『学園黙示録:SILVER BULLET(シルバー・バレット)』   作:トート

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第16話:払暁の脱出【前編】

ドガァァンッ!!

大型トラックの強靭なフロントバンパーが、高城邸の裏手にある鉄製フェンスを強引に圧殺し、火花を散らしながら敷地外の公道へと飛び出した。

バックミラーのなか、丘の上の要塞は完全に炎に包まれ、夜空を赤黒く焦がしている。何千、何万という『奴ら』のうめき声と、最期まで戦い抜いた男たちの咆哮が、遠ざかるエンジンの重低音にかき消されていく。

「お父様……お母様……」

荷台にしがみつく高城沙耶は、燃え盛る生家をじっと見つめていた。その瞳には涙はなく、ただこの地獄を生き抜くという過酷な現実を受け入れた、冷徹な知性の光だけが灯っていた。

「前方に障害物(デッド・エンド)だ。平野、小室、撃ち漏らすな!」

銀はギアシフトを強引に叩き込み、アクセルを踏み抜いた。

ヘッドライトが照らし出す前方の暗闇には、炎上する高城邸の騒音に惹かれて坂を上ってきた数十体の『奴ら』が、道路を埋め尽くすようにうごめいていた。

プシュー、プシュー! パァンッ!!

荷台からコータのM1Aライフルが火を吹き、最前線の『奴ら』の頭部を正確に粉砕していく。孝のバットと麗の槍も、車体に群がろうとする影を強引に叩き落としていった。

「……見事な運転です、銀。この質量を、まるで自分の手足のように御すのですね」

助手席の毒島冴子が、手にした日本刀(真剣)の切先から滴る黒い血液を窓の外へと弾き、ふっと白刃のような鋭い笑みを浮かべた。彼女の私服のシャツは返り血で赤黒く染まっていたが、その佇まいは死線を越えた武人特有の、圧倒的な静けさを湛えている。

「コンピューターが死んだだけの鉄くずだ。直結(バイパス)さえ通せば、ただのピストンと歯車の塊に過ぎねえよ」

銀は鋭い三白眼でフロントガラスの向こうを凝視したまま、抑揚のない声で返した。

「それより、刀の刃毀(はこぼ)れはどうだ。次の波で折れるなよ」

「ええ、問題ありません。南リカの部屋にあったこの一振り、驚くほどに強靭で、よく馴染みますわ。明日も、その次も、あなたの背中を守るには十分すぎる獲物です」

二人の間に、危機を脱した安堵や男女の温かい空気などは1ミリも流れていない。

あるのは、互いを「この世界の終わりにおいて、最も壊れにくく有用な戦闘パーツ」として認め合う、極限まで乾燥した冷酷な信頼関係だけだった。

トラックは坂を下りきり、床主川の沿岸道路へと滑り込んだ。

東の空が、不気味なほどに薄紫色の朝焼け――払暁(ふつぎょう)の光に染まり始めている。

インフラが完全に死に絶えた床主市の街並みは、静まり返った巨大な墓標のようだった。信号機は消え、住宅街の窓はどれも暗黒に沈んでいる。道路のあちこちには、乗り捨てられた車両と、肉を求めて徘徊する『奴ら』の不規則な影が点々と揺れていた。

「銀くん……この車、どこへ向かってるのぅ?」

運転席の後ろのスペースで、少女アリスを固く抱きしめていた鞠川静香が、不安げな声を上げた。

銀はバックミラー越しに、静香の腕のなかで声を殺して震えているアリスを一瞥した。ガキでありながら、銀の「大声を出すな」という鉄則を完璧に守り通している。その適応力に、銀は小さく目を細めた。

「港だ。陸路は渋滞と土砂崩れで完全に詰まってる。この街を出るには、港湾地帯にある民間のボートか、自衛隊の艦船を利用して海へ出るしかねえ」

銀の冷徹な目的地設定に、荷台の学生たちも無言で頷いた。

だが、港へと続く臨海工業地帯の巨大な直線道路に差し掛かったその時、フロントガラスの向こう側から、最悪の「質量」が彼らの行く手を阻むように姿を現した。

(第16話【後編】へ続く……)

 

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