未実装・闇落ちキャラに救いはあるのか   作:ねこ

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「臆病でごめんなさい」

 鋼鉄竜・アイアンディアレックス。弱点は灼熱属性であり、ゲームではしおりを獲得していれば容易、それ以外でもタイミングよく回避やパリィができればどうとでもなる……はずである。

 回避はともかく、パリィなんて不慣れな槍でできるわけもない。

 ヒットアンドアウェイを繰り返す姑息な鉄屑に思わず舌打ちが漏れる。

 

 ちらりとしおりを見ると、何だか呆然自失って感じで全然役に立ちそうもない――いや、違うな。あの顔は見たことがある。

 ドリームキャッチャーが心のうちに持つ虚影の領域。ハートランドと呼ばれる場所。本人以外は決して触れることの許されぬ場所に、指揮官だけが侵入できる。

 

 ――その展開には、まだまだ時間があったはずだけど。

 

 初回出撃でそこまで進むとは思いもよらずだが……逆転の一手があり得るということが理解できた。あとは、しおりが立ち直ってくれるのを待つだけだ。

 鉄竜が、尻尾を地面に叩きつける。アスファルトの破片が、散弾のように周囲にまき散らされる。槍を軽く振るってそれを弾く。

 

「――槍よ、燃えろ」

 

 私のわずかな出力にも反応して、槍は赤熱する。正直もうちょっと火力を高めてほしいが……。ないものねだりはよそう。槍をぶんぶん回して、一気に走る。

 竜は私の攻勢に体勢を立て直そうとするが、残念ながら私のほうが迅い。尻尾から胴体に駆け上り、槍を思い切り突き刺した。

 鱗が溶け、中の肉を焦がす。しめた。

 

「――燃えろ。焦がせ。一切を焼き崩せ。燎原を駆けよ」

 

 思い出すように。確かめるように、しおりの詠唱を簒奪する。

 

「我が根源は火にあらず。されど、一切流転の理に従い、万物を針の上に定め、その在り方を変容せしめん――木端微塵・大爆槍!!!」

 

 ぐんぐん力が吸い取られ、竜の肉体が爆発する。肉がえぐられ、血が町を染めた。爆発の勢いで私は地面に振り落とされ、竜は叫び声をあげながら再び宙に舞い戻る。

 ……しおりなら、これで決着がついていたんだけど。後ろでボケっとしている彼女を恨めしく思う。

 

「人間が竜に勝てるかってんだ……クソ、リンと輝夜が遅くない?」

「……遅くねぇし」

 

 私のつぶやきに、文句ありげな反応。思わず後ろを振り返る。

 

「おっ……リンだけ? 輝夜はどうした輝夜は」

「……し」

「あぁ? 声が小さくて聞こえねぇ」

「帰ったつってんの!!! ありえねーし、あのゲロ女!!!」

 

 ……なるほど。輝夜は持久力に難あり。知っている情報通りだ。輝夜からすれば、しおりもリンも、指揮官すらどうでもいい存在だろう。

 

「リン、とにかく君が来てくれて助かった。しおりは今のところ抜け殻だからな。今はお前しかまともに戦えるやつがいない」

「はぁ? クオンもいるんだけど?」

「実はな、しおりをかばってあばらが折れてるんだ」

 

 私の言葉に、リンは口元をひくひくさせながら尋ねた。

 

「じゃあ、なんでしおりが抜け殻になってるわけ?」

「……勝手な判断で私が傷ついたから……、とか? あんま分からん」

「とことん自分勝手なんだケド!?!?!? 勝手に突っ走って、かばわれた挙句、勝手に折れるなんて、そんなの許されるわけないじゃんね!!!!!!」

 

 うーん、ごもっとも。

 

「……輝夜もムカつくけど、もっとムカついてきた」

「でしょ? 許せないよね」

「怒ってるようには見えないけど」

 

 リンの言葉に、うなずく。

 

「臨床小隊の不和がこれを招いてるんだよ。私からすれば、関係のないことだし」

「……――うちらが、あんまりうまくいってないのはそうだけど。しおりのバカは」

「関係ない?」

 

 やっぱり、力があるからと言って。子供に軍隊の真似事なんて、させるべきではないのだ。

で、あるならば。精神的に長じている私が尻を拭いてやらねばなるまい。

 

「じゃあ、あの鉄屑をスクラップにして、しおりに拳骨お見舞いしてやろ」

「……そうする。ありがと、クオン」

 

 リンは素直でいい。――彼女の心にあるドロドロ。それもいずれ、解決してあげないといけない。主に蓬が。頑張れ。

 リンが、双剣を構え、竜を睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 幻月。関東大虚災とも呼ばれるそれは、私たちからすべてを奪いつくした。部活帰りに見た、真っ青な月の影。その陰に触れた友達の身体から、蛆虫が湧き出てきて。その子に駆け寄った誰かの身体にも、それは伝染していって。

 一番臆病だった私だけが、蛆虫にとり殺されることはなかった。

 

 嘔吐して、逃げて、息も絶え絶えになって、振り向いたところにあったもの。

 それが私の。穂村しおりの原風景(ハートランド)。むせかえるほどの死臭と、積みあがった死体の山。死体の、生気のない顔。顔。顔。その目が、目の一つ一つが。あるはずのない、刺さるわけのない視線が、私に問いかけていた。

 

 なぜ、なぜ、なぜ。お前が、お前だけがのうのうと息をしているのか。

 

 お前のような臆病者が。惰弱な根性なしが生きているのに。

 私たちは死んだのだぞと語りかける声が聞こえる。

 鳴りやまない幻聴。普段暮らしていく中でも、声が途絶えたことはない。

 

 その声にせかされるように、戦場に立ち続けた。力を得たのだから。ファントムなんて怖くないと。言い聞かせるように、何度も何度も何度も、言い聞かせて。

 それでも、訓練みたいにはいかなくて。怯える自分に、それを急き立てる自分。矛盾した感情が、心を軋ませた。

 臆病者にはならないと、必死で駆け抜けた先で、私は。また、誰かを踏み台に生きなければならない。

 

 私は、他者を犠牲に、人を跨いで生きる人間。そういう風に、生まれてきてしまった。――そんな人間が、夢見る少女(ドリームキャッチャー)だなんて。

 とんだお笑い種じゃないか。

 

「死ねよ」

 

 つぶやく。これは、私の声? あの時、食い殺された〇〇〇の声?

 

「死んでくれよ」

 

 やめて。もう、生きてなんていたくない。私に、生きる価値なんかない。そんなこと、わかっている。

 

「死ね、死ね、死ね」

 

 決して大きくないはずの声が、鼓膜を支配する。苦しくなって、頭を抱えて耐え忍びたくなった。そんなとき、優しい声がした。

 

「また、逃げたくなったんだ」

 

 クオンの声だった。思わず、顔を上げる。

 

 

 

 頭蓋が割れて、脳漿をこぼしたクオンが、私を睨んでいた。

 

「――私を見捨てて、逃げるんだ」

 

 ごめんなさい。臆病でごめんなさい。弱虫でごめんなさい。強がってごめんなさい。生き延びてごめんなさい。見捨ててごめんなさい。助けられてごめんなさい。

 ――生まれてきてしまって、ごめんなさい。

 

「生まれるべきじゃないって、思うんでしょ?」

 

 誰かの声が、耳元でこだまする。

 

「だったら、頂戴」「お前の、徒労にしかならん人生を」「虚ろな存在でしかないお前を」「伽藍堂の骸を」「穂村しおりの名を」「すべて、全て、総て、凡て――――」

 

 手を伸ばそうとして、誰かに引き寄せられた。

 

「……穂村さんは、虚ろな存在なんかじゃない」

 

 顔を上げると、思ってもみない存在がそこにいた。

 

「……よもぎ、あおい……?」

「――これが、幻月に侵された穂村さんの世界なんだね」

 

 指揮官のつぶやきに、少しずつ状況を理解する。――あぁ、そっか。知られてしまったんだ。臆病な私の正体を。弱さゆえにぶつかって、人を否定する腐った性根を。

 

「ごめんなさい、私は――」

「穂村さんが謝ることなんて、何一つない」

 

 指揮官は、笑って言った。あんなに癇に障った笑顔が、なよなよしたそれが。今は頼りがいのある顔に思えた。

 そして、眉を下げて、絞り出すように指揮官は言った。

 

「僕は、穂村さんを精神的な不安定さから本気を出せていないと思ってたんだ」

「それ、は」

 

 何一つ、間違っていない。指揮官というのはそういう分析までしっかりこなさないといけないのか。

 

「でも、穂村さんの腹の中にあるものを、わかろうともしなかった。踏み込むことも、この土壇場で初めてできた。その勇気を持てなかったんだ。――臆病なのは、僕だったんだ」

「……でも、指揮官が無理やり踏み込んできたら私は許さなかったと思うよ」

「そうかもね」

 

 それでも、と指揮官は続けた。

 

「穂村さんが僕と打ち解けるまで。せめて出撃をするべきではなかったんだ。僕は、結局ファントムを甘く見ていた。さっき、穂村さんの心が流れてくるまで。僕は幻月の風景すら知らなかったんだ」

「……幻月の証言は、人によってまばら。私の見た世界が唯一じゃない。あれは地獄の煮凝り」

「僕も、そう聞いている」

「指揮官は、私に『無理なら戦わなくていい』って言わないんだね」

 

 私の言葉を、遮るわけでもなく聞いてくれる。案外悪い奴じゃないのかも。指揮官は、うなずいた。

 

「戦いを任せっきりにしてる僕が、無責任にそんなことは言えないよ。――それに」

「それに?」

「信じてるからね。穂村さんは、本当の瞬間に逃げるような人じゃないって」

 

 なんだそれ。思わず笑ってしまった。

 

「現に、戦いを拒絶してこんなところに閉じこもってるのに?」

「――根拠を聞かれると、わからないけど。僕は、信じることにしたんだ」

 

 そっか。こんな私でも、――空っぽじゃないのかもしれない。目の前の景色を、世界を睨みつける。

 

「ごめんなさい。私は、死ねない。だって、あの時逃げてまで生きたんだから。あの時逃げた価値のある人間になれるまで、死ねない」

 

 気づけば、手の内には槍が握られていた。もう二度と折れない。なんて、言えない。

けど、転んだら、立ち直ればいい。楽観的で、考えなしの結論だけど。

 それも、悪くないと思えた。

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