『学園黙示録:SILVER BULLET(シルバー・バレット)』 作:トート
「――そう、世界が変わった今、旧時代のルールにしがみつく者は真っ先に淘汰される。これからは、私のように先を見据える指導者に従うことこそが、唯一の生存戦略なのだよ」
紫藤の声が、バスの狭い車内に不気味に響き渡る。恐怖で思考を放棄した生徒たちは、まるで救世主を仰ぐような虚ろな目で彼を見つめ、熱狂的な頷きを返していた。
その光景を、座席の最前列で激しい嫌悪と憎悪の目で見つめる少女がいた。宮本麗だ。
彼女の手は、モップの柄で作った急造の槍を白くなるほど強く握り締め、全身が怒りで細かく震えていた。
「麗……」
隣の小室孝が心配そうに声をかけるが、麗の耳には届かない。
彼女にとって、紫藤はただの嫌な教師ではない。かつて警察官である自分の父親を陥れ、その仕返しとして自分を不当に留年させた、人生を狂わせた張本人だった。世界が崩壊してもなお、生徒の心の隙間に付け込んで『独裁者』気取りで君臨しようとするその姿に、麗の理性の糸が限界を迎えていた。
「ふざけないで……」
麗が低く、しかし鋭い声を漏らした。車内の視線が彼女に集まる。
「おや、宮本くん。何か意見かね?」
紫藤は眼鏡の奥の目を細め、獲物をいたぶるような笑みを浮かべた。
「ふざけないでよッ! リーダー気取りで偉そうに……! あんたがやってることは、ただの洗脳じゃない! 過去に私の家をめちゃくちゃにして、今度はこの極限状態を利用して、また生徒を自分の都合のいい手駒にするつもり!? 私は絶対に、あんたなんか認めないッ!!」
麗の絶叫が車内に響き渡る。しかし、紫藤の表情は全く崩れなかった。それどころか、待ってましたと言わんばかりに深く息を吐き、周囲の生徒たちを見回した。
「哀れな宮本くん。君はまだ、そんな個人的な私怨に囚われているのか。皆が見ている前で、一人の教師をヒステリックに糾弾する……。そんな身勝手な人間が、この調和を乱すのだよ。そうだね、皆の衆?」
紫藤の冷酷な扇動に、彼に従う生徒たちが麗を「敵」として冷たい目で睨みつけ始める。車内の空気が一気に一極集中し、麗は孤立無援の精神的窮地に立たされた。
「てめえ、紫藤……ッ!」
孝がバットを握り直し、紫藤へ掴みかかろうとした、その時だった。
シュバッ――。
耳元を掠めた強烈な風切り音とともに、一本の特殊合金製の矢が、紫藤の顔面のわずか数センチ横の窓枠にドスッ! と深い音を立てて突き刺さった。
「ひっ……!?」
紫藤の言葉が止まり、その張り付いた笑みが一瞬で凍りついた。車内の生徒たちも悲鳴を上げて硬直する。
矢を放ったのは、運転席の横で静かにクロスボウを構えていた銀だった。彼は表情一つ変えず、すでに次の矢を恐しい手際で装填している。その鋭い三白眼は、紫藤を人間ではなく「ただの障害物」として見つめていた。
「うるさいな。サバトなら他所でやれ」
銀の底冷えする声が、車内の狂気を一瞬で霧散させた。
「き、君……! 今のは殺人未遂だぞ! 教師である私に向かってなんという暴挙を――」
「次はずらす理由がねえな」
銀は紫藤の言葉を完全に遮り、クロスボウの銃口を今度は正確に紫藤の眉間の中心へと向けた。
「俺はあんたらの過去の因縁にも、どっちが正しいかにも1ミリも興味はねえ。ただ一つ確かなのは、あんたがここで無駄な演説を垂れ流して車内の統制を乱すなら、それは俺の脱出計画の邪魔だってことだ」
銀は冷酷に言い放つ。
「この渋滞の街を抜けるには、車内の人間の完全な静粛と、いつでも動ける迅速さが要る。内輪揉めで騒ぐような不確定要素は、この場ですべて叩き出すか、ここで脳をぶち抜いて黙らせる。……おい眼鏡、どっちがいい?」
圧倒的な「本物の殺気」を前に、紫藤は言葉を失い、額から冷や汗をだらだらと流しながらゆっくりと両手を上げた。彼が築き上げようとした新秩序の心理障壁は、銀の圧倒的な物理的暴力と冷徹さの前に、一瞬で叩き潰されたのだ。
「……フン、随分と野蛮な整備士さんだ。静かにすればいいのだろう?」
紫藤は座席に腰を下ろし、悔しそうに顔を歪めた。
麗は息を荒げながら、自分を救った(正確には邪魔者を排除しただけだが)ツナギの男を見つめていた。孝もまた、銀の容赦のない手腕に背筋が凍るような感覚を覚えていた。
「……見事な威嚇射撃です、銀。おかげで車内が少し涼しくなりましたね」
冴子が木刀を膝に置き、ふっと妖艶な、しかし冷徹な笑みを浮かべて銀の横顔を見つめた。
「無駄な時間を食っただけだ。……静香先生、スピードを落をすな。このまま御床大橋の方向へ向かうぞ」
銀の指示に、静香は「は、はい〜っ!」と慌ててアクセルを踏み込んだ。
恋も結婚も、甘い救いすら存在しない世界の終わり。銀と冴子は、互いの冷酷な有用性だけを背中に感じながら、さらなる混沌が待つ床主市の中心部へと突き進んでいく。
(第4話・了)