未実装・闇落ちキャラに救いはあるのか 作:ねこ
目を覚ます。――青い月と、廃墟。ビルを飲み込んだ湖面。屋上の手すりに寄りかかって、青い月を眺める。
目を覚ましたのではないらしい、と理解する。青い月。夢も現も平等に照らす、私の忌まわしき悪夢。そして、あの悪夢を求めてやまない自分がいる。
たびたび聞く誰かの声。幻月に決着をつけろ、と。決着とは何だ。私は――。
「まだ無意味な自分探しをしているのか。目覚めろ。幻月に決着をつけるんだ」
私の前に、宙に浮く私。私のような姿をしているが、こいつは一体誰だ。
「まだ、まだまだまだ。この世界を理解していない。お前は愚かで哀れで、少し悲しい生き物だな、うん?」
「――自分にバカにされている」
「くはっ、お前に『自分自身』なんてものがあるのか?」
私は、私をバカにしてけらけらと笑う。私に指をさして、辟易したように肩をすくめた。
「お前の中にあるもの。ただ怯えるだけ。他者に怯え、自分自身に怯え、過去に怯え、現在に怯え、未来に怯える。いずれ来る裏切りの日を遠ざけながら待ち望み、来ないかもしれないから救いの手を自ら拒んだ。いいか、お前が臨床小隊の仲間入りをするかしないかは、本来お前に委ねられていたはずだ。ん? それを拒んだのは、ほかならぬお前。お前は、救われたいくせに救いにすら恐れを抱いている」
「……べらべらと」
睨みつけてやる。だが、意にも介した様子はない。
「すべて図星だろう? だって、私はお前だからな。いいか、何度でも言う。幻月に決着をつけろ。お前が生きる理由はそれだけだ。――とこれまでなら繰り返して言っていたのだがな」
私は、やや遠い目をしてから、嬉しそうに笑った。何が面白いんだ。糞野郎。
「喜べ、比良坂クオン。――天満月輝夜。幻月の見染めた代理人が、間もなく力に目覚める。それもこれも、お前のおかげだ。お前が彼女の不安定な精神を刺激し、ヤツの中に眠る『幻想』を呼び起こしたのだ!!! くくく、うまくいけば、お前は――自分自身の運命を回避できるかもしれんぞ?」
思わず、目を見開く。それは、つまり――。
「お前の代わりに闇に堕ちるんだよ、かぐや姫は」
「そんなこと――ッ!」
「させない、か? よく考えろ。お前も、リンも、しおりも。本来は、幻月の被害者である貴様らは共通して代理人たる資格を持っているんだ。お前が恐れる未来は、――あくまで、可能性の一つに過ぎない」
「リンも、それでいうとまだまだ不安定だ。しおりだって、まだ可能性はある。お前は、自分のために他者を見殺しにすればいいんだ。……ああ、なんと許しがたい選択! だが、それでも。幻月に侵され、地獄を見たお前たちに……救いを与えたくなってきたんだよ」
あぁ、そうか。よく理解した。
この声。今、目の前にいる貴様の名をよく理解した。
「そうか。貴様が――幻月。私を侵し、夢に引きずり落そうとしている、邪悪な囁き」
「……おっと。おっとおっとおっとおっと。――なかなか賢い」
私は、意外そうな顔をしてから、にこりと笑った。腹が立つくらい、悪意のない笑顔。舐めやがって。クソが。クソが。クソが!
私を返せ。みんなを返せ。私の未来を。みんなの思い出を。
夢の中で、力を開放する。肉が、幻に置換されていく。妄想身体。今、ここで。こいつを――。
「やめておけ。私は、幻月であると同時に。お前でもある。――まだ、お前は私と戦うべきではない。何故なら、お前は選択しなければならないからだ。体内から私を失い、力の大半を失えば……天満月輝夜は二度と助からんぞ」
――精々仲良くやろうではないか。私の、哀れな怪物よ。
闇の中でけたたましく響く哄笑。その大音声のなかに、紛れ込む悪意。
黒い世界を睨みつける。
幻月は、私が滅する。輝夜は――私が助ける。そうだ。ハナから、幻月なんてものは人間の敵で。私の破滅でしかない。
拳を握りしめる。
輝夜を助けないと。夢から覚めないと。
比良坂クオンは、病室から飛び起きるや否や、体につなげられた管を引きちぎり、病室を飛び出した。裸足で、何か焦っているような様子で走り出し――厳戒態勢を敷いていたドリームキャッチャーたちと相対することとなった。
「――比良坂、さん」
眉を下げて、こちらを見るのは臨床小隊の指揮官。蓬葵。比良坂クオンは、顔を見上げて、葵の後ろの人間を見回す。
リン、しおり。――いない。やはり、輝夜がいない。
「やぁ、蓬くん。――えぇっと、そう。あの、輝夜は、どこ?」
後ろの二人の顔も、途端にこわばった。比良坂クオンは、少し背筋に冷や汗を流す。何か、いけないことを聞いただろうか。
「天満月さんは……その」
「その、何? 私が近づくと何か不都合が生じるのかな?」
「……彼女は、味方ごと攻撃したことで。その後、君が使った力を目の当たりにして、少し疲れているんだ」
「疲れてる? そうだろうね、知っているさ! だけどね――どうでもいいから。輝夜と会って話したい。そんなこともできないのかい、私は」
比良坂クオンが、珍しく飄々とした態度を崩して、蓬に食って掛かった。その剣幕に思わずぎょっとするが――。リンが、おずおずと口を開く。
「だめだと思う。輝夜は、クオンの姿を見て、すごく怯えていた。きっと、あの子は昔幻月で――」
「だからぁ、このままだと輝夜がその幻月の影響を受けすぎるっていう話をしてるんだよ。わからないかな……私のこと、信用できない?」
クオンはそういって、くしゃくしゃの笑顔を浮かべた。壊れる寸前のような、焦りと、怒りと、絶望と、哀願の入り混じった、ひどく不器用で情けない顔をした。
その哀願を容赦なくたたき切る声が響く。
「だめだ」
クオンは、後ろを振り向いて睨んだ。久我山大隊長。もっとも比良坂クオンを警戒し、最も恐れるドリームキャッチャー。
久我山の目に映る、冷徹な光を目にして――。比良坂クオンは崩れ落ちた。クオンはどういうわけか、笑っていた。
「……蓬くん。天満月輝夜は、幻月にとらわれたままだ。私と同じように。きっと、今も一人で戦っている。だから、救ってあげてほしい。ね?」
「分かった。絶対に、救い出す」
比良坂クオンは、久我山の前に歩みを進める。
「聞き分けがいいな、比良坂クオン」
「別に。……思い出したんですよ。私が最善を選び取る必要は、無かったなって」
比良坂クオンは、静かな顔でつぶやいた。
「こうしてみると、私は露骨に怪しい行動を起こして、久我山さんにマークされて。――こうして、要警戒人物に収まっているわけです」
これなら、私が裏切り者になんてなることはない。裏切る前に、処分される。
それはそれで、幸福な結末だと思わない?
そんな幸福は、求めてない。