『学園黙示録:SILVER BULLET(シルバー・バレット)』 作:トート
滝のような豪雨が、叩きつけるように銀のツナギの肩を打つ。
右側のトラックから飛び降りてきた3体の『奴ら』。雨水のせいで輪郭が歪んで見えるが、その白濁した瞳は真っ直ぐに銀たちの肉を捉えていた。
「ガ、アアアァッ!」
最前列の『奴』が泥水を跳ね上げて掴みかかってくる。
銀はクロスボウを構えた。だが、激しい雨のせいでボルトの軌道がわずかに狂うリスクを考慮し、引き鉄を引く直前で動作を切り替えた。クロスボウの強靭なカーボン製の本体で『奴』の顎を強烈に殴り飛ばし、体勢を崩れさせる。
すかさず、その横から鋭い白刃のような風切り音が走った。
ズガァンッ!
冴子の木刀が横一文字に走り、体勢を崩した『奴』の側頭部を正確に破壊した。弾け飛んだ血液が激しい雨に打たれ、一瞬でコンクリートへ溶けていく。
「下がって、銀! 残りは私が!」
冴子は言うが早いか、低く鋭い踏み込みで残る2体の懐へと滑り込んだ。水飛沫を散らしながら、一刀、二刀。ためらいのない斬撃が、死者たちの運動機能を一瞬で永遠に停止させる。
「手間取らせるな、行くぞ」
銀はナイフを構え直すこともなく、すでにカブの集積所へと走り出していた。冴子もその背中を追う。男女の情愛などではなく、互いの戦闘能力だけを信じ、利用し合う二人の走りに無駄は一切なかった。
路地裏を抜けた先にある郵便局の裏手。そこには屋根付きの駐輪場があり、銀の言葉通り、数十台の赤い郵政カブが整然と並んでいた。
先に辿り着いていた平野コータが、ネイルガンを抱えながら周囲を必死に索敵している。その奥で、沙耶と静香先生が壁に背を預けて激しく肩を上下させていた。
「銀さん! ここです! でも、やっぱりどれも鍵がかかってます!」
「どけ」
銀はカブの前にひざまずくと、ツナギのポケットから細いマイナスドライバーとプライヤー(ペンチ)を取り出した。
フロントカバーの隙間に迷わずドライバーを差し込み、強引にこじ開ける。剥き出しになった配線の束から、イグニッション(点火系)に繋がる2本のコードを一瞬で見つけ出した。
「高城、時間はきっかり3分だ。周囲を警戒しろ」
銀は冷静にコードの被覆をナイフで剥ぎ取り、銅線を力任せに捩(ねじ)り合わせた。
チチ、と小さな火花が散る。すかさずキックペダルを鋭く踏み抜いた。
トトトトトトトト……!
豪雨の音を割って、カブの軽快で頑丈なエンジン音が響き渡る。
「う、嘘……本当に一瞬でかけたわ……!」
沙耶が驚愕に目を見開く。
「このバイクはビジネス用だ。構造が単純だから、配線さえ分かれば誰でもできる」
銀はそう淡々と言い放ちながら、隣の2台目のカブのカバーをすでにこじ開けていた。
「平野、これに乗れ。静香先生を後ろに乗せて、小室たちのバイクの跡を追うんだ」
「了解です! 静香先生、後ろに!」
「は、はい〜っ! なんかすごいわね、銀くん!」
静香がカブのキャリアにしがみつき、平野がアクセルを捻る。カブは水没しかけた路面を力強く蹴り、大通りへと飛び出していった。
3台目のエンジンがかかる。銀はそれを自分で跨ぎ、冷徹な視線を沙耶へと向けた。
「高城、後ろに乗れ。お前の家まで連れて行ってやる。足手まといになったらその場で振り落とすがな」
「……言われなくても、振り落とされないように捕まってあげるわよ!」
沙耶は悔しそうに言いながらも、銀のツナギの腰を強く掴んだ。
「冴子、お前は?」
銀が尋ねると、冴子は自分の乗るべき4台目のカブに手をかけ、ふっと白刃のような鋭い笑みを浮かべた。
「私は自分で運転します。銀、あなたの背中を追いかけるのは、なかなか骨が折れそうですから」
「なら、遅れるな。……行くぞ」
銀がアクセルを限界まで引き絞る。3台のカブは激しい雨のカーテンを切り裂き、小室孝たちが向かった御床大橋のさらに先、高城沙耶の生家がある高級住宅街を目指して、地獄の床主市を疾走し始めた。
(第6話・了)