『学園黙示録:SILVER BULLET(シルバー・バレット)』 作:トート
カブの排気音が、激しい雨音に掻き消されながら、床主市の外縁部へと続く上り坂を疾走していた。
「チッ、前が見えねえな……」
銀はヘルメット越しに叩きつける雨水をツナギの袖で拭い、アクセルを僅かに戻した。
背中に乗せている高城沙耶は、寒さと恐怖からか、銀の腰を千切れんばかりの力で固く掴んでいる。
バックミラーを確認すると、平野コータと鞠川静香を乗せた2台目のカブ、そして単騎で追随する毒島冴子のカブが、ライトの光を細く揺らしながらピタリと後ろについてきていた。並の女子高生ならこの豪雨の泥道で転倒してもおかしくないが、冴子は驚くべき体幹とバランス感覚でカブを完璧に御していた。
しかし、住宅街へと続く一本道の急勾配に差し掛かったその時、前方の暗闇から不気味な質量が立ち上がった。
土砂崩れだった。
豪雨によって遮断された山の斜面が崩落し、大量の土砂と倒木が、完全に道を塞いでいる。それだけではない。その土砂の隙間から、泥まみれになった数十体の『奴ら』が、車のライトに反応して一斉にこちらへ首を巡らせた。
「ガ、アアアァ……ッ!」
「バックだ、平野! 引き返せ!」
銀は即座にカブを反転させ、沙耶に怒鳴った。
「高城、お前の家へ続く迂回路はどこだ!」
「ひ、東側の、古い神社の境内を抜ける階段の上の道よ! でもあそこは車もバイクも通れないわ!」
沙耶がずぶ濡れの顔を上げて叫ぶ。
「背に腹は変えられねえ。バイクはここまでだ。全員、走るぞ!」
銀はカブを強引に道端へ乗り捨てると、クロスボウを抱えて沙耶の手を引き、神社の古い石鳥居の奥へと続く階段へと駆け上がった。平野と静香先生もそれに続く。
背後からは、土砂崩れから這い出してきた泥まみれの『奴ら』が、凄まじい執念で階段を上ってきていた。
「平野、先生と高城を連れて先に境内を抜けろ! 上の道で小室たちと合流しろ!」
銀は階段の踊り場で足を止め、クロスボウの狙いを定めた。
「銀さん、でも……!」
「足手まといを抱えてる余裕はねえ。行け!」
銀の冷酷な言葉に、平野は歯を食いしばり、「すみません!」と叫んで静香たちの背中を押して上の境内へと走っていった。
階段の途中に残されたのは、銀、そして――白樫の木刀を静かに下段に構えた、毒島冴子の二人だけだった。
「……残ると思っていましたわ、銀。いえ、あなたならこうすると分かっていました」
冴子は前髪から滴る雨水を視界から払うように頭を振り、ふっと薄い、刃物のような笑みを浮かべた。その口調は丁寧だが、瞳の奥には、迫り来る死者の群れを前にした、異様なまでの「昂ぶり」がギラギラと輝いていた。
「勘違いするな。俺はただ、狭い階段で迎撃する方が効率が良いと計算しただけだ。あんたが残ったのは誤算だがな」
銀は表情一つ変えず、最前列の『奴』の眉間にクロスボウのボルトを叩き込んだ。
シュバッ――。
脳を正確に撃ち抜かれた『奴』が、後ろの仲間を巻き込みながら階段を転がり落ちていく。
「ふふ、合理的ですね。……ですが、ここからは私の間合いです」
冴子は静かに息を吸い込むと、凄まじい踏み込みで、泥水を跳ね上げて階段を駆け下りた。
闇夜と激しい雨の中、彼女の木刀が、目にも留まらぬ速さで空を裂く。
ズガァンッ! ズガァンッ!
ためらいの欠片もない鋭い斬撃が、迫る『奴ら』の頭蓋を次々と粉砕していく。その姿は、生き残るための防衛というよりは、文字通り『屠殺』を楽しんでいるかのような、純粋な暴力の体現だった。
銀は階段の上からその様子を冷徹に見つめ、冴子の死角から這い上がろうとする『奴ら』を、クロスボウで一発ずつ確実に処理していった。
二人の息は完璧に合っていた。しかし、そこに通い合う温かい感情などは存在しない。銀は冴子の持つ圧倒的な戦闘力を、冴子は銀の冷徹なサポートを、互いに極上の「凶器」として利用し合っているだけだった。
やがて、階段を埋め尽くしていた『奴ら』の動きが完全に止まった。
死体の山の上で、冴子は肩で激しく息をしながら、木刀を握る手を小さく震わせていた。その顔に浮かんでいるのは、恐怖ではなく、狂おしいほどの「悦び」と、それを必死に抑え込もうとする深い葛藤だった。
(第7話【後編】へ続く……)