ピンク髪とどうも縁があるらしい   作:詞(みょん)

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ダーニャ

「……はぁ……クソッタレが」

「少し休憩しよう。流石にこれ以上は危険だ」

「……はい」

 

 リューク先生に肩を借り、何とか椅子に腰を下ろした。

 

「……めっちゃしんどいな」

「しんどいで済んでいるならマシな方だよ」

「……ですよね~」

 

 何をしているのかと言われれば、オーバークロックの練習だ。

 どんな練習だよと聞く人が聞けば正気を疑ってくるだろうけど、ダーニャのために虚無を完全に断ち斬ることを考えたらオーバークロックは必要不可欠……とはいえ、まだ完全なオーバークロックを起こす前でこれなら……いざ本当にしてしまったらどれほどの苦痛を伴うんだろうと怖くもなる。

 

「こうして君に付き合っているわけだけど、考え直すつもりはないんだね?」

「ありませんよ」

 

 脳裏に浮かんだのはダーニャだ。

 俺の腕の中で安心したように笑った彼女を忘れられない……これは約束をしてしまった義務感ではなく、あの子が存在する未来を手繰り寄せたいと思ったからだ。

 

「ほら、サンドイッチだよ」

「ありがとうございます」

 

 リューク先生がサンドイッチをくれた。

 そうか……もう昼になったのか。

 

「その……すみませんこんな時間まで」

「構わないさ。今日はお互いに休みだしね」

「それはそうなんですが……」

 

 いくら休日とはいえ、ここまで付き合ってくれるとは思わなかった。

 ずっと練習に付き合わせるのも悪いと思って半日だけのつもりだったんだが、まさかこうして昼食の用意までしてくれたのは予想外だ。

 

「……うめぇ」

「ははっ、ありがとう」

 

 このサンドイッチめっちゃ美味いんだけど!?

 パクパクと食べる手が止まらず、ほぼ遠慮なしに平らげてしまったがリューク先生は笑っていた。

 

「ありがとうございました。本当に美味しかったです」

「喜んでもらえて良かったよ」

 

 いやほんと……リューク先生どんだけいい人なんだ?

 これでも実装当時は裏切りそうだとか、クリストフォロの親族なんじゃないかと酷い言われようだったのにな。

 

「この後はどうするんだい?」

「そうですね……流石にリューク先生の見立てだと一旦止めといた方がいいです?」

「分かってるじゃないか。今日はここまでにした方がいい」

「……分かりました」

 

 まあ、リューク先生がそう言うならそうしよう。

 体の方が限界とは言わないけど疲れ切ってるし、今日はこのまま続けても進展はなさそうだ。

 その後、学園まで一緒に戻ってからリューク先生と別れた。

 休日とはいえ学園に生徒の数がないわけではなく、平日かのように騒がしいのもいつも通りで、そこには見覚えのありすぎる姿もあった。

 

「ダーニャ?」

「あ、シオン君」

 

 ベンチに座っていたのはダーニャだ。

 彼女は俺を見つけた瞬間、すぐに立ち上がって駆け寄ってきた。

 

「どこかに行ってたんですかぁ?」

「デートに行ってた」

 

 人間、時には見栄を張りたい瞬間があるものだ。

 もちろんデートなんて色気のあることをしていたわけではないのと、ダーニャのことだからどうせ呆れたような顔をすると思っていたのだが、彼女の反応は俺の想像したのとは少し違った。

 

「デート……ですか」

 

 瞬間、ダーニャの表情が無へと変わった。

 その無は正に虚無と言っても差し支えなく、明るい色の瞳は深淵の蒼へと変化し、赤い手袋が一部溶けてその向こうの青色が僅かに漏れ出している。

 

「えっと……ダーニャさん?」

「何ですかぁ?」

「……すんませんデートじゃないです。リューク先生と一緒でした」

「リューク先生と……ふ~ん?」

 

 ダーニャはジッと俺を見つめながら近付き……そして手を握ってきた。

 今度はなんだとダーニャを見つめ返すと、彼女の表情は虚無から打って変わり俺のことを心配する物へと変わっていた。

 

「随分と体を酷使した形跡がありますね? 本当にリューク先生が傍に居たんですかぁ?」

「いや、マジで居たんだけど」

「リューク先生は生徒のことを深く考えてくださる方ですよ? そんな人が傍に居て、あなたの体がここまでボロボロになるとは思えないのですが?」

「…………」

 

 それは確かにそうだが……でもリューク先生と一緒に居たのは嘘じゃない。

 ジッと見つめてくるダーニャだったが、はぁっとため息を吐いて手を放した。

 

「本当に、私ってどうしてこうなんですかねぇ」

「なんだよいきなり」

「……別に何でもないですよ。ただ実感しただけです――人が抱く感情って喜びや悲しみだけじゃないんだなと、そう思っただけです」

 

 ダーニャはそこまで言って口を閉じたが、どこかへ行く様子は全くない。

 これから何もすることはないし予定もないので、後はもう学生寮に帰ってダラダラと過ごすだけなんだが……こうしてダーニャが傍に居るとじゃあさよならとも言いづらい。

 はてさてどうするか……そう迷っていた俺に、ダーニャはまさかの提案を口にした。

 

「これからの予定はないんですよね?」

「え? あぁそうだな」

「では、これからシオン君のお部屋にお邪魔してもいいですかぁ?」

「……うん?」

 

 ……うん?

 

 ▼▽

 あれから時間は流れて夜になった。

 既に夕飯も済ませて後は寝るだけなのだが……チラッと視線をベッドに向ければ、そこでは堂々とくつろぐダーニャの姿があった。

 しかもいつものピンクを思わせる恰好ではなく、ゲームで言うところの共鳴開放状態の姿だ。

 この学園では誰も見たことがない本当の姿ではあるのだが、言い換えれば俺のことを信頼してくれているからこそこの姿を見せてくれているということだ。

 

「……この状況は一体何なんだ」

 

 結局、昼にダーニャと会ってからずっと一緒だった。

 彼女の提案を断ることはできず、そのまま部屋に連れてきて……それで普通に会話やゲームを楽しみ、夕飯も終えてこの状態だ。

 

「なあダーニャ?」

「なんですかぁ?」

 

 ベッドに座ったまま、彼女は俺を見つめた。

 この状態になると目付きも少々鋭くなるらしく、いつものふんわりとした様子は完全に消え失せているが、やはりこのダーニャもダーニャであることに変わりはないため妙な安心感がある。

 

「本当に……泊まるのか?」

「そのつもりですよぉ? 今日はもう帰りません」

「……そうか」

「そもそもこの時間帯に部屋から出ちゃったら他の人に見られちゃいますよ?」

「……それもそうだなぁ」

「変なことをするつもりはないので安心してください……ただ少し、改めてお話したいと思ったんですよ」

「話?」

「はい」

 

 なんつうか……茶化す空気でもないし、恥ずかしがるのも違う気がする空気感だ。

 トントンと隣を軽く叩いたダーニャに誘われ、俺は彼女の隣へと腰を下ろした。

 そうしてお互いに無言の状態がしばらく続いた後、ダーニャがゆっくりと語り出した。

 

「……あなたの存在は私の中でとても大きくなっています。虚無と繋がるために造られたはずなのに、私の心の中であなたの存在が灯になってるんです」

「…………」

「それもそうですよね……だって何もなかった私を見てくれた人なんですから。もちろんシグリカちゃんやナスターシャといった友人は居ますよ? でも、私の事情を全部知ってて……その上であんな風に手を差し伸べてくれたシオン君の存在が大きくならないわけがないじゃないですか」

「……俺はただ――」

「シオン君――あなたは私にとって待ち望んでいた救世主のような人だと、そう思わずにはいられないんです。でも同時に思うことがあります……私にとって、こんな都合の良い出来事が果たして現実なのかと」

 

 そっとダーニャが手を握ってきた。

 

「あなたはそこに居ます……それは間違いなくて、私は夢や幻を見ているわけでもない。シオン君という存在は確かに存在していて、しっかりとこの世界にその存在は刻まれていますからね。でも……どうしても不安になって仕方ないんですよ……この温もりと光が一瞬にして消えてしまったらと思うと、それを少しでも考えただけで心が張り裂けそうになるんです」

 

 すぐ傍で、全てを曝け出して美少女が縋る目を向けてきている。

 そのことにどこか心が浮つくのを感じつつも、俺は自分が招いた責任というものを感じていた……俺はどうやらダーニャの中に大きな楔を打ち込んでしまったらしい。

 

「何というか……そこまで俺の存在が大きくなったのは光栄ではあるな。こうなってくると組織長に宣言したように、何が何でもいい結果を手繰り寄せないと死んでも死にきれない」

「死ぬだなんて言わないでください」

「……はい」

 

 かなりのガチトーンに体が縮こまりそうになった。

 強い眼差しで睨んでくるダーニャから視線を逸らしたが、体から力を抜いてそのまま背中をベッドに倒す。

 

「……なあダーニャ」

「なんですか?」

「俺は……卑怯な人間だ」

「え?」

「前にも言ったけど、俺は全部知ってた……この先のこともある程度知っている」

「それは聞きましたが……」

 

 ダーニャは俺の言葉に耳を傾けてくれていた。

 そんな彼女に甘えるように言葉が自然と口から出てきた。

 

「ダーニャも組織長から色々聞いてるだろ? このラハイロイがどんな風に物語を紡ぐのか、このラハイロイが滅びを迎えないためには何が必要なのかも」

「……はい」

「ラハイロイが向かう先は既に決められていて、一つでも選択を誤れば滅んでしまう。そんな中で俺のやれることは何もなくて、ただ知っている出来事が自然と発生しては終わるのを眺めることしかできない……みんなが苦しみ喘いでいても、それは今だけだからと心の中で一人完結してんだぜ? それのどこが卑怯じゃないって言うんだ」

 

 ある意味、これは傍観者で居ることの苦しみでもあるんだろう。

 まあダーニャのことに介入した時点で傍観者気取りは出来ないんだろうけど、こうしてダーニャと秘密を共有しなければ俺はただ眺めているだけだった……そしてそれが当然のことだと受け入れていたんだよ。

 ダーニャはしばらく目を閉じた後、そっとその綺麗な瞳を見せながら俺の顔を覗き込んだ。

 

「私の言葉がシオン君の心を慰められるかは分かりませんが、私はあなたを卑怯とは思いませんよ? 私の中でのあなたは優しい友人で、私の前に現れてくれた一人の救世主なんですから」

「…………」

「全てを知っていて黙っていることは辛いですよね……でももうその必要はないですよね? だって今、シオン君の傍には私が居るじゃないですか」

「あ……」

「あなた自身が言いましたよぉ? 秘密を共有する仲だって……それならもう、私もその重みを少しは背負うことが出来るはずです。むしろそうしてくださいよ――たとえ苦しみや悩みというマイナスの感情だとしても、シオン君のそれが私の空っぽの心を埋めてくれると思うと凄く嬉しいんですからね?」

 

 そう言ってクスリとダーニャは微笑んだ。

 ……凄く救われた気がした。

 

 ▼▽

 ヴォイドスペースとは、時間軸がバラバラな高次元空間だ。

 そこでは現在と過去、そして未来が入り混じる場所であり、たとえ同一の存在だとしても時間軸が違えば同時に存在することが出来る。

 

「……あれは――」

 

 その中で彼女――エイメスはある光景を見た……否、見てしまった。

 

「どうしてこんなことを……私一人でいいのに!」

「もう来ちまったもんは仕方ないだろ? 一人よりも二人の方が心の負担も軽い……何より、寂しそうな顔をしてどっかに行こうとした友人を放っておけると思うか?」

「そ、それは……けど!」

「もう漂泊者にも行ってくるって伝えたから戻らねえぞ? これで戻ったら俺って恥ずかしい奴じゃん。つうか帰る気がないのかよ? 俺はダーニャに絶対帰るって約束したぞ?」

 

 居るはずのない二人が言い合っていた。

 自分と同じ姿をした別の時間軸のエイメスと、おそらくそのエイメスと同じ時間軸のシオン……エイメスはしばらくその二人を眺めていたが、二人は時間の流れに連れさられるようにして姿を消した。

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