『学園黙示録:SILVER BULLET(シルバー・バレット)』 作:トート
「……おい、小室」
ガラス戸を抜けて駐車場へ飛び出した瞬間、銀は足を止め、振り返って孝を冷徹な三白眼で射抜いた。その手には、次の矢が引き絞られたままのクロスボウが握られている。
「え……? 何ですか、銀さん。先を急がないと」
孝が肩で激しく息を切りながら、怪訝そうに足を止めた。
「さっきロビーを出る時、あんた何て叫んだ?」
銀の声には、怒りすら含まれていなかった。ただ、不良品を検品するような、底冷えのする冷たさだけがあった。
「何って……気合を入れないと、麗が……」
「大声を上げたな、と言っているのよ!」
沙耶が腕を組み、冷や汗を流しながら銀の言葉を引き継いだ。メガネの奥の目が、激しい苛立ちで孝を睨みつけている。
「小室、あんたバカなの!? 『奴ら』が音に反応するって、職員室であれほど確認したでしょう! あの整備士がボルトを投げてせっかく奴らの意識を逸らしたのに、あんたのその無駄な絶叫のせいで全部台無しよ! 周囲の棟にいた奴らまでこっちに引き寄せられたらどうするつもり!」
「それは……! でも、あの時は必死で……っ」
孝が言葉を詰まらせ、バットを握る手に血がにじむ。宮本麗が庇うように孝の前に出た。
「ちょっと、何よ二人して! 孝だって私たちを引っ張ろうとして、必死にやってくれたんじゃない! 部外者のあんたにそこまで言われる筋合い……」
「必死ならルールを破っていい理由にはならねえ」
銀は麗を完全に一蹴し、一歩、孝へ歩み寄った。ツナギに付着した社長の血の匂いが、孝の鼻腔を突く。
「あんたが正義感で大声を出すたびに、俺たちの生存率は下がる。ここは学校の部活じゃねえんだ。声を掛け合って気合を入れる必要なんてない。次、無駄な音を立てたら、その瞬間にあんたの口をこの矢で縫い付ける。……いいな」
「……っ」
孝は屈辱と恐怖に歯を食いしばり、拳を震わせながらも、銀の圧倒的な「殺気」の前に、ただ頷くことしかできなかった。学校という檻の中で守られていた少年が、初めて本物の「理不尽なまでの生存競争」に触れた瞬間だった。
「ふふ……それくらいにして差し上げなさい、銀。小室くんも、これで深く学んだはずですわ」
冴子が木刀の血を軽く振り払いながら、二人の間に割って入った。その声は平穏だったが、銀の容赦のない指摘に、どこか楽しげな色を滲ませていた。
だが、そんな張り詰めた対峙を破るように、校舎の別棟の非常口から、地を走るような叫び声が響き渡った。
「待ってくれ! 頼む、待ってくれぇッ!」
現れたのは、細いフレームの眼鏡をかけ、歪んだ笑みを顔に張り付かせた男――藤美学園の教員、紫藤 浩一(しどう こういち)だった。その背後には、恐怖で顔を涙と汗でぐしゃぐしゃにした、十数人の生徒たちが必死に彼に付き従っている。
そして彼らのすぐ後ろには、校舎から溢れ出してきた、おびただしい数の『奴ら』の群れが、黒い津波のように迫っていた。孝の大声のせいだけではない。紫藤たちが狂ったように騒ぎ立て、走ってきたからだ。
「あいつらは……紫藤のクラスの連中か!?」
孝が先ほどの口論を忘れ、信じられないものを見るように目を見開いた。
「最悪ね……。あんな大所帯を引き連れて、後ろにどれだけの化け物を連れてきてるのよ」
沙耶が顔を青くして吐き捨てる。
「先生! バスを開けて!」
紫藤が先頭で走りながら、駐車場の中央に停まるマイクロバスと、その前に立つ銀たちの姿を認め、狂ったように手を振った。
銀の三白眼が、迫り来る紫藤の一団と、その背後の絶望的な数の化け物どもを、冷酷に、等価の「ただの物体」としてカウントした。バスの定員、残された時間、そしてあの教師の目。すべてが瞬時に計算される。
「全員乗せる余裕はねえな」
銀が静かに呟いた。
(第3話・了)