未実装・闇落ちキャラに救いはあるのか 作:ねこ
――世界が、いきなり殺伐として荒廃して、化け物的なサムシングが街中を闊歩している世界になったらどうだろうか。
そんでもって、それに対抗できる力を持つのはカラフルな髪の毛と色とりどりの瞳を持った美少女ばかり……そういう世界だったら。少なくとも、力を持たずに放り出されたなら怯えながら部屋に鍵をかけて怯えるしかなかっただろうなと思う。
不幸にも、私は知と力を持って転生することができた。それはつまり――ソシャゲ世界に原作知識を持って転生してしまった、ということである。
大地を全力で駆けながら、交差点に鎮座するタコの化け物に照準を合わせ、拳銃を向ける。
「――死ねィ!!! フンフンフン!!!」
引き金を引き絞り、弾丸を撃ち込む。弾丸はタコの触手に穴をあけながら、しかし致命傷には至らない。
タコのヘイトがこっちに向いた。ぎょろりと、巨大な目がこちらに向いている。豆鉄砲でも、こちらに意識を集中させることはできたらしい。集中力を高め、足を止める。
――タコが、動きを止める。……ふぅん。一丁前に、狩人のつもりらしい。
タコが、こちらを狙っているのがわかる。
まだ。まだ。まだ。
オクト・ファントム。八つの触手をうねらせて、初見殺しの不意打ちをかます卑怯な雑魚。慣れてしまえば大した敵ではないが、油断しているとかなりの大ダメージがある。
タイミングさえわかれば、そう怖い敵じゃない。現実でも、画面越しでも複数回対峙している私からすれば――全然、大したことなんてない。
「――――とった」
タコが触手を動かそうとした、刹那。アスファルトを砕きつつ一気に距離を詰める。地面が脆く、そのせいでいまいち速度が乗り切っていないが――。
肉薄しながら、全力を込めた掌底を眉間に叩き込む。
ぐにゅり、と拳がタコの肉を貫いて内部に入り込むのがわかる。手のひらに仕込んだ私の兵装。レーザーブレードが、タコの体内にあったコアを貫き砕いていた。
タコが、霞のように消えていく。その姿を見ながら、小さくため息をつく。
私が仕留めるべき獲物は殺した。後は、他のカバーにでも行こうか。
ファントムキャッチャー。現実にあらわれる、
少女たちは、ファントムと対峙する中で、否応なしに自身の抱えるトラウマと向き合い、乗り越えようともがく。それを支えるのが指揮官である
指揮官は心の傷を負ったヒロインたちとぶつかったり支えたりして、一緒に成長していくわけだ。
そんな中、私は。――プレイアブルキャラに転生……しなかった。
ドリームキャッチャーでありながら、ファントムと共謀し、人類を滅ぼすことを腹に誓った裏切り者。自らの夢を虚妄であると定義づけ、夢を捨てた少女――比良坂クオンとして転生した。
原作のクオンは、なぜ夢を捨てたのかについて何一つ語らず、ファントムが潜む次元の隙間に消えていった。……確か、そこで最新版アップデートは終わっていたはずだ。
だから、私が転生してから
今わかっていることは。今のところ、ファントムからの接触はないということである。――つーか、こいつらに意志なんかあるのだろうか。
今すべきなのは、来るべき闇落ちの前に少しは人類側を助けることだろうか。闇落ちしても心証が良ければ情状酌量の余地があるかもしれないし、ひょっとすると原因をつぶしきることができるかもしれない。
当面の目標は、自分の心証をよくすることである。
ドリームキャッチャーたちの指揮官になる、と言われて。簡単な研修を終えてすぐ。僕は緊張しながら総司令部の建物に入った。
受付に言われるまま、待合室で待機していると、隣にどかりと座る少女がいた。他の席だってたくさん空いているのに、わざわざ隣に座ったのだ。
「お茶かサイダー、どっちがいい?」
はじめ、僕に声をかけているのだとは思わなかった。でも、ちらりと横眼を見ると、少女がこくこくとうなずいたので、サイダーを選んだ。
「……ごめん。お茶でいい? サイダーが飲みたくて……」
「あ、うん。どっちでもいいよ……ありがとうございます」
変な子だな、と思った。少女は少し照れくさそうにしながら、サイダーを一気に飲み干した。のど、痛くならないのだろうか。
小さくげっぷをして、少女はこちらをじっと見つめてくる。
「……間違ってたらお茶代払ってほしいんだけど……指揮官だよね?」
「へ? うん。そうだよ……君は?」
「私は、ドリームキャッチャーの一人。比良坂っていうんだけど。君の名前が知りたいな」
「えぇと……僕は……僕の名前は――」
少女の押しの強さにやられつつ、僕は言葉を返した。
「
比良坂さんは、僕の言葉にいたずらっぽく笑った。
「そうだね。よろしく……蓬クン」
かわいらしい少女の距離が近い。そういうのに慣れていない僕は、比良坂さんの笑顔に、少しドキッとしてしまった。なんだか、変な子だ。距離感が近くて、少し人をからかう癖のようなものがあるらしい。
比良坂さんの名前を聞こうと思って、口を開こうとして――けたたましいサイレンが、施設に鳴り響いた。それを聞いた途端、比良坂さんはまじめな顔に戻って立ち上がった。
「ごめん。私行かないと。生き残れたら、よろしくね」
そんな言葉を吐いて、比良坂さんは走り去る。その言葉の重さに、僕は圧倒されてしまった。
あんな、僕とそう変わらないはずの少女が。死ぬかもしれない場所へと向かう一方で。僕は渡されたお茶を握ったまま。彼女は、どう思ったんだろう。
こんな素人が、命を預ける指揮官だと知って。
ファントムを追い払ってから、蓬くんに出撃前に出会ったことを思い出した。なよなよしたフツーの男の子って感じだった。指揮官のキャラはあんまり記憶になかったけど、あんな感じだったといわれればそんな気もする。
正直、同情してしまう気持ちがある。重責に耐えられる気は正直しない。
これから、少女たちにほんのり嫌われながら頑張る蓬くんの味方が。一人くらいはいた方がいいだろう。……まぁ、シナリオの途中からはそこそこハーレム気味なんだけど。
考え事をしていると、がばり、と誰かに抱き着かれる。
汗臭さの中に、ちょっとだけいい匂いがする。
「ぁ、しおり」
「――どしたの、クオン。珍しく考え事?」
「失礼な――私はいつも考えてるよ」
赤い髪をポニーテールにまとめた快活な印象の少女。穂村しおり。距離感が近くて、もともと男性だった私としてはちょっとだけドキッとすることがある。
私の返事に、しおりはからからと笑いながら首を振った。
「嘘だぁ。クオンは戦闘中以外はあんまり頭良く見えないよ」
「頭が悪いなりに考えてるのさ」
「あっそ。そーいえばさぁ、指揮官がもうすぐで着任するんだって。どう思う?」
話題が一気に切り替わる。
「……どうも思わない。指揮が的確で、ドリームキャッチャーの死人が減ればいいと思うよ」
「ふぅん。私は、指揮官なんていらないと思うな」
しおりの目に宿っていたのは、嫌悪。
「――命を懸けずに、後ろから指揮をするだけ。そんな奴に、私たちは」
「かもね」
「……やっぱり、クオンはなんも考えてないよ」
非難がましい目を向けられても、肩をすくめるしかできない。元ユーザーとしては耳が痛い限りだ。
「気に入らなければ従わなければいいじゃん」
「……クオンは、それでいいの?」
「えっと……私は……うぅん……内緒ってことで」
「ごまかすの下手すぎ。やっぱりなんも考えてないだけじゃん」
しおりのあきれ果てた声に、反論しようとして――口を閉じた。私に指揮を受ける機会などないかもしれない。私からすれば蓬くんの受難はどうでもいいものなのだ。
なんて、無責任なことを言って火に油を注ぐつもりもない。
「指揮官なんてどうでもいいじゃん。――全部の戦場で指揮がとれるわけでもなく。全部の部隊が指揮を執ってもらえるわけでもない。違う?」
「それは、そうかも」
「好きになるも嫌いになるも、あってみてからの話っしょ」
私の助言に、しおりはそれもそうかとうなずいた。