『学園黙示録:SILVER BULLET(シルバー・バレット)』   作:トート

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第1話:アウトブレイク・ゼロ【後編】

ズガァンッ!!

鈍く重い肉声と破砕音が、静まり返ったガレージに響き渡った。

銀が渾身の力で振り抜いたL型レンチの先端は、社長だったモノの側頭部を正確に捉え、その頭蓋を容赦なく陥没させていた。

「ガ、……」

短い掠れた声を最後に、怪物は糸が切れた人形のように床のコンクリートへ崩れ落ちた。ピクリとも動かなくなったその頭部から、赤黒い、すでに凝固し始めたような不気味な液体が静かに広がり、銀の安全靴のつま先を汚していく。

「ハァ、ハァ……」

銀は一つ、深く息を吐き、手元のレンチを見つめた。先端には、かつて自分に不器用ながらも整備の技術を教えてくれた親方の血と肉片がこびりついている。

だが、彼の鋭い三白眼に動揺や恐怖の光は一切なかった。あるのは、状況を客観的に見つめる冷徹な思考だけだ。

「悪いな、社長。あんたの言った通り、世界は完全に壊れたみたいだ。……そして、死んだ人間が動くってのも、どうやら本当らしい」

銀はレンチをツナギの裾で乱暴に拭うと、迷うことなく工場の奥にあるプレハブの事務所へと向かった。

社長は生前、重度のミリタリーマニアだった。一般の人間にはおよそ縁のないような海外製のサバイバルギアや狩猟道具を、この事務所の隠し部屋にコレクションしているのを、銀は知っていた。

事務所の鍵をレンチの尻で叩き壊し、壁の隠し扉を開ける。

薄暗い部屋の壁に整然と並べられた凶器の数々から、銀は迷わず一つの武器を選び取った。

カーボン製のハンティング・クロスボウ。

銃のように発射音が響かない。外から聞こえる悲鳴や騒音から察するに、あの化け物どもは「音」に反応して集まっている可能性が高い。ならば、火器よりもこの静音兵器こそが最良の選択肢だった。

銀は手際よく20本の特殊合金製の矢(ボルト)を背負い、さらに腰のベルトに、肉厚で頑強なタクティカルナイフを装着した。

「音を立てたら終わりだ。一発必中、文字通り『銀の弾丸』で行くか」

工場のシャッターをわずかに持ち上げ、外を覗く。

街はすでに、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。互いの肉を喰らい合う元人間たち。押し潰され、炎上する車両。そのすぐ隣、坂の上にある「藤美学園」からは、何百人もの悲鳴と、空を黒く染めるほどの激しい黒煙が上がっている。

銀は物音ひとつ立てずに工場を抜け出し、吸い込まれるように学園の敷地へと足を踏み入れた。

どこへ逃げるにしても、まずは目の前の脅威の巣窟をやり過ごし、情報を集めねばならない。

その時だった。

学園の玄関前広場で、鋭い木刀の風切り音が響いた。

「はぁぁぁッ!!」

凛とした、しかし同時に酷く冷徹な掛け声。

一髪の乱れもない鮮やかな紫の長髪をなびかせ、一人の女子生徒が、押し寄せる「奴ら」の頭部を木刀で次々と粉砕していた。

藤美学園・剣道部主将、毒島 冴子(ぶすじま さえこ)。

彼女の放つ一撃一撃には、ためらいが一切ない。それどころか、その美しい顔(かんばせ)には、死線をくぐる者特有の、どこか狂気を孕んだ悦びさえ浮かんでいるように見えた。

だが、多勢に無勢。背後から音もなく別の「奴」が、冴子の首筋へと牙を剥いて飛びかかった。冴子は前方の敵に集中しており、その死角からの急襲に気づいていない。

シュバッ――。

風を切り裂く、極小の風切り音。

銀が物陰から放ったクロスボウの矢が、冴子の背後に迫っていた「奴」の眼窩(がんか)を、正確無比に貫いた。

「ガ、ア……」

脳を完全に破壊された死体が、冴子の足元に崩れ落ちる。

冴子は即座に振り返り、その白刃のような鋭い視線で、物陰からクロスボウを構え直す銀を捉えた。

「……助かりました。見事な腕前ですね。そちらの武器も、この状況では非常に理にかなっている」

冴子は木刀を構えたまま、警戒を怠らずに言った。

「お互い様だ。あんたの剣、狂ってるが合理的で気に入った」

銀は表情を変えずに歩み寄る。

2人の視線が交錯する。

そこには、一般的な高校生が持つような「異性への関心」や、この地獄で出会えたことへの「安堵」などは微塵もなかった。

あるのは、互いが持つ「冷徹な戦闘の匂い」への品定めだけだ。

「私は3年の毒島冴子。あなたは?」

「銀だ。ただの整備士だよ」

「銀、ですか。良い名前だ。まるで……」

「ああ。『奴ら』を仕留める、銀の弾丸だ」

世界が崩壊したその日に、2人の怪物は出会った。

恋に落ちることも、ましてやこの先に温かい家庭を築く未来など、1ミリも想像していない。ただ、互いの背中を預けるに足る「最強の盾と矛」として、2人は冷酷なサバイバルの誓いを、言葉を交わさずに交わしたのだ。

(第1話・了)

 

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