鳴潮の世界において、目立つのは漂泊者やその周りの存在だけではない。
その他のネームドキャラはもちろんのこと、名前のないモブであっても立派な主人公のようだと俺は思っている。
そしてそれは、目の前で黄昏ているサガ教授もまた同じだった。
「……はぁ」
遠い場所を見つめため息を吐く彼女は何を考えているのだろうか……。
エイメスが存命の時からスタートーチ学園で教鞭を振るっている彼女は、エイメスの最後の授業を担当していたことも語られていた。
「……おや?」
ジッと見ていたからか、サガ教授に気付かれた。
「どうしたのですか?」
「いえ、特に用はないんですけど……何やら黄昏ているなと思いまして」
「……ふふっ、そうですね。少し昔を思い出して物思いに耽っていました」
サガ教授が何を考えているのか想像が付いた。
おそらくエイメスのことだろうな……そう思っていると、トンと肩に手が置かれた。
「……?」
「しーっ」
エイメスだった。
喋らないようにと口の前に人差し指を立てた彼女だったが、サガ教授から見えないエイメスに視線を向けるのは不自然だと思い、すぐに視線を戻した。
「物思いに耽る……ですか。何か昔のことでも考えていたんですか?」
「えぇ、昔の……とある生徒のことを考えていました」
「……その生徒さんはきっと、サガ教授にとってとても大切な生徒だったんですね」
「あら、分かりますか?」
「雰囲気から伝わってきますよ」
教授たちにとって生徒は大切な存在だろう。
しかし、サガ教授にとってはエイメスは特別なんだろう……じゃじゃ馬だとか言ってたけど、どこまでもエイメスのことを心配していたから。
「シオンさんのカリキュラムは?」
「今日はもうないです」
「そうですか。もし良かったら少しだけ話に付き合っていただけますか?」
「俺で良ければ喜んで」
ま、俺だけじゃないけどな。
夕焼けに染まる空を眺めるように並ぶ俺とサガ教授、そしてエイメスも俺の肩に手を置きながら同じように並んだ。
「昔……じゃじゃ馬のように元気が取り柄の生徒が居ました。常に私を含めて教授たちを困らせていましたが、彼女はとても人気者だったんです」
「そんな人が……」
「はてはて、誰のことかなぁ?」
楽しそうなエイメスの様子もまた、俺にしか見えない。
サガ教授は切なそうな表情へと変わり言葉を続けた。
「困った生徒でしたが、とても優秀な子に変わりはありませんでした。なので何度もグループに誘ったりしましたがのらりくらりと躱されて……そしてとある授業の日に、その子は帰らぬ人となってしまいました」
「…………」
「シンクロリンク訓練場で……いつもと変わらない様子でコックピットから出てくると思っていたのですが、その子の姿はどこにもなく、それ以降姿を現すことはありませんでしたから死亡扱いにするしかなかったのです」
「……そんなことが」
知ってはいたが、実際に話を聞くとサガ教授の後悔と悲しみが強く伝わってきた。
流石のエイメスもふざけた様子を見せることはなく、ジッとサガ教授を見つめている。
「あれから何十年も経ちましたけど、ずっと考えてしまうのですよ。私にとってそれだけ印象深かった生徒だからなのでしょうが」
「……なるほど」
「ごめんなさいね? こんな暗い話を聞かせてしまって」
「いえ、むしろ話してくださってありがとうございますって気持ちです」
さっきまで浮かない表情をしていたサガ教授だが、大分気は楽になったらしい。
普段からサガ教授とは顔を合わせたら会話をすることがそこそこあるため、それもあって俺のことを信頼してくれている証でもあるんだろう。
……気休めになるかは分からないが、少しはいいかと思い俺はこう言った。
「ただ姿を消しただけで、もしかしたらひょっこり戻ってくるかもしれないですね」
「それは……ふふっ、確かにそうかもしれません。あの頃と変わらない様子で、何気なく机に座っている姿が容易に想像出来ますよ」
「なら信じましょうよ。その子は必ず帰ってくるって」
「えぇ、そうですね……まさか生徒に励まされるとは思いませんでした」
「励ますことが出来たなら幸いです」
「もし機会があれば授業の評価を贔屓してあげますよ」
「えっと……それは怖いから止めておきましょ?」
「冗談ですよ」
クスクスと笑いながらサガ教授は去って行った。
その後ろ姿が見えなくなったところで、エイメスがそっと囁いた。
「……分かってるのよ。私が居なくなったことで悲しんでくれる人が居る……それを申し訳ないと思うけど、同時に嬉しく思ってしまうわ」
「あの様子だと随分気に入られていたみたいじゃないか」
「そうねぇ……私としては困らせた記憶ばかりなんだけど♪」
エイメスは笑いながら俺の手を引いた。
……思えば、今になっても分からないが謎があった。
どうして俺はエイメスが見える? どうして触れることが出来るんだ?
漂泊者がエイメスを見れたのはドライブのコアを持っていたからで、触れることが出来たのはエイメスの存在が安定していたかららしいが……俺は本当にどうしてなんだ?
「……遮断のおかげか?」
共鳴能力の一つである遮断は、いかなる干渉も俺には効かない。
もしかしたらエイメスに関するこの世界の事象さえも、無意識に弾き飛ばしていることで関係無しにその姿を見れているとか……?
……う~ん分からん。
「ちょっと~、考え事?」
「……っとすまん」
「女の子と二人で居る時に考え事なんて感心しないわよ~?」
「だからすまんって」
「ふふっ、許してあげる♪」
それから向かったのはいつものベンチだった。
思えばここにはエイメス然り、ダーニャともよく話す場所になったな……けど誰かと会話をするには、このラベル学部の屋上はあまりにも居心地が良すぎる。
後数十分もすれば完全に日は落ちて夜になるだろうけど、スタートーチ学園の敷地内は基本的に明るいため、深夜でも全然平気だ。
「ねえ、改めて聞いていい?」
隣に座ったエイメスは静かに切り出した。
「なんだ?」
「……事あるごとにこうして私との会話に付き合ってくれるの……迷惑じゃない?」
そう言ってエイメスは不安そうに表情を歪めた。
改めて聞いていいかと彼女が言ったように、このやり取りは既に何度もしていることだ。
ジッと俺から視線を逸らさないエイメスの目を見つめ返す。彼女の目は本当に綺麗で、その瞳に浮かぶ不思議な模様は宝石のように輝いていた。
俺はそんなエイメスから伝えられた言葉に、まさかと笑いながらこう言った。
「何度も言ってるだろ? 俺の様子を見て嫌そうに感じるか?」
「それは……全然感じないけど」
「だろ? ならそれでもう答えは出てる――俺はエイメスと話すことを嫌に思っちゃいないし、むしろ楽しみにしている節すらあるぞ?」
「……いつもいってくれる言葉は変わらないのね。気を遣っているわけでもなく、私を安心させるために嘘を吐いているわけでもなく……シオンは本心からそう言ってくれている」
「あぁ」
不安そうな表情から一転し、ようやくいつもの笑顔をエイメスは見せてくれた。
立ち上がったエイメスは少しばかり空を眺めた後、俺の方へと振り返った。
「私は一人で居ることを気にしていないつもりだったの……それだけの長い年月を一人で過ごしていれば慣れてしまったから」
「…………」
「でもそうじゃなかった……シオンは私が見えて、言葉を交わすことができて……オマケに触れることだってできる。それを知った時、私は嬉しくてたまらなかった……そして理解したの。あぁ、私は寂しかったんだって」
エイメスの抱いていた感覚の全てに俺は共感できない。
それは彼女の気持ちが分からないというわけではなく、何十年も一人で……それこそ自分以外の誰とも関わらずに生きるという経験をしたことがないからだ。
ソラリスで生きる今も、日本で生きていた頃も、俺は沢山の人の中で生きていたから。
「あなたに迷惑をかけるわけにはいかない……そう頭では分かっているのに、長らく忘れていた誰かと関わる感覚に浸りたくて仕方なかった。たとえ相手に届かなくても人間としての自分を忘れないために声をかけ続ける……ずっとそれを続けていたのに、あなたとのやり取りに私は夢中になってしまっているの」
「そう言ってくれるのは嬉しい限りだよ。幽霊さんに好かれるほど俺は人間ができてんだって自己肯定感を高めることができるからな」
「……ふふっ、そういう所なのよね。シオンと話していると本当に楽しいわ♪」
俺は、エイメスと少しでも関わることにまだ大丈夫なのかと不安になる。
選択一つ間違えるだけで全てが終わってしまう……そんな脆い運命の中でラハイロイは生きており、俺もまたその中で毎日を生きているわけだ。
けどこんな風に言われてしまって……そしてずっと一人で孤独と戦っていたエイメスのことを理解しているからこそ、エイメスと距離を取るというのが無理なんだ……この綺麗な笑顔を曇らせるということ自体が罪だと思うほどになってしまった。
「いつでも声をかけていいよ。周りに人が居なければ反応するから」
「ええ! あぁでも、周りに変人扱いされるシオンも見てみたい気持ちがあるわ!」
「やめろ! ただでさえダーニャの時に嫌な思いしたんだからな!?」
「でも私は楽しかったわよ?」
「俺はなんも楽しくねえ!」
「あははっ!」
ったく……本当に楽しそうに笑いやがる。
ニコニコと微笑んでいたエイメスは、あっと手を叩いた……何を思い付いたんだ?
「明日の課外授業は受けるつもりなんでしょ?」
「まあな……一応ペアも決まってて、ダーニャと一緒に行く予定だ」
「私も付いて行っていい?」
「え?」
「暇なんだもん、いいでしょ?」
「そりゃ構わないけど……」
明日の課外授業……色んな意味で煩くなりそうだ。