欠月剣娘百越譚   作:宙うし

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4.母磨き、女磨き

 フオンが姿を消してから、いよいよミーはロローリャのそばに置かれるもののひとつになった。杖、ノコギリ、宝くじの束、布袋、水の入ったペットボトル、それからミー。

 

 朝のうちに廊下を掃き、女たちの使いに走り、湯の残った鍋を洗ってから、ロローリャはミーの髪を手ぐしで整えた。ミーはまだ眠そうな顔をして、されるがままになっている。細い髪はすぐに指へ絡まり、ロローリャが少し強く引いてしまうと、小さな眉がきゅっと寄った。

 

「はいはい、ごめん。ミーの髪は鳥の巣みたいなんだから、とっても大変なんだよ」

 

 そう言いながら、ロローリャは古い布切れでミーの髪を結んだ。結び目は少し曲がっていたが、前よりは顔がよく見える。ミーはロローリャを見上げ、何かを言いたげに口を開けて、結局小さく息を吐いた。

 

「よし。かわいい。これなら金持ちのおばさんも一枚くらい余計に買ってくれるかもね」

 

 ロローリャは宝くじの束を布袋に入れ、杖を取った。ミーはすぐにその後ろをついてきた。階段を降りるときには、一段ごとにロローリャの服の端を掴み、足をそろえて慎重に降りる。

 

「そこ、段差。はい、足。もう一個。はい、上手。私より上手に歩くようになっても、おいていかないでね」

 

 二歳の子どもの手は、力を入れているつもりでも頼りなく、指先だけで布に吸いついているようだった。

 

 市場の近くは、昼前から人で膨らんでいた。港のほうから来る湿った風に魚の匂いと排気の匂いが混ざり、天秤棒を担いだ女たちが人を押し分け、バイクが隙間を縫うように走っていく。ロローリャはいつもの壁際に腰を下ろし、ノコギリを膝に挟んだ。ミーは隣の小さなプラスチック椅子に座り、両手で膝を押さえて、通る人をじっと見ている。

 

「いい? ここに座ってるんだよ。私が弾いて、ミーは笑って、二人で稼ぐの。ほら、今日も働き者の顔をして」

 

 ミーは意味をどこまで分かっているのか、頬をふくらませてから、ふにゃりと笑った。ロローリャは思わず吹き出し、それから弓をひいた。細く震える音が市場のざわめきの上を滑っていく。器用な音ではなかったが、足を止める者はいた。誰かが一枚買い、誰かがミーの頭を撫で、また別の誰かが銀紙に包まれた小さな緑豆の菓子を二人に差し出した。

 

「ありがとう」

 

 ロローリャは弓を持ったまま受け取り、包みをミーの膝に置いた。

 

「よかったね。ミーは、バインダウサインを稼いだね」

 

 ミーは膝の上の包みを見下ろし、それから通りの笑い声につられるように頬をゆるめた。ロローリャはその顔を横目で見ながら、もう一度、ノコギリの弦に弓を滑らせた。

 

 昼近くになって、人の流れがいっそう濃くなった。ロローリャが宝くじを差し出して釣り銭を数えていると、ミーが椅子から降りた。視界の端を、風車売りが通った。細い男が竹竿を肩に担ぎ、その先に刺さった薄い紙の風車が、そばを抜けるバイクの風を受けてくるくる回っている。赤い羽根の一つが陽を受けてきらめき、ミーはそれに吸い寄せられるように、ふらりと一歩出た。

 

「ミー、待って」

 

 ロローリャは釣り銭を渡しながら声をかけた。ミーは風車を目で追って、もう一歩進んだ。通りの向こうから、青菜を山のように積んだバイクが来る。大きな籠が左右に張り出し、人の足と青い葉の影にミーの小さな身体が紛れた。

 

「ミー!」

 

 ロローリャは宝くじの束を胸に抱え、杖を引き寄せる間も惜しんで立ち上がった。片脚に力を入れた拍子に身体が傾き、壁に肩をぶつける。それでも目はミーだけを追った。青菜を積んだバイクの運転手がミーに気づき、ぎょっとして声を上げた。

 

「危ない!」

 

 ロローリャは杖をつき、ほとんど跳ねるように前へ出た。足元で誰かの籠にぶつかり、宝くじの端がばらける。伸ばした手がミーの服の背中を掴んだ。細い布が指の中でぎゅっと寄り、ミーの身体がこちらへ引き戻される。次の瞬間、バイクの前輪がミーの立っていた場所をかすめるように通った。

 

 ロローリャはその場にしゃがみ込み、ミーを胸に押しつけた。心臓が喉の近くまで上がってくる。ミーは驚いた顔をして、ロローリャの肩越しにまだ風車のほうを見ていた。

 

「何してるの! 勝手に行ったら駄目。私の足は遅いんだから」

 

 ミーは顔をくしゃりと歪め、細い声で泣き出した。両手でロローリャの服をつかみ、胸に額を押しつけて泣く。その震えが腕の中に伝わった瞬間、ロローリャの胸の奥に残っていた怒りは怖さへ変わった。散らばった宝くじを拾うと、泥のついたものが何枚か混じっていたが、ミーがそこにいる。それだけで、身体の中の力が抜けていった。

 

 その日から、ロローリャは宝くじを売るとき、ミーの椅子を自分の膝に触れるほど近くへ寄せるようになった。布袋の長い紐をミーの手首にゆるく一巻きし、もう一方の端を自分の手首にも結んだ。自分は杖とノコギリと宝くじを持ち、ミーは椅子に座って、手首の紐を不思議そうにつまむ。

 

「ここ。これを持ってて。そう。ミーは紐係。私は売る係。偉いね、小さいのに役がある」

 

 ミーは紐を握ったまま、にこにこと笑った。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 雨の気配がある日は、ハイフォンの空気が朝から重かった。雲は低く、港のほうから湿った匂いが入り込み、アパートの廊下の床までじっとりと汗をかいたようになる。

 

 ロローリャはミーを連れて通りへ出た。宝くじの束はいつもより多かった。前の日に売れ行きがよかったので、リエンが少し無理をして持たせたのだ。

 

「今日は売るよ。全部売る。全部売ったら、魚のアラじゃなくて身のところを買う。ミー、身だよ。白くて、柔らかいところ」

 

 しかし、市場に着いて椅子へ座らせても、ミーの笑顔が出るまでに時間がかかった。ロローリャは最初、湿気のせいだと思った。子どもは暑いとすぐ機嫌が悪くなる。自分だって、朝から身体が重い。

 

 けれど、昼を過ぎるころ、ミーは椅子の上で身体を丸め、布袋の紐を握ったまま、うとうとし始めた。宝くじを買った女が「この子、眠いんだねえ」と笑った。ロローリャも笑い返そうとして、ふとミーの頬に触れた。

 

 熱かった。

 

「ミー?」

 

 額に手を当てる。首筋にも触れる。熱が手のひらにまとわりつくようだった。ミーは薄く目を開けたが、すぐにまた閉じた。唇が乾いている。

 

「ちょっと。何これ。朝は普通だったでしょ。ねえ、ミー、こっち見て」

 

 ロローリャは水のはいったペットボトルを開け、ミーの口元へ持っていった。ミーは少しだけ飲んだが、すぐに顔をそむけた。宝くじの束はまだ半分以上残っている。けれど、ミーの身体は椅子の上で小さく沈み、目の焦点がぼんやりしていた。

 

 ロローリャは束を見た。ミーを見た。リエンの顔が浮かび、そのあと、朝の自分の言葉が浮かんだ。

 

「……今日は負けでいい」

 

 ロローリャはそうつぶやき、宝くじを布袋に押し込んだ。片腕で幼い身体を支え、杖をつく。湿った風が吹き、雨粒がぽつぽつ落ち始めた。

 

「ミー、しっかり歩いて! もう少しで着くから」

 

 ミーはロローリャの肩に頬を寄せ、熱い息を首にかけた。アパートへの道は普段の何倍も長く感じられた。

 

 薄暗い部屋に寝かせ、濡らした布で額や首筋を拭っても、熱は一向に引く気配がなかった。ミーは苦しそうに顔をしかめ、時折ヒクッと喉を鳴らして細い泣き声を漏らす。そのたびに、ロローリャの胸の奥が冷たく縮み上がった。

 

(どうしよう)

 

 手持ちの小銭では診療所へ連れて行くには足りない。宝くじを売った金に手をつければ、リエンにどう言い訳すればいいか分からない。それ以上に、目の前でぐったりとしている小さな命に対して、自分が何もできないことが恐ろしかった。

 

「水、飲む? ほら、少しだけ」

 

 スプーンで水を唇に運んでも、ミーは首を振ってこぼしてしまう。ロローリャは焦りから、思わず声を荒らげそうになり、ぐっと堪えた。

 

(フオンならどうするんだろう。親なら、こんな時どうすればいいか分かるはずなのに)

 

 自分は母親じゃない。ただの欠け身の小娘だ。ミーがこのまま息をしなくなってしまったら。そんな恐ろしい想像が頭をもたげ、ロローリャはミーの小さな手を体でそっと包み込んだ。

 

「駄目だよ、ミー。熱くならないで。お願いだから」

 

 夕方近くになって、廊下に雨に濡れた靴音と女たちの声が響き始め、リエンが自分の子を抱いて部屋の前に来た。

 

「ロローリャ、また息子を少し見ててくれるかい。今日は早めに……ちょっと、あんた、ずいぶんひどい顔してるじゃないか」

 

 ロローリャは広げた宝くじを見た。それから寝ているミーを見た。

 

「リエン」

 

 ロローリャはすがるように名前を呼んだ。

 

「ミーが、熱を出した。すごく熱い。私、どうしたらいいか分からなくて。宝くじも、売れ残った。ごめん」

 

 言いながら、声が震えた。怒られると思っていた。呆れられるとも思っていた。子どもを見ることも、宝くじを売ることも、全部中途半端だと言われる気がした。

 

 リエンは舌打ちを一つすると、自分の子を小脇に抱え直し、ずかずかと部屋へ入ってきてミーの額に手を置いた。

 

「熱いじゃないか。あんた、ずっとこうしてたのかい」

「水は少し飲ませた。でも、これ以上どうしたらいいか……」

 

 リエンはしばらくミーの顔を見て、それからロローリャを振り返った。

 

「親でもないのに、ひとりで全部抱え込むんじゃないよ。ちょっと待ってな」

 

 リエンは自室へ戻ると、すぐに小さな薬の包みを持って戻ってきた。

 

「うちの子が熱を出したときの残りの薬だ。甘い粉だから、少しの水に溶いてから飲ませてやるのさ」

 

 ロローリャは言われた通りに薬を水で溶き、むずがるミーの口元へ運んだ。ミーは最初だけ顔をしかめたが、舌に甘さが触れると、目をしばたたかせて少しずつ飲み込んだ。リエンが横から椀を支え、こぼれた薬を手早く拭った。

 

「よし、偉い偉い」

 

 リエンはそう言ってから、広げられた宝くじの束に目をやった。湿って波打つ紙を一枚持ち上げ、すぐに戻す。

 

「今日の売れ残りは気にしなくていいよ。たまにはこんな日もある」

「でも」

「いいって言ってるだろ。それより、あんた、ちゃんと連れて帰ってきて、一人でこの子を見てたんだね」

 

 リエンは深く息を吐き、ロローリャの頭を雑に撫でた。髪がぐしゃりと乱れた。

 

「頑張ったね」

 

 その言葉が、ロローリャの胸に変なふうに入ってきた。張り詰めていた糸がふっと緩み、目の奥が熱くなるのを慌てて瞬きで散らした。

 

 リエンは広げられた宝くじを脇へ寄せ、ロローリャの前にしゃがんだ。

 

「ミーの熱がまた上がったら、まず水。汗をかいたら拭く。薬は夜まで一包きりだよ」

「うん」

「あんたはミーの横にいてやりな。うちのはジウに預ける。今日はあの人、客を取らない日だって言ってたから」

 

 リエンはそう言って、自分の子を抱いたまま廊下を歩いていった。ロローリャは包みを持ったまま、ミーの横に腰を下ろした。

 

 薬が効いてきたのか、ミーは小さく身じろぎし、ロローリャの服の端を指で掴んだ。熱のせいで力は弱かったが、その指は確かに布を握っていた。息づかいも、さっきよりずっと穏やかになっている。

 

「聞いた? 私たち頑張ってるってさ」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 夜の帳が下りる頃、ミーはすっかり寝息を立てていた。廊下にはいつものように、安物の白粉と揮発性の高い香水の匂いが混ざり合って漂い始めた。チカチカと瞬く裸電球の下、出勤前の化粧に余念がない女たちが、プラスチック椅子を軋ませて集まっている。

 

 ロローリャは、フオンから貰った古びた教科書を膝に置き、女たちの会話に耳を傾けていた。

 

「──ったく、どいつもこいつも、財布の紐だけは一丁前に固くしやがって」

 

 真っ赤なリップを唇に引きながら、リエンが忌々しげに鏡を睨みつけた。

 

「夕べの客なんてさ、散々あたしの胸に顔を埋めてハァハァ言ってたくせに、チップをねだり始めると急に『ベトナムの経済も大変だからな』なんて偉そうな講釈を始めんの。なんで私が国の経済の話を聞かなきゃいけないのさ」

 

 壁にもたれて煙草をくわえていたタオが、鼻から煙を抜いてせせら笑った。

 

「男なんてものはね、リエン、頭に血が上ってる時と、股間に血が上ってる時の二種類しかいないんだよ。説教を始める手合いは、自分の小ささを隠したいだけのカカシだね。『そうなんだ、すごいね』って言って、話の切れ目で金の話に戻せばいい」

「その切れ目が来ない男もいるんだよ」

 

 リエンが口を尖らせる。

 

「いい男を手繰り寄せるのさ。口を開けば説教ばかりの男なんて、最初から相手にしなきゃいい。私たちが探すべきなのは、懐が緩くて扱いやすい、都合のいい金づるさ。そのためにはね、まず男の顔なんか見ちゃダメなんだよ。顔を見るから声の大きさに釣られて、カモを見誤る」

 

 タオは煙草を一吸いし、目を細めた。

 

「見るなら手と靴さ。口ではどれだけ大層なことを言っていても、爪が汚かったり、いきなり腕を掴むような下品な手つきをするやつは、中身がなくて値切るのもしつこい。靴だってそう。安物でも綺麗に磨いてあれば見栄を張るために金を出すし、泥がついたままならただの荒くれ者さ。相手が大きな声で喋り出したら、こっちは慌てずに酒を飲む一拍を作って、その手と靴をじっくり見るんだよ。ハッタリを見抜いて、本当に金を絞り取れる男だけを最初から選ぶのさ」

「そうやって正体さえ見抜いちまえばねえ、男なんて生き物は驚くほど単純に扱えるんだよ」

 

 奥の部屋から、湿った風油(ザウゾー)の匂いを漂わせながら、ジウがのそりと姿を現した。使い古された花柄のキルトを肩に羽織り、しわがれた声で笑う。

 

「最初から全部差し出す女は安く見られる。かといって、冷たくしすぎると金が逃げる。男なんてのはね、追いかけてるつもりで、ほんとは手綱を持たれてるくらいが一番機嫌よく金を出すんだよ」

 

 ロローリャは手綱、という言葉だけが耳に残った。馬の手綱なら分かる。引きすぎると暴れ、ゆるめすぎると勝手に行く。

 

「いいかい、ロローリャ」

 

 ジウはロローリャの前に置かれたプラスチック椅子にドカリと腰を下ろすと、ロローリャの膝の教科書を指先でトントンと叩いた。

 

「あんたががんばって勉強してるそれも大事だけどさ、この世で一番男を動かす『魔法の言葉』ってのはね、本には載ってないんだよ。男をおだてて、うまくあしらう。これができなきゃ、どれだけ英語が話せたって、ただの都合のいい労働力で終わっちまうからね」

「魔法の言葉って?」

「簡単さ」

 

 リエンが甘ったるい声を響かせた。

 

「『お兄さん、すごーい』『こんなの、初めて』──この二言だよ。これだけで、あいつらの脳みそは一瞬でとろけて、自分が世界の王様になったような勘違いをする。こっちがわざと負けてやるんだよ。それだけで、こちらの無理な要求も『男の甲斐性』だと思って飲み込んじまうんだから」

 

 タオが煙草の灰を床に落としながら続けた。

 

「男をうまくあしらうにはね、相手の欲望の斜め上を行くことさ。触りたいと思っている時には、あえて触らせない。指先だけを絡めて、すぐに引く。男は手に入りそうで入らないものに一番執着する」

「そう、視線の誘導だよ」

 

 ジウが大きく頷き、自分のたるんだ胸元を指さした。キルトの隙間から、ひどく派手な紫色のレースの端が覗いた。

 

「下着は大事だよ。飯の次くらいに大事だ。たとえ一枚二万ドンの安物でもね、よれたまま着るか、きちんと整えて着るかで、女の値段は変わるんだ。男は布の値段なんか分かりゃしない。でも、こっちが自分を雑に扱ってるかどうかだけは、妙に嗅ぎつける。だから縫う。色を選ぶ。見せるところと隠すところを決める。安物でも、着方ひとつで鎧になるんだよ」

 

 女たちの会話は、次第に剥き出しの肉体的な話へと流れていった。それは下品で、卑俗で、学校の教科書には絶対に載らない、路地裏の泥の中で磨き上げられた技術だった。

 

「……ロローリャ、真面目な顔して聞いてるんじゃないよ。あんたにはまだ早いさ」

 

 タオが煙草を消しながら、ふっと表情を和らげて言った。その目には、ほんの少しの哀れみと、自嘲の光が混ざっていた。

 

「さあ、そろそろ時間だ。稼ぎに行くとしますかね。ミーをよろしく頼んだよ、ロローリャ」

 

 女たちは香水の匂いを濃く撒き散らしながら、薄暗い廊下を下っていった。バイクのエンジン音が響き、遠ざかっていく。

 

 静まり返った廊下で、ロローリャはぽつんと取り残された。

 

 男を見るときは、顔より先に手を見る。靴を見る。声の大きさに釣られず、水を飲む一拍を作る。

 

「……難しいね、ミー」

 

 ロローリャは小さく呟いた。

 

「字も覚えなきゃいけないし、男の靴も見なきゃいけないし、粥も焦がしちゃいけない。忙しすぎるよ」

 

 部屋へ戻ると、ミーはすこやかに眠っていた。触れた額は、さっきまでのひどい熱が嘘のように落ち着いていた。ロローリャは深く息を吐き、布団の端を直した。今夜覚えたことが何の役に立つのか、まだ分からない。ただ、ここで生きている女たちが、そうやって夜を越えていることだけは分かった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 翌朝、ロローリャは早くから起きて粥を作った。

 リエンがくれた米と、タオが数日前に市場の端で安く分けてもらった南瓜があった。皮の硬いところを削り、黄色い身を小さく切って鍋に入れると、煮えるにつれて部屋の中がほんのり甘い匂いになった。

 

 ミーは床に座り、膝の上に古い布人形を乗せて、鍋のほうを何度も見た。熱はすっかり下がり、目にはいつもの光が戻っていた。ロローリャは小さな背中を見ながら、木べらで鍋の底をこすった。

 

「まだ。まだだよ。今食べたら舌が焼ける。ミーは、猫より気が早いね」

 

 米が崩れ、南瓜がとけて、粥は薄い黄色になった。リエンのくれた干し魚をほんの少しだけほぐして入れた。

 

「見てなさい。こういうのはね、お金がなくても、少しは頭を使うんだよ。米が少ない日は南瓜に働かせる。分かった?」

 

 ミーは真剣な顔で鍋を見つめている。

 

 粥を椀に移し、息を吹きかけて冷ます。ミーは両手を膝に置いたまま、口だけ少し開けて待っていた。ロローリャが匙を近づけると、ミーはぱくりと食べた。最初は熱さを確かめるように舌を動かし、それから目を丸くした。次の匙を待つ顔になる。

 

「おいしい?」

 

 ミーは答えの代わりに、身体を少し前へ出した。

 

「おいしいんだね。よし。南瓜が勝った。熱にも勝った」

 

 二口、三口と食べるうちに、ミーの頬が粥で汚れた。ミーは突然、短く笑い、自分の小さな手を椀のほうへ伸ばして粥を触ろうとした。

 

「ああ、駄目。手が汚れるよ。お猿じゃないんだから。ほら、こっち。スプーン使って」

 

 ロローリャは匙をミーの手に持たせた。うまくすくえず、粥は椀の縁からこぼれた。ロローリャはこぼれた粥を指で集め、自分の口へ入れた。

 

「うん、美味しい。私、料理屋になれるかもしれないね。片腕の粥屋。お客さんはミーだけ」

 

 ミーはロローリャの口元を見て、もう一度笑った。それから自分の匙をロローリャのほうへ差し出した。粥はほとんど乗っていなかったが、食べろと言っているように見えた。

 

「私にくれるの?」

 

 ロローリャはその先に唇を近づけ、ほんの少しだけ残った粥を食べた。

 

「ありがと。でも、自分の分は自分で食べるんだよ。大きくならなきゃいけないんだからね。大きくなったら、何になるんだろうね。魚売り? 粥屋? 宝くじ売りはやめたほうがいいかな。ミーは両脚あるんだから、もっと遠くへ行ける仕事がいいかね」

 

 ロローリャは自分の言葉に少しだけ驚いた。ミーが自分の足で、好きなところへ行く姿を思い浮かべていた。

 

 ミーは最後には椀の底をのぞき込んで、まだ残っていないか確かめるような顔をした。食べたものが小さな身体の中に収まっている。そのことが、なぜか胸に温かく残った。

 

「よし。ごちそうさまでした。ミーがたくさん食べたから、きっと今日は良い日だね」

 

 ロローリャはミーの頬についた粥を親指で拭った。熱の引いた額に、朝の光が淡く乗っていた。

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