『学園黙示録:SILVER BULLET(シルバー・バレット)』 作:トート
激しい雨が、神社の古い瓦屋根を激しく叩き、周囲を水のカーテンで包み込んでいた。
石段に転がる死体の山から離れ、銀と毒島冴子は本殿の深い軒下に身を寄せていた。
銀は壁に背を預け、ツナギのポケットから乾いた布を取り出すと、クロスボウのカーボンフレームや弦の水分を無言で拭き取り始めた。精密機械である以上、この豪雨の中でのメンテナンスを怠れば、次の瞬間に自分の命が消えることを理解しているからだ。
そのすぐ隣、冴子は白樫の木刀を抱えたまま、冷たい床に端座していた。
彼女の指先は、いまだに細かく震えている。先ほどの凄惨な殺戮の余韻が、その身体から抜けきっていないようだった。
「……銀」
雨音を割って、冴子が静かに声をかけた。その白刃のような瞳が、暗闇の中で銀の横顔をじっと見つめる。
「なんだ」
銀は視線をクロスボウから外さず、抑揚のない声で応じた。
「あなたから見て、私の剣はどう映りましたか? 先ほどの戦い……私は、躊躇なく『奴ら』の頭部を叩き割っていました。普通の女子高生なら、恐怖で足がすくむはずの場面です」
「言ったはずだ。狂ってるが合理的で気に入った、と。それ以上の感想はねえよ」
銀のあまりに素っ気ない言葉に、冴子はふっと自嘲気味な笑みをこぼした。そして、自分の細い両手を見つめながら、内に秘めた暗い告白を始めた。
「私は、怖かったわけではないのです。……むしろ、逆でした。あの変わり果てたモノたちをこの手で叩き潰すとき、私の心の中にあったのは、恐ろしいほどの、甘美な『悦び』でした」
冴子の声が、微かに震える。
「私はずっと、自分の内に潜むこの残虐な本性を隠して生きてきました。かつて、私を襲おうとした男の骨を、わざと過剰にへし折った時もそう……。私は、暴力を振るい、他者を破壊することに、性的なものすら超えた快感を覚えてしまう、醜い怪物なのですわ。この世界が壊れて、私はようやく、その本性を誰の目も気にせず解放できることに、安堵しているのです」
普通の人間にこんな告白をすれば、間違いなく嫌悪され、化け物を見る目で拒絶されるだろう。
冴子は、銀が自分をどう評価するか、その冷徹な答えを待っていた。
しかし、銀はクロスボウのボルトを一本ずつ点検しながら、ただ短く、鼻で笑っただけだった。
「それがどうした」
「……え?」
冴子が驚いたように目を見開く。
銀は作業の手を止め、鋭い三白眼で初めて冴子の目を正面から射抜いた。
「あんたが戦いに快感を覚えようが、過去に男の骨を折っていようが、俺にはどうでもいい。快感だろうが義務だろうが、あんたのその木刀が、俺の死角から来る化け物の頭を正確に叩き割る。……必要なのは、その『結果』だけだ」
銀は一歩、冴子へと近づいた。ツナギに染みついた油と、冷たい鉄の匂いが冴子の鼻腔を突く。
「この終わった世界じゃ、綺麗な倫理観を持ったやつから順番に死んでいく。学園のロビーで大声を出しやがった小室や、過去の恨みでヒステリーを起こした宮本を見ただろ。あいつらみたいな『まともな人間』こそが、極限状態じゃ一番周りを巻き込んで死なせる有害な欠陥品だ」
銀は冷酷に言い放つ。
「それに比べりゃ、破壊に快感を覚える戦闘狂の方が、生存の道具としては遥かに信用できる。あんたが自分の狂気を剣の精度に変えられるなら、俺はそれを歓迎する。……だから、そんなくだらねえ感傷で手を震わせてんじゃねえよ」
「感傷……。ふふ、私の狂気を、ただの有用なパーツとして割り切るのですね」
冴子はしばらく呆然としていたが、やがてその美しい唇を歪め、ふっと深く、妖艶な笑みを浮かべた。
彼女を縛っていた「おぞましい怪物としての罪悪感」は、銀の圧倒的な合理主義によって、いとも簡単に「便利な生存の道具」として肯定されたのだ。
「ええ、分かりました。やはりあなたは面白い人。私のこの歪んだ剣、あなたの生存のために、いくらでも使って差し上げます」
「勝手にしろ。そろそろ行くぞ。高城たちが上で待ってる」
銀はクロスボウを肩に担ぎ直すと、雨の中へと躊躇なく踏み出した。冴子もまた、先ほどまでの指の震えを完全に消し去り、凛とした足取りでその背中に並んだ。
男女の恋慕でもなく、結婚という温かい約束などさらさら存在しない世界の終わり。
互いを「極上の凶器」として利用し、肯定し合う二人の怪物は、激しい雨のカーテンを突き破り、高城邸が待つ山の上へと歩みを進めた。
(第7話・了)