遠坂凛は書記長を召喚してしまった   作:AYASHI

7 / 7
衛宮邸

 

 

 

 

 

 

 

衛宮邸の灯りは、まだ消えていなかった。

 

夜は深い。

 

普通の家なら、もう眠っていてもおかしくない時間だ。

 

だが、門の向こうには、人の気配がある。

それも一人ではない。

 

凛は門前で足を止めた。

 

「……いるわね」

 

「二人だ」

 

背後でスターリンが静かに言った。

 

「一人は少年。もう一人はサーヴァント」

 

「分かってる」

 

「サーヴァントの気配は鋭い。こちらに気づいている可能性が高い」

 

「だから余計なことしないで」

 

「命令は覚えている」

 

スターリンは穏やかに答えた。

 

「衛宮士郎には手を出さない。脅さない。試さない。観察は君が許可した範囲。衛宮邸の敷地内で赤き書記局の追加展開は禁止」

 

「復唱しなくていい」

 

「命令は復唱した方がよい」

 

「本当に軍隊ね、あなた」

 

「国家は命令で動く」

 

「人んちの前で国家を語らない」

 

凛はため息をつき、門を開けた。

 

庭を歩く。

 

衛宮邸は、遠坂邸とは違う。

 

広いが、魔術師の屋敷という感じではない。

生活の気配が濃い。

 

人が住んでいる家。

 

食事を作り、掃除をして、朝になれば学校へ行く。

そういう当たり前の匂いがある。

 

凛は、少しだけ眉を寄せた。

 

ここにセイバーがいる。

ここにマスターがいる。

 

それだけで、この家はもう普通の家ではいられない。

 

その事実が、ひどく不愉快だった。

 

玄関先まで来ると、中から足音がした。

 

警戒した足音。

けれど、戦い慣れた者の足音ではない。

 

凛は軽く息を整えた。

 

扉が開いた。

 

現れたのは、衛宮士郎だった。

 

赤茶色の髪。

驚いたような顔。

まだ状況を飲み込めていない少年の顔。

 

「遠坂?」

 

「こんばんは、衛宮くん」

 

凛はできるだけ平静に言った。

 

「こんな時間に悪いけど、少し話があるわ」

 

士郎は一瞬、凛を見た。

 

それから、その後ろへ視線を移した。

 

凛は、その動きで嫌な予感がした。

 

士郎の目が、スターリンで止まった。

 

一拍。

二拍。

 

そして、士郎の顔が引きつった。

 

「……え」

 

「何よ」

 

「いや、その……」

 

士郎は、凛の後ろに立つ小柄な軍服の男を指さした。

 

「スターリンじゃないか」

 

凛は目を閉じた。

 

本日何度目か分からない頭痛が来た。

 

「顔が有名すぎるのも困ったものね」

 

「困ったもの、で済むのかそれ!?」

 

士郎は声を上げた。

 

「なんで遠坂の後ろにスターリンがいるんだよ!」

 

「私だって聞きたいわよ!」

 

凛は思わず言い返した。

 

「召喚したら出てきたのよ!」

 

「召喚!?」

 

「そう。アーチャー」

 

「アーチャー!?」

 

士郎の声が裏返った。

 

「弓どこだよ!」

 

凛は無言でスターリンを見た。

 

スターリンは穏やかに答えた。

 

「弓兵とは、遠くの敵を殺す者だ」

 

「その説明、初見の人間に通じると思わないで」

 

凛は疲れた声で言った。

 

士郎は明らかに混乱していた。

 

当然だ。

 

夜に遠坂凛が訪ねてきた。

その後ろにスターリンがいる。

 

情報量が、一般家庭の玄関には多すぎる。

 

その時、士郎の背後から気配が動いた。

 

静かな、しかし鋭い気配。

 

玄関の奥から、一人の少女が現れた。

 

金の髪。

青い瞳。

凛と同年代にも見える姿。

 

しかし、その立ち方は少女のものではなかった。

 

剣を持たずとも、剣が見える。

そこに立っているだけで、場の空気が変わる。

 

セイバー。

 

凛は息を呑んだ。

 

間違いない。

これが、衛宮士郎のサーヴァント。

最優のクラス。

 

セイバーは凛を見た。

次に、スターリンを見た。

 

当然、警戒している。

 

だが、それはまだ純粋な戦闘警戒だった。

 

敵か。

味方か。

危険か。

 

そう見極めるための視線。

 

士郎が困ったように振り返った。

 

「セイバー、えっと……こっちは同級生の遠坂凛。それで、後ろにいるのがスターリンだ」

 

「スターリン?」

 

セイバーはその名を繰り返した。

 

当然、すぐに意味を理解した様子はない。

 

凛は小さく息を吐いた。

 

まあ、そうなる。

 

士郎は言葉を探しながら続けた。

 

「二十世紀のソ連の指導者だ。独裁者で、革命の後の国を支配して……粛清とか、収容所とか、飢えとか、それに第二次世界大戦を戦って、とにかく、ものすごくたくさんの人が死んだ時代の中心にいた人物だ」

 

説明は雑だった。

 

だが、士郎なりに、できるだけ正確に伝えようとしているのは分かった。

 

セイバーの表情が変わった。

 

最初に浮かんだのは警戒。

次に、嫌悪。

 

それは敵を見る目ではなかった。

もっと根本的な拒絶だった。

 

「それほどの犠牲を出した者が、英霊として召喚されたのですか」

 

「そうよ」

 

凛は肩をすくめた。

 

「私もまだ納得してないけどね」

 

セイバーはスターリンから視線を逸らさなかった。

 

「あなたは、多くの民を死なせた統治者なのですね」

 

スターリンは怒らなかった。

否定もしなかった。

 

ただ、穏やかに頷いた。

 

「そうだ」

 

「それを認めるのですか」

 

「事実は認める」

 

セイバーの声が低くなった。

 

「ならば問います。民を守るべき者が、民を犠牲にしてなお、統治者を名乗るのですか」

 

その言葉に、士郎が息を呑んだ。

 

凛もまた、口を挟みかけて止まった。

 

セイバーの問いは、ただの非難ではなかった。

 

王であった者の問いだった。

 

民を守る者として、スターリンという存在を許せない。

その感情が、声に滲んでいた。

 

スターリンは、静かにセイバーを見た。

 

「君は王だな」

 

セイバーの目が細くなる。

 

「今はセイバーです」

 

「だが、王だった」

 

沈黙が落ちた。

 

士郎が目を見開いた。

 

凛は、スターリンを横目で睨んだ。

 

「余計な挑発はしないって言ったわよね」

 

「挑発ではない。確認だ」

 

「あなたの確認はだいたい挑発なのよ」

 

スターリンは一歩も動かなかった。

ただ、言葉だけを置いていく。

 

「ならば、君も知っているはずだ。統治者とは、民を守る者であると同時に、民を戦わせる者でもある」

 

セイバーの表情が険しくなった。

 

「それを同列に語るのですか」

 

「同列ではない。順序の問題だ」

 

「順序?」

 

「国が残らなければ、民は守れない。民を守るために軍を動かす。軍を動かせば、誰かが死ぬ。命令とは、誰かを死地へ送る行為でもある」

 

「それは、あなたの論理です」

 

「いいや」

 

スターリンは穏やかに言った。

 

「王の論理だ」

 

セイバーは言葉を詰まらせた。

 

スターリンは続ける。

 

「君は一度も命じなかったのか。進めと。守れと。退くなと。城を捨てるなと。王の名の下に、誰かを戦場へ送らなかったのか」

 

セイバーの唇がわずかに動いた。

 

だが、声は出なかった。

 

スターリンの声は責めていなかった。

 

だからこそ、逃げ場がなかった。

 

「民を犠牲にすることを誇る統治者は愚かだ」

 

スターリンは言った。

 

「だが、誰も犠牲にしないで済むと信じる統治者もまた危うい」

 

セイバーの目に怒りが宿る。

 

「あなたに、王の在り方を語られたくはありません」

 

「語る資格がないことと、語る内容が誤りであることは違う」

 

凛は思わず眉をひそめた。

 

本当に嫌な言い方をする。

 

セイバーはスターリンを睨んだ。

 

「民のために王がある。王が民を使うのではない」

 

「その通りだ」

 

スターリンは頷いた。

 

「だからこそ、統治者は決めなければならない。誰を前線に立たせるか。誰を退かせるか。誰を救い、誰を救えないと認めるか。王は民のためにある。だから、民の命を数えずに済む場所にはいられない」

 

セイバーは黙った。

 

その沈黙は、納得ではなかった。

怒りが消えたわけでもない。

ただ、言葉が止まっていた。

 

スターリンは静かに言った。

 

「統治者の心構えとは、きれいな手を保つことではない」

 

セイバーの青い瞳が揺れた。

 

「汚れた手で何を守ったのかを、最後まで忘れないことだ」

 

その言葉に、セイバーは何も返さなかった。

 

玄関先に、重い沈黙が落ちる。

 

士郎はセイバーを見た。

凛はスターリンを見た。

セイバーは、ただスターリンを見つめていた。

 

嫌悪はある。

怒りもある。

 

けれど、反論は出てこない。

 

王であった者にだけ届く、嫌な言葉だった。

 

スターリンは穏やかに続けた。

 

「君は私を嫌悪してよい」

 

「言われるまでもありません」

 

「それでよい。嫌悪を失った統治者は、便利だが危うい」

 

凛は思わず口を挟んだ。

 

「あなたがそれを言うの?」

 

スターリンは凛を見た。

 

「だから言うのだ」

 

「本当に最悪ね」

 

「何度も聞いた」

 

「何度でも言うわよ」

 

そこで、凛はわざと大きく息を吐いた。

 

このまま続けさせると、玄関先で王政論と国家暴力論が始まる。

 

いや、もう始まっている。

 

最悪の家庭訪問だった。

 

「はい、そこまで」

 

凛は手を叩いた。

 

士郎がびくっとした。

セイバーも、わずかに視線を動かした。

スターリンだけが穏やかに凛を見た。

 

「話は終わっていない」

 

「終わらせるの」

 

凛はきっぱり言った。

 

「私は統治論をしに来たんじゃない。衛宮くんを教会へ連れていくために来たの」

 

「教会?」

 

士郎が聞き返した。

 

凛は士郎に向き直った。

 

「そう。聖杯戦争には監督役がいる。あなたはたぶん、何も知らないまま巻き込まれてる」

 

「聖杯、戦争……」

 

士郎はその言葉を繰り返した。

 

セイバーが静かに前へ出た。

 

「リン。説明を求めます」

 

「そのためにも教会に行くの。ここで全部話している時間はないし、監督役から聞いた方が早い」

 

士郎は戸惑っていた。

 

「でも、俺はまだ――」

 

「まだ、じゃない」

 

凛の声が少し強くなった。

 

「あなたはもうマスターなの。セイバーを召喚した時点で、参加者になっている」

 

士郎は言葉を失った。

 

凛は続けた。

 

「知らなかった、で済む段階はもう過ぎてる。だから最低限、何に巻き込まれたのか知りなさい」

 

スターリンが静かに言った。

 

「よい判断だ」

 

「褒めないで」

 

凛は即座に返した。

 

「今は本当に褒めないで」

 

スターリンは少しだけ目元を緩めた。

 

セイバーはなおも警戒を解いていない。

その視線は、スターリンに向けられている。

 

嫌悪と警戒。

そして、ほんのわずかな沈黙。

 

それが凛には見えた。

 

スターリンの言葉は、セイバーを納得させたわけではない。

ただ、黙らせた。

 

反論を奪ったのではない。

反論する前に、自分の過去を見なければならない場所へ押し戻したのだ。

 

凛はそれが分かった。

 

だから、余計に嫌だった。

 

士郎は玄関に立ったまま、凛とスターリンとセイバーを順に見た。

 

「遠坂」

 

「何?」

 

「本当に、行かなきゃ駄目なのか」

 

「行きなさい」

 

凛は言った。

 

「少なくとも、何も知らないまま戦うよりはましよ」

 

士郎は少しだけ黙った。

 

そして、セイバーを見た。

 

セイバーは頷いた。

 

「シロウ。情報は必要です」

 

その言葉に、凛は少しだけ眉を上げた。

 

スターリンは、何も言わなかった。

 

士郎は息を吐いた。

 

「分かった。行く」

 

「よろしい」

 

凛は頷いた。

 

「じゃあ準備して。すぐ出るわ」

 

士郎が奥へ向かおうとした時、スターリンが静かに言った。

 

「衛宮士郎」

 

士郎は振り返った。

 

「何だよ」

 

スターリンは穏やかに言った。

 

「君は、まだ自分が何を守るのか決めていない」

 

士郎の表情が変わった。

 

凛は即座に睨んだ。

 

「アーチャー」

 

「観察だ」

 

「今のは余計」

 

「そうか」

 

スターリンはあっさり引いた。

 

だが、士郎の顔には言葉が残っていた。

 

凛は舌打ちしたくなった。

 

この男は、本当に一言で人の中心を触る。

 

「衛宮くん」

 

凛は言った。

 

「今のは忘れていい」

 

「いや……」

 

士郎は小さく首を振った。

 

「たぶん、忘れない方がいいんだと思う」

 

凛は黙った。

セイバーも黙っていた。

スターリンだけが、穏やかな顔で立っている。

 

まるで、最初からその答えを待っていたように。

 

凛は深く息を吐いた。

 

「最悪」

 

「またか」

 

「またよ」

 

凛は玄関の外へ出た。

 

夜気が冷たい。

 

衛宮邸の灯りを背に、四人は教会へ向かう準備を始める。

 

遠坂凛。

衛宮士郎。

セイバー。

そして、アーチャー、ヨシフ・スターリン。

 

奇妙すぎる一行だった。

 

凛は歩き出す前に、スターリンを横目で見た。

 

「いい? 教会では余計なことを言わない」

 

「余計なことの定義は」

 

「私が余計だと思ったら余計」

 

「主観的だな」

 

「今回はそれでいいの」

 

「了解した」

 

「本当に?」

 

「命令は明確ではないが、意図は理解した」

 

「それが一番怖いのよ」

 

スターリンは穏やかに微笑んだ。

 

凛は前を向いた。

 

今夜、士郎は聖杯戦争を知る。

 

セイバーはスターリンという異物を知った。

 

そして凛は、スターリンの言葉が王にすら届くことを知ってしまった。

 

それは武力ではない。

魔力でもない。

 

だが、確かに相手を止める力だった。

 

凛は奥歯を噛んだ。

 

まだ渡さない。

 

勝ち方までは、渡さない。

 

そう自分に言い聞かせながら、遠坂凛は教会へ向かって歩き出した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

Fate/hollow adaptation――異戒の華は冬木に咲く​(作者:りー037)(原作:Fate/)

十年前の冬木。第四次聖杯戦争の裏側で、大聖杯のシステムすら想定し得なかった「致命的なバグ」が産声を上げた。▼魔術師たちの野望と妄執が渦巻く中、地獄のような環境から一人の少女が解放される。▼間桐桜。彼女の足元に広がる「虚数」の影は、マスターを失い世界から消滅するはずだった理外の怪物――あらゆる事象に適応し破壊する『異戒の神将』と奇跡的な融合を果たしていた。


総合評価:3633/評価:8.62/連載:29話/更新日時:2026年06月16日(火) 12:39 小説情報

パ リ ピ 時 臣(作者:融合好き)(原作:Fate/)

信じて送り出した夫がキラキラなギャルにどハマりして夜な夜な怪しげな場所で遊び呆けているなんて…


総合評価:5604/評価:8.55/完結:8話/更新日時:2026年06月03日(水) 06:28 小説情報

せっかくモードレッドに憑依したんだから遠坂凛ちゃん助けちゃおうぜ!(作者:主(ぬし))(原作:Fate/staynight)

 第五次聖杯戦争を舞台とした、言わずと知れた名作『Fate/staynight』。戦争開始前夜、アーチャーとして遠坂凛が召喚したのは、なんと『叛逆の騎士』モードレッドだった。破壊された天井の下、ソファにちょこんと座るモードレッドが頭を抱えて涙目で弱々しく呟く。▼「よくあるやつだこれぇ……」▼ 実は中身は、モードレッド本人ではなく、彼女に憑依した極普通の男子大…


総合評価:6143/評価:8.46/完結:8話/更新日時:2026年06月27日(土) 02:35 小説情報

Fate/stay night [Alter Ego of Calamity] ――理外の双貌 (作者:りー037)(原作:Fate/stay night)

冬木市で行われる魔術師たちの殺し合い『第五次聖杯戦争』。▼必勝を期して最強の剣士(セイバー)を召喚したはずの遠坂凛の前に現れたのは、万能の杯すら鼻で嗤う「呪いの王」両面宿儺だった。▼伏黒恵の肉体(全盛期の力)と、一度敗北を知り丸くなった(?)精神。▼二つの極致を併せ持つアルターエゴにとって、この命懸けの儀式は単なる「暇つぶし」でしかない。▼機嫌を損ねれば即・…


総合評価:3815/評価:8.48/完結:52話/更新日時:2026年06月05日(金) 22:51 小説情報

もしエウリュステウスの側近にヘラクレス並の化物がいたら(作者:名無しのマネモブ)(原作:Fate/)

ただし強いだけのバカである。


総合評価:4614/評価:8.7/連載:51話/更新日時:2026年06月27日(土) 13:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>