午後の訓練は、武器を替えながら行われた。
片手剣から始まり、太刀、大剣、槍、双剣、ハンマーへ。
武器棚から順番に取り出されるたび、訓練生たちの顔は少しずつ変わった。得意な武器に当たった者は笑い、不得意な武器に当たった者は眉をひそめる。それでも大抵の者は、ぎこちなくとも振ることはできた。
カナメは、できなかった。
片手剣を持てば、盾を構える位置が遅れた。
剣を振るより先に、相手の足元を見てしまう。次にどちらへ踏み込むか。自分が下がれば誰の邪魔になるか。盾を上げるべきか、避けるべきか。
その迷いの間に、木剣が腕を叩いた。
「遅い!」
相手役の訓練生が声を上げる。
カナメはよろめき、片手剣を落としそうになった。
「す、すみま――」
言いかけて、止める。
謝るところではない。
けれど、止めた言葉が喉に残り、胸の奥を重くした。
太刀では、抜く前に詰められた。
鞘から刃を出す。その動作の途中で、相手の踏み込みが見えた。見えたからこそ、カナメは半歩下がった。下がったせいで抜刀の角度が崩れ、太刀の先が地面を擦った。
木の刃先が土を削る。
笑い声が起きた。
「また抜けてないぞ!」
「太刀に謝れよ!」
ボンバーが前に出ようとしたが、カナメは首を振った。
ロクは耳を伏せたまま、地面の匂いを嗅ぐふりをしていた。だが、その目はずっとカナメを見ていた。
大剣は、持ち上げるだけで肩が沈んだ。
重かった。
ただの重さではない。
振れば大きく身体が開く。外せば隙になる。誰かが横にいたら巻き込む。そんなことばかり考えてしまい、構えたまま動けない。
「振れ!」
相手が叫ぶ。
カナメは必死に大剣を振ろうとした。
だが、刃が動くより先に足が負けた。
重心が崩れ、膝が土に落ちる。大剣の先が地面に刺さり、身体だけが前へつんのめった。
どっと笑いが広がった。
「武器に振られてる!」
「大剣の方が主人だな!」
カナメは膝についた土を見た。
白い訓練服が、もう白ではなくなっている。
泥。擦れ。汗。土。
汚れているのに、強くなった気はしなかった。
ただ、失敗の形だけが増えていく。
槍では、間合いを取りすぎた。
遠くから突ける武器だと聞いていた。だから少しだけ安心できるかもしれないと思った。だが、実際に構えると違った。
槍は長い。
自分の前に長い線が伸びる。
その線の先が、相手へ届く。
届くということが、怖かった。
近づきたくないから遠くにいるのではない。遠くからでも誰かを傷つける形を、自分の手で作ることが怖かった。
突き出した穂先は、相手の胸より横へ逸れた。
「どこ狙ってるんだよ」
笑い声。
カナメは槍を引き戻そうとして、柄の長さを持て余した。後ろにいた訓練生に当たりかけ、慌てて止める。
「危ないな!」
「す、すみません!」
今度は止められなかった。
言った瞬間、ボンバーが悔しそうに下を向いた。
ロクの尾も下がる。
双剣は、速すぎた。
両手に一本ずつ握ると、訓練生たちは軽快に動いた。踏み込み、斬り払い、身をひねる。狭い距離で相手の懐に入る武器。
カナメは最初の一歩で止まった。
近い。
近すぎる。
相手の呼吸が聞こえる。足が見える。腕が動く。双剣を振るには、自分の身体も前へ投げ出さなければならない。
できなかった。
相手が軽く踏み込む。カナメは下がる。さらに下がる。双剣を構えたまま、ただ逃げる形になった。
「おい、戦えよ!」
木の双剣が軽く肩を叩く。
痛みは浅い。
だが、心の奥には深く残った。
ハンマーは、論外だった。
持ち上げようとして、腕が震えた。
ボンバーが心配そうに見上げる。
「カナメ、無理しすぎニャ」
「大丈夫」
そう言ったが、大丈夫ではなかった。
ハンマーを肩に乗せるだけで、身体が後ろへ持っていかれる。振り上げれば視界が塞がる。振り下ろす前に、相手がどこへ動くか分からなくなる。
カナメは一度だけ振った。
空を切った。
勢いに身体がついていかず、そのまま尻もちをついた。
広場が笑いに包まれた。
「全滅だ!」
「近接武器、全部駄目じゃん!」
「これでハンター候補生って、本気かよ!」
誰かが言った。
「弾でも撃ってろよ」
その言葉だけが、妙に静かに聞こえた。
弾。
カナメの頭に、家の棚の布包みが浮かんだ。
母のライトボウガン。
触れてはいけないと思っていたもの。
自分にはまだ早いと思っていたもの。
そして、もしかしたら自分が見ないようにしていたもの。
けれど今、その言葉は救いではなく、嘲りとして投げられた。
弾でも撃ってろ。
近づけない者。
斬れない者。
振れない者。
前に出られない者。
そう言われた気がした。
カナメは立ち上がろうとした。
膝に力が入らない。
土の上に置いた手が震えている。
ボンバーが駆け寄った。
「カナメ!」
ロクも寄り添うように前脚を曲げた。
カナメは、二人の方を見られなかった。
自分が情けなかった。
二人も笑われている。
自分のせいで、同じ組として見られている。
自分がもっと強ければ、ボンバーもロクも、こんな目で見られずに済むのかもしれない。
「……ごめん」
小さくこぼれた。
ボンバーが目を吊り上げる。
「謝るところじゃないニャ!」
その声は怒っていた。
カナメにではない。
謝らせるもの全部に怒っているようだった。
けれどカナメは、うまく答えられなかった。
ウツシ教官の足音が近づいてくる。
広場の笑い声は、まだ残っていた。
ウツシ教官はカナメの前でしゃがんだ。
「立てる?」
「……はい」
カナメは何とか立ち上がった。
膝が震える。
手も震える。
近接武器の訓練を一通り終えた身体は、疲れ切っていた。だが、本当に疲れているのは身体ではなかった。
どの武器も駄目だった。
片手剣も、太刀も、大剣も、槍も、双剣も、ハンマーも。
全滅。
誰かが言ったその言葉は、ひどく正確だった。
ウツシ教官は、落ちたハンマーを拾い、武器棚へ戻した。
それから、訓練生たちへ向き直る。
「今日の近接訓練はここまで」
「え、もう終わりですか?」
「まだできるぞ!」
何人かが不満げに言う。
ウツシ教官は笑っていた。
だが、その声は少し低くなった。
「できる者が、できない者を笑うための時間じゃないよ」
広場が静まった。
カナメは顔を上げられなかった。
自分のせいで空気が変わったと思った。
また迷惑をかけた。
そう思った瞬間、喉元まで謝罪が込み上げる。
しかし、ウツシ教官の声が続いた。
「武器が合わない日はある。身体に合わない武器もある。見ているものと噛み合わない武器もある。それを見つけるのも訓練だ」
誰かが小さく息を吐いた。
納得していない気配もあった。
それでも、誰も大きく笑わなかった。
ウツシ教官はカナメを見た。
「カナメ」
「……はい」
「今日は、よく最後まで持った」
カナメは言葉を失った。
できなかったのに。
全部、失敗したのに。
ウツシ教官は、できたことを探すように言った。
「途中で投げなかった。痛くても戻ってきた。周囲を見すぎて遅れたけど、周囲を見ようとはしていた」
「でも……」
カナメの声はかすれた。
「俺、全部……駄目でした」
言ってしまうと、胸の奥が空っぽになった。
ウツシ教官は、すぐには否定しなかった。
それが少し怖かった。
「うん。近接武器は、今の君にはかなり厳しい」
はっきりと言われた。
カナメの指が、ぎゅっと握られる。
分かっていた。
けれど、言葉にされると痛かった。
「でもね」
ウツシ教官は、訓練所の奥を見た。
そこには、射撃場があった。
黒く窪んだ的。何度も弾を受けた木板。火薬の匂いが染みついた場所。
「武器は、近接だけじゃない」
カナメは息を止めた。
ボンバーが顔を上げる。
ロクも耳を動かす。
ウツシ教官は、まだ射撃場を見ていた。
「逃げるためじゃない。楽をするためでもない。君が見ているものと、距離が合う武器があるかもしれない」
カナメの胸が、どくんと鳴った。
弾でも撃ってろ。
さっき投げられた嘲りの言葉。
だがウツシ教官の言葉は、それとは違っていた。
逃げではない。
楽ではない。
距離が合う武器。
それが本当にあるのか、カナメには分からない。
分からないから、怖かった。
けれど、射撃場の方から吹いてきた風には、火薬と木の焦げた匂いが混ざっていた。
家の棚に眠る布包みのことを、また思い出す。
母のライトボウガン。
まだ触れていない。
まだ向き合っていない。
けれど、そこにあるもの。
ウツシ教官は、いつもの明るい笑顔に戻った。
「今日はここまで。無理に答えを出さなくていい。まず休むこと」
ボンバーがすぐに言った。
「休むニャ! 薬草湯飲むニャ!」
ロクがカナメの袖を軽くくわえ、広場の外れへ引いた。
休め、ということらしい。
カナメは抵抗しなかった。
歩きながら、背後の武器棚を一度振り返った。
片手剣。
太刀。
大剣。
槍。
双剣。
ハンマー。
どれも、今日のカナメには届かなかった。
いや、カナメが届かなかった。
その事実は消えない。
悔しさも、恥ずかしさも、胸の奥に残っている。
だが、訓練所の奥にはもう一つの場所があった。
まだ行ったことのない射撃場。
白い訓練服に弾痕はない。
けれど、もしかしたら。
いつかそこに、自分の弾の跡が残る日が来るのかもしれない。
カナメはその考えを、すぐに打ち消した。
期待すると、駄目だった時に苦しい。
それでも、完全には消えなかった。
近接武器全滅の日。
カナメにとって、それはただの敗北の日だった。
けれど、ウツシ教官の目には違っていた。
合わない武器を知った日。
見ているものと距離が噛み合わないことが、はっきりした日。
そして、まだ触れていない武器へ向かうための、最初の痛みの日。
カナメはその意味を、まだ知らない。
ただ、ボンバーとロクに挟まれ、訓練所の外れで膝を抱えて座った。
肩は痛い。腕も痛い。胸の奥も痛い。
それでも、ロクの体温が横にあり、ボンバーが薬草湯を差し出してくる。
「飲むニャ」
「……うん」
椀を受け取る。
苦い湯気が上がる。
カナメはゆっくりと飲んだ。
苦かった。
けれど、飲み込めないほどではなかった。