未実装・闇落ちキャラに救いはあるのか 作:ねこ
好奇。嫌悪。侮蔑。憐憫。――何であれ、目というのはそれなりに力を持つ。口ほどに、というほどではないにせよ。
まなざしにさらされる、というのはかなり精神を削られることに間違いないだろうな、と思う。例えば、自分を腹の底から認めているわけではない集団の中で、自己紹介めいたものをさせられるときとか。
「本日より諸君らの指揮官として着任することになった、蓬葵です。よろしくお願いします」
人当たりのいい柔らかな声に、まばらな拍手。目線が一つでも減ればいいと思って、努めて目を合わせることはしないであげた。
指揮官の隣にいる久我大隊長(これもドリームキャッチャーだが、どう考えても夢追う少女って感じじゃない。理想家なのか?)が、簡潔に情報を補足してくれた。
「理論上は他者による能力向上の可能性は示唆されていた。ファントムや我々の力の根源については解明はほぼ進んでいない。蓬は我々の力をさらなる段階に押し上げる。蓬が率いる小隊は臨床段階にある強化理論を確立する。臨床への拒否権は基本的にないものと思え」
ファントムとドリームキャッチャー。ドリームキャッチャーの力を増幅させるのは、強固な信頼関係と、それに基づく新たなチカラ……理念解放と、夢想証明。前者は恒常的な出力の強化。後者は戦闘時に発動する奥義、だろうか。
ソシャゲで言ってしまえば、ガチャのかぶりによるキャラの凸効果と必殺技。彼の臨床小隊に加入しているときに「しか」使えない必殺技は、ゲームシステムの説明としては悪くなかった。と、振り返れば思うが……未実装の私は、どっちも使えないということである。
「次回の出動は、臨床小隊と支援部隊を編成して動かす。各自、準備をしておくように。蓬、臨床小隊の編成を考えておいてくれ」
「はい――」
考え込む蓬くんと、それを見てうなずく久我大隊長。私は手を挙げて、質問を投げつけた。
「大隊長。蓬く――指揮官殿は、私たちのことを知ってるんですか? 知らないなら、簡単な情報開示くらいはしてもいいと思いますが……」
「蓬はドリームキャッチャーの情報に関して、ほぼすべての閲覧を許可されている。お前の『おしゃべり』はさして必要じゃない」
「了解しました、大隊長」
私が口を閉じると、久我大隊長はあたりを見回して他の質問がないとわかると目を細めて、言い含めた。
「指揮官殿はお前たちのために着任したことをゆめゆめ忘れるなよ」
皆が一様に返事をしたことを確認して、大隊長は去っていった。――厳しい人だけど、嫌いじゃない。みんな大隊長にはそれなりに世話になっているから、いうことを聞く。
大隊長が指揮官ならよかったのに、なんていう人も多いくらいには人望に厚いのである。
それでも、解散してからは蓬くんはあまりいい目では見られていなかった。私は所在なさげに立ちすくんでいる蓬くんに近づいて、声をかけてあげた。
「こんにちは、指揮官殿」
「――あっ、比良坂さん、だよね」
「はい。比良坂クオンです。これからよろしくお願いします、指揮官殿」
「なんか、堅苦しくない? 前あった時と同じでいいよ、比良坂さん」
「あ、そう? 悪いね、ずっとこの調子じゃ肩が凝るからねぇ。まぁ座りなよ――ほら」
並んで座って、蓬くんと仲良くお話をする。
「大隊長閣下は私に余計な『おしゃべり』は不要だって言ってたね。――蓬くんはどう思う?」
「僕は、そんなことは思わないよ」
「相変わらず、優しいんだね。でも、おしゃべりは私とじゃなくて、臨床小隊とすべきだよね」
「ええっと、比良坂さんは臨床小隊に入りたくないの?」
困惑するような声を上げる蓬くん。あれから考えて、素敵な言い訳を考えておいたのだ。多分、これは正解な気もする。
「よーく考えて。私の情報は持ってるんでしょ? 私をどう動かすかを考えてほしいな」
「それ、は」
近接主体の短期決戦型。ファントムを討伐する平均時間を考えても、私はチームプレイよりは自己判断のスタンドプレーの方が求められている。
「……じゃ、そういうことだから。せいぜい頑張れ、蓬くん」
「――ありがとう。気を使ってくれて」
蓬くんの純粋な感謝が気恥ずかしい。
「それじゃ、もうすぐ演習の時間だから」
逃げるように席を立った。
指揮官として正式に採用されて、ドリームキャッチャーたちの履歴や演習成績、実戦での活躍などは流し見ではあるが頭に入れている。
僕は、ドリームキャッチャーたちの精神的な負担が大きすぎることにやや問題点があるんじゃないかと思ったから、不安定な子のケアを優先事項とした。
穂村しおり。逸見リン。
演習スコアほど実戦での成績が良くなく、精神的に未成熟。やや孤立気味。そして、「幻月」と呼ばれるファントムの異常発生災害を経験した、災害孤児。――精神的に不安定だが、それとは裏腹に高い適性を持つ少女たち。
それが、破滅的に戦場に身を投じていること。そして、だれもそれに歯止めをかけられていない。あの真面目な久我山大隊長ですら、彼女らを説得することはできずじまいだとか。
その三人に、戦場からも精神的サポートができるもう一人で臨床小隊としたいところだったけど――。はじめは、比良坂さんがうってつけだと思った。
戦闘の成績も、戦場における情報判断も高い水準でまとまっている。精神状態も極めて高い状態で安定しており、カウンセリングの必要もなし。近接戦以外の手数が少なく、火薬兵器を持たなければいけないことや、出力はドリームキャッチャーの中で最も低いことだけが問題点とされているが……。
不自然なのだ。――精神的に安定しているが、出力は低い。まるで、他の子とは鏡写し。彼女もまた、幻月の被害者で、自身を除く親族、友人のすべてを失ったはずなのだ。そうした高ストレス環境の中で、精神を一切損壊させずに生きていくことなんて。可能なのだろうか。
また、出力に関しても、ファントムの影響を強く受ければ受けるほど、ドリームキャッチャーとしての力は強く増すことも知られている。彼女はそういった原則からも外れた、特大の例外。
彼女もまた、大きな闇を抱えているのかもしれない。そして、それを誰にも話せていない。隠し通してしまっているのなら――臨床小隊には入れずに、まずは信頼を獲得していくべきなのかもしれない。
そして、そののちに彼女に聞かなければいけない。幻月で――虚と現が混じり始めたあの夜に、比良坂さんが何を見たのかを。
私は今、熱烈な視線を浴びている。臨床小隊の三名。全員が、ほんのり蓬くんを嫌っている人で。明らかに指揮官と中のよさそうな私が外されているという事実が気に入らない人がいるらしい。
「ねぇ、クオン。こんなにお願いしても、交代する気はないわけ?」
「掃除当番じゃないんだし、お願いされて交代するものじゃないかな」
私の返事に、血管がぶちぎれそうなほどに怒りの感情をあらわにしているのは、穂村しおり。さすが灼熱属性メインアタッカー。灼熱属性ダメージブーストを持っている人間はいうことが違う。沸点も低い。
「私は、指揮官なんかの下で戦うのは絶対いや」
なんか、原作でも聞いた気がするなぁ……。
「下で戦うんじゃなくて、アドバイスを受ける対等な関係だと思うのがいいんじゃない?」
「私の方がまともな判断ができるって言ってんの!」
「私に言われてもなぁ、あはは」
「何笑ってんのよ!」
怖い。これ以上しゃべらせるとなんかよくない気がするので、無理やり抱き着いて黙らせる。
「――しおりの言いたいこと、全部わかるよ。しおりだけじゃない。リンも、輝夜も。私たちにしか、ファントムの恐ろしさは分からないし、蓬くんにその点を理解できるはずもないからね」
「……久我山さんも、他の人だって。わかるはずない。ファントムに向き合うことの意味を――」
「そうだねぇ、もう一回幻月が起きれば、みんな理解者だね」
私の言葉に、しおりははじかれたように顔を上げた。目に見える地雷を踏みつける。
「そんなの、絶対許せない。冗談でも――」
「しおりが言ってるのはそういうことだよ。あの夜は、二度と許していい性質のものじゃない。だから、それを言い訳にして殻に閉じこもるのはやめようよ」
「――それ、は」
「ごめんね、しおりはいろいろ考えているのに。私は、臨床小隊に参加しないから。しおりの気持ちは分かんない。慰めてあげられない。……うーん――ごめんね。私じゃ、力不足みたい」
この子を救う言葉は、たぶん私からはかけてあげられない。蓬くんと、この子の間で。絆を結べば、あるいはどうにかなるかもしれない。
「でも、そうだな……しおりは、臆病だからね。どうしても、何もかもダメだって思ったら。私のところにきてもいいよ」
「……クオンのところに行って、何があるの」
「――私は、救世主じゃないからね」
私みたいな、滅びが決定づけられた人間が。しおりにしてあげられることが、あるとすれば。傷ついて、それでも戦おうとして。虚勢を張っている少女が、こらえきれないときは。
「一緒にこんなところ、逃げちゃおっか」
こらえなくていい。世界も、ファントムも。ドリームキャッチャーも。どうでもいい。私の言葉に、しおりはきょとんとしてから。怒鳴った。
「いいわけないでしょ! やっぱりクオンは、なんも考えてないだけじゃない!!!」