欠月剣娘百越譚   作:宙うし

25 / 25
3.追放

 冬が過ぎ、風の冷たさが和らいでも、王は変わらず塾を開いていた。

 

 子どもたちを集め、古い紙や地面に数字を書かせる。教えるのは、屑屋で銅くずを売ったときの値段や、手配師に上前を撥ねられたあとの取り分、市場で重さをごまかされたときの見抜き方である。

 

「小満、また間違えてやがる。銅くず五十斤で手配師が二割抜いたら、残るのはいくらだ。自分の飯が減るんだぞ、頭使わんか!」

 

 怒鳴り散らしたくせに、授業が終わると王は小満の首ねっこを掴み、黙って五角硬貨を二枚、ポケットにねじ込んだ。

 

「これで饅頭でも買って食え。腹が減ってちゃ計算も狂う」

 

 相変わらずの王だった。口は悪く、手は荒い。けれど、何かが決定的に変わっていた。

 

 炭を走らせる手が、ふと止まる。

 

「……ロローリャ、次は問三だ。やってみろ」

「王大哥、それさっきやったよ。もう答え言ったもん」

「ん……そうだったか」

 

 王は短くなった炭を置くでもなく指で転がし、視線をふらりと彷徨わせる。ロローリャの顔を見て、そして、竹椅子を見た。

 

 やがて、陳静が党の偉い人の息子に嫁ぎ、大通り沿いに新しい店を出したという話が城中村に届いた。

 

 それからというもの、夕刻になると王は一人で車椅子に乗り、路地の外へ出ていくようになった。

 

 ある日、ノコギリの老人がロローリャを呼びとめた。

 

「おう丫头(嬢ちゃん)、芸の修練は怠っておらぬか? そういえば、ここのとこよく順徳を見かけるぞ」

「王大哥を?」

「陳静の嫁ぎ先の店の近くだ。車椅子で、向かいの茶店の前におる」

「それは何か用事があるんじゃないの?」

「いや、用事といえば用事なんじゃろうが……帰ってきたら少し気にかけてやってくれんかな。あれは、帰る場所をなくした男の顔じゃ」

 

 その日の夜、王が戻ってきたのはすっかり日が落ちてからだった。車椅子の車輪には乾いた泥がこびりついていた。

 

「王大哥、どこ行ってたの?」

「……ただの散歩だ。余計な世話焼いてないで、さっさと寝ろ」

 

 王はそれだけ言って、戸口の内側へ入った。

 

 竹椅子には、薄い埃が積もり始めていた。

 

 ◇

 

 硝子戸の向こうで、陳静は帳面をつけていた。

 

 王は店先に車椅子を止めていた。向かいの茶店にいるだけなら、まだ睨まれるだけで済んだ。だがこの日は、硝子戸の前まで来ていた。

 

 店の小僧が奥へ駆け込むと、ほどなく陳静の夫がのしのしと現れ、その後ろに陳静の顔が見えた。

 

「順徳……何をしに来たの」

「静……あのときは、すまなかった。本当は、止めたかったんだ。でも、お前を引き留めたら俺がみじめになると思った」

「そうだったのね……でも、もう遅いわ。私はここで生きると決めたの」

「今からでも戻れるんじゃないのか? 俺は……一人では駄目なんだ」

「そんなこと私に言わないで。もう帰ってちょうだい」

「俺は、お前に必要とされたいんだ!」

 

 夫が舌打ちした。

 

「おい、王。聞こえねえのか。帰れって言ってんだろ!」

「俺は静に用がある。お前じゃない」

「彼女は俺の妻だ。もう、あんたとは関係ねぇ。何度も店の前をうろつかれて、こっちはいい迷惑なんだよ!」

 

 王は車椅子を押し、硝子戸の方へ進もうとした。夫が前に出て、肘掛けを掴む。

 

「この野郎! 店に入るなって」

「どけ!」

「しつけえんだよ!」

 

 夫の拳が、王の頬を打った。

 

 車椅子が後ろへずれ、片側の車輪が敷石の段差に引っかかった。王の身体が傾き、そのまま座面から投げ出される。こめかみが石に当たり、鈍い音がした。

 

 夫は拳を握ったまま息を荒げていたが、地面に倒れた王を見て顔色を変えた。

 

「お、おい。大丈夫か?」

 

 陳静が店先へ駆け寄った。

 

「順徳!」

 

 王はその手を払おうとした。だが、うまく腕が上がらない。額から細い血が流れ、石の上へ落ちた。

 

 陳静は唇を震わせた。

 

「お願いだから、もうやめて。私は、あなたのそんな姿を見たくない。あなたを必要とする子たちのところにいてあげて」

 

 王はしばらく動けない様子だったが、やがて這い上るように車椅子を掴んだ。誰の手も借りず、歯を食いしばって座面へ戻ると、王は顔を上げず、歪んだ車輪の音を引きずりながら、路地の方へ帰っていった。

 

 ◇

 

 翌朝、王が部屋の中で冷たくなっているのが見つかった。

 

 戸は開かず、車椅子の音もしなかったことを不審に思った李小満が戸を叩き、年寄りが呼ばれ、やがて路地が騒ぎになった。

 

 しばらくすると制服の男たちが来て、王の身体はどこかへ運ばれていった。

 

 三日後、王順徳の死は()()として片づいたらしい、という話が城中村に広がった。

 

 ◇

 

 王の弔いが終わった後、ロローリャは足早に市場の外れへ向かった。

 

「老爷爷! 王大哥が病気で死んだって、どういうことなの?」

「本当かどうかは知らん。とにかく、そういうことになったようじゃの」

「王大哥は、静姐の店で頭を打ったんだよ!」

「しっ! 静かにせんか、声が大きいぞ」

 

 老人は魚屋の方をちらりと見た。

 

「あの店の亭主の親父は、党の偉い人間じゃ。誰も逆らえん」

「じゃあ、王大哥を殴った人はどうなるの?」

「どうにもならん」

「静姐は?」

「嫁に行った女が、亭主の家を敵に回せるわけなかろう」

 

 ロローリャは唇を噛んだ。

 

「そんなのおかしいよ……」

「おかしいかのう……だがな、考えてもみるのじゃ。あの王順徳が、昔の女の店先で騒いで、痴情のもつれの果てに死んだなぞ、あいつの名誉に傷がつくのではないか? 王は二等功を受けた誇り高い男じゃ。病で死んだことにして、静かに送ってやる。此度のことは、それでよかったんじゃ」

 

 ロローリャは顔を上げた。

 

「なに、それ……。そんなのちっともよくない! なんで、老爷爷はそんなこと言うの! 王大哥は、そんなふうに死んでない。殴られたんだよ。頭を打ったんだよ。それをなかったことにして、なにが名誉なの!」

 

 ロローリャは背を向け、走り去った。

 

 ◇

 

 翌朝、ロローリャは小満たちを集め、市場の裏から拾ってきた薄い板に、炭で大きな字を書いた。

 

杀人犯(ひとごろし)』『还我王順徳(王順徳を返せ)

 

 店の前に着くと、朝の客がちょうど出入りしていた。

 

 ロローリャは硝子戸の前で息を吸った。

 

「人殺し!」

 

 小満たちも板を上げた。

 

「王大哥をかえせ!」

「大哥は病死なんかじゃないぞ! ちゃんと調べろ!」

 

 通行人が足を止め、向かいの茶店からも人が覗いた。

 

 店の小僧が青い顔で奥へ走ると、あわてて陳静が出てくる。その顔を見たとたん、ロローリャは板を高く上げた。

 

「静姐! 王大哥は病気じゃないよ! ここで頭を打ったんだよ!」

「ロローリャ、もうやめて。お願いだから、帰ってちょうだい」

「なんでよ。静姐だって、見てたでしょ」

「早く帰って。あなたたち、きっとひどい目に遭うわ」

「王大哥は、もっとひどい目に遭ったんだよ!」

 

 陳静の顔が歪み、涙が落ちた。

 

 奥から夫が出てきた。

 

「うるせえんだよ。朝っぱらから店の前で何してやがる!」

 

 小満が板を突き出した。

 

「人殺し!」

「ガキが!」

 

 夫が小満の胸ぐらを掴んだ。

 

 ロローリャは拾っておいた石を投げた。石は夫の肩に当たり、跳ねて店の框に落ちた。

 

「触るな!」

 

 その声で、子供たちが一斉に動いた。小さな石が硝子戸へ当たり、板が看板を叩き、誰かが店先の竹籠を蹴った。みかんが転がり、客が悲鳴を上げた。

 

「やめて! やめてちょうだい!」

 

 陳静が泣きながら小満の腕を掴もうとした。小満は振りほどき、夫の足にしがみついた。

 

「王大哥を返せ!」

「放せ、この野良犬ども!」

 

 夫が足を振る。小満が転ぶ。ロローリャは杖を突き、もう一つ石を拾おうとした。

 

 そのとき、笛の音がした。

 

 制服の男たちが大通りの方から走ってきた。

 

「何をしている!」

 

 子供たちは散ろうとした。だが、店の前には人だかりができ、逃げ道は狭かった。小満が腕を掴まれ、別の子は背中を押さえられた。ロローリャも杖を払われ、片膝をついたところで肩を押さえられた。

 

「みんな逃げろ!」

 

 小満が叫んだ。

 

 逃げろ。

 

 かつての王の声が、耳の奥で鳴る。

 

 だが、ロローリャは歯を食いしばった。

 

「いやだ!!!」

 

 手首をひねられ、板が地面に落ちる。『人殺し』と書いた字が、道に転がったみかんの汁で滲んだ。

 

 ◇

 

 雑多な取調室で、警官らによる身元確認が済むと、小満たちは親や身元引き受け人が現れ、こっぴどく叱られながら連れて帰られた。

 

「この片手片足のは、どこの子だ」

「王順徳のところにいた子どものようです」

「王は死んだぞ。じゃあ誰が引き取るんだ?」

 

 こうしてロローリャだけが最後まで残され、そのうち別の建物へと回された。

 

 しばらくすると、名札に梁志遠とある若い役人が机の向こうに座った。

 

「お前の名前はなんだ」

「ロローリャ」

「苗字は? どんな字を書く?」

「知らない」

「親の顔は覚えてないのか」

「いないもん」

「どこで生まれたんだ。もっと小さかったときの自分の家はどこだ」

 

 ロローリャは答えなかった。

 

「雲南か? 広西か?……それとも、ラオスやベトナムのほうか?」

「知らないよ」

「じゃあ、今まで誰とどこで暮らしていたんだ?」

「王大哥のところにいた」

「そうか……あの人らしいな」

「王大哥を知ってるの?」

「辺防に入ったばかりのころ、同じ中隊にいた。飯を食わせてもらったが、よく怒鳴られたもんさ」

「なら、王大哥が病気じゃないって、わかるでしょ!」

 

 ロローリャの訴えに梁志遠の筆が止まった。返す言葉を探す前に、奥の扉が開き、上司の胡建平が入ってきた。

 

「おい梁、小娘相手に何を手こずってる」

「それが、身元がまったく追えません。出生記録はありませんし、引き取る人間が見つかりませんでした。どうやら本人も自分がどこの生まれなのか分かっていないようで……」

「なんだ、なら最初から我が国の人間じゃないわけだろう」

 

 胡建平はロローリャを一瞥した。

 

「まぁベトナムかラオスだな。ロロ族か何かのガキだろう。国境の隙間から勝手に紛れ込んできただけに決まってる。いつもの手で、さっさと向こうへ押し出して、あっちの連中に引き取らせればいいんだ。そうだろう、梁」

 

 梁が顔を上げた。

 

「ですが……片手も片足もない幼い子供ですよ。いくらなんでも、そんな乱暴な……」

「梁」

 

 胡建平の声が低くなった。

 

「とっととこの件にケリをつけろ。変にかばうと自分の身を危うくするだけだぞ。王順徳は急病で逝き、そして静かに送られた。それで全部丸く収まるんだ」

 

 梁は黙った。

 

「これは上の決定だ。わかったか?」

 

 ロローリャは二人の顔を見比べた。言葉の半分は分からなかった。ただ、王大哥の名だけは聞こえた。

 

「王大哥を、悪く言うな」

 

 梁の指が、書類の端を強く押さえた。

 

 胡建平はロローリャを見ようともしなかった。

 

「今日中に片づけろ」

「……わかりました。私が責任をもって対処いたします」

 

 梁志遠はロローリャを残し取り調べ室を出ると、同じ職場である義兄、孫景明に相談した。

 

「景明哥! 助けてくれ。俺はどうすればいい……あの子をこのまま向こうへ放り出せば、野犬に食われるか野垂れ死にだ」

 

 梁は額を押さえ声を荒げた。

 

「王順徳のところの子か」

「ああ。王さんの世話になった俺が、あの人の大切にしていた子供を国境に捨てる羽目になるとは……」

「もう、どうにもならんのか?」

「今日中に片をつけろと命令された。でも、片手片足の子供だぞ。ラオスにせよ、ベトナムにせよ、国境の向こうへ出したところで、どこにも行けやしない」

 

 孫は顎に手を当て、少し考えてから顔を上げた。

 

「ふむ、ならば志遠。できるだけましな道に送り出してやろう」

 

 梁が顔を上げた。

 

「まし?」

「ベトナム側に行けば、宝くじを売って食いつないでいる子供がたくさんいる。わずかでも現金を渡して、宝くじの売り方を教えてやれば、あるいは親切な大人に拾われるかもしれない。それしか生き残る道はないよ」

「そんなことで生きられるのか」

「知らん。だが、夜の山へ置くよりはましだろ」

 

 梁は黙った。

 

河口(ホーコウ)まで俺たちの車で運ぶ。そこから先は、町へ向かう車に乗せるぞ」

「どうやって?」

「そこは、お前と俺の仕事だろう」

 

 孫景明は立ち上がった。

 

「出かける前に飯を食わせてやれ。腹の空いた子供は、教えた言葉も忘れちまう」

 

 ◇

 

 夜、梁志遠と孫景明は古いセダンにロローリャを乗せ、昆明を出発した。

 

「どこへ行くの?」

「ベトナムだ。お前はこの国から追放になった」

「王大哥のところへ帰りたい」

「……それはできない。お前は、二度と戻ってきてはいけないんだ」

 

 ロローリャは梁の横顔を見た。梁はそれ以上何も言わなかった。

 

 夜明け前、河口の国境近くでセダンを停めた。

 

「よし、臨時の検問ってことにする。怪しい車を調べるぞ。荷を一つずつ開けさせるんだ」

 

 孫景明は車列の端から運転手に声をかけていき、簡易な質問に運転手の目が泳ぐ一台を探す。

 

 やがて、幌をかけたトラックの前で足を止めた。運転手は荷台の横で煙草を吸っていたが、梁と孫景明を見ると、すぐに火を揉み消した。

 

「おい、そこのお前。この車はどこへ行く」

 

 運転手は顔を引きつらせた。

 

「ハイフォンでさぁ。旦那、こんな時間に何の用ですか。手続きはもう済んでますぜ」

「何を積んでる」

「いえ、あ、あの……布地と雑貨です。あと、肥料を少し」

「肥料?」

 

 梁は幌を見た。

 

「なら一袋開けろ」

「いや、それは……荷主の封がしてありまして」

「封があるなら、なおさら見せろ」

 

 運転手の喉が動いた。

 

「旦那、本当に勘弁してくださいよ。遅れたら荷主に怒られるんです」

 

 孫景明は運転手をじっと見た。

 

「まぁ、追加の荷を一つ乗せるというなら、俺らの目も少し暗くなるかもしれんな」

「追加?」

 

 梁がロローリャの背を押した。

 

「ハイフォンまで行くなら、この子を乗せろ」

「いや、そんな……人は困りますよ」

「なら、幌を開けるか」

 

 運転手は黙った。

 

「……乗せるだけですよ。面倒は見ませんからね」

「だめだ! ちゃんと生きて降ろせ。いいか。お前とお前の車のことは公安で記録しておくからな」

 

 梁は手帳を開き、運転手に見せつけるように車番を書き込んだ。

 

 近くに夜間も営業する小さな商店があった。菓子袋と煙草と瓶入りの飲み物が、薄暗い棚に並んでいる。梁はそこへ走り、赤いえびせんの袋を一つ買って戻った。

 

「これを持て」

「なに?」

「食べ物だ。一度に食べるなよ」

 

 孫景明がしゃがんだ。

 

「いいか、娘。向こうへ着いたら、親切そうな人を探せ。飯を売っている女か、子供を連れた女だ。怖い男には近づくな」

 

 梁が続けた。

 

「こう言え。シン、チョ、チャウ、バン、ヴェー、ソー」

「しん、ちゃう……?」

「シン、チョ、チャウ、バン、ヴェー、ソー」

「しん、ちょ、ちゃう、ばん、べー、そー」

「ヴェーだ。もう一度」

「しん、ちょ、ちゃう、ばん、ヴェー、そー」

「よし。そう言って、宝くじを売らせてもらえ。そうすれば飯が食えるかもしれない」

 

 ロローリャは意味が分からないまま、もう一度つぶやいた。

 

「しん、ちょ、ちゃう、ばん、ヴェー、そー」

 

 梁は小さな布包みを握らせた。

 

「少しだけ金が入っている。すぐには使うな。取られそうになったら逃げろ」

「逃げる……」

 

 ロローリャは顔を上げた。

 

「王大哥も、そう言ったよ」

「お前が王のために怒ってくれたこと、王もきっと喜んでいる。だが、俺にはこうすることしかできない……」

 

 梁の顔が歪んだ。

 

「すまない……本当に、すまない……」

 

 ロローリャは赤い袋を握ったまま、不安げに梁を見ていた。

 

「乗せるぞ」

 

 孫の合図で、梁はロローリャを荷台へ押し込んだ。幌の中には布袋と木箱が詰まり、奥には肥料袋のような白い袋が積まれていた。鼻の奥に、油と薬品の混じった匂いが刺さる。

 

「奥だ。声を出すな。見つかるとまずいことになるからな」

 

 ロローリャは膝を丸め、杖を抱えた。

 

 幌が下ろされる直前、暗がりの中から声がした。

 

「王大哥は、病気じゃない」

 

 梁は顔を上げた。

 

「ああ。知っているよ」

 

 幌が閉じられた。トラックは低く唸り、国境の方へゆっくり動き出した。

 

 ◇

 

 孫景明が隣で煙草に火をつけた。

 

「終わったな」

 

 トラックは車列の向こうへ入り、やがて朝靄の中へ沈んでいった。

 

「王のために怒ってくれた子を捨てた。景明哥、俺はいままで生きてきて、こんなに恥ずかしいことはない」

 

 孫景明は煙草の灰を落とした。

 

「なら、偉くなれ。大事なものを捨てなくてもすむようにな」

 

 梁志遠は泣いた。

 

 ◇

 

 トラックの荷台は、古い布袋と木箱と、鼻の奥に残る薬品の匂いがした。

 

 ロローリャは膝の間に杖を挟み、えびせんの袋を胸に抱えていた。袋は軽かった。少し力を入れると、中の薄い菓子がまた、ぱり、と割れた。

 

しん、ちょ、ちゃう、ばん、ヴェー、そー(わたしにたからくじをうらせてください)

 

 教えられた音を、意味も分からないまま口の中で転がした。

 

 幌の隙間から、中国側の灯が細く見えた。車が揺れるたび、その灯は遠くなった。

 

 逃げろ。

 

 王大哥の声だけが、まだ耳の奥に残っていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

国際ニュースで追われる私ですが、記憶喪失の妹です。ごはん探してるだけです(作者:宙うし)(オリジナル現代/戦記)

目を覚ましたとき、“わたし”は自分が誰なのか分からなかった。▼ここがどこで、どうしてこんな奇妙な身体になっているのかも思い出せない。▼ただ──▼「お姉ちゃんに、なにかしてあげたかった」▼その気持ちだけが、やわらかな残響のように胸に残っていた。▼けれど、何をしてあげたかったのかは思い出せない。▼お腹だけが、きゅうっとすいていく。▼「……まずは、ごはん……探さな…


総合評価:8747/評価:8.92/完結:86話/更新日時:2026年03月08日(日) 07:40 小説情報

私が見つけた宝物(作者:百合ロボ試作短編)(オリジナルSF/冒険・バトル)

ゴミ漁りの女の子がロボットに乗って、宝物を見つける話。


総合評価:979/評価:8.8/短編:1話/更新日時:2024年09月24日(火) 15:28 小説情報

銀盤に踊る銀(しろがね)(作者:ブリザード)(オリジナル現代/コメディ)

橘瀬理奈は銀髪碧眼ながら日本人のフィギュアスケーター。▼17歳にして4回転アクセルを跳べる唯一無二の女子選手。▼だが、世界は知らない。▼実は主人公が転生者で、30歳の会社員が女の子に輪廻転生したことを。▼そんな彼女の悪戦苦闘の日々。▼※カクヨム、なろうにも掲載始めました▼カクヨム https://kakuyomu.jp/works/2912051600434…


総合評価:4972/評価:8.51/連載:33話/更新日時:2026年06月19日(金) 08:00 小説情報

ド田舎で魔術を修める転生者、人は彼女を魔女と呼ぶ(作者:うぃっちくらふと)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

山奥の寒村の少女に転生したウィチタには、魔術の才能があった。▼孤立気味なウィチタだが、やがて才能を発揮し始めると少しずつ村に溶け込んでいく。▼そんな彼女は、尊敬と畏怖を込め魔女と呼ばれるようになったが、一向にそれを気にする様子はない。▼あるのは魔術への探究心と、村への恩義だけ。▼しかしその名声が有力者の元へ届くようになると、ウィチタの生活は大きく変化していく…


総合評価:989/評価:8.44/連載:4話/更新日時:2026年08月11日(火) 07:06 小説情報

底辺退魔師、ボロボロの魔法少女を拾う(作者:非表示)(オリジナル現代/冒険・バトル)

退魔師「魔法少女って霊力の生成効率悪くね?」▼魔法少女「退魔師って随分非効率な術式の使い方してるんですね」


総合評価:3364/評価:8.38/連載:9話/更新日時:2026年05月19日(火) 05:39 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>