夢を追い続ける者たち   作:まごまご4795

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皐月賞、ダービーを二戦連続で僅差負け。

それでも彼女は歩みを止めることなく、進み続ける。

瞳の先にある、ゴールだけを目指して。

伝説の開幕は、秋。

そこで彼女は、不思議な邂逅を果たすことになる。


憧れた その背中を追いかけて

 

 

 

「菊花賞は回避しましょう」

 

「……え?」

 

聞こえている筈の言葉を受け入れたくなくて、私はもう一度聞き返す。

 

「今、なんて言ったんですか」

 

「……菊花賞は回避したほうがいいわ」

 

「……っ!!なんで!!」

 

繰り返されたその言葉に、私は感情を抑えられず机を荒々しく叩く。

 

ここまで共に歩んできたトレーナーが、まさかそんな事を口にするとは思いもしなかったからだ。

 

「……皐月賞もダービーも負けた私に、菊花賞を捨てろって、そう言うんですか?」

 

「ええ。私はそうするべきと思ったから」

 

理解できない。クラシックレースは生涯に一度しか出走が叶わない特別なものだ。

 

最後のチャンスになってしまった菊花賞を、回避するのが最善だとでも言うのだろうか?

 

怒りの感情が爆発しそうになった直前、トレーナーが再び言葉を紡ぐ。

 

「……でもね。貴女が本当に、全てを犠牲にしてでも菊花賞を勝ちたいのなら、私は全力でサポートするわ」

 

「……っ」

 

「担当ウマ娘の夢を、すぐ隣で支える。それこそがトレーナーの一番やるべき事だから」

 

決してクラシックレースを軽んじているわけではないことが、その声音と言葉から伝わってくる。

 

でも、とトレーナーはもう一度続ける。

 

「貴女のレースを、菊花賞で終わりにしてしまって本当にいいの?」

 

それは暗に、菊花賞を勝つための調整やトレーニングを積み重ねた先に、レースを引退しなければならないほどの怪我のリスクがある、そう示されていた。

 

「……少し、考えさせてください」

 

「わかった。心が決まったら、もう一度ここに来て頂戴ね。必ずよ」

 

それだけ言い残して、私はトレーナー室を去った。

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

夕焼けの空を眺めながら、私は先ほどトレーナーに言われた言葉を思い出していた。

 

『菊花賞で終わりにしてしまって、本当にいいの?』

 

わかっていた。今の自分が長距離レースに耐えうる脚や、スタミナが備わっていないことは。

 

このクラシック級で、満足にコンディションも整わない中、トレーナーはベストを尽くして私のサポートに徹してくれた。

 

ただ、それでもあの人の口から聞きたくなかった。クラシックレースを諦めろ、という言葉を。

 

理屈と感情は別物だ。今の私に、菊花賞で無理をするのは間違いなく悪手であることなどわかっている。

 

だが、それを簡単に割り切れるほど、私は理性的にはなれない。

 

「勝ちたかったんだよ……私だって……」

 

勝ちたい。ただ、その一心でレースへ身を投じて来たのだ。たとえそれが、今回で燃え尽きるのだとしても……

 

頬を伝う涙が、地面に落ちる。

 

「よいしょっと、ってあれ、貴女は……」

 

備品の入った木箱を、グラウンドに持ってきた先輩がこちらに気づく。

 

「……キタ先輩、お疲れ様です」

 

私は気づかれないように涙を拭い、できるだけ冷静な声でそう言った。

 

「ううん。私、すっごい頑丈だから!このくらい平気平気!」

 

えっへん、と胸を張っているキタ先輩は笑顔だった。

 

……虚弱気味の私とは対極のような体質で羨ましくなる。気持ちがまだ落ち着いていないこともあり、何も悪くない筈の先輩に妬みを抱いてしまうほどに。

 

「……うーんと、何か悩み事かな?このお助け大将にお任せあれ!!」

 

「あ……その……すみません。じゃあ、聞いてもらってもいいですか?」

 

思った以上に表情に出ていたのか、見抜かれてしまう。もう流石に隠すのは難しそうだったので、私は観念して先輩に相談を持ちかけたのだった。

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

「クラシック最後かぁ……絶対掴み取りたいよね」

 

キタ先輩は、私の話を最後まで黙って聞いてくれた。

 

胸につっかえていた思いと共に、全部を吐き出しているうちに、気持ちは幾らか冷静さを取り戻しつつあった。

 

「はい……皐月もダービーも勝てなかったので、最後になってしまう菊花賞だけは」

 

「うん。あたしもね、両方負けちゃって。……悔しかったなぁ、あの時は本当に」

 

当時のレースに想いを馳せるように、キタ先輩はどこか遠くを見つめながらゆっくり語ってくれた。

 

「同期にドゥラメンテさんっていう物凄く強い人が居てね、皐月賞はともかく、ダービーは本当にボロ負けで。」

 

私はどちらも僅差の二着だったけれど、レースにおける順位で一着以外は負けであることに変わりはない。

 

それでも、あと少しのところで届かないことと、遠く及ばず敗北することは同義ではないはずだ。

 

そこに関しては、私より辛酸を舐めさせられた立場だったのは間違いないだろう。

 

その苦難を乗り越え、キタ先輩は菊花賞を勝ち取った。そして、その先もG1を何度も勝利し歴史に名を残すほどのウマ娘になったのだ。

 

「……貴女みたいになりたいんです。クラシックを最後まで諦めずに勝ち取った、貴女みたいに」

 

「えへへ、そっかぁ。あたしもついに憧れてもらえる先輩になれたのかぁ」

 

「茶化さないでくださいよ」

 

「ええ〜?!茶化してなんかないよ。嬉しいだけだから!」

 

顔をくにゃくにゃさせながら喜んでいるキタ先輩を見て、半ば呆れ気味に言う私。

 

「うーん、でもね、あたし結局憧れた人みたいにはなれなかったんだよ」

 

「……え?」

 

「あたし、テイオー先輩みたいになりたくて、がむしゃらにレースを走ってたんだけど、上手くいかなくてね」

 

レース成績のことだろうか?確かに皐月賞、ダービーを勝てなかったところは全然違う気がするけれど……

 

思考している私に、キタ先輩は続ける。

 

「菊花賞を勝ったときに、初めて答えが出たの。結局あたしはあたしにしかなれないんだから、あたしの道を行くしかないんだってことを」

 

その一言は、今の私に大きく響いた。

 

クラシックに囚われすぎている私に、答えを直接突きつけるように。

 

「だから、きっと貴女にしか行けない道が必ずあると思うんだ。憧れてもらえるのは嬉しいけど、それで貴女にしか描けない可能性を無くしてしまうのは、あたしも困っちゃうから」

 

「私だけにしか、行けない道……」

 

「うん。それを見つけ出してみて。きっとその先に貴女の望むものがあると思うから!」

 

キタ先輩は、最後にそう言い残して私の背を軽く叩いて送り出してくれた。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――

 

その後、先輩たちからたくさんの激励をもらった。

 

「―――Mission.お前が為したいこと―――それ、を忘れるな」

 

レース界に革命を起こすために、トゥインクルシリーズへやってきた先輩、漆黒の帝王とも呼ばれた人からは、自身のやりたいことをやり通すことを。

 

「……そっか。君も、自分の夢を膨らませているんだね」

 

クラシック級で天皇賞・秋に挑み、シニア級の強豪を打ち破った先輩からは、抱いている夢の大きさ、そしてそれを夢で終わらせないことを。

 

「どんな強豪が相手でも恐れるな。己を信じ、全員まとめて撃墜してやれ」

 

同じくクラシック級で天皇賞・秋へ殴り込み、無敗の三冠ウマ娘に土を付けた先輩からは、最後まで自分を信じ、レースを駆け抜けることを。

 

先達の方々から、私は大切なことを教わっていく。

 

そして、その一つ一つを噛みしめた。これから私自身が歩む道に、後悔が決して残らないように。

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

「……失礼します。トレーナー」

 

「お疲れ様。……心は決まったのね?」

 

日を改め、私は再びトレーナー室へ顔を出した。

 

以前話していた時のような、激情に囚われることはもうない。自分自身を見つめなおす機会を得られて、私が何を成し遂げたいのかようやく自覚できたから。

 

「菊花賞は見送ります。その代わりに……」

 

その答えを言葉という形にするために、一度深呼吸をして、再び紡ぎ出す。

 

「天皇賞・秋に、出走させてください」

 

「……そう。それが貴女の望む道なのね」

 

トレーナーはその言葉に驚くことなく、すべてわかっていたかのような笑顔でそう返答した。

 

その動じていない態度に、むしろこっちが少し驚いてしまう。

 

「多くは聞かないわ。きっと、その答えを出すために考え抜いたんでしょう?」

 

「……ええ。先輩たちにも、たくさん助けてもらいました」

 

「だったらそれでいきましょう。天皇賞・秋へ向けて、調整やトレーニングもあるから」

 

「……はい!!よろしくお願いします!!」

 

ずっと自分へ寄り添ってくれるトレーナーに、私は深く頭を下げ、話を始める。

 

菊花賞を手放す代わりに、天皇賞・秋、そしてこれからのレースのことを。

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

天皇賞・秋 当日。

 

空は快晴。ターフも絶好の良馬場で、かなり走りやすいコンディションとなっていた。

 

秋シニア三冠の幕開けであるこのレースには、クラシック級、シニア級を問わず多くの強者たちが参戦してくることで有名だ。

 

府中の2000m。長すぎず、短すぎないこの絶妙な距離が、より高みを目指す者達を集まりやすくしているのだろう。

 

このレースにも、ジャパンカップや有馬記念にも負けないほどの数々の伝説が残されている。

 

そして、今日もそこへ新たな伝説の1ページを刻む者たちが現れる……

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

「すぅー…………ふぅー……」

 

リラックスするには、ありきたりだけど深呼吸がいいのだ、とトレーナーが言っていたので、その通りにやってみる。

 

これから始まるレース。この一戦は私にとって、大きな分岐点、また出発点にもなりそうな、そんな予感がしているのだ。

 

だから、過度の緊張でレースに支障が出ないようにしたいのだが、やはりまだ少し落ち着かない。

 

ふと、後ろからコツ、コツと足音が聞こえてくる。地下バ道なせいもあり、音が良く響いてくる。

 

振り返ってみると、そこには……

 

「よっ!いよいよレースだな!」

 

ドバイのレースを同着という珍しい形で勝利し、見事G1を勝ち取った先輩がそこにいた。

 

「あ……どうも」

 

「おーいおいおい!声小さいぞ!そんなんでレース大丈夫か?」

 

むしろ、貴女がレース前なのに元気すぎでは、というツッコミは心の奥にしまっておくことにした。

 

緊張が抜けていないのもあるが、結局最後のクラシックを捨ててしまって本当に良かったのか。それが未だに心の隅に少し残っている自分がいることが情けない。

 

「よーし、緊張がほぐれるように歌ってやるよ!あー、ゴホン!!」

 

「いえ、うるさそうなのでいいです」

 

「ひっでぇ!!」

 

いちいちリアクションが豊かな人だ。そんな様子を見ていたら、自ずと固かった気持ちもほぐれつつあるのを感じる。

 

そんな感じで、つい気持ちを言ってしまいたくなった。

 

「……菊花賞を見送ったこと、今も少し気がかりなんです。本当に良かったのかな~って。情けないですよね、未練がましくて」

 

「そんなことねーよ」

 

さっきまでクルクル表情を変えていた先輩が、急に真面目な顔になる。

 

「情けなくなんかあるかよ。レースのことで全力で悩んで、そんで全力で走ろうって決めたやつをそんな風に思うワケねーだろ」

 

「あ……」

 

キタ先輩に相談に乗ってもらった時と同じくらい、先輩の言葉は私に大きく響いてくる。

 

「俺もさ。クラシックレースに未練タラタラなんだよ、マジで」

 

先輩は確か、クラシックにそもそも怪我で出ることができず、私の記憶が正しければ、同期に無敗の三冠ウマ娘がいたハズだ。

 

「正直、レースを投げ出したくなる時もあったんだ。俺なんかもう一生勝てねぇんじゃねぇかってさ」

 

まただ。キタ先輩と同じように、当時のレースを思い浮かべているかのような遠い目をしていた。

 

「んでも結局、走り続けるしかなかった。俺らウマ娘ってのはさ、どこまでいっても、レースのために生きてんだから」

 

「そん中でさ、テイオー先輩も師匠って呼んでた、あの人に会ったんだよ」

 

「……!!」

 

これが偶然とは思えないほど、私はこの人との繋がりを感じていた。

 

私たちは世代も、つかみ取りたいものも全然違う。そのはずなのに。

 

「そっからのレースはもう最高でさ。思いのまま走るってのが、どんなに楽しくってしょうがねぇか、あの人が背中で教えてくれたんだよ」

 

「まぁ、師匠はそんなつもりねーだろうけどな!」

 

ケロッとした顔でかるーく流した先輩は、迷いなど一切ない瞳でこちらを見つめてくる。

 

「だからよ。お前もそうすればいいんだって。ごちゃごちゃ考えねーで、エンジン全開で走ろうぜ?」

 

「……そうですね。そうしてみます」

 

「おうよ!そうこなくっちゃな!」

 

地下バ道をもう少しで抜ける。ゲートインの時が迫ってきていた。

 

「俺は先頭に行く。ぜってー付いて来いよ。置いてかれるんじゃねーぞ?」

 

「望むところです」

 

天皇賞・秋 G1。 秋の盾を手にし、栄冠を戴くのは誰だ。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

東京レース場。各ウマ娘がストレッチ、身に着けているものの最終確認を済ませた後、ファンファーレが鳴り響く。

 

これから始まる、戦いの格式の高さを感じる重厚なメロディと、楽器の音色。

 

私は改めて気を引き締め、ゲートに入る。

 

「逃げウマ娘ずらり、15人。果たしてどんな結末を迎えるのか……」

 

今回は実況で触れられている通り、逃げを得意とする相手が多い。けれど、その中で誰がハナを奪うかなど分かり切っていたことだった。

 

(先陣を切るのは……絶対あなただ)

 

私もスタートダッシュに備える。そして……

 

ゲートは開いた。

 

「……!!」

 

バラついたスタートになった。それぞれポジションを確保するための争いが始まる。

 

私は得意な中団へスムーズに潜り込むことができた。問題は……

 

(先輩……ハナを取るの、少してこずってるな……)

 

予想していたことだが、逃げ同士の熾烈な位置取り争いが勃発していた。

 

そのぶつかり合いに何とか競り勝ち、先頭に抜けていったのが見えた。

 

そして、先頭を確保したままどんどんと距離を突き放しにかかる。

 

考えるまでもないほどの大逃げだ。あの調子で飛ばして、果たして最後まで持つのだろうか?

 

『置いてかれるんじゃねーぞ?』

 

さっき言われた、先輩の言葉が頭をよぎる。確かにエンジン全開で、とも言っていたが、あの言葉と眼差しは無策であるとはとても思えなかった。

 

(あなたがどんな勝ち方を想定しているかはわからない……でも)

 

どれだけ突き放そうと、最後には必ず捕まえてみせる。私はそれができると信じて、この末脚の刃をずっとずっと研いできたのだから。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

(ちっ……さっきの奪い合いで、思ったより体力取られちまったか)

 

俺にとって、枠は有利だった。おかげで先頭を奪い取ることには成功したが、思った以上に邪魔が多かった。

 

でも、それでもやることは変わらない。俺は俺のやれることをするだけだ。

 

後続をガンガン突き放していく。このセーフティリードを最終直線まで残して、逃げ粘って勝つのが俺の黄金パターン。

 

思えば、この秋天で逃げて勝とうとするような奴は、長いこと現れていなかったように思う。

 

最後に逃げで勝った人は誰だっけ……

 

確か……

 

「最初の1000m、57秒4!57秒4という超ハイペース!!」

 

57秒4……?

 

その数字は酷く聞き覚えのあるものだった。

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

「どうか……頑張って……」

 

挑戦者に大欅の加護を。願いを見届ける、異次元の逃亡者が、府中の片隅、観客席の中でそっと静かに佇んでいた。

 

 

 

 

―――――――――――

 

「間違いねぇっ……!」

 

新たな伝説が刻まれる。俺自身の中でそんな不思議な確信が生まれた。

 

さっき聞こえた1000m通過タイムは、決して聞き間違いなどではない。

 

大欅を超えて最終コーナーへ。ここまできたらやることなど一つだ。

 

後続はまだ10バ身以上後ろにいる。この距離を詰め切れる者がいるのだとしたら……

 

「来いよ……天才。追いついてみろ!!」

 

「さぁ、このまま逃げ切ることができるのか!これだけの差!これだけの差!」

 

コーナーを回り、レースはラストスパート。府中の長い直線、最後の根性比べが始まる。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

(まだだ……まだ控える)

 

レース場全体から大きな熱狂が伝わってくる。このレースの展開が、間違いなく普通ではないことを表していた。

 

これだけの差をつけられているのだ。前に行きたくなる気持ちを、何度も何度も抑え込む。

 

ペース配分を間違えれば、最終直線の途中でスタミナ切れを起こしてしまう。あの人の大逃げを捕まえるには、そんな中途半端な攻めは通らない。

 

だから、堪えに堪えた。来るべき時に備え、必ず差し切るために。

 

(もう……銀メダルはいらない!!)

 

辛さも、苦しみも、悩みも、悔しさも、もうたくさんだ。

 

コーナーを超え、最終直線に差し掛かる。

 

「……っ!!逃がすかああああああ!!」

 

気が付けば叫んでいた。そして、ここまで溜めに溜めまくった脚を、爆発させるかのように解き放つ。

 

あの背中を追い越す。ただ、それだけのために。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

後ろから、もの凄い勢いで迫ってくる気配を感じた。

 

「はっは……やっぱり来やがったか!!」

 

振り向く余裕なんてもうない。それでも、誰が迫ってきているかはもうわかっていた。

 

このバカみたいに長い最終直線を、あれだけのリードを付けられていて、末脚だけで差し切ろうなど正気の沙汰ではない。

 

(……お互いに無茶苦茶やってんなぁ)

 

残り200m。もう限界をとっくに突破しているのだ。スタミナなど本当はとうに尽きている。

 

それでも譲れなくて、だから俺は根性だけで脚を動かして、ゴールへ向かう。

 

最後まで全身全霊を賭けて。それが、レースのあるべき姿であり、アタシ達ウマ娘の誇りでもある。

 

そして、死に物狂いでゴール板に迫ったその瞬間。

 

……真横にアイツが見えた。

 

「うあああああああ!!」

 

もう、無我夢中でこちらのことなど見えていないようだった。それは、俺がレース前に言った、まさにエンジン全開のそれで。

 

「……やるじゃねぇか」

 

 

 

 

 

――――――――――

 

「はぁっ……!!はぁっ……!!」

 

息も絶え絶えに、私はターフの上に倒れてしまう。

 

もう着順もわからなくなっていた。ひたすら、差し切ることだけを考えて。気が付けばあの人の背中すら見ていなくて。

 

「大逃げパンサラッサを!!ここで捕らえた!!」

 

その実況で、ようやくどういう状況だったかを理解する。

 

「クラシックの悔しさは!!ここで晴らした天才の一撃!!」

 

そうだ。悔しかった。どうしようもなく悔しかった。菊花賞に無理やり出ていた可能性すら、あったかもしれないくらいには。

 

でも、全力で走って、全部を出し尽くして、そして倒れこんだターフから見えた青空が、

 

……どこまでも透き通っていて、そして、自身の心も負けなくらいに晴れやかだったのだ。

 

「ぶふぇっ……!!」

 

パン先輩が隣に倒れこむ。私たち二人とも、限界のその先へと手を伸ばしていたに違いない。

 

そして、先輩と目が合った。お互いに汗でぐちゃぐちゃになった顔を見合わせて……

 

「ふふ……」

 

「へへへ……」

 

「「あははは」」

 

笑いあう。双方悔いの一切残らない、素晴らしいレースであったことを再確認できたのだった。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

「G1初勝利おめでとさん。どうよ?頂の景色ってやつは」

 

「何かね、もうそんなのどうでも良くなっちゃうくらいにね、楽しかったの」

 

少し前まで、クラシックがどうとか、僅差負けがどうとか、そんなことに悩んでいた自分がバカらしく思えてくるような、そんな気持ちにさせてくるほどの熱いものが、このレースにはあったように感じる。

 

「お前なぁ……まぁ、確かに下手したら俺より何も考えずに、ゴールに駆け込んでたように見えたけどさ?」

 

「えへへ」

 

「照れんじゃねぇ」

 

パン先輩は、そう言いつつも私と同じくらい、どこか楽しそうで。

 

そして、私たちの呼吸が少し整ったあたり、府中に再び大きな喝采が起こった。

 

「とんでもないレースでした!!これは間違いなく歴史に残る一戦となったことでしょう!!皆様、盛大な拍手を!!」

 

実況の人も興奮を隠し切れておらず、また見届けてくれた観戦者の人々が、ひときわ大きな拍手を送ってくれた。

 

「勝ったんだ……私」

 

さっきはどうでも良くなる、なんて言ったけれど、やっぱりそんなことはなくて。

 

「~~っっ!!」

 

「よっしゃあああああああああ!!」

 

会場に生まれた熱気に負けないくらいの、ありったけの魂の咆哮が轟く。

 

 

 

 

 

 

私たちはまだ知らない。これが、伝説の開幕に過ぎないのだということを……

 

続く




この二頭の秋天のおかげで、自分は競馬を好きになれました。
正直な話をすると、それまで競馬というのは一種の賭博に過ぎないものだ、と勝手な想像を抱いておりました。
でも、色々調べていくにつれて、その認識は間違いなんだと思わされました。
確かに公営ギャンブルではある、だけれど関係者の方々の思いや、競走馬の子たちの生き様、海外レースの存在など、自分が思っているよりもあらゆる意味で、ずっと大きな世界であったことを思い知らされました。
そしてウマ娘というコンテンツに再び戻って、競馬の知識を少し入れた状態で見てみると、見方が大きく変わりました。
特に、メインストーリー第2部のエリ女。運命が大きく変化したことを認識できて、感銘を覚えたことは記憶に新しいです。
改めて、もっと知りたいなと思えるきっかけにもなりました。
パンサラッサとイクイノックスには本当に脳を丸焦げにされました。
本来であれば全く関連性の無いはずの2頭が、あのたった二戦で関係値を濃くしまくってたのが、本当にすごいレースをしたんだなって思いました。
それぞれの道でとんでもない成績を残したワケですが、ウマ娘に仮に来たならこんな感じかな~という勝手な想像で書いてみました。
イクイノックスは普段敬語で話す子で、パン君と秋天を走ったその後から、パン君にだけタメ語で話すような感じがいいなと思いました(小並感)
一応ラストのJCまで構想自体はあるので、そこまで書けたらいいな~と思う次第であります。はい。
レースの詳しい描写は避けました。まだ知識が十全でないのも勿論ですが、テンポ悪くならないようにしたいな、とも思っていたので。
ちなみに中途で使用した表現の 挑戦者に大欅の加護を は、元ネタを生み出した方がいらっしゃいます。素晴らしい表現だと思ったので、今回ちょっと拝借いたしました。
では、次回まで サラバ!!
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