ベネディクシオン――それが俺のこの世界での名前だ。
可能な限り自分の記憶を引っ張り出してみたが、こんな名前の生徒はスタートーチ学園に……ラハイロイはおろかリナシータや今州でも見たことはない。
まあ名前のないモブなんていくらでも居たので、その内の一人かも知れないが謎だ。
「……こんな世界だけど、結構満喫してんだよな」
鳴潮の物語は、幸福と同じくらい……いや、それ以上に悲劇によって成り立っている。
こうしてこの世界に転生したからこそ分かることなのだが、ゲームで語られていた悲劇は実際に起こっていた出来事のほんの少しでしかないということだ。
しかし、俺はそんな世界を楽しんでいる。
それは後から訪れる悲劇だったり失われる命がどうでもいいというわけではなく、この世界に生きる一人の人間として俺自身の物語を謳歌しているに過ぎないんだ。
「…………」
一応、俺はこのラハイロイの結末に関しては知っている。
漂泊者とエイメスがエクソストライダーという巨大なロボットを操縦し、ラハイロイに異変を及ぼす鳴式アレフ1を打ち倒すということを。
だから俺が何をしなくても、ラハイロイは救われてハッピーエンドを迎えるのだが、おそらくこれ以外の方法は難しいだろう。虚無という概念そのものを宿すアレフ1を倒すには、それだけの奇跡が起きてようやくなのだから。
そしてそれ以上の方法でラハイロイの物語がハッピーエンドを迎えるのも不可能……それこそ俺に、指先一つでどんな鳴式も倒せるチート能力でもあれば話は別だが、流石にそれは無理だ。
「お~いシオン! 授業終わったぜ?」
「え? あぁ……」
っと、考え事をしていたら既に授業は終わっていたらしい。
そのまま友人と一緒に教室を出て別れた後、適当に購買でパンを買ってからいつもの屋上へと向かった。
「……ふぅ、良かった」
どうやらエイメスは居ないようだ。
まあ彼女と喋れることは嫌じゃないし、一種の感動を抑えきれないか不安になりそうだけど、安易に物語を変化させてしまう行動に繋がったらたまったものじゃない。
もちろんエイメスの抱く漂泊者への想いは尋常ではなく、俺の存在でどうこうなるわけもないだろうが、それでも俺はイレギュラーな存在だから慎重に慎重を重ねるのはおかしな話じゃない。
「あむ……あむ……うめぇ」
購買で買った新作の焼きそばパン……中々いけるな。
スタートーチ学園でお出しされる食事はこういう普通な物がある一方で、見た目がゲテモノだったり味がシンプルに終わっている代わりに栄養値が高い物だったりと、結局こういう焼きそばパンみたいなシンプルさが一番なんだよ。
「本物の太陽じゃないけど、陽気な光を浴びながら屋上でパンを齧る……最高に学生してるわ俺」
なんて和やかな雰囲気に浸っていたらスッと隣に座る存在があった。
「また一人で食べてるんですかぁ? 寂しい人ですねぇ」
「…………」
みっく!?
……っと、つい発作が出かけてしまった……いけないいけない。
「別に一人で食っててもいいだろ。わざわざ寂しいですねぇとか煽りに来たのか?」
「そんなつもりはないですよぉ? ただ気になっただけですし、煽るつもりは微塵もありませんから」
隣でそう言ったのはこれまたピンクの髪をした女の子――ダーニャだ。
彼女もまたエイメスと同じくらいに重要な立ち位置に居るキャラクターで、アレフ1と繋がりを持つと語られた存在だ。
ダーニャに関しては、実を言えばとても気になっている。
俺が知っているのは漂泊者がエイメスを助けに行く際に敵として立ち塞がり、緋雪によって派手に斬られて気を失ったところまでだからだ。
一応治療を受けて目が覚めたのは知ってるけど……果たしてそこからどうなったのやら。
「話しかける度にそう警戒されたらショックを受けてしまいますよ?」
「……それはすまん」
「ま、別にいいですけどねぇ。だってシオン君は、初対面の私のお腹を凝視して大声を上げるような変な人ですしぃ?」
「いやあれはだな――」
「あれは、なんですかぁ?」
「…………」
言い返せねぇ……!
俺とダーニャが初めて会ったのは、正に今彼女が言った通りの状況だった。
でも誤解があるというか俺にも弁明させてほしい……あれは絶対に俺は悪くないんだから。
「あれは……だなぁ」
「はい~?」
あの時、俺は偶然にダーニャの目の前で本を落したんだ。
その本をダーニャが拾ってくれて、俺はそれに対しお礼を言うだけで良かった……いや、本来ならそうなるはずだったんだ。
あのピンク髪が変なことをしなければ……。
『……え?』
『どうしましたぁ?』
『…………』
『??』
『どわあああああああああっ!?!?』
『ちょ、ちょっといきなり大声を上げてどうしたんですかぁ!?』
俺が何に驚いたか……それはダーニャの腹からエイメスが顔を出していたからだ。
あんなのビックリするに決まってる。完全に気を抜いていた状態で、女の子の腹から別の女の子の顔が浮き出ていたらそれはもうホラーでしかない。
まあ本人曰く空中をウトウト漂っていたらちょうどダーニャをすり抜けようとしていた瞬間だったらしいが、それで俺はダーニャに変な人扱いされただけでなく、ずっと見えていても関わろうとしなかったエイメスに気付かれる原因になったんだ。
「……何でもない」
「そうですよねぇ……あははっ」
「おい、そこまで笑うことはないだろ」
「だってぇ、確かに驚きましたがとても面白かったし勉強になったんです」
「勉強?」
「人はとても驚いた時、あんな顔をするんだって」
「……やっぱ俺のこと煽ってるよね?」
絶対に煽ってやがる……でも面が良くて強く言えないのが悔しい。
てかこの世界ってなんでこんなにイケメンに美女が多いんだ……一体どうなってやがるんだよ。
「…………」
エイメス同様にダーニャと話をするのも嫌じゃない。
ただダーニャの場合は傍に彼女が……ニヴォラが居るか居ないかで緊張感が変わる。
だってそうだろう? ニヴォラは組織長――残星組織という敵対組織の長が成り代わった姿だからだ。
「シグリカは一緒じゃないのか?」
「しーちゃんに会いたかったんですかぁ? だとしたら残念でしたねぇ」
「そういうのじゃないって……俺ってそんなに揶揄い甲斐があるのか?」
「それはもう♪」
「…………」
見惚れそうになるほどの可愛い笑顔に、俺は大きくため息を吐いた。
こんなに笑う子があんなことになると思うと心が痛いが、きっとエイメス同様に漂泊者が必ず助けてくれるはずだ……結局、全ては漂泊者に託すしかない。
その後、俺はパンを食い終わったが立ち上がることはなかった。
「それで、ダーニャはこれからどうするんだ?」
「そうですねぇ……少しだけお昼寝がしたいです」
「……最近も寝れてないのか?」
「いえ、単に眠たくなってしまったんです」
ダーニャは眠たそうにウトウトしていた。
「……肩、お借りしてもいいですか?」
「……あぁ」
「ありがとうございます……」
ダーニャはそっと近付き、肩に頭を置いて寝息を立て始めた。
「…………」
こうして昼に会った時、よく彼女はこうして隣で昼寝をすることがある。
彼女曰く不思議と俺の傍では安心して寝れるんだとか……しばらく悪い夢を見なくなるんだとか、そういう嬉しいことを言ってくれるけど、そんなに夢見が悪い体質なのかと心配になるほどだ。
ゲームでは敵対していたばかりであまりダーニャについて語られることもなかったからなぁ。
「……っ」
「ダーニャ?」
寝たはずのダーニャが呻いた。
「またか……任せろ」
俺は目を閉じ、ダーニャに意識を集中した。
心眼という物でもないが、こうして目を閉じると自分の斬るべき物が見えてくる――俺はダーニャを包もうとする黒い靄のような物を指で一閃した。
「……すぅ……すぅ」
黒い靄がなくなり、ダーニャの表情は和らいだ。
「…………」
俺は左手の甲にある音痕を見つめた。
この世界において超能力者のような存在を共鳴者と呼ぶが、俺もまたその一人だ。
俺の共鳴能力は二つ……“切断”と“遮断”だ
切断は漂泊者が手に入れるインペラトルの権能である“分断”に似ているが、俺の切断は概念のような繋がりさえも斬ることが出来る。だからさっきのダーニャを包もうとした物を斬れた。オーバークロックしたらどれほどのことが出来るのか気になるけど、流石に死ぬような痛みは味わいたくないので試したことはない。
そして遮断は、干渉してくる物を弾くことが出来るので、ヴォイドマターのような汚染してくる物質すらも弾いてくれるし、精神に干渉してくる魔法のような物も俺には効かない。
「……そう思うと結構チートだな」
とはいえ、俺の共鳴能力の全貌に関して知ってるのはリューク先生くらいだ。
こんな共鳴能力を持っていても使う機会なんてそうそうないのは、まだラハイロイが比較的安全で平和だという点と、そもそも俺の身体能力は一般人の域を出ないのだ。
「……ふふっ」
「……なんかいい夢でも見てんのかな」
取り敢えず、今はジッとしておこう。
じゃないともしも体を揺らしてダーニャを起こそうものならまた文句を言われそうだ。