未実装・闇落ちキャラに救いはあるのか 作:ねこ
幻月を生き延びて。俺は、あの事件の跡から「私」になった。比良坂クオンとして生きることを決めて、でも。闇落ちなんて末路はたどりたくなかったのだ。
透き通るような月の輝き。真っ青な月が、煌々と輝く世界。虚影が、世界を侵食し始めた。
もともと、ファントムもドリームキャッチャーも、存在自体はしていた。だが、あの青い月の出現から。世界は狂い始めた。
私は、世界にファントムがいることを知っていた。否。知識自体は世界にあった。私が知っていたのは、幻月それ自体。関東の人口の四割を喪失させた、未曾有の大災害。
都市機能は完全に停止し、世界が一変した。
もしかすると、まともな政治機構が残っていれば年端もいかない少女を化け物との戦いに送り込む、なんて発想それ自体がなかったかもしれない。
そして、私が何か動けていれば。ひょっとすれば、何かを変えられたかもしれない。
そんな幻想を抱いて、でも、それを否定したら。私は、確定した運命を歩くだけになってしまう。そうはなりたくない。
行動を起こした結果が、腹に鉄筋が突き刺さり、生死の境をさまようこと。
私は、死んだのだろうか? 今は、何? 夢? それとも――。
声が、聞こえた。
「――目を覚ませ、比良坂クオン。まだ、何も終わっていない。お前の人生も、あの青い月の夜も。すべてに、決着をつけるのだ――」
医務室の片隅で、久我山と蓬はカルテをのぞき込んでいた。
「――無断出撃。と言っても、待機組も独自に出撃判断はできる……一応、な。奴の問題点は無申請出撃、とでもいおうか……」
「でも、それは……」
「そもそも、あいつはどうやってお前らの危機を知ったんだ?」
久我山の鋭い声に、蓬は口ごもる。久我山は、小さくため息をついて首を振った。
「比良坂の診断結果が出た。――奴は、まともな体じゃない」
「それは、どういうことですか――?」
目を通しても、専門的なことばかりでよくわからない。久我山は蓬があまり理解していないことを悟ったのか、口頭で説明を始めた。
「……ドリームキャッチャーの力の根源が、ファントムのそれと同源であることは知っているな」
「えぇ、まあ……」
「それもあって、臨床小隊の連中は出力が高い。過去最悪規模のファントムに触れているのだからな」
しおりのハートランドを思い出しながら、蓬はうなずく。ハートランドという少女の領域そのものにしては、あまりにファントムに汚染されていた。きっと、どのドリームキャッチャーも多かれ少なかれハートランドというものはああいった場所なのだろう。傷ついた心の世界。
「比良坂は、一部の臓器をドリームキャッチャーの力……いわゆる幻想力によって補っている」
「っ、は?」
「出力が人よりずいぶん少ないと思ったら……納得がいく」
「そんなことが、可能なんですか」
「まぁ、現にできているのだから可能なのだろう」
久我山が肩をすくめながら言葉を続けた。蓬は、衝撃の事実に困惑している。
「比良坂の素性は、自己申告でしか確認できていない。――あいつは、ドリームキャッチャーとして私たちより高みにいるのかもしれない」
「それは、いいこと、ですよね」
「そうとも言えん。――あいつは、これだけの情報をなぜ隠していた」
「無意識だったんじゃないですか」
「奴に有利な憶測だな。――ドリームキャッチャーもファントムも。そもそも謎が多い。あいつの戦闘ログを見たことがあるか? 初見の敵ですら弱点を一撃で仕留めている」
久我山はすでに比良坂クオンへの警戒を隠さない。
「蓬。臨床小隊は不安定だが、今後切り札になる存在だ。――比良坂を入れることは認めん」
「……彼女はそもそも、しおりを助けようとして傷を負ったんですよ」
「貫かれた部分は幻想力で補われた臓器だ。いつでも回復できた可能性すらある」
蓬は、久我山の言葉を聞きながら考える。久我山は、要素を一つ一つ並べているに過ぎない。
「だとしても。――比良坂さんに人類を裏切る動機がありません」
「動機の欠如、か」
久我山は、考え込むように目を閉じる。そして、言葉を一つ一つ絞り出す。
「幻月の中では、あらゆる現実と幻想が塗り替えられる。あそこで、人類を裏切るに足る夢を見た可能性はあるだろう」
「それなら――」
「幻月を見たほかの連中や、あの災厄と対峙した私ですら、裏切る可能性はある。そうだな」
蓬は、無言でうなずく。
久我山は、嫌悪感を隠そうともせずに吐き捨てた。
「報告書で、穂村は『地獄の煮凝り』だと言っていた。私が見た幻月はな。おぞましいまでに美しい楽園だったよ」
目が覚める。医務室。不思議なことに、あまり痛みはない。麻酔が効いているのだろうか。――点滴とか、そういうのも刺さっていない。
うぅん……。まぁいいか。のどが渇いた。ベッドから起きて、何か飲めるものがあるかどうかを探しに行く。扉を開いて、自販機を探す。あった。
自販機の前に立って、小銭入れを探す。
「小銭がない」
「……貸してあげる」
振り向くと、気まずそうな、それはもう気まずそうな顔をしたしおりがいた。気まずそうだが、腑抜けはなおっている。私が目覚めたんだから、もっと、こう心配して泣きながら抱き着くとかないんですか? 無い? わかりました……。
「例の竜人は、しおりが仕留めたわけだ」
「……みんなで、仕留めたの」
「さて……どうだったんだろうねぇ」
まぁ、見た感じしおりの原風景を蓬くんは見ているはずだ。しおりは、自販機でお茶を買って渡してきた。
「だから、こんなことになって申し訳ないなって思ってる。ごめんね、クオン」
「こんなこと?」
「ほら、クオンは無断出撃の件で、私は命令無視で査問があるじゃんか、なんか私たちのせいでクオンまでこんなことになるなんて……」
は? 査問? ――そっか。そういうのってあるんだ。シナリオだと独自出撃とかも美談になったりしてた。話の裏では査問とかあったのかもしれない。
「まぁ、査問言うたかてそないに大したことはないでっしゃろ?」
「何その話し方……いや、査問の後は除隊だってあり得るんだよ」
「じょ、じょ、じょ。除隊ィ~!?!?」
なんか、めちゃくちゃ闇落ちする機会では!? つーか、しおりも除隊される可能性があるのか。やれやれ。一難去って一難、さらに一難。まぁ、それはいいんだけど……。
「まぁ、除隊されるなら仕方ないかなって私はおもう」
「シオリサン!?」
「――でもね、クオンが私のせいで除隊されるのは……納得できないかも」
「えぇっと……」
「だから、何とか査問、乗りきろう」
「おおぅ……」
ここで除隊されるのが正しいのか。間違っているのか。何もわからないというのが一つ。もう一つ。この世界は部活じゃない。しおりの命令違反と、私の無断出撃は、別の罪。一緒に策を練ったところで、
……口には出さないけど。
どうやらどうやら。目覚めてからものんびり休暇、というわけにはいかないらしい。