『学園黙示録:SILVER BULLET(シルバー・バレット)』 作:トート
プシュー、という重い音を立ててマイクロバスの扉が閉まった。
車内に残された紫藤と生徒たちは、窓ガラス越しに冷酷な視線をこちらへ向けている。だが、銀は一度も振り返ることなく、目の前に広がる「車の墓場」へと歩みを進めた。
「静かに進め。車の中に『奴ら』が閉じ込められている可能性がある。覗き込むなよ」
銀の低い指示に、孝や平野たちが緊張した面持ちで頷く。
周囲の気温は上がっているはずなのに、肌を刺す空気は凍りつくように冷たい。乗り捨てられた高級セダンや、フロントガラスが血で染まった軽自動車が、複雑に絡み合って道路を塞いでいる。その隙間を縫うように進む一行の耳に、遠くから「ウ、アアァ……」という、あの濁ったうめき声が何重にも重なって聞こえてきた。
「小室、高城。あんたたちの家はどっちの方向だ」
銀が歩きながら尋ねる。
「川を渡って、西側の高級住宅街の方よ」
沙耶がメガネを押し上げながら答える。
「でも、この大橋は完全に封鎖されてるわ。車を押し退けて進むなんて無理よ」
「なら、別の足(乗り物)を探す。この渋滞を無視して進めるやつだ」
銀の三白眼が、放置された車両の列を素早くスキャンしていく。大型二輪、あるいはオフロードバイク。この先の状況を考えれば、四輪よりも小回りの利く二輪の方が圧倒的に合理的だった。
その時、ガツン! という激しい衝撃音がすぐ横で響いた。
「キャッ!?」
静香先生が短い悲鳴を上げる。
すぐ隣に停車していたワンボックスカーの窓ガラスに、内側から血まみれの顔が叩きつけられたのだ。狂暴化した元父親らしき『奴』が、窓枠に指をかけ、凄まじい力でガラスを割り崩そうとしている。
その音は、周囲の静寂を完全に切り裂いた。
「しまった、集まってくるわよ!」
沙耶の悲鳴と同時に、乗り捨てられたトラックの陰や、バスの床下から、十数体の『奴ら』が這い出してきた。音を立てて迫る死者の群れ。
「平野、高城と静香先生を下がらせろ! 小室、右を止めろ!」
銀の鋭い怒号が飛ぶ。今回は孝も大声を出すことなく、歯を食いしばって正面の『奴』の膝へバットを叩き込んだ。
シュバッ――。
銀のクロスボウが唸りを上げ、静香先生の背後に迫っていた元OLの『奴』の額を射抜く。
そのすぐ真横を、鮮やかな紫の髪がなびいた。
「ふんッ!!」
冴子の白樫の木刀が空を裂き、別の『奴』の顎を下から突き上げるように粉砕した。彼女の動きはまるで舞踊のように美しく、しかし容赦がなかった。
「素晴らしい手際ね、銀。あなたが背後を落としてくれると、私は前だけに集中できますわ」
「おしゃべりは後だ。……チッ、きりがねえな」
銀は倒した『奴』から素早く矢を引き抜くと、視界の隅にあるものを捉えた。
渋滞の真ん中で転倒している、頑強な大型オフロードバイク――ヤマハのDT230。乗り手だった男は、すぐ近くで別の『奴ら』に貪られている最中だった。
「小室、あのバイクを起こせ! 冴子、小室の援護だ!」
銀の指示に、孝が必死の形相でバイクへと走り、重い車体を強引に引き起こす。
銀はクロスボウを肩に担ぎ直すと、腰からタクティカルナイフを抜き払い、迫る『奴』の首筋へ深く突き立てた。力任せに横へ引き裂き、延髄を両断する。返り血がツナギの胸元をさらに赤く染めたが、彼の表情はガラスのように冷たいままだった。
バイクの元へ駆け寄った銀は、タンクのへこみやフロントフォークの歪みを瞬時に目視で点検した。
「フレームに歪みはねえ。オイル漏れもなし。プラグも生きている。……キーが付いたままだ。小室、麗を後ろに乗せろ。お前たちが先導しろ!」
「え、でも、銀さんたちは!?」
孝がセルモーターのボタンを押し、爆音とともにエンジンが始動する。
「俺と冴子は別のを探す。足手まといのガキどもを乗せたバイクじゃ、俺たちのスピードに合わないんでな。……行け!」
銀はそう言うと、迫り来る新たな群れに向かってクロスボウを構え直した。
「小室くん、行きなさい。私たちは私たちのやり方で追いつきます」
冴子もまた、木刀を構え直して不敵に微笑む。
「……すみません! 行くぞ、麗!」
孝は迫る『奴ら』を強引に前輪で撥ね飛ばしながら、大渋滞のわずかな隙間を縫って大橋の方向へと急加速していった。平野たちを乗せた別の車両を探すため、銀と冴子の本当の共闘が、この地獄のストリートで本格的に幕を開ける。
(第5話・了)