ピンク髪とどうも縁があるらしい   作:詞(みょん)

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エイメス

 ダーニャにとって生きる行為の全ては空虚だった。

 しかし人間とは常に学んで感じ、糧に出来る生き物である――それ故に、たとえ造られた存在だとしても心を獲得していくことは必然であり、だからこそ虚無から離れていくこともまた道理だった。

 

「…………」

 

 暗く染まった空を見上げ、ダーニャはここ最近のことを思い返す。

 いつもと変わらない日々の中、それでも友人たちとのやり取りを楽しんでいたのは間違いないのだが、その中でもシオンとの日々はやはり特別なのだと思わずにはいられない。

 

「人生……捨てたものではないですねぇ」

 

 大よそ、少し前の自分からは出てこない言葉だとダーニャは苦笑した。

 青白く輝く両手や胸から這い出ようとしている虚無の片鱗……大よそ普通の人ではあり得ない姿でも、窓ガラスに反射するダーニャは心から安心したように頬を緩めている。

 

「……本当に気持ち良さそうに寝てますねぇ」

 

 ベッドに目を向ければ、シオンが完全にリラックスした状態で爆睡していた。

 まあここは彼の部屋なのでその姿は全く以て普通なのだが、もう少しばかり緊張して眠れないと悩む姿が見たかったと思わないでもない。

 ダーニャは窓際から離れ、ゆっくりとベッドに近付いた。

 光を灯さない虚ろな瞳でシオンに向かって手を伸ばす。

 

「……あ」

 

 だがすぐにダーニャは我に返った。

 

「……はぁ、本当に困ったものですよこれは」

 

 今の状態は、確かに我を忘れたものではあった。

 しかしダーニャには理由が分かっている――これは無意識にシオンを求めているということ……以前のダーニャは無意識に虚無を求めていたが、その対象がシオンに切り替わってしまったのだ。

 自分の心を埋めてくれる存在……それ故にシオンをダーニャは求めるようになってしまった。

 

「シオン君……」

 

 ダーニャはシオンの秘密を知り、ある程度のことを共有した。

 彼が何に悩み、何に縛られ、何に対して恐れているのかも知ることが出来た。

 

「確かにこの秘密は公に出来ませんし、誰にも相談は出来ないですねぇ……本当に今の私くらいなものですよ」

 

 シオンは他者に対して壁を作っているわけではない。

 しかし彼が内に抱える秘密に関して喋れる相手は現状存在しなかったが、そこに今回の出来事を経て唯一の存在にダーニャはなった。

 それがどうしようもなく嬉しくて、どうしようもなく高揚して……どうしようもなく優越感を抱いた。

 

「意味もなく生きたいと、助けてと口にするのはもう止めます。これからはちゃんと自分の意志で、その意味を噛み締めながら生きていきます――知り合ったみんなと死んでお別れなんてごめんですし、何よりシオン君の傍を離れるのも絶対に嫌ですからね」

 

 ダーニャは手を伸ばし、シオンの頬に触れた。

 くすぐったそうに身を捩るシオンの様子にクスッと微笑んだ彼女は、自分とシオン以外誰も居ない部屋の様子を見た後……少しばかり頬を赤くしながらベッドへと上がった。

 

「……おやすみなさい、シオン君」

 

 シオンを起こさないようにゆっくり、確実に彼の体温に触れられる距離まで近付いた。

 

「……すぅ……すぅ」

 

 完全に安心しきった表情で眠るダーニャにはもう、悪夢に襲われる心配は何もなさそうだった。

 

 ▼▽

 ダーニャが部屋に泊まった出来事から一週間が経った。

 あの一夜で何か間違いがあったかと言われたらそんなことはあり得なかったのだが、少しだけダーニャと顔を合わせるのが恥ずかしくなってしまった。

 俺はこんななのにダーニャは笑ってきやがるしで、妙に勘の良いシグリカも一緒になってニヤニヤしてるしで本当に困った。

 別にシグリカがニヤつくような関係じゃないんだが……まあでも、一晩とはいえ同じベッドの上で寝たというのは少し……本当に少しだけど意識しちまった。

 

「……まさか俺がこんな境遇に陥るなんてな」

 

 そんなボヤキも出ちまうよ。

 けど……やっぱりダーニャがあんな風に笑ってくれていることが嬉しいし、しっかりと未来に向かって希望を胸に抱いているのが分かるだけでも動いた甲斐があったと言うものだ。

 

「……お?」

 

 そこで俺は、宙にふわふわと浮かんでいるエイメスを見つけた。

 

「あいつ……そういやここ最近会ってなかったな」

 

 一週間ほど、エイメスとは顔を合わせていない。

 ひょっこり現れたかと思えばどこかに行ってしまうのはいつも通りで、一週間程度ならどこに行ったか分からないことがあるのも珍しくはない。

 どこかボーッとした様子でラベル学部の屋上へと向かうエイメスが気になって追いかけた。

 

「……はぁ」

 

 ベンチに腰掛けていたエイメスの元へ向かうと、まず俺の鼓膜を震わせたのは彼女のため息だった。

 

「何をため息吐いてるんだ、エイメス」

「……えっ!?」

 

 声をかけるとエイメスは大きな声を上げて驚いた。

 彼女の驚く様子を見るのはこれが初めてではないが、いつもより大きなリアクションなのを見るにそれだけ気が抜けていた証拠だろう。

 ただ……そんなエイメスは俺を見た途端、どこか悲し気な視線になったのを見逃さなかった。

 

「なんだよ、何かあったのか?」

「え? 何のこと?」

 

 しかし、エイメスはすぐさま表情を取り繕って声色も明るくなった。

 こいつ……俺にバレないとでも思ってるのか? この切り替えの早さは流石だけど、それなりに長い時間を一緒に過ごしているので誤魔化されるわけもない。

 ……とはいえ、こういう時にエイメスが詳しく話してくれない強情さの持ち主なのも知っている。

 彼女にはある程度の悩みなんて抱え込めるほどの強さが備わっているからだが……それに関してはゲームをやっていたからこそよく分かる。

 

「てか一週間も姿を消してどこに……あぁそうか。またヴォイドスペースに入ってたのか?」

「…………」

 

 返事はなかったが、バツの悪そうな表情をしたので図星だとすぐに察せた。

 

「別にそんな申し訳なさそうな顔しなくてもいいぜ? エイメスがあの中に入っても平気なことは知ってるし、取り返しの付かない馬鹿なこともしないって分かってるからな」

 

 なんて、未来のエイメスを知っているからこそこの言葉が無駄なのは分かってるが……。

 エイメスはずっと下を向いて何も会話をしようとしない……こんなの絶対に何かがあったと俺が思うのも仕方のないことで、今日は妙に頭が冴えているのか想像もまた簡単だった。

 

「……ヴォイドスペースの中で何か見たか?」

「っ!?」

 

 エイメスはビクッと体を震わせた。

 どうやらビンゴだったみたいだけど、エイメスが何を見たのかは分からない……エイメス自身が過去に飛ぶことでラハイロイの未来が守られるというのは、大よそ今の段階でも知っているはずだ。

 ストーリー中でもエイメスは何度も時間跳躍を試していたと言っていたしな……ということは、それ以外の何かをヴォイドスペースの中で見たということになる。

 

「……ま、聞かないでおくさ。人間誰しも言いたくないことはある」

「…………」

 

 これは……本当に重症かもしれん。

 エイメスがこんなだとこっちの調子が狂ってしまう。

 聞かないとは言ったけどここまでだと聞きたくなってしまうような……。

 

「あら、シオン君じゃない」

「アヒージョ!?」

 

 エイメスに集中していたせいで、突然聞こえた声に変な悲鳴が出てしまった。

 

「な、何その悲鳴は……?」

「……何でもないです」

「そ、そう……」

「…………」

「…………」

 

 き、気まずい……!

 俺とエイメスしか居なかった空間に現れたのはルシラー学園長だった。

 スタートーチ学園の長がそんな恰好良いのかって言いたくなるほどの色気ムンムンな服装だが、流石ゲームの世界ってことで全く問題視はされていない……解せぬ。

 

「こほんっ! 何か用ですか、ルシラー学園長」

「いえ、特にないわ。ただここで一人黄昏る君を見たから気になったのよ」

「はぁ」

 

 一人と言われてエイメスに視線を向けたものの、確かにルシラー学園長からすればそうなるか。

 

「ここは君のお気に入りなのかしら?」

「お気に入り……ではありますかね。ここからの景色は良いですし、何よりここでは友達とよく会ったり話したりするので」

「そうだったのね。学園長としては、学園の中に生徒のお気に入りが出来るのは嬉しいことだわ」

「スタートーチ学園には素敵な所、沢山ありますよ。これもルシラー学園長たちのおかげかと」

「あら、ありがとう♪」

 

 実際、その通りだと俺は思っている。

 まあスパイの温床にもなっている点に関してはアレだけど、これだけ多国籍の人間を抱えているともなれば難しい問題なんだろうな。

 そもそもスパイの居ない場所の方が少ないだろうし……そう考えると凄い世界だわここ。

 

「……ふ~ん?」

「えっと……なんですか?」

 

 グイッと体を近付けてきたルシラー学園長に俺は戸惑った。

 ただでさえ美人なだけでなくスタイルも良い人が目の前に立つと……まあ色々と緊張してしまうわけで、どうにか動揺を見せないようにしたものの表情には出てしまっただろうか。

 

「ふふっ、ごめんなさいね。改めて先生方の中でも……特にリューク先生から評価が高い君のことを近くで観察しいと思ったのよ」

「はぁ……」

「本当に良い目をしているわ。真っ直ぐで優しい目よ」

 

 そう言ってルシラー学園長はニコッと微笑んだ。

 俺とルシラー学園長の間に深い繋がりがないのは当たり前なのだが、大人の魅力というものを前にしているからか凄くドキドキしてしまう。

 

「……なるほど、これが大人ってやつですか」

「どういう意味?」

「ふとした仕草に大人の色気というか魅力を感じるなぁと」

「うふふっ♪ そんな風に言われたのは初めてねぇ」

 

 ルシラー学園長は満更でもなさそうに笑った。

 それからしばらくルシラー学園長と雑談を楽しんだのだが、別れた後にエイメスがぷくっと頬を膨らませてペシッと軽く叩いてきた。

 

「大人の色気に魅力ねぇ……ああいうことを簡単に言っちゃうのねシオンは」

「簡単に言ったってのはともかく……あんな人を前にしたらそういう感想出るだろ? むしろ俺は一度、他の男子たちと語るべきだと思っているぞ――若い子供を前にああいう恰好をすることにみんなはどう思っているのかと」

「普通じゃないの?」

「……やっぱそういう感じ?」

 

 あれか……やっぱりこの世界では服装に関してツッコミを入れるのはご法度なのかもしれない。

 そうか……だってそうだよな……もし俺みたいな感覚の人が居たら絶対に女漂泊者の恰好に色々言っているはずだもんなぁ……異端は俺の方だったんや。

 

「……ごめんなさい、シオン」

「なんで謝るんだ?」

「だって変に気を遣わせちゃったでしょ? ちょっと思うことがあって……そのことを考えすぎていたの」

「そうか……だとしたら尚更謝る必要はないよ」

「……ありがとう」

 

 その後、エイメスとも別れた。

 あの様子だと絶対に何かあると言っているようなもんじゃないか……一体何を見ちまって、何を考えこんじまっているのか……でもそれを聞き出そうとしてもエイメスは絶対に教えてくれないだろう。

 

「ま、それも漂泊者が来るまでか」

 

 だから早く来いよ、そう常に俺は思っている。

 ……でも、こうして仲良くなれたからこそ何かやれることはないかとも考えてしまう……本当に人生ってのは難しくて大変だ。

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