『学園黙示録:SILVER BULLET(シルバー・バレット)』 作:トート
職員室を出た一行は、一列になって階段を静かに下りていた。
先頭を進むのは、金属バットを構えた小室孝。そのすぐ後ろを、銀と毒島冴子が左右の死角を埋めるように固めている。後方には高城沙耶と鞠川静香を挟み、殿(しんがり)を平野コータが手製のネイルガンを構えて警戒していた。
目指すは、一階の正面ロビーを抜けた先にある駐車場。そこには学園のマイクロバスが停まっているはずだった。
「静かに、足音を殺せ。奴らは『耳』でこっちを探してる」
銀は声を極限まで潜め、後続の学生たちに命じた。ツナギのポケットから、工場から持ってきた細いボルトを一本指先につまみ出している。
一階のロビーに近づくにつれ、鼻を突くような生臭い血の匂いが色濃くなっていった。
階段の陰から覗くロビーの様子は、凄惨の一言だった。ガラス張りの広々とした空間には、数十体もの『奴ら』が、まるで目的を失った操り人形のように徘徊している。床や壁は飛び散った鮮血で赤黒く染まり、何人もの生徒が肉塊となって転がっていた。
「う、嘘……こんなにいるの……?」
宮本麗が息を呑み、思わず一歩後退りする。その拍子に、彼女が持っていたモップの柄が、階段の鉄製の手すりにコツンと軽い音を立てて接触してしまった。
静まり返った空間に、その乾いた音が不気味に響く。
ピキリ、とロビーの空気が凍りついた。
徘徊していた数十体の『奴ら』が一斉に動きを止め、濁った白い眼球を階段のほうへと向けた。
「ガァ……ッ」
「アアァァ……」
骨のきしむような音を立てて、奴らが一斉にこちらへ足を引きずりながら殺到し始める。
「チッ、だから言ったろ」
銀は舌打ちすると、手の中のボルトを、階段とは全く違う方向の廊下の奥へと全力で投げつけた。
カツィン! と遠くの床で高い金属音が鳴り響く。
その瞬間、殺到しかけた『奴ら』の半数以上が、反射的にその音の方向へと首を巡らせ、そちらへ向かって走り出した。沙耶の言っていた「音に反応する」という法則を、銀はその場で即座に実験し、利用したのだ。
「今のうちに突っ切るぞ! 散らばった残りの奴らだけを叩け!」
銀の鋭い指示が飛ぶ。しかし、その直後だった。
「おおぉぉッ! こっちだ、来い化け物どもッ!!」
緊迫感とパニックが限界に達していたのか、小室孝が自らを奮い立たせるように、喉が裂けんばかりの大声を張り上げて階段を飛び出してしまった。バットを激しく振り回し、正面から迫る元女子生徒の顔面を強打する。
(なっ……!?)
沙耶が驚愕に目を見開く。
銀の鋭い三白眼が、一瞬で凍りついた。
孝のその凄まじい絶叫は、銀がボルトを投げて誘導したはずの『奴ら』の意識を、一瞬でこちらの階段へと引き戻してしまった。そればかりか、開け放たれた中庭や上層階の廊下からも、新たなうめき声がドッと湧き上がるのが聞こえる。
「邪魔です!」
すかさず真横から躍り出た冴子の木刀が、目にも留らぬ速さで孝の足元にすがりつこうとした奴の頭頂部を真っ二つに叩き割る。流れるような無駄のない一撃。
シュバッ――。
同時に、銀のクロスボウから放たれた矢が、孝の右側から手を伸ばしていた別の『奴』の眉間を綺麗に射抜いた。
「平野、右の通路から来るやつを止めろ! 突っ切るぞ!」
「了解ですっ!」
プシュー、プシューと、コータのネイルガンが圧縮空気の音を立てて火を噴く。至近距離から放たれた太い釘が、迫る『奴ら』の額を次々と貫き、その動きを停止させていった。
銀は走りながら、すでに倒した『奴』の頭部からクロスボウの矢を引き抜き、即座に次の弦へと番え直していた。その横顔には、怒りを通り越した絶対的な冷徹さがあった。
「みんな、急いで! バスはすぐそこよ!」
静香先生が大きな胸を揺らしながら、ロビーの自動ドアを押し開ける。外の新鮮な空気が流れ込んできた。
一行はなんとかガラス戸を抜けて、劇画のような青空の下、駐車場へと飛び出した。
だが、その瞬間に銀が足を止め、バットを持った孝の前に立ち塞がった。
(第3話【後編】へ続く)