『学園黙示録:SILVER BULLET(シルバー・バレット)』   作:トート

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第9話:渡河作戦の余波【後編】

高級マンションのエントランスは、強固なガラス扉で閉ざされていた。しかし、その周囲には住人の生き血を求めて集まった五体の『奴ら』が、自動ドアに生々しい血の手形をつけながら蠢いている。

「平野、高城を隠せ。……冴子、やるぞ」

「ええ、了解しました」

銀の低い合図と同時に、二人は雨のカーテンから躍り出た。

銀はクロスボウを構えず、腰から抜いたタクティカルナイフを逆手に握り直すと、最も近くにいた元住人の『奴』の顎下から脳幹へと垂直に突き刺した。一切の抵抗を許さない、無駄のない暗殺の突きだ。

ズガァンッ!

その真横で、冴子の木刀が激しい風切り音を立てて二体の『奴ら』の頭蓋を同時に粉砕する。跳ね上がった泥水と黒い血液が、大雨に流されてエントランスのタイルを汚していく。残りの二体も、孝のバットと銀のナイフによって一瞬で動きを止められた。

「静香先生、鍵は」

銀がナイフの血を払いながらエントランスのインターホン横の鍵穴を指差す。

「あ、あるわよぅ、はいこれ!」

静香がずぶ濡れの手で差し出した鍵を銀が受け取り、シリンダーに差し込んで回した。プー、という電子音とともに重いガラス扉のロックが解除される。一行は滑り込むように中へ入り、内側から扉を厳重に閉め出した。

激しい雨音が遠のき、大理石のロビーに冷たい静寂が広がる。

エレベーターはすでに停電で死んでいたが、静香の案内で非常階段を上り、一行は最上階にある南リカの部屋へと辿り着いた。

二重ロックの頑丈なドアを開け、ついに一歩足を踏み入れたその空間は、これまでの地獄が嘘のような、静かで清潔な「日常」が残されていた。

「う、嘘みたい……本当に誰もいないわ」

沙耶が濡れた床に座り込み、安堵からか激しく息を吐き出した。

「静香先生、この部屋のどこに『道具』がある」

銀はリビングに入るなり、部屋の防犯設備を確認しながら静香を振り返った。その隣では、平野コータが「SATの隊員の私宅なんだから、絶対に何かあるはずだ……」と、息を荒くして部屋の壁やクローゼットを物色し始めている。

「ええとね、リカはいつも『リビングの額縁の裏』に大事なものを隠してるのよ〜」

静香がのんびりと指差した先には、大きな絵画が飾られていた。

銀がその額縁を強引に外すと、壁に埋め込まれた頑丈なダイヤル式の金庫が姿を現した。

「平野、これを開けられるか。時間はかけたくねえ」

「だ、ダイヤル式は専門外です! 映画みたいに聴診器で開けるなんて無理ですよ!」

コータが悔しそうに顔を歪める。

「……静香先生、番号は分かる?」

孝の問いに、静香は首を傾げた。

「うーん、リカの誕生日は1、1、0、3なんだけど……」

銀は迷わずその数字をダイヤルに入力した。カチャリ、と重い金属音がして、金庫の扉が開く。中にはいくつかの書類と、一本の無骨なシリンダー型の鍵が入っていた。

「おい、平野。この鍵で開きそうな場所を探せ」

銀が鍵を投げ渡すと、コータはそれを引っ掴み、犬のような執念で寝室の奥へと走っていった。そして、大型のクローゼットの奥に不自然に設置された、鉄板補強された重い隠し扉を発見した。

「銀さん、静香先生! コレです! この扉の鍵穴にぴったり合います!」

コータの手が興奮で激しく震える。鍵を差し込み、力任せに回した瞬間、隠し部屋の扉がゆっくりと開いた。

「おおお……っ! 本当にあった! スプリングフィールドM1A! それに、ベネリM4スーパ90ショットガンだ!!」

壁のガンラックに整然と並べられた、本物の軍用・警察用の銃器の数々。

コータの推測は完璧に的中していた。彼は狂喜乱舞しながら銃器のスペックを早口で語り始める。

銀はその部屋に入ると、ラックから一挺の散弾銃を手に取った。ずっしりとした硝煙とオイルの匂いが、整備士としての彼の嗅覚を刺激する。

「悪くないな。平野、お前はこっちのライフルを扱えるか」

「もちろんです! コレは米軍のM14の民間モデルですから、構造は完璧に頭に入ってます!」

「なら、これらを磨いて、次の戦力に組み込む。……だが、その前にやることがある」

銀は散弾銃の機関部を素早く点検しながら、ずぶ濡れの一行を見渡した。

「全員、順番にシャワーを浴びて服を着替えろ。体が冷え切れば、明日動けなくなる。……高城、お前から行け」

銀の容赦のない、しかし最も合理的な指示に、沙耶は顔を赤くしながらも、「言われなくてもそうするわよ!」とリカのクローゼットへと走っていった。

恋も結婚も、甘い未来などさらさら存在しない世界の終わり。しかし、この強固なマンションの一室で、彼らは生き残るための強力な「牙」と、束の間の休息を手に入れたのだ。

(第9話・了)

 

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