『学園黙示録:SILVER BULLET(シルバー・バレット)』 作:トート
オイルランタンの仄かな灯りが揺れるガレージの奥から、複数の足音が静かに近づいてきた。
金属バットを構えた小室孝、そして南リカの部屋から回収したスプリングフィールドM1Aライフルを抱えた平野コータ、モップの槍を握り締めた宮本麗、高城沙耶、鞠川静香の面々だ。
「銀さん、毒島先輩……! ここにいたのか」
孝が声を極限まで潜めながら、焦燥を隠しきれない顔で銀を見つめた。
「騒ぐな、小室。音が響く」
銀は組み立て終えたベネリM4ショットガンのボルトを一度後方へ引き、カチャリと冷徹な金属音を立てて薬室の閉鎖を確認した。その鋭い三白眼は、暗闇のなかでも一切の動揺を見せていない。
「外の様子は見たわね」
沙耶が腕を組み、冷や汗を流しながら眼鏡の奥の目を細めた。彼女の顔には、実家の防衛線が内側から崩壊しかけていることへの激しい苛立ちと恐怖が滲んでいた。
「私兵たちが必死に抑え込もうとしてるけど、無線が死んでるから統制が取れてない。あの紫藤のバスが呼び寄せた化け物のせいで、外壁への圧力が尋常じゃないのよ。このまだと数分も持たずに突破されるわ」
「だろうな。ハイテクに頼りきったシステムは、心臓を抜かれればただの動かない鉄くずだ」
銀はランタンの灯りの下で、平野コータの手元へと視線を移した。
「平野。そのライフルのボルトの動きはどうだ。湿気で装弾不良を起こすなよ」
「……大丈夫です、銀さん」
コータはライフルの機関部を愛おしそうに撫で、暗闇のなかで目をギラつかせた。
「完全にアナログなシステムですから、電磁パルスなんて関係ありません。いつでも奴らの頭をぶち抜けます」
「よし。小室、宮本。お前らの武器はバットと急造の槍だ。間合いが近い分、敵の返り血を浴びるリスクが高い。衣服の隙間をガムテープで塞いしておけ。一噛みでもされれば、その時点で廃棄処分だ」
銀の容赦のない言葉に、麗が不満げに息を呑むが、銀はそれを完全に無視した。
「銀さん、俺たちはどう動く。会長たちと合流して前線を支えるか?」
孝の問いに、銀は明確な拒絶の首振りを返した。
「バカ言え。数万の群れを相手に、あの右翼の親父と心中する義理はねえ。あいつらは避難民を盾にしながら派手に銃をぶっ放す。それはつまり、周囲の化け物をさらに引き寄せる巨大な囮になるってことだ」
「ちょっと!! あんた、さっきから聞いてれば何て言い草よッ!!」
暗闇を切り裂くように、沙耶が激昂した声を上げた。怒りで顔を真っ赤に染め、銀の胸元を掴みかからんばかりに一歩詰め寄る。
「私の父親を『あの右翼の親父』呼ばわりした上に、囮(デコイ)扱い!? お父様はね、この絶望的な状況で街の人たちを必死に守ろうとしてるのよ! あんたみたいな素性の知れない部外者に、そこまで侮辱される筋合いはないわッ!」
沙耶の烈火のごとき怒り。しかし、銀は表情一つ変えず、冷え切った三白眼で彼女を見下ろした。
「必死なら勝てるのか? 現実を見ろ、高城。お前の父親がどれだけ立派な理想を掲げていようが、電気が死んで無線も繋がらない今、数万の群れを前にあの庭園を維持するのは100%不可能だ」
銀の声には怒りも同情もなく、ただ冷酷な事実の提示だけがあった。
「あいつらが派手に戦えば戦うほど、周囲の化け物がここに集中する。その隙に裏門から脱出するのが、今ここにいる俺たちが生き残る唯一の最適解だ。父親の元へ行って一緒に喰われたいなら止めはしない。だが、俺の足を引っ張るなら、今すぐこのガレージから叩き出す」
「あんた……っ!」
沙耶は悔しさと屈辱に唇を血が出るほど強く噛み締め、銀を睨みつけた。しかし、銀の言う言葉が残酷なまでに「正しい」ことを、彼女の天才的な頭脳は瞬時に理解してしまっていた。言い返せない悔しさに、彼女の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
銀は沙耶から視線を外すと、ガレージの奥に並ぶ大型の四輪駆動トラックへと歩み寄った。
「あいつらが肉の壁になっている間に、この頑丈な車両を動かして強行突破する。……静香先生、この車のキーはどこだ」
「え、ええとね、さっき私兵の人がガレージの壁のキーボックスに入れたのを見たわよぅ〜」
静香が震える指で暗闇の壁を指差す。
銀はボックスをこじ開け、トラックのキーを掴み取ると、運転席へと滑り込んだ。キーをシリンダーに差し込み、回す。
しかし、セルモーターはフツンともスンとも言わなかった。EMPの強力な磁場により、車両の電子制御ユニットの基盤が完全に焼き切れていた。
「ダメね……。今の車は全部コンピューターで動いてるのよ。電気の波を浴びたら、ただの鉄の塊よ!」
沙耶が涙を拭い、先ほどの怒りを押し殺して、冷静な知性を無理やり絞り出すように吐き捨てた。
「静かにしろ、高城。コンピューターが死んだなら、バイパスを作るだけだ」
銀はツナギのポケットからプライヤーと細い電線を取り出し、ステアリングの下のカバーを強引に引き剥がした。剥き出しになった複雑な配線の束から、セルモーターとバッテリーに直接繋がる極太のコードを瞬時に見つけ出す。
「銀、外壁のフェンスが破られました!」
ガレージの入り口で外を監視していた冴子の、低く鋭い警告が響いた。
ドガァァンッ!! という凄まじい金属の破壊音とともに、庭園のあちこちから避難民たちの悲鳴と、私兵たちの無駄な銃声が響き渡る。ついに、数万の『奴ら』の津波が、高城邸の敷地内へと雪崩れ込んできたのだ。
「時間がねえな。平野、小室、入り口を固めろ。火花を散らすなよ、音を立てずに処理しろ!」
銀は配線をナイフで剥きながら怒鳴った。
「了解!」
孝がバットを握り直し、コータがライフルを構える。
その真ん中を、紫の長髪をなびかせた冴子が木刀を正眼に構えて通り過ぎた。
「ここは私たちが食い止めます。銀、あなたのその指先に、私たちの命を預けますね」
「3分で動かす。……それまで、その門番の役割を完璧にこなせ!」
暗闇のガレージの入り口に向かって、庭園の血の匂いにつられた最初の『奴ら』の影が、白濁した目をギラつかせながら殺到し始めた。高城邸炎上の前哨戦が、この狭い空間で幕を開けた。
(第14話・了)