』って言ったよね? 猫の姿も可愛いけど、元の姿は絶対とびきりの美人だろ? 僕はあんたの正体を見るためにも、壊された力以上のものを手に入れて、絶対にソウル・ソサエティに行ってやるよ!」
夜一さんは一瞬驚いたように目を見開いた後、ククク、と喉を鳴らして笑った。
「カカッ! 言うようになったのう、ハル。良い。妾の真の姿が見たければ、浦原の修行を死ぬ気で生き延びて、その失った力を超える器を証明してみせよ!」
隣では、同じく修行を終えた一護が、「まったく、お前はどこに行っても変わらねえな」と呆れながらも、頼もしそうな笑顔を浮かべていた。
ルキアを救うため、そしてまだ見ぬ美人の死神たち(+夜一さんの素顔)のため。
千堂遥の、失った死神の力を取り戻し、さらなる異形の力へと覚醒するための地獄の特訓が、いま幕を開けた。