『学園黙示録:SILVER BULLET(シルバー・バレット)』 作:トート
世界が崩壊したあの日、藤美学園の校舎内は、生者の悲鳴と死者のうめき声が反響する巨大な棺桶と化していた。
銀と毒島冴子の二人は、音を立てずに素早く階段を駆け上がっていた。
銀の手には次の矢が番えられたクロスボウ、冴子の手には数多の「奴ら」の脂と血を吸った白樫の木刀。二人の足取りには、怯えも躊躇もない。ただ、次なる安全な拠点を確保するという明確な目的だけが彼らを動かしていた。
階段を上りきった踊り場で、激しい怒号と金属音が響く。
「麗、しっかりしろ! 下を見るな、前だけを見ろッ!」
「嫌ッ……来ないで! 来ないでよおぉッ!」
そこには、見覚えのある制服を着た二人の生徒がいた。
金属バットを必死に振り回して「奴ら」を突き飛ばしている男子生徒――小室孝。
手製の槍を構え、恐怖に身体を震わせている女子生徒――宮本麗だった。
彼らの前方からは、かつて教師や生徒だったモノが、3体同時に階段を這い上がろうと手を伸ばしている。
「チッ、まともに脳を狙えてねえな。非効率だ」
銀は冷淡につぶやくと、孝の耳元をかすめるような軌道で、迷わずクロスボウの引き鉄を引いた。
シュバッ――。
極小の風切り音。放たれた特殊合金製の矢は、最前列にいた「奴」の左目を正確に貫き、後頭部へと突き抜けた。脳を破壊された巨体が、泥人形のように階段へ崩れ落ちる。
「うおっ!? 誰だ……っ!」
孝が驚愕して振り返る。その視線の先にいたのは、返り血で汚れたツナギを着た、鋭い三白眼の男――銀だった。
「動きを止めるな。死にたくなければな」
銀はそう言いながら、驚くべき手際で次の矢をクロスボウに装填する。その指先に一切の震えはない。
「毒島先輩……!? それに、その人は……」
麗が涙目で冴子の姿を認め、すがるような声を上げた。
「話は後です、宮本さん、小室くん。ここは囲まれる危険性があります。一度、職員室へ向かいましょう。校内放送が生きているなら、他の生存者と連絡が取れるはずです」
冴子は凛とした声で二人を促し、木刀を構え直した。その毅然とした、しかし包み込むような落ち着きを持つ態度に、パニック寸前だった孝と麗も、辛うじて理性を繋ぎ止める。
「わ、分かった……! 先輩、後ろは任せます!」
孝がバットを握り直し、先頭に立って廊下を走り出した。銀と冴子は、互いに目線を交わす。言葉はなくとも、どちらがどの死角をカバーするか、瞬時に役割が分担されていた。
廊下を進むにつれ、状況の悪化は顕著になっていった。
教室の引き戸は破壊され、中からは凄惨な肉肉しい音が聞こえてくる。生存者を貪る「奴ら」の宴の音だ。
「おい、そこをどけッ!」
孝が正面から迫る「奴」の膝をバットで叩き折る。しかし、頭部への打撃ではないため、奴は狂暴な声を上げながら、なおも床を這って麗の足首を掴もうとした。
「ヒッ……!」
麗が硬直する。その喉元へ、銀の腰から抜かれたタクティカルナイフが鋭く突き刺さった。銀はナイフの柄を力任せにひねり、奴の延髄を完全に破壊する。
「頭だと言ったはずだ。次、足が止まったら置いていく」
銀はナイフを引き抜き、ツナギの太ももで血を拭いながら、感情の籠もらない声で麗に言い放った。
「な、何よあんた……! 何でそんなに平気でいられるのよ!」
麗が恐怖の裏返しの怒りを露わにするが、銀はそれを完全に無視して周囲の索敵を続ける。
「宮本さん、彼の言う通りです」
冴子が静かに、しかし絶対的な重みを持って告げた。
「ここはすでに、躊躇う者が最初に喰われる世界……生き残りたければ、心を研ぎ澄ましなさい」
その言葉は、麗だけでなく孝の胸にも冷たい楔のように突き刺さった。このツナギの男と毒島先輩は、自分たちとは「覚悟の次元」が違う。それを嫌でも理解させられた。
やがて一行は、職員室の重い防火扉の前へと辿り着いた。
扉の隙間からは、微かに人の話し声と、テレビのニュース番組らしき音声が漏れ聞こえていた。
「生存者がいるな」
銀が呟き、ナイフを鞘に収めた。