『学園黙示録:SILVER BULLET(シルバー・バレット)』 作:トート
ゴロゴロと、不気味な雷鳴がどこか遠くの空で鳴り響いた。
小室孝と宮本麗を乗せたオフロードバイクが渋滞の隙間へと消えていってから、わずか数分後のことだ。
床主(とこなめ)市の空は、急速に立ち込めた黒雲によって夜のように暗転していた。そして、前触れもなく、バケツをひっくり返したようなゲリラ豪雨が、血に染まった街へと降り注ぎ始めた。
「チッ、最悪のタイミングだな……」
銀は、激しい雨のせいで一瞬で視界が遮られ、顔を歪めた。
雨粒がツナギを濡らし、コンクリートの床に広がっていた赤黒い血を薄めながら、濁流となって排水溝へと流れ込んでいく。
「銀! これでは視界が効きません。それに……」
隣で木刀を構える毒島冴子が、前髪から滴る雨水を払いながら言った。彼女の言う通り、状況は最悪だった。
激しい雨音が周囲を支配したことで、自分たちの足音を隠せるという利点は生まれた。しかしそれは同時に、「『奴ら』が近づいてくる気配(音)も、完全に掻き消された」ということを意味している。
さらに、雨音という「巨大な環境音」そのものに刺激されたのか、周囲のビルや路地裏から、信じられない数の『奴ら』が、まるで吸い寄せられるように大通りへと這い出してきていた。
「平野、高城、静香先生はどうした」
銀はクロスボウを抱え直しながら、大雨のカーテンの向こうを凝視した。
「銀さん! こっちです、こっちッ!!」
道路の右脇、乗り捨てられた大型のワンボックスカーの陰から、平野コータが激しく手を振っているのが見えた。彼の後ろには、ずぶ濡れになりながら震えている高城沙耶と、彼女の肩を抱く鞠川静香の姿がある。
「使える足は見つけたか、平野」
銀が走り寄りながら尋ねる。
「だ、ダメです! このあたりの車はどれもキーが抜かれてるか、バッテリーが死んでます! それに、この雨のせいでネイルガンの火力が……」
コータが悔しそうに手製武器を見つめた。湿気と雨水のせいで、圧縮空気の圧力がうまく上がらないのだ。
「使えねえな。……高城、お前の親の家はここから歩いて行ける距離か?」
銀の冷淡な問いに、沙耶は寒さと恐怖で歯をガタガタと鳴らしながら、眼鏡を押し上げた。
「い、行けるわけないでしょ……! 川を渡らなきゃいけないのよ! 泳いで渡れって言うの!?」
「なら、四輪は諦めろ。この渋滞だ、仮に動く車があっても一歩も進めない。……平野、高城、静香先生。お前らはあの裏手にある郵便局のバイクの集積所へ走れ。あそこなら郵政カブが何台もあるはずだ」
銀は的確に指示を飛ばす。
「カ、カブですか!?」
「あいつらは頑丈だ。多少の水没じゃエンジンは死なないし、燃費もいい。この渋滞の隙間をすり抜けるには最適だ。キーがなくても、俺が3分で直結してやる」
銀の整備士としての圧倒的なサバイバル知識に、沙耶は息を呑んだ。この男は、どんな絶望的な状況でも、目の前にある「物」をどう利用すれば生き残れるかを瞬時に計算している。
「分かりました、銀さん! 先導します!」
コータが頷き、沙耶と静香の手を引いて、激しい雨の中を走り出した。
「冴子、後ろを固めるぞ」
「ええ。この雨の中での泥仕合、嫌いではありません」
冴子は不敵な笑みを浮かべ、木刀の柄を握り直した。
雨音に紛れて、右側のトラックの荷台から、引きずるような足音とともに3体の『奴ら』が飛び降りてくる。視界は最悪。一瞬の判断ミスが死へと直結する雨の中の死闘が、今まさに始まろうていた。
(第6話【後編】へ続く……)