『BLEACH 〜煩悩代行・千堂遥の現世奮闘記〜』 作:トート
「なによ、その霊圧……。折れた『蛇口』から直接海を引きずり出してきたみたいな、滅茶苦茶な密度じゃないの……!」
十番隊道場の敷地内。激しく舞い上がる砂埃の向こう側で、十番隊副隊長・松本乱菊は、手にした斬魄刀『灰猫』の柄を握り直しながら、美しくも鋭い眉をこれ以上ないほど不快そうに歪めていた。
彼女が驚愕するのも無理はなかった。僕――千堂 遥(せんどう はる)の全身から噴き出している青白い霊圧は、すでに周囲の空間そのものを物理的に歪ませ、大気をパチパチと不気味な音を立てて焼き焦がしていたからだ。
現世の雨の中で、朽木白哉によって死神の力の源である『鎖結(さけつ)』と『魄睡(はくすい)』を完全に破壊された。普通なら、霊力を認識することすらできずに一生を終えるはずの致命傷。だが、僕の魂の最奥にある歪んだ、しかしどこまでも真っ直ぐな「煩悩」は、そんな世界の掟すら力任せに踏み潰していた。
「あはは! 言ったでしょ、乱菊さん。僕の愛は見た目以上に重いんだよ!」
僕は、自分の身長の2倍はあろうかという肉厚の超巨大斧『恋慕断絶(れんぼだんぜつ)』を、片手でひょいと軽々と持ち上げ、見せつけるように肩へとドン、と担ぎ直した。鈍い銀色に輝く巨大な刃が、ただそこにあるだけで、十番隊の頑丈な床板を自重によってメキメキと粉砕していく。
「お調子者が……! どこまでその余裕が持つか、試してあげるわ!」
乱菊さんの艶やかな瞳の奥に、本物の死神の冷徹な殺気が宿る。彼女は流れるような動作で『灰猫』を前方に構え、その艶やかな唇から静かに、しかし冷酷な解号を紡ぎ出した。
「――唸れ、『灰猫(はいねこ)』!」
瞬間、彼女の持つ刀の刀身が、まるで蜃気楼のようにサラサラと崩れ落ち、赤黒い輝きを帯びた「灰の煙」へと姿を変えた。刀身を失い、柄だけを握る乱菊さん。しかし、その周囲を取り巻く灰の煙こそが、彼女の斬魄刀の本体だった。
「行くわよ、現世の迷子くん!」
乱菊さんが柄を大きく一振りした瞬間、僕の周囲を取り囲んでいた灰の煙が、まるで生き物のような意志を持って一斉に僕の身体へと襲いかかってきた。
(……速い! しかも、ただの煙じゃない!)
視界のすべてが灰色の煙で覆い尽くされる。避ける隙間などどこにもない。
次の瞬間、乱菊さんが「弾け」と短く呟いた。
ドカァアアアアアン!!!!
煙が触れていた僕の周囲の空間が、凄まじい衝撃を伴って大爆発を起こした。爆風が十番隊の建物の屋根を派手に吹き飛ばし、激しい炎と煙が渦巻く。
『灰猫』の能力。それは、刀身を灰に変えて敵に纏わせ、その灰が触れている箇所を自由自在に爆発・切断する、極めて凶悪な広範囲攻撃。
「ふぅ……。ちょっとやりすぎちゃったかしら。隊長に怒られ――」
乱菊さんが酒瓶を置いてため息をつきかけた、その時だった。
「――いや〜、危ない危ない! 爆発する煙なんて、乱菊さんの見た目に反して随分とバイオレンスだね!」
「なっ……っ!?」
もうもうと立ち込める黒煙を強引に切り裂いて、僕の元気な声が響き渡った。
乱菊さんが目を見開く。黒煙の向こうから現れた僕は、制服の袖が少し焦げているものの、身体には傷一つ負っていなかった。僕の前方には、盾のように掲げられた超巨大な斧『恋慕断絶』が、鈍い銀色の輝きを放ちながら鎮座していた。
「馬鹿な……! 『灰猫』の爆発を正面から受けて、無傷だっていうの!?」
「無傷じゃないよ、お気に入りの学ランが汚れちゃった。……でもさ、乱菊さん。俺の『恋慕断絶』、ただ重いだけの斧じゃないんだよね」
僕はニヤリと笑うと、巨大斧を地面から引き抜いた。
『恋慕断絶』の真の能力。それは、ナンパで軽い僕の性格を皮肉るかのような、【正面から受けた霊圧の衝撃を、自らの質量と霊圧によって『倍』にして弾き返す】という、あまりにも凶暴なカウンター能力。
「さっきの爆発の衝撃……そのままお返しするよ。――『恋慕断絶』、倍加(ばいか)!!」
僕が巨大斧を乱菊さんに向かって思い切り一振りした瞬間、斧の刃から、先ほどの『灰猫』の爆発を遥かに凌駕する、青白い霊圧の超巨大な衝撃波が解き放たれた。
ズドドドドドドドガアアアアアアン!!!!
「くっ……!? 何よこれぇ!」
衝撃波は十番隊の敷地の地面をベリベリと強烈に捲り上げながら、凄まじい速度で乱菊さんへと突進していく。乱菊さんは慌てて残りの灰の煙を自分の前方に集め、何重もの強固な「灰の盾」を作り上げた。
しかし、倍に膨れ上がった自分の爆発の衝撃を受け止めるには、その盾はあまりにも脆かった。
バリバリバリ、ドガァン! と激しい音を立てて灰の盾が木っ端微塵に粉砕される。乱菊さんの美しい身体が、風圧だけで後ろへと大きく吹き飛ばされ、縁側の柱に背中を激しく叩きつけられた。
「がはっ……! つううう……、なんて馬鹿力なのよ……っ!」
乱菊さんが胸を押さえ、苦痛に顔を歪める。衣服の隙間から覗く豊かな胸元が、激しい呼吸と共に大きく上下していた。
そのあまりにもセクシーな姿に、僕の脳内美少女センサーが再び限界を突破した。
「うおおおおお! 苦しむ乱菊さんも最高に艶めかしい! でも、美人に怪我をさせるのは男の恥だ! 乱菊さん、今すぐ僕がその胸の痛みを優しく揉み解して――」
「揉み解すのは、こっちのセリフだ。――旅禍」
不意に、僕の背後から、現世の冬の夜気をそのまま凝縮したかのような、骨の髄まで凍りつくような冷徹な少年の声が響いた。
(……っ!? この冷気、そしてこの圧倒的な霊圧の密度……!)
振り返るよりも早く、僕の足元の地面がメキメキと音を立てて真っ白に凍りついていく。僕の野生の勘が、これまでにない最大級の警報を脳内で鳴り響かせていた。
ゆっくりと振り返ると、そこには、十番隊の白い羽織をなびかせた、氷のように冷たい瞳を持つ銀髪の少年が、背中の斬魄刀に手をかけた状態で静かに立っていた。
十番隊隊長、日番谷冬獅郎(ひつぎや とうしろう)。
「隊長……っ! ごめんなさい、手惑っちゃって……」
乱菊さんが柱に寄りかかりながら、悔しそうに声を出す。
「下がっていろ、乱菊。……現世の人間にしては、妙な術を使うようだがな。我が十番隊の敷地でこれ以上暴れるというのなら、容赦はせん」
日番谷隊長が、背中の『氷輪丸(ひょうりんまる)』の柄をゆっくりと握りしめる。その瞬間、十番隊の道場全体、いや、周囲の空域のすべてが一瞬で凍てつく白銀の世界へと変貌し始めた。
(まずい……! 副隊長クラスなら『恋慕断絶』のカウンターで圧倒できたけど、本物の『隊長格』が本気で出てくるのは、今の僕じゃまだ荷が重すぎる……!)
僕は冷や汗を流しながらも、巨大斧を構え直し、不敵な笑みを崩さなかった。美人の乱菊さんの前で、無様に背中を向けて逃げ出すような格好悪い真似だけは、男・千堂遥のプライドが絶対に許さなかったからだ。
「あはは、十番隊の隊長さんは、随分と冷たい歓迎をしてくれるんだね。……でも、俺の愛の炎は、そのくらいの氷じゃ消せないよ!」
「口の減らない旅禍だ。――霜天に坐せ(そうてんにざせ)」
日番谷が刀を抜こうとした、まさにその刹那。
ドガアアアアアアアン!!!!
十番隊の敷地から数ブロック離れた瀞霊廷の中心部から、天を衝くほどの巨大な霊圧の爆発音と、凄まじい土煙が巻き上がった。その爆発の霊圧には、あまりにも見覚えのある「オレンジ色の髪の男」の荒々しい霊圧が混ざっていた。
「一護の奴、もう別の隊長格とやり合ってんのかよ……! 相変わらず人騒がせな奴だな!」
僕はその爆発の隙を逃さなかった。
巨大斧『恋慕断絶』を全力で横一文字に振り抜き、十番隊の地面の砂を猛烈な風圧で巻き上げて、即席の巨大な砂煙のカーテンを作り出した。
「なっ……、目眩出しか! 乱菊、追うぞ!」
日番谷隊長の声が砂煙の向こうで響く。
「乱菊さん! 次に会う時は、絶対にデートしてねーーー!」
僕は砂煙の中に紛れ、持ち前の身体能力を極限まで引き出して、十番隊の敷地から跳躍し、白い瓦屋根を伝って目にも留まらぬ速さでその場から撤退した。
背後から追いかけてくる十番隊の冷たい霊圧を背中で感じながら、僕は瀞霊廷のさらに奥深くへと、足音を消して疾走していくのだった。