ロローリャはオイシと菓子を抱え直し、車の周囲を見回した。
屋根、石垣、木の枝と、どこを見ても猿がいる。荷台の果物や、ノイの抱えたエビせんを狙い、何十もの目が二人へ向けられていた。
「おじさん……猿まで施されてるって言ってたけど、これはちょっと施しすぎじゃない?」
「食べ物は隠しておけ。一匹に気を取られると、別のやつが後ろから来るぞ」
「これじゃ猿地獄だね!」
ロローリャがコーゲーの缶を服へ押し込む。
近くの露店から、果物売りの女が飛び出してきた。小石を入れた空き缶を激しく振ると、甲高い音に驚いた猿たちが石垣の上へ逃げていくが、それでも遠くへは去らず、こちらの隙を窺っていた。
ロローリャも助手席から降りようとしたが、壊れた義足はノイの膝の上にある。左足を地面へ伸ばしても届かない。
「お姉ちゃん、待って」
「これくらい、自分で降りられるよ」
とはいえ座席の端から身体を滑らせると、運転手が服をつかみ、ノイが下から腰を支えた。二人に抱えられ、ロローリャはようやく地面へ下ろされた。
屋根の猿が首を傾げている。
「見世物じゃないよ。笑うな、この猿ども!」
「お姉ちゃん、猿はたぶん笑ってないよ」
ノイは義足とサーベルを抱え、ロローリャの隣へ立った。
そのとき、橙色の僧衣をまとった僧侶が、堂の方からゆっくりと歩いてきた。
年は六十ほどだろうか。日に焼けた顔には深い皺が刻まれていたが、穏やかな目をしている。
僧侶はロローリャの左腕と壊れた義足を見てから、二人の泥に汚れた服へ目を移した。
「旅の方々のようですね。どこから来られたのですか?」
「川の向こうから。いろいろあって、逃げてきたの」
「そうですか」
僧侶は、それ以上すぐには聞かず、近くにいた年配の女を呼び、二人を指した。
「先に食事をどうぞ。話はそのあとでもよいでしょう」
「どうして私たちのこと、何も聞かないの?」
ロローリャが尋ねると、僧侶はわずかに笑った。
「腹を空かせた人から聞けるのは、腹が空いたという話ばかりですから」
「このお坊さん、いいこと言うね」
「この寺の住職、ルアン・ポー・スウィット様だ。失礼なことを言うんじゃないぞ」
「ルアン・ポー?」
「年長で、尊敬されているお坊さんをそう呼ぶんだ」
男に教えられ、ロローリャはスウィット住職へ向き直った。
「じゃあ、ルアン・ポー。ご飯を二人分お願いします」
「頼まれなくても、もう用意していますよ」
スウィット住職は穏やかな顔のまま答えた。
◇ ◇ ◇
二人が案内されたのは、寺の門前にある小さな飯場だった。
正面には客が座る木の卓が並び、奥の調理場は猿が入れないよう金網で囲われている。看板には『パー・ラップおばさんの店』と書かれているが、二人には読めない。
大鍋の蓋が開くと、カレーとココナツミルクの甘い香りが広がった。
「カオソーイだよ」
飯場のおばさんは、茹でた卵麺へ濃い黄色の汁を注ぎ、柔らかく煮えた鶏肉と、ぱりぱりに揚げた麺を載せた。小皿には、刻んだ赤玉ねぎと漬物、切ったライムが添えられている。
「これ、どうやって食べるの?」
「最初はそのまま食べてもいい。あとは汁へ沈めな。辛かったらライムを搾るんだよ」
ロローリャが汁をすすると、ココナツミルクの甘さに唐辛子の辛さが追いかけてきた。揚げ麺をばりばりと噛み砕き、汁へ沈んだ卵麺をたぐり込む。
「おいしい! ノイ、これすごくおいしいよ。ラオスにも似たのある?」
「麺はあるけど、こんなに辛いカレーは初めて」
ノイも何度かむせながら、夢中で食べ始めた。
ロローリャは右手だけで骨付きの鶏肉を持ち上げようとしたが、箸を置けば器が動き、器を押さえれば肉を取れない。
しばらく格闘した末、ノイが鶏肉を押さえ、ロローリャが歯で肉を引きちぎった。
「わたし一人でも食べられたのに」
「お姉ちゃん、汁の中に二回落としてたよ」
「むぅ。それも食べ方の一つだよ」
二人が器を空にすると、おばさんは、鍋を見つめるロローリャに二杯目をよそい始めた。
「おばさんも、すごく功徳を積んでると思う」
「その口で何杯食べる気だい?」
「仏様が許してくれるだけ」
「なら、三杯目は仏様へ直接頼みな」
そう言いながらも、おばさんは鶏肉を大きめに載せてくれた。
食後、壊れた義足は寺の雑用をしている男に見てもらった。留め革だけでなく、木の継ぎ目も歪んでいる。
「ああ、こりゃダメだな。ここで紐を巻いても、すぐ同じように曲がっちまう。きちんと道具を持った職人に見せた方がいいな」
ロローリャは義足を抱え、露骨に肩を落とした。
二人は台所裏にある、女性参拝者用の平屋へ案内された。室内には敷物と毛布、蚊帳、古い扇風機があり、飯場のおばさんも隣室を使っていた。
夕方になると、ロローリャはノイに肩を借り、スウィット住職のいる堂の縁側まで移動した。
「ルアン・ポー。しばらく、ここにいてもいい?」
「今夜追い出すつもりはありません」
「ええっ、今夜だけ?」
「寺は雨を避ける場所にはなれます。しかし、二人が一生隠れて暮らす場所にはなれません。事情は明日、聞かせてください。今夜は食べて、身体を洗い、眠ることです」
「ええと、ルアン・ポー、私たちお金はないよ」
「この寺へ泊まるのに、お金は要りません」
「ご飯も?」
「ここでは寄進されたものがある日は、皆が食べられます」
「もし寄進がなかったら?」
「そのときは皆で空腹になりましょう」
スウィット住職が平然と答えると、ロローリャは少しだけ笑った。
◇ ◇ ◇
二日目の朝。
ロローリャは、まだ空が暗いうちに、低く響く鐘の音で目を覚ました。
蚊帳の隙間から外を見ると、境内を橙色の影が静かに歩いている。
スウィット住職のほかに、この寺には四人の僧侶がいた。皺深い老僧、二人の中年僧、そして黄衣の着方もぎこちない若い僧侶である。
五人は黒い鉢を抱え、明るくなり始めた門の外へ並んで出ていった。
「どこへ行くのかな?」
「朝ご飯を集めに行くんじゃない?」
隣で目を覚ましたノイが、小声で尋ねると、ロローリャはそう答えた。
あとで飯場のおばさんに聞くと、あれは托鉢といい、若い僧侶は両親へ功徳を捧げるため、雨季の三か月だけ出家しているのだという。
──タイでは、僧侶になることが俗世との永遠の別れを意味するとは限らない。数日や数週間、あるいは雨季の修行期間だけ出家し、その後は還俗して家族や仕事のもとへ戻る者もいる。それでも僧侶が尊敬されるのは、家を離れて戒を守り、仏法を学び、自らの心を鍛える暮らしを選んでいるからである。
僧侶が教えと修行を守り続けることで、在家の人々も仏法へ触れることができる。その僧団を支えることが功徳になると考えられ、人々は托鉢の鉢へ米や料理を入れ、寺へ僧衣や薬を寄進する。料理、掃除、修繕、送迎といった働きを差し出すことも布施の一つである。
日が昇るころ、僧侶たちが寺へ戻ってきた。鉢には炊いた米や果物、袋に入った料理が納められている。
ロローリャは飯場の前へ座り、それらが器へ移されるのを眺めた。
「わたしたちが食べたカオソーイも、寄進されたものなの?」
「米も野菜も、誰かが寺へ持ってきたものだよ。あんたたちへ食べさせたところで、布施した人の功徳は減らないさ」
この寺の僧侶たちは朝に一度だけ食事を取り、正午を過ぎれば通常の食事は口にしないという。
「どんな日も朝しか食べないの?」
「それがお坊様たちの修行なんだよ」
「わたしには無理だね」
「そりゃ、三杯も食べた子には無理だろうさ」
飯場のおばさんに笑われ、ロローリャは口を尖らせた。
食事を終えると、老僧は洞窟へ入り、中年僧は経典を開いた。若い僧侶は境内を掃き、猿へ気を取られて先輩僧に注意されていた。
スウィット住職は、子供の進学や畑の境界について相談に来た人々の話を、急かさずに聞いていた。
「お坊さんって、ずっとお経を読んでるんじゃないんだね」
「学校は行ったことないけど、先生ってあんな感じなのかも」
ノイが答えると、ロローリャも頷いた。
ノイは飯場で野菜を洗い、米から小石を取り除き、食器を並べた。
ロローリャも手伝おうとしたが、杖を突いて片脚で動いていては、かえって邪魔になる。
飯場のおばさんは入口へ低い椅子を置き、ロローリャをそこへ座らせた。
「そこから猿を見張ってくれないかい。近づいたら大声を出すんだよ」
「それなら得意だよ」
初めのうちは、本当に猿を見張るだけだった。
だが、椅子に座っているばかりでは退屈である。ロローリャは飯場の前で足を止めた参拝客へ、勝手に声をかけ始めた。
「そこのお兄さん、ここまで来て何も食べないの? ここのカオソーイ、すごくおいしいよ」
「お姉さんは辛いの苦手でしょ? ライムを搾れば食べやすくなるって」
店番をしながら境内を眺めるうちに、猿の動きにも決まりがあると分かってきた。
一匹が飯場の正面で騒ぎ、その隙に別の猿が裏へ回る。盗んだ食べ物は、木の上で待つ身体の大きな雄猿に取り上げられていた。
どうやら、ただ好き勝手に群がっているわけではないらしい。
◇ ◇ ◇
二日目の夕方。
ロローリャはノイに肩を借り、再びスウィット住職のいる堂の縁側へ向かった。
境内の端では僧侶たちが読経を始め、重なった低い声が岩壁へ響いている。
「ルアン・ポー。昨日の話の続きをしていい?」
「ええ。座りなさい」
ロローリャが床へ腰を下ろすと、スウィット住職も二人の正面へ座った。
「ノイをラオスへ帰さないで」
「なぜ戻れないのか、聞かせてもらえますか」
「村へ戻ったら、また売られるかもしれない。わたしたちを人買いに売った女も、たぶん村に戻ってる」
「役所や警察へ話すことはできませんか」
「あんな奴ら、何もしてくれないよ。それに、もし悪い奴を追い払ってくれても、ノイの借金は消えないだろうし」
スウィット住職は、そこでタイ語をやめた。
「では、ここからはラオ語で話しましょう。細かい事情は、慣れた言葉の方が話しやすいでしょうから」
そのラオ語は、二人が聞き返す必要もないほど滑らかだった。
「ルアン・ポー、ラオ語を話せたの?」
「出家する前は、二十年以上、学校の教師をしていました。初めはメコン川に近い国境の学校で教えていましたから、川向こうに親族を持つ家や、ラオスから移ってきた家の親たちと話すために覚えたのです」
その後は山地の小さな学校へ移り、アカやラフをはじめとする少数民族の子供たちも教えたという。
「その子の家の言葉を知らなければ、授業が分からないのか、何かに怯えて話せないのか、それすら教師には分かりません」
山の村には、畑仕事や家事のため学校へ来られない子供や、身分を証明する書類を持たない家族がいた。町へ働きに出たまま戻らなかった少女も、一人や二人ではなかったという。
「ですから、あなたたちを見て、すぐ役人へ渡せばよいとは思いませんでした。助けを求める場所を間違えれば、弱い者ほど、また誰かに行き先を決められてしまいます。まずは、ノイを人買いのいる場所へ戻さないことを考えましょう」
「わたしたちは一緒にいられる?」
「そのための方法をともに探しましょう」
スウィット住職は、安易に大丈夫だとは言わなかった。それでもロローリャは、ようやく肩の力を抜いた。