その日は、とても天気の良い日だった。
外での課外授業にちょうど良い日であり、周りの連中も椅子に座ってただ話を聞くだけの退屈な授業なんかよりもよっぽどやる気に満ちていた。
「よ~し、それじゃあ今日は二人一組で作業をしてもらうぞ」
「は~い!」
「相手は自由に選ぶんですか!?」
「いいや、私が既に決めている。と言ってもクジだがな!」
授業を担当する教授がクジを引き、二人一組のグループが完成していく。
「次にK班だが一人目! “ベネディクシオン”!」
おっと、俺の名前が呼ばれた。
希望を言えるなら一人で作業をしたいところだが、あの教授は頭が固いので一人でやりたいと言っても首を縦には振らないだろう。
よっぽどの事情があればその限りではないかもしれないけど……ま、諦めるしかないか。
「二人目は……“ニヴォラ”!」
相方となる名前が呼ばれ、小柄な少女が近付いてきた。
「よ、よろしくねシオン君!」
勇気を出したかのように握り拳を作り、可愛くそう言った彼女がニヴォラだ。
緊張と恥ずかしさを両立させ、小動物のような雰囲気を纏う彼女だが、彼女の表情はすぐに驚愕へと染まった。
「シ、シオン君!? 先生! シオン君が!」
ニヴォラの声に何事かと俺に注目が集まった。
「ちょ、ちょっとシオン!? お前、顔面蒼白だぞ!?」
「またアレか!? お腹痛くなってきたのか!?」
俺の様子に友人たちが心配してくれ、続いて教授も近付いてきた。
「どうも調子が悪そうだな……これは無理をさせられん。すぐに保健室に行きなさい」
「す、すみません……」
「ニヴォラはそうだな……私とペアを組むか」
「そ、そうですね……助かります!」
心配してくれたみんなに手を振り、教室を出た。
向かう先はもちろん保健室……ではなく、学園の屋上だ。
「……よっこらせっと」
ベンチに座って遠くの景色を眺めた。
ここは日当たりも良くて風も心地良く、昼寝をしたりするには最適な場所だ。
「…………」
なんで保健室に行かないかって?
行く必要がないからだよ、合法的に授業をサボれればそれで良かったんだ。
「俺の演技も中々だな……こういう役柄での俳優を狙うのもありかもしれん」
そう小さく呟いたと同時に、すたっと何かが背後に降り立った。
それはすぐに足音へと変わり、隣に腰を下ろして動きを止めた。
「変ねぇ……今の時間は課外授業のはずじゃない? あなたがここに居るってことはサボりかしら?」
「ご名答」
「そんなんじゃ単位が……ってあなたにその心配はなかったわね。でも教授たち、あなたのその姿を知ったら悲しむんじゃない? あなたのスタートーチ学園での評判は品行方正が服を歩いているような生徒で、こんな風にサボることもあるって知ったら」
「別に品行方正に務めているわけじゃない。それに俺には、周りの連中のように大いなる星の海を目指すと言った崇高な目的も目標もないからな」
「あらあら? 数日前にみんなの前で発表した時と全然違うこと言ってるわよ?」
「そんなもんだろ? わざわざみんなの前で興味はないけど頑張ってま~すなんて言う方がどうかしてる」
「それは確かに♪」
隣の彼女は楽しそうに笑い、ゆっくりと手の平を空に伸ばした。
「大いなる星の海……宇宙ね」
「…………」
彼女は……“エイメス”は何かを言いたげにしている。
だがそれを俺が聞くことはしない……それが野暮であることを知っているからだ。
ジッと横顔を見つめていたからか、エイメスがこちらに視線を戻した。
「それでシオンはいつまでここに居るの?」
「課外授業が終わるまで」
「なら随分と長くなるわよ? でも一度、仮病でも保健室に顔を出しとくべきじゃない? 教授が心配して保健室に連絡でもしたら嘘だと発覚しちゃうし」
「……それもそうだな。そうするよ」
「なんなら私も付き添ってあげよっか?」
「一人で行けるっての」
「私はデジタルゴーストよ? 私が傍に居ても一人だから大丈夫!」
「…………」
そう言ってニコッと微笑む彼女は、どんな苦しみも悲しみも吹き飛ばしてしまいそうな雰囲気があった。
そんな彼女に俺はため息を吐き、一応のアリバイ作りのためにベンチから重い腰を上げた。
「……ってマジで付いてくるのか?」
「だって暇なんだもん。私も一人の生徒として、リューク先生とNANAちゃんに挨拶したいしね」
「さよか」
▼▽
俺にとって、人生なんてものは平穏と過ごせればそれで良かった。
適当に過ごして、適当に美味い物を食って、適当に結婚して……あぁいや、これは適当って言ったらマズいかもしれないけど、そんな漠然とした人生を歩めればいい……何だかんだそんな人生を歩むと思っていた。
「……そう思っていたんだがな」
そう、俺はそう思っていた……思っていたんだよ。
「……なんでこんな……なぁ?」
果たして何度、俺はこんな自問自答をしただろうか。
もはや数えきれないほどにしたとは思うが、何度繰り返しても仕方ないほどの現状が俺の状況だった。
「転生……ねぇ」
気付けば俺は、とあるゲームの世界で呼吸をしていた。
何故こうなったのかは全く分からないし、事故か病気で死んだからなのかも分からない……そもそも転生なんていう摩訶不思議というか、絶対に現実であり得てはならないことを俺は体験しているわけだ。
「鳴潮……」
沢山のゲームをやり込んだが、中でも鳴潮はストーリーにとにかく惹かれた。
まあ序盤に関しては雰囲気でやっていたのは間違いないけど、二章のリナシータから三章のラハイロイに関しては本当に感情を強く揺らされたほどだ。
「……はぁ」
疑問は全く尽きないが、それでもため息しか出てこないのには理由があった。
どんなに好きなゲームの世界だとしても、鳴潮に関しては外から眺めている方が良いと……プレイヤーの視点だからこそ良いんだと思えるほどにかなり過酷な世界だと思っているからだ。
しかも俺が転生した存在……成り代わったとも言うべき今の俺が居るのはラハイロイ――とある一人の少女の選択によって生き永らえている地域であり、もしもその前提が崩れたら滅び去るという最悪の運命を背負っている。
「さっきからため息ばっかり吐いてどうしたんだい?」
「いえ……」
「仮病を使ったことに罪悪感でも?」
「……やっぱりリューク先生には分かりますか」
「もちろんだよ。でも学生にはそういう時も必要だろう。先生方がもしも聞いてきたら上手い具合に誤魔化しておいてあげるからね」
「先生がそれでいいんですか?」
「構わないさ。私は生徒たちの味方だからね」
リューク先生……本当に優しすぎるぜ。
ゲームをやっていたからこそプレイアブルキャラであったり、NPC等の登場キャラに関しての記憶はほぼ頭の中に残っているが、やっぱりこうして実際に言葉を交わすともなると感動を覚えてしまう。
「仮病に関してはともかく、一応他の項目もチェックは入れておいたよ。共鳴能力に関する数値も正常だし、本当に君は健康体そのものだね」
「まあ、ある意味健康が取り柄みたいなものですし」
バカは風邪を引かないってのと一緒だな……ってちょっと悲しくなってきた。
「それじゃあ先生、俺はこの辺で」
「あぁ、気を付けてね? 課外授業が終わるまで保健室で休んでいてもいいけど?」
「大丈夫です。大騒ぎするわけでもないし、疑われないように静かにしてますから」
それに……。
「あら、あなたは捻挫をしちゃったの? こっちは……骨折!? ちょ、ちょっと大丈夫なの……?」
さっきからずっと、誰にも見えないのを良いことに忙しなく保健室を飛び回るピンク髪が気になって全然落ち着かないから。
でも……声をかけるわけにはいかないからな。
そう思ってそっと保健室を出たが、すぐにそのピンクは追いかけてきた。
「ちょっと! 出て行くなら呼んでくれないと分からないでしょ?」
「君は俺に何もない空間に喋りかける奴ってレッテルを貼らせたいのか?」
「別に良くない?」
「良くねえよ」
俺は、鳴潮というゲームをプレイしていた。
だからこそこの女の子……エイメスの重要性についても理解しているつもりだし、俺の行動によってラハイロイはおろか世界そのものが終わる可能性さえ秘めていることも理解している。
でももう、俺はエイメスに関わってしまった。
あれは俺の意志というより完全に事故で不可抗力ではあったのだが、こうして関わってしまった以上は無かったことになんて出来ない。
「…………」
何より、話が出来ると分かった時に浮かべた彼女の嬉しそうな表情を見たら……とてもじゃないけど、俺にはエイメスを突き放すことは出来なかった。
というよりも俺を含め、多くのプレイヤーはエイメスに脳を焼かれている。
だからこそ彼女に酷い言葉を投げかけるなんて無理だし、少しでも笑顔で……楽しい時間を過ごしてくれたらと思うわけだ。
「ほら! 早く行くわよ~」
「エイメスは元気だな……」
「疲れなんて知らないしねぇ♪」
俺は傍観者になれなかった。
かといって運命を覆す力を持っているわけでもない……俺は主人公にはなれないし、漂泊者のような存在にもなれはしない。
それでも何か出来ることがあるんじゃないかと考えるようになったのは、この世界で多くの人と知り合い言葉を交わしたからだ。
「……ま、生きるしかねえよな」
この世界で俺に何が出来るのか、何をしたいのか……どうして転生したのか……それを考え、その上でどうしたいかを見つけるのが俺の目的になりそうだ。