『学園黙示録:SILVER BULLET(シルバー・バレット)』 作:トート
深夜、突如として庭園にいた避難民たちがざわめき始め、その騒音はガレージの奥にいた銀と毒島冴子の耳にも届いた。
「外が騒がしいですね」
冴子が木刀を手に立ち上がり、銀もまたベネリM4ショットガンを肩に担いでガレージの外へと歩み出した。
夜空を見上げていた避難民たちの顔が、一瞬にして凍りついた。
はるか上空、大気圏の彼方で、太陽が爆発したかのような強烈な青白い閃光が走り、夜の帳(とばり)を真昼のように白く染め上げたのだ。あまりにも巨大で、音のない光。
高層大気圏での核爆発による、EMP(電磁パルス)攻撃だった。
「な、何よ今の光……!?」
母屋のバルコニーから、夜空を見ていた高城沙耶が怯えた声を上げる。
その直後、高城邸を支えていたすべての「日常」が、前触れもなく一瞬で消滅した。
ジジジジ、という不快な高周波の金属音が空間に響き渡る。
次の瞬間、敷地内を煌々と照らしていたすべての電灯が一斉に火花を散らして破裂し、消灯した。暗闇の中、裏手の大型自家発電機が内部の基盤を焼き切られて沈黙する。私兵たちが通信に使っていた無線機からはブツンと音が消え、壁の監視カメラや、頑強な鉄門を制御していた電動ゲートの制御盤が完全に死に絶えた。
「会長! 通信が不通です! すべての電子機器が作動しません!」
「予備電源も全滅です! 動く機械が一つもありません!」
暗闇に包まれた庭園の中で、私兵たちのパニック混じりの怒号が響き渡る。
松明(たいまつ)の炎に照らされた高城壮一郎は、日本刀の柄を握り締め、厳しい表情で立ち尽くしていた。旧時代の武力と新時代のハイテクを融合させていた彼の要塞は、電気という血液を失った瞬間に、ただの巨大な鉄筋コンクリートの檻へと成り下がったのだ。
「……始まったな」
暗闇の中で、銀はツナギのポケットからクロスボウの矢を一本引き抜き、冷徹に弦へと番えた。
「銀の言った通りになりましたね。あまりにも早すぎる崩壊だわ」
冴子は闇の中で、白樫の木刀を低く構えた。彼女の視線の先――屋敷を囲む頑強な外壁の向こうから、地を走るような、悍(おぞ)ましい質量を持った音が近づいてきていた。
「ウ、アアァ……」
「ガァァァ……」
数十、数百ではない。電気が消え、静まり返った街の暗闇の中から、音を失った数万の『奴ら』の巨大な波が、この高城邸の生者の気配を察知して押し寄せていた。電動のロックが解除され、ただの重い鉄の板と化した正面ゲートの向こう側から、鉄板を激しく叩く何百もの死者の手の音が、不気味なドラムのように響き始める。
だが、高城邸の防衛線をさらに絶望のどん底へと叩き落とす「音」が、暗闇のストリートから轟いた。
バリバリバリ、と夜の静寂を乱暴に切り裂く、狂ったような排気音。
ヘッドライトの片方が叩き割られた、見覚えのあるマイクロバスが、死者の群れを強引に撥ね飛ばしながら大通りの坂を駆け上がってきたのだ。藤美学園の正門を突破した、あの学園のバスだった。
「あのバス……まさか、紫藤か!?」
母屋から飛び出してきた小室孝が、暗闇の中で息を呑んだ。
バスは狂暴な速度のまま、高城邸の閉ざされた正面ゲートへと突っ込み、激しい金属音を立てて車体を打ち付けた。プシュー、と不快な音を立てて手動に切り替わったドアが開く。
「開けなさい! 早く門を開けるんだ! 聖職者たる私と、未来ある生徒たちを中に入れなさい!」
車内から拡声器を使って響いてきたのは、あの歪んだ笑みを顔に張り付かせた教員――紫藤浩一の絶叫だった。バスの窓ガラスからは、恐怖と狂信に目を血走らせた生徒たちが、外壁にしがみつき、門を開けろと騒ぎ立てている。
最悪なことに、彼らがバスで撒き散らした大音量の排気音と拡声器の声は、周囲の住宅街に潜んでいたすべての『奴ら』の意識を、完璧にこの高城邸へと集中させてしまった。バスの背後からは、引き寄せられた何千、何万という生ける屍の影が、黒い津波となって押し寄せている。
「あいつ……なんてことをしやがるんだ……!」
孝がバットを握り締め、怒りに身体を震わせる。
「言っただろ、お荷物はトラブルを連れてくるってな」
銀はベネリM4ショットガンのボルトを冷酷に引き、紫藤のバスと、その背後に広がる絶望の群れを静かに見据えた。
「門を開けてはならん! 防衛線を維持せよ!」
壮一郎の鋭い号令が飛ぶ。しかし、ハイテク防衛システムを失い、無線も繋がらない私兵たちは、押し寄せる死者の大群と紫藤たちのパニックの前に、すでに完全な混乱に陥っていた。数万の群れがフェンスを押し潰す地鳴りのような音が、すぐ足元まで迫ってくる。
「小室、平野、武器を持ってガレージに集まれ」
銀の底冷えする声が、暗闇のなかに響いた。
「要塞のオママゴトは終わりだ。ここからは、ただの泥仕合だぞ」
(第13話・了)