スタートーチ学園において、生徒と教師の間にはあまり壁が存在しない。
生徒が教師をリスペクトするのはもちろんだが、教師もまた生徒をリスペクトしている。
もちろん全部がそうとは言わないが、基本的にはそういう関係性が構築されていた。
他でもない俺も生徒の友人がそこそこ居るのにもそうだが、教師の人たちとも仲良く出来ている自負があった。
「……いやぁ楽しみだな」
そして今日もまた、俺はとある先生に呼ばれてお菓子をご馳走になろうとしていた。
定期的に試食に呼ばれることがあるのだが、その度に美味しくて手が止まらなくなってしまうほどだ。
「あ、シオン君!」
「んあ?」
後少しで目的地といった所でシグリカに呼び止められた。
友人に手を振って別れた彼女は、そのまま俺の元へと走ってきた。
「どうした?」
「ううん、シオン君を見かけたから。これからどこに行くのかなって」
「保健室だよ」
「え、怪我とかしたの?」
「そんなんじゃないよ。リューク先生にお菓子を作ったから食べにおいでって誘われたんだ」
鳴潮をプレイしたことがある人なら知っているリューク先生の隠れた趣味だ。
得体の知れない飴を作ったりもするが、お菓子作りに関してはそれなりの腕らしくかなり上手だというのは分かっていたけど、実際に食べた瞬間から俺はリューク先生のお菓子の虜になってしまった。
正直、金を払わないことが罪だと感じるくらいには美味しすぎるんだ。
「お、お菓子!? い、いいなぁ……っ!」
「呼ばれたのは俺だからなぁ……にしし」
「……うぅ!」
煽るつもりはないが、シグリカの瞳に映る俺の顔はこれでもかとニヤニヤしていた。
「いいなぁ……いいなぁいいなぁ……っ!」
「ちょ、ちょっとシグリカ……近いから離れろって」
「いいなぁ! いいなぁ!」
「……だあもう! じゃあ仕方ないからシグリカも付いてこい!」
その瞬間、シグリカは満面の笑みを浮かべるのだった。
「やった! ありがとうシオン君!」
「……お礼は俺じゃなくてリューク先生に言ってくれよな」
こうして、ノリノリのシグリカを連れて保健室に入るのだった。
リューク先生は俺の後に続いたシグリカに驚いたが、事情を説明するとようこそと言って喜んでくれた。
「おぉ……」
「美味しそう……っ!」
早速俺たちを出迎えたのはテーブルに置かれた数々のお菓子だ。
色んな地域のお菓子を研究して作っているみたいだけど、見た目に関しては日本に居た頃のお菓子とそう変わらない物も多いので、このソラリスで未知の食事をしているという感覚はあまり感じたことはない。
「少し気合を入れて作りすぎてしまったんだ。シグリカ君が来てくれたのはちょうど良かったかもしれないね」
「ですよね! シオン君を見つけて良かったぁ♪」
「俺以上に食ってもいいんじゃないか? 太っても知らねえけど」
「うぐっ!?」
一気に渋い表情になったシグリカから視線を外し、何を食べようかと視線を巡らせた。
「このアップルパイにしようかな?」
「あぁ、是非食べてみてくれ」
「はい――いただきますっと」
一口サイズに切ってくれているため、それをそのまま口の中へ。
アップルパイらしいサクサクとした触感と、中に沢山入っているリンゴの味が広がっていく……日本で食べていたアップルパイそのままの味に軽い感動を覚えつつも、リューク先生独特のチョコに似た隠し味もあって本当に美味しかった。
「いつも思うんですけど、マジで美味しいですよ」
「ははっ、シオン君はいつも喜んでくれるからね。君の笑顔を見れると、作った甲斐があったというものさ」
なんというか、随分気に入られたものだと思う。
そんな俺とリューク先生のやり取りを興味深そうに見つめているシグリカだが、口にめいっぱい頬張ったお菓子を呑み込んだところで口を開いた。
「シオン君とリューク先生って凄く仲いいよね……何かきっかけがあったの?」
至極当然とも言える質問だった。
「そう見えるかい? まあでもシオン君との出会い、あれはとても劇的だったからね。気に掛けないようにするというのも難しい話なのさ」
「……ふ~ん?」
リューク先生は詳細を語らなかったが、確かにあの出会いは劇的だった。
外での授業の際に異変が起こり、ヴォイドマターが漏れ出す事故が発生した。その時に俺は近くに居た生徒を逃がすまでは良かったが、強く噴出したヴォイドマターに全身を覆われたんだ。
本来であれば体が汚染されて大変なことになるはずだったが、遮断のおかげで俺は無傷だった。
リューク先生としては俺の共鳴能力は知っていても、それがどこまでの力を持っているかは知らなかった……だからそこで知り合い、俺もゲームを通してリューク先生が信じられる人だと分かっていたから能力の詳細を事細かに伝えたという過去がある。
「ま、難しい話より今はお菓子を楽しもうぜ?」
「それもそうだね! でも……これ全部は食べられないね」
「え、全部食べるつもりだったのか?」
「だって勿体ないよね?」
「後に残しておくとかさ……どんだけ食いしん坊なんだよ」
シグリカってこんなキャラだったっけ……どうだったっけか。
「もし良かったら持って帰って夜にでも食べるといい。あぁでも、歯磨きした後に食べるのはおススメしないけれどね」
「虫歯とか嫌ですもんね」
「じゃあ、お友達にあげてもいいですか? ダーニャちゃん、甘い物大好きだし!」
「構わないよ」
「ありがとうございます!」
その後、夕飯に響かない程度にお菓子を腹に収めた。
幸せな時間を堪能できたと言いながらスキップで保健室を出て行くシグリカだが、最後に振り返ってこんなことを言ってきた。
「シオン君!」
「なんだ?」
「最近、ダーニャちゃん凄く元気なの。時々空元気に見えることがあったんだけど……でも、シオン君と仲良くなってから無理はしてないみたい」
「……そうか」
「これからもダーニャちゃんと仲良くしてほしいな……あ、もちろん私とも仲良くしてね!」
「それはもちろんだ。シグリカは煩いけど友達だからな」
「煩いは余計だよ!? もう……じゃあね!」
シグリカが居なくなり、分かりやすく静かになった。
とはいえこれはこれで少し寂しい気もするけど、それだけシグリカという女の子がムードメーカー気質ということだな。
「シグリカ君は明るくて可愛い子だね。彼女が居るとその場がとても明るくなる」
「そうですね……ああいう子が居てくれると助かる人はきっと多いでしょうし」
「あぁ――さてと、少し真剣な話をしようか」
「…………」
真剣な話……俺はリューク先生の言葉に耳を傾けた。
「シオン君も知っている通り、ここには沢山の生徒……そして大人が集まっている」
「はい」
「色々な勢力……それこそスパイもどこかに潜んでいるだろう」
「そうですね……警備体制ガバガバすぎて嫌になりますけど」
ルシラー学園長も頑張ってはいるのだが、完全に悪の芽を摘むことは不可能だ。
でもどうしてそんな話を俺にしたのか……それはすぐにリューク先生の口から語られた。
「シオン君、君の共鳴能力はとても強力だ。遮断はありとあらゆる干渉を無効化できるわけだが、不可能とされるヴォイドスペースでの活動さえ君には容易だ。それこそ防護服を着けずとも、何時間であっても君の体は耐えることができる……いや、耐えるなんて生易しい表現ではないね――君には全く効果がない」
「…………」
「そして概念さえ断ち切ることのできる切断……これも言わずもがなだね。君に関する情報としては、共鳴能力の名前は記録していても詳細を知っているのは私くらいだ……言いたいことは分かるね?」
「不用意に公開する情報じゃないってことですよね?」
「あぁ、分かっているならいいんだ」
遮断と切断の共鳴能力……これが如何に強力なのかは理解しているつもりだ。
名前だけだとそうでもない気分にさせられるも、詳細を知ってしまうと自分でも強い力だと分かる……とはいえその力に見合う強さが俺にはないけどさ。
「何かあったらすぐに頼るといい。必ず力になるからね」
「ありがとうございます……っとそうだ。一つだけ聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
少し……どうしてそんなことを考えたのかは分からないが、ふと思ったことがあった。
「俺の遮断はヴォイドスペースの中でも平気……それは既に分かっていることです」
「あぁ」
「……奴の……アレフ1の中でも大丈夫なんですかね?」
「それは……」
「すみません、ちょっと聞いてみたかっただけです」
リューク先生は顎に手を当てて考え込み、しばらくして答えてくれた。
「正直なことを言うと分からないと言った方が正しいね。能力的には可能だろうけど、何を隠そうアレフ1の中に入って帰ってきた人は誰も居ない……まあ、仮に居たとしても検証なんて出来ないわけだが」
「ですよねぇ」
「何か大変なことを考えているわけじゃないね?」
「ないですよ。俺、臆病ですし」
そう、俺は怖がりなんだ。
この世界のことは好きだけど、生きるにはあまりにも過酷……その考えは変わらない。
それにどうせ漂泊者が全てを良い方向へと導いてくれる……人任せだと笑うなら笑え、罵るなら罵れ。
俺はどこまでも自分が可愛くて仕方なくて……何があっても死にたくないんだよ。
▼▽
それは、シグリカと一緒にリューク先生のお菓子をご馳走になった数日後のことだった。
ニヴォラがしばらく休学することになったとシグリカから伝えられた。理由としては家庭の事情らしいけど、おそらくリナシータの方に行くんだろうと俺は予測した。
「……ダーニャ?」
そして俺は、調子の悪そうなダーニャを見つけた。
声をかけようとしたけどどこか拒絶するような雰囲気を纏っているようにも見え、気になった俺は彼女がどこに行くのか見守ることにしたんだ。
まあ、ストーカーって言われたら甘んじて受け入れよう。
そんな吹っ切れた気持ちでダーニャを追い続け、彼女が向かったのはディマー・プレーンズ……宇宙へと続くストライダーゲートが置かれている地域だ。
「……なんで一人でこんな所に」
ダーニャは俺の存在に全く気付く様子はない。
そのまま彼女の後を追っていき辿り着いたのは……。
「……なんだここ」
本能が近付きたくないと訴えかける薄暗い研究所のような場所だった。