俺が思うに、ラハイロイの人たちはアホが多い。
誤解がないように言うならこれは馬鹿にしているのではなく、それだけ覚悟の決まった連中が多くて凄いなという意味が込められている。
アレフ1の影響によってヴォイドマターという物質にラハイロイは悩まされているが、そんな危険と隣り合わせだとしても人々は未知への探求を止めることが出来ないのだから。
「なあ、どこまで調査に行く?」
「そうだなぁ……モーバロウ・デザートとか?」
「おいおい……あそこはヴォイドワームが泳いでんだぜ?」
「けど何か見つかるかもしれないぞ? 未知を探求するには危険は付き物だからな!」
「それもそうか……それじゃ、近くまで行ってみるとするか!」
ほらな? 授業の一環における課外授業だってのにこういうことを口にする馬鹿が多い。
しかもこれは子供だけでなく大人も同様であり、毎年のようにヴォイドマターの被害に遭い、時間と空間の概念が存在しないヴォイドスペースへと引きずり込まれてその生涯を終える。
「…………」
ラハイロイの人は強い。
彼らの諦めない意志が折り重なって生まれた明かりにより奇跡は起きるのだが、やはり命あっての物種だ。
エイメスに話したように俺には自分の命を投げ打ってまで記録を残そうという崇高な目的はない。本当になんで俺は、真面目にここで授業を受け続けてるんだろうか。
「シオン君、本日はよろしくお願いしますねぇ?」
「こちらこそよろしく」
「私もよろしくね~♪」
さて、今日は課外授業だ。
前回サボッてしまったので今回はちゃんと参加することにしたのだが、ペアがダーニャになったことで仮に調子が悪くなったとしても休むことは難しくなった。
だってダーニャのことだし、数日に渡ってネチネチ小言を言われるに決まってるからな。
「それでダーニャ」
「はい」
「どこで調査をする?」
「そうですねぇ」
ダーニャはしばらく考え込み、周りに視線を巡らせながら口を開いた。
「どうやら結構な人がモーバロウ・デザート付近まで行くようですし、私たちもそこで良いのでは?」
「適当に答えたように見えるけど、一応危険な場所だぞ?」
「近くまで、ですよ。少なくとも砂漠に入らなければあの大きな芋虫さんに襲われることはないですしねぇ」
「あいつが砂漠を離れることもあるけど?」
「その時は全速力で逃げましょう」
「いいんじゃない? もしものことがあれば私も力を貸すわ♪」
ダーニャだけでなく、エイメスも乗り気だ。
こいつら……俺が一般人なの忘れてるわけじゃないよな?
……まあでもいい感じにレポートを纏められるのは確かだし、危険なだけで実際に砂漠に足を踏み入れなければ本当に危険は少ない。
それに直近の予報でもヴォイドマターの影響はあまりないらしいから……ま、いっか。
「分かった。それじゃあ砂漠付近まで行ってみるか。
「よろしくお願いしますねぇ」
「レッツゴー!」
移動するためまず俺がバイクの運転席に乗った。
アクセルやブレーキを確認して整備が完璧であることを確かめた後、まずダーニャが後ろに乗った。
「よいしょっと……」
後ろに乗ったダーニャが俺のお腹に腕を回すように抱き着く。
ダーニャもそうだがエイメスが乗った時も同様だけど、こうされて背中に感じる女の子特有の弾力にはいつもドキドキさせられるが、ちゃんと女の子とのやり取りにドキッとする感情が失われてないんだって安心もする。
「少し体温上がりましたかぁ?」
「そりゃこういうシチュエーションだしな」
「あら、私の時もシオンはそうよ?」
ええい煩いなこの子たちはマジで!
どんな状況であれ女の子に身を寄せられたらドキッとするもんなんだよ。
ただこれに関してはちょっと悔しいこともあって、実はニヴォラともこういうことがあった時に少しドキッとしたんだよな……授業が終わってからずっと真顔だったせいでエイメスに心配されたのも記憶に新しい。
「そうですかぁ……ま、安全運転を心掛けてくださいねぇ?」
「気持ち悪いくらい言われると思ったんだけど」
「流石にそんなことは言いませんよ……言いたくありません」
「最後、聞こえなかったんだけど?」
「何でもありませんからとっとと出発してください」
「……ふふっ♪」
こうしてようやく、俺たちもバイクに乗って出発した。
俺に抱き着いているダーニャと、そんなダーニャに抱き着いているエイメス。
ダーニャにとってエイメスは見えていないし触れられている感覚もないはずなのに、それでもこんな風に抱き着けているのは器用なことだ。
「風が気持ちいいわねぇ」
「風が気持ちいいですねぇ」
ほぼ同時に二人が感想を口にした。
今日は天気もよく風も穏やかで、これ以上のドライブ日和はないだろう。
まあドライブを楽しんでいるわけではないのだが、授業のことを忘れてどこまでもバイクをかっ飛ばしたい気持ちにさせられる。
「曲でも流すか」
バイクの機能の一つとして音楽を流すことができる。
「あ……この曲」
「あら……今日はこの曲なのね」
俺が流したのはフリート・スノーフラッフの残した曲だ。
ネットで活動する学生シンガーという噂しかないのだが、数十年前から活動は停止されて曲の更新も全てが止まっている……まあ、その正体は他でもないエイメスだ。
二人とも俺がバイクに乗る際、フリート・スノーフラッフの曲を流すことを知っている。
曲を作った本人であるエイメスが喜んでくれるのはもちろんだが、ダーニャはフリート・スノーフラッフの曲が大好きなようで鼻歌を歌うことがあるくらいだ。
「フリート・スノーフラッフ……本当にいい曲ばっかりだよな」
「そうですねぇ……本当に素晴らしい曲が多いと思います」
「いやはや、ファンにここまで褒められるのは嬉しい限りね♪」
音楽と景色を楽しみながらバイクを走らせていく。
目的地まではまだもう少しかかってしまうのだが、彼女たちと共に過ごすこの時間は何にも代えがたい……こんな和やかな空気があるくせに、ラハイロイを待ち受けるのがあんな過酷な運命だなんて想像もしたくねえ。
「あの……シオン君」
「うん?」
ふと、ダーニャが声をかけてきた。
「シオン君は、スタートーチ学園を卒業したら何かしたいことでもあるんですか?」
「いきなりだな……う~ん」
唐突な質問だったが少し考えてみた。
今の段階で卒業だとか全く想像もしていないけれど、やりたいことは……そうだな――敢えて言うならば、せっかく転生したからこその興味がある。
「ラハイロイを出て色んな場所を見て回りたいかもな。瑝瓏やリナシータ……他にも沢山の場所を観光がてら適当にブラブラしてみたいかなって」
「……なるほど」
「とっても素敵じゃない♪」
危険なのはラハイロイだけではなく、他の地域も当然危ないことは付き物だ。
でも長い人生のことを考えた時、とてもじゃないがラハイロイだけで完結させるのは勿体ない。
「っと、そろそろ到着するぜ」
程なくして目的の砂漠に到着した。
空が暗く染まって不気味さは漂うが、周りで活動する学生たちの好奇心を濁らせるには至らないらしい。
砂を巻き上げながら動き回るヴォイドワームの姿も視認できたので、せっかくだから写真等を撮って記録に残していく。
「薄気味悪いわねぇここの空気は」
「一言で言うと濁ってるよな」
「そうそれ! こう……ジメジメしてる感じ!」
エイメスと話をする中、チラッとダーニャに目を向けた。
デバイスを手に辺りを観察している彼女だが、ジッとヴォイドワームを見つめている。ボーッとしているようにも見えるが、作業のために手はしっかりと動いていた。
「……? なんだ?」
しかし、そこで小さな異変が起こった。
突然にヴォイドワームが咆哮を上げたかと思えば、ビームのようなものを辺りに撒き散らし始めたのである。
俺たちの存在に気付いての攻撃というわけではなく、あくまで奴の中に何かが起きている影響で暴れているようだった。
「ちょ、ちょっとマズくないか?」
「離れててよかったぜ……」
「でももう帰った方がいいか……?」
生徒たちはみな撤収を始めた。
こういう時、何かが起こるというのは定番だが……そんな俺の嫌な予感は的中し、ヴォイドワームがこちらに顔を向けてビームを放った。
幸いにもそのビームは瓦礫に当たるだけで直撃しなかったが、崩れた岩が俺たちの退路を断った。
「おい、早く迂回して逃げろ!」
「あ、あぁ……!」
「ちくしょう……なんでこんなことに!」
そりゃここまで来たからだろうよ……!
「シオン君!」
「乗れダーニャ!」
「はい!」
退路は断たれ、今もなおビームは放たれ続けている。
だが奴はこっちに来る様子はない……気付かれたと思ったけど、ただ単にビームを乱発しているだけなのかもしれないな。
その後、俺たちは何とか無事に砂漠から離れることが出来た。
誰一人犠牲になることがなかったとはいえ、一歩間違えたら危ないことになっていたのは変わりない……てかヴォイドワームが暴れ出した映像が撮れたことに興奮している生徒も居たりして、本当にどれだけ命知らずの馬鹿共なんだと呆れてしまう。
「なんとかなったわね?」
「そうだな……ったく、ノーコンビーム放ちやがってあの芋虫野郎」
「アレを経験してそんな風に言えるの、あなたくらいじゃない?」
俺の散々な言いようにエイメスはクスッと微笑んだ。
そして疲れたようにため息を吐く存在が近くに一人……ダーニャだ。
「……はぁ、散々な目に遭いましたよぉ」
「ダーニャはどこか怪我してないか?」
「大丈夫ですよ、シオン君が無理やり私を抱き寄せて逃げてくれましたし?」
「えっと……すまん。あの時はほら、俺も一生懸命だったしさ」
「ど、どうして謝るんですかぁ? ……いえ、少し厭味ったらしい言い方だったかもしれませんね……ありがとうございました、シオン君」
「いや……あぁ、うん」
なんか……やけに素直だ。
アクシデントはあったがそれからダーニャと共にレポートを纏める中、エイメスもちゃっかり傍から離れることはなかった。
「ようやく纏まりましたねぇ」
「だなぁ……っとそうだ」
「どうしたんですかぁ?」
「??」
エイメスとダーニャが俺の行動に注目した。
レポートは終わった後に作った人間のサインを書くのだが、この紙には俺とダーニャのサインしか書かれていない。
「ま、ちょいとしたお茶目をな」
俺たちの名前の隣にフリート・スノーフラッフのシールを貼った。
「え……?」
「これは一体?」
「俺たちの好きなシンガーの曲で冒険したようなもんだし、せっかくだからと思ってさ」
「…………」
「なるほど……ふふっ、悪くありませんねぇ」
ダーニャがこう言ってくれるのならいいだろう。
エイメスはしばらく目を丸くしていたが、すぐ嬉しそうに微笑んでくれたのは言うまでもなかった。