『学園黙示録:SILVER BULLET(シルバー・バレット)』 作:トート
藤美学園を脱出したマイクロバスは、血に染まった床主(とこなめ)市の中心部へと滑り込んでいた。
しかし、その行軍は長続きしなかった。
「……やっぱりね。最悪の予想が当たっちゃったわ」
高城沙耶が座席から窓の外を覗き込み、忌々しそうに爪を噛んだ。
彼女の視線の先――市内を流れる巨大な河川に架かる「御床大橋」の手前は、完全に車の墓場と化していた。パニックを起こした市民が乗り捨てた車両、正面衝突したまま黒煙を上げるトラック、そしてそれらの隙間を縫うように徘徊する、おびたただしい数の『奴ら』。
バスは完全に進路を塞がれ、プシューという気の抜けた音を立てて停車せざるを得なかった。
「静香先生、エンジンは切るな。アイドリングの音は最低限に抑えておけ」
銀は運転席の横でクロスボウを構えたまま、前方の渋滞を冷徹に観察していた。
「は、はい〜……でも、これじゃあもう一歩も進めないわよぅ」
鞠川静香がハンドルを握ったまま、泣きそうな声を上げる。
車内には、ふたたび重苦しい沈黙が支配していた。
後方に陣取る紫藤浩一と、その息(いき)がかかった生徒たちは、先ほど銀に脅された恐怖から、小さくなって押し黙っている。だが、その視線には、いつでも銀の隙を突いて主導権を奪い返そうとする、陰湿な光が宿っていた。
「……小室。あんた、どうする」
銀が振り返り、座席で金属バットを握り締めている小室孝に声をかけた。
「どうするって、何がですか」
「この先だ。バスに乗ったままだと、ここで包囲されてジリ貧になる。車を捨てて徒歩で橋を渡るか、あるいは別のルートを探すかだ」
銀の問いかけに、孝は一度、隣に座る宮本麗を見た。麗の目は、いまだに後ろの座席にいる紫藤への激しい拒絶で満ちている。
「俺は、ここでバスを降ります」
孝が意を決したように立ち上がった。その目は、先ほど学園のロビーで銀に叱責された時のような未熟な少年ではなく、自らの意志で道を選ぼうとする男のそれになりつつあった。
「小室くん、正気かね? 外はあの化け物だらけだというのに。私という指導者を捨てて、二人だけでどこへ行くというんだ」
紫藤がここぞとばかりに、座席からねめ回すような笑みを浮かべて口を挟んだ。
「あんたなんかと一緒にいられるかよ!」
孝が吐き捨てるように言う。
「俺は、麗の父親と、高城の両親の安否を確かめに行く。……あんたの作った、その気味の悪い『学級崩壊』に付き合う気はさらさらない!」
「ふむ、身勝手な若者だ。宮本くんの私怨に引きずられ、安全なこのバスを捨てるというのだからね。まあいい、引き止めはしないよ。残った皆の衆、彼らの愚かな選択を反面教師にするんだ」
紫藤が両手を広げて周囲の生徒たちに語りかけると、信者たちは一斉に孝を冷ややかな目で見つめた。
「ちょっと待ちなさいよ。私も降りるわ」
沙耶がシートの背もたれを叩いて立ち上がった。
「私の家はここからそう遠くないわ。それに、あの陰気臭い教師のオママゴトに付き合うほど、私の脳みそは退化してないのよ。平野、あんたはどうするの?」
「ぼ、僕も高城さんと一緒に行きます! 毒島先輩は……?」
平野コータがネイルガンを抱え直しながら、冴子を振り返る。
冴子はゆっくりと腰を上げると、白樫の木刀をその細い指先で弄びながら、ふっと銀の方へと視線を向けた。
「私は、こちらの整備士さんの意見に従いますわ。……銀、あなたはどうするつもりかしら?」
冴子の問いに、車内の視線がふたたび銀へと集まる。
銀は紫藤のグループをゴミを見るような目で見下ろすと、クロスボウを肩に担ぎ直した。
「俺もここで降りる。バスの整備士としては、これ以上動かない鉄の塊(バス)に付き合う義理はねえ。それに……」
銀の鋭い三白眼が、紫藤の眼鏡の奥を射抜く。
「あそこにいる無能な置物(生徒)どもと、それを肥やす寄生虫(教師)のために、これ以上俺の貴重な矢を消費するわけにはいかないんでな」
「……君、どこまでも無礼な男だな」
紫藤の顔から完全に笑みが消え、底暗い怒りが浮き上がった。
「互いに利用価値がなくなった、それだけだ。静香先生、あんたも来い。ここに残っても、いずれ肉の壁にされるだけだぞ」
銀の言葉に、静香は「ひえぇっ!」と悲鳴を上げながら、大急ぎで運転席から飛び出してきた。
こうして、異分子である銀を交えた一行は、マイクロバスの自動ドアを開け、地獄の渋滞が広がる床主市のストリートへと足を踏み下ろした。背後でプシューと閉まるバスのドア。それが、彼らと紫藤のグループとの、完全な決別の音だった。
(第5話【後編】へ続く……)