ラハイロイから遠く離れた地、リナシータにて彼らは居た。
赤い色の目立つ服装に身を包んだ彼らは残星組織と呼ばれる者たちであり、この世界の主人公たる漂泊者らと敵対する存在だ。
「…………」
しかし、そんな中にも一際浮く存在の姿がある。
それはスタートーチ学園に通うニヴォラの姿をした組織長であり、まだ役割が始まらないためにこの姿を披露しているのだが……そんな彼女の元に二人の男性が近付く。
「随分と機嫌が良さそうですね? 組織長?」
「鼻歌まで歌いやがって珍しいことだな?」
「クリストフォロにスカーか」
クリストフォロ、そしてスカーと呼ばれた男性は残星組織において“監察”と呼ばれる存在であり、所謂組織の幹部のような位置づけの二人だ。
機嫌が良さそうだと言われた組織長はクスッと微笑み、空に手を伸ばしながら言葉を続けた。
「この世界にはまだ、私の興味を惹く存在が居るのだなと嬉しくなっただけだ。漂泊者はもちろんだが、突然に現れたイレギュラー――果たしてあれはどういう存在なのか」
「ふむ……組織長がそこまで言うとなると興味が出てきますね」
「やれやれ、目を付けられるとは可哀そうな奴だな」
興味深そうに頷くクリストフォロと、やれやれと首を振るスカー。
組織長は二人に視線を向けながらこう言った。
「クリストフォロもそうだが、ヒュドラもおそらく興味を持つだろう。それと座敷童子に似た雰囲気も持ち合わせていたし、もしかしたら奴も興味を持つかもしれぬな」
「ほう?」
「なんつうか……そいつ普通じゃなくねえか? 逆によくそんな奴が今まで潜んでいたな」
「私も奴がダーニャと仲良くしていなければ気付けなかったくらいだ」
スカーはともかく、クリストフォロはシオンに興味があるようだ。
それに気付いている組織長は苦笑したが、すぐに彼だけを見つめてこうも口にした。
「監察全員に伝えておくが、あれにちょっかいを出すことは許さん。奴は私とゲームをしようと提案し、運命を覆してみせると宣言した。それがどのような形に決着するのか見せてもらわねばならんからな」
「大分気に入っているみたいですね?」
「あぁ」
「……本当にそいつは災難だなぁこりゃ」
心底機嫌が良くてたまらないと、そう言わんばかりに組織長は笑うだけだ。
傍から見れば少女が心から楽しそうに笑っている微笑ましい光景なのだが、その実はとても悍ましい存在が擬態した姿なのだから笑えない。
「ラハイロイの行方がどのようになったとしても、我ら残星組織にとって良い研究結果になるはずだ。奴が本当にダーニャを救えたとしても面白いが、仮に失敗してダーニャが死んでもそれは予定調和でしかない。そしてもう一つの可能性として――奴がダーニャを残して死ぬようなことがあれば、大きな喪失感と共に私の想像を越えた真の虚無へとダーニャは至るかもしれないのだからな」
組織長の様子は、スカーやクリストフォロからしても珍しいほど楽しそうなのだろう。
遥か宇宙の先という未知へ憧れていると組織長については語られるが、シオンの存在もまた組織長にとって未知を体現しているのだから……もっとも、彼の成り立ちを知れば全てを置き去りにするほどの未知であることも判明してしまうのだが……。
スカーとクリストフォロが離れ、組織長は小さく囁いた。
「しかし奴の……シオンはどこか自分の存在を軽んじている。まるでこの世界に自分の居場所などないと、無意識にそう思っているかのようだ。自覚なき空虚か……あぁ、本当に不思議な奴だ」
▼▽
ダーニャと秘密を共有し、組織長がしばらく学園から消えた。
組織長と話した内容の中でダーニャが苦しんでいること、虚無から離れることで周波数の減衰が発生してしまうということが今のところ大きな心配点となっている。
考えれば考えるほど胸糞悪い話だ。
虚無と繋がるために生まれたダーニャは、心を知れば知るほど苦しみが強くなる。
人として生まれた以上、人の営みの中に居れば情緒なんて簡単に育つと分かっていたはずなのに……でも、俺が一人でこんな気持ちになっても仕方ない。
ダーニャの運命を覆すために、俺が必ずダーニャとアレフ1の繋がりを断ち斬ってみせる……そのためには俺も準備をしないといけない。
「こんにちは、NANAちゃん」
「おや、こんにちはシオン君」
訪れたのは保健室だ。
こういう時、頼りになるのはやっぱりリューク先生だと思ったからだ。
「リューク先生は居る?」
「奥の部屋に居ますよ。ちょっと待っててくださいね」
「ありがと」
しばらく待っているとリューク先生が現れた。
「やあ、よく来たね。どうしたんだい? どこか具合でも?」
「いえ、そうじゃなくて……少し相談に乗ってほしいなと思ったんです」
「分かった。それじゃあ部屋の方に行こうか」
「はい」
そのまま奥の部屋に通され、柔らかなソファへと腰を下ろした。
すぐ隣にリューク先生も腰を下ろし、その優しい眼差しで俺を見つめた。
「それでどういう相談かな?」
俺は軽く深呼吸をしてから話し始めた。
「こんなことを保健室の先生であるリューク先生に相談するのもどうかと思ったんです。何かあったら相談してほしいって言われてたので、頼ることにさせてもらいました」
「覚えててくれたんだね。まあ事あるごとに伝えているからそれが良かったみたいだ」
本当に良い人だよリューク先生は。
ラハイロイで色んな人に出会ったけど、これほどの人格者はそう居ない。
流石漂泊者のメンケアをした人だ。
「俺の切断、結構凄い能力じゃないですか」
「凄いどころじゃないと思うけどね。もしかしてその能力絡みかい?」
「はい――自分の意志でオーバークロックできるようになるまで、様子を見てほしいなと思ったんです」
そう言った瞬間、リューク先生の表情が険しいものになった。
こんな表情になることくらい予想していたし、医者である以上二つ返事で頷いてくれるとも思っていない。
「シオン君、君は自分が何を言っているのか分かっているのかい?」
「分かっています――おまけに理由は詳しく話せません」
「……胸を張って言われても困るんだけどね」
リューク先生は額に手を当ててため息を吐いた。
こうやって困らせてしまうことも想定済みだったが、こんなことを他の誰かに相談なんてできるわけもない。
ダーニャは言わずもがなだし、エイメスも絶対に無理で……そうなってくると、必然的に頼れるのはリューク先生だけになってしまう。
「…………」
リューク先生の言葉を待つ中、オーバークロックについて考えてみた。
共鳴者においてオーバークロックという症状は好ましい物ではなく、絶対に発症しない方が良いとされている症状だ。
基本的に命にかかわる症状と言えばその深刻さが分かるだろうか。
だが言い方を変えれば自分の限界を引き出すということもであるため、共鳴能力によっては通常の状態よりも強い力を発揮できるわけだ。
(ダーニャとアレフ1の繋がりを斬るには……オーバークロックが必要だ)
これしかないならやるしかない……正直怖いさ、怖いけどやるしかないんだよ。
「オーバークロックは文字通り命を削る行為に等しい。君がそこまで言うということはそれだけの理由があるのも理解できる……本当に話せないかい?」
「…………」
はいと、頷きそうになったがふと思った。
こんな無茶苦茶なお願いをしているのに何も話さないというのは、リューク先生に対してあまりにも筋を通せていないんじゃないかと。
俺の突拍子のない発言でもリューク先生は真剣に聞いてくれている。
全貌を話すことは出来ないが、それならばとある正直な思いを話すことにした。
「……助けたい人が居ます」
「助けたい人?」
「はい……俺にしかその人を救えないだなんて傲慢なことを言うつもりはありません。でも現実は俺の切断の力でしかその人を救うことはおそらく出来ない……オーバークロックした状態じゃないとダメだと、そう理解してしまったから」
「…………」
「こんな提案をしてしまうこと……ごめんなさい。でもいざその時が来た時、上手くやれなくて後悔するのだけは嫌だと思ったから……俺はその人が生きている未来を掴み取りたいんです」
「そこに君は居るのかい?」
「もちろんです。その……別に死ぬつもりはないですよ? そりゃそれだけの危険な行為だというのは重々承知してるんですけど、もしもこれで俺が死んで残されたその人がどう思うかを考えたら絶対に死ねません。もちろん他にも悲しんでくれる人は居るでしょうし、リューク先生もそうですよね?」
「それは当然だよ。でもそうか……君の決心と想いはとても強いみたいだね」
「はい」
リューク先生はしばらく考え込み……いや、かなり長く考え込んだ。
そしてようやく考えが纏まったのか、重いため息と共に口を開いた。
「君のことだし、もしも私が頷かなかったとしても別の方法を探すだろう。何より誰かを救いたいと願うその気持ちは痛いほど理解出来る。全く、君は先生泣かせの生徒だね」
「……それじゃあ?」
「分かった。様子を見ながらではあるが、君に協力しよう――その代わり、これ以上は無理だと判断したら無理やりにでも止めるからね?」
「はい! ありがとうございます!」
良かった……これで第一関門は突破だ。
リューク先生には苦労をかけてしまうけど、相談して本当に良かった。
その後、俺は保健室を出たのだが……そこでエイメスが腹を抱えて笑っている姿を見つけた。
「何してんだ……エイメス?」
「あはっ! あははははっ! あ、シオン! ちょっと助け……あっははははは!!」
「ど、どうしたんだ!?」
エイメスがおかしいぞ……!?
一体どうしたんだと気になる俺だったが、周りが騒然となっていることに気付いた。
「くっ……ふふふふっ……あれ、見てよシオン!」
「……っ!?」
エイメスが指を向けた向こうからシグリカが走ってきた。
何かに襲われているかのような表情の彼女は、俺を見つけた瞬間にぴょ~んとジャンプをして背中に隠れた。
「うおっ!?」
「た、助けてシオン君!」
「待て待て……何が起きて――」
そしてついに、俺はそれを見てしまった。
シグリカがやってきた方から歩いてきたそれを。
「……ぷっ!?」
それは、虹色に発行するダーニャだった。
正確には目と鼻、口から虹色の光を放つダーニャなのだが……まさかこれが例のイベント!?
「シ~グ~リ~カ~ちゃ~ん?」
「ひぃっ!?」
「あははっ! もう面白すぎるでしょこれ!!」
ダーニャはおそらく鬼の形相をしているはずだ。
なのに表情が一切見えないほどに虹色なせいで、彼女の身の毛がよだつような低い声を聞いても、俺はエイメス同様に込み上げる笑いを抑えきれなかった。
「シオン君……よくこの状況で笑えますねぇ?」
「いやだって……えっと、逃げるかシグリカ!」
「う、うん! 逃げよう早く!」
「逃がすと思ってるんですかぁ!?」
この日、壮大な鬼ごっこを幕を開けるのだった。
まあ運動神経のないダーニャが俺たちに追いつけるわけもなく、最終的には俺がシグリカを生贄に捧げることでダーニャに機嫌を直してもらうのだった。