美しき敗者たちの特別試験   作:EXTERMINATION

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第3話 綾小路グループの亀裂

男子匿名投票開始前日。

 

たったそれだけの事実が、学校全体の空気を異様なものへ変えていた。

 

廊下を歩けば、女子たちは以前より小さな声で会話をするようになり、

男子たちは無意識にその様子を目で追ってしまう。

 

食堂では、どのテーブルも以前より妙に静かだった。

 

誰もが、周囲の視線を気にしている。

 

誰と話したか。

誰の近くに座ったか。

誰を見たか。

 

それだけで、投票対象への関心として解釈されかねない。

この学校は、たった二日で生徒たちの人間関係をここまで歪めていた。

 

オレは昼休み、いつものようにケヤキモール近くの休憩スペースへ向かった。

 

綾小路グループが集まる場所。

以前なら、そこには緩い空気が流れていた。

 

勉強の話。

娯楽の話。

くだらない雑談。

 

誰もが少しだけ気を抜ける場所だった。

 

だが、今日は違った。

 

空気が重い。

 

目に見えない緊張が張り付いている。

 

長谷部は椅子に座ったまま端末を睨んでいた。

 

明人は腕を組んで苛立ったように貧乏揺すりをし、

愛里は俯いたまま黙っている。

 

幸村だけは比較的冷静だったが、その表情にも疲労が見えた。

 

オレが近づくと、長谷部が顔を上げた。

 

その目には明確な敵意があった。

 

「来たんだ」

「来るなと言われた覚えはない」

「……そういう言い方」

 

長谷部は小さく舌打ちした。

以前なら、ここまで露骨な空気にはならなかっただろう。

 

だが今は違う。

 

彼女は候補者だ。

 

そしてオレは昨日、

 

必要なら切る

 

と言った。

 

それがどれほど長谷部を傷つけたのか、今の空気を見れば十分分かった。

 

「波瑠加、落ち着けって」

 

明人が言う。

 

だが、その声にも苛立ちが混ざっていた。

 

「落ち着けるわけないでしょ」

 

長谷部は強く言った。

 

「昨日からずっと変なんだよ、周り」

 

その言葉に、愛里が小さく肩を震わせた。

 

「教室でもさ、廊下でもさ、男子がこっち見てるの分かるんだよ」

 

長谷部は唇を噛む。

 

「別に今までだって見られてたよ?でも、今は違う」

 

その声は震えていた。

 

「今は、どいつを落とすかって目で見てる」

 

沈黙が落ちる。

 

誰も否定できなかった。

 

実際、その通りだからだ。

 

男子たちはもう、女子をただのクラスメイトとして見られなくなっている。

 

候補者。

評価対象。

風紀リスク。

 

そういうラベルが、視線の中に混ざり始めている。

 

「マジで最低だよな、この試験」

 

明人が吐き捨てる。

 

「身体がどうとか、スタイルがどうとか、

そんなので退学候補にされるとか意味が分からない」

 

長谷部は何も言わなかった。

 

だが、その沈黙が逆に痛かった。

 

学校側の資料には、はっきり書かれていた。

 

高い身体的魅力。

 

その一文が、彼女の中に深く刺さっている。

 

長谷部は、自分から男を誘惑するタイプではない。

 

むしろ距離感は狭い。

 

心を許す相手も少ない。

 

だが、だからこそ男子側が特別視する。

 

学校側はそこを分析していた。

 

「……結局さ」

 

長谷部がぽつりと言った。

 

「私って身体しか見られてなかったんだね」

 

愛里が顔を上げる。

 

「そんなこと……」

「あるでしょ」

 

長谷部は笑った。

 

だが、その笑みは完全に乾いていた。

 

「だって学校がそう言ってるじゃん」

 

誰も言葉を返せなかった。

 

すると幸村が静かに口を開いた。

 

「学校の分析が正しいとは限らない」

「でも、間違ってもないんじゃない?」

 

長谷部の視線が男子側へ向く。

 

「実際、男子ってそういうの見てるんでしょ?」

 

明人が慌てる。

 

「いや、俺らは別に……」

「別に何?」

 

長谷部の声が鋭くなる。

 

「違うって言える?」

 

明人は言葉を失った。

この試験の厄介なところはそこだった。

 

完全な嘘ではない。

 

人間の本音を少しだけ混ぜている。

 

だから誰も強く否定できない。

 

「きよぽんは?」

 

突然、長谷部がこちらを見る。

 

「きよぽんもそう思ってた?」

 

オレは少しだけ沈黙した。

 

この場で適当な慰めを言うことはできる。

 

そんなことないと。

 

気にしすぎだと。

 

だが、それは意味がない。

 

「少なくとも学校側はそう分析している」

 

長谷部の目が冷える。

 

「またそれ」

「感情で否定しても状況は変わらない」

「じゃあ受け入れろって?」

「違う」

 

オレは静かに答えた。

 

「相手の基準を理解しろと言っている」

「……ほんと冷たいね、きよぽん」

 

長谷部はそう言って視線を逸らした。

 

明人が苛立ったように立ち上がる。

 

「いや、でも清隆の言ってることも分かるだろ。

今は冷静に考えないと――」

「冷静?」

 

長谷部が遮る。

 

「男子らはいいよね」

 

空気が止まった。

 

「評価する側だもんね」

「波瑠加、違うって」

「違わないでしょ!」

 

長谷部が机を叩く。

周囲の生徒たちがこちらを見る。

だが今の彼女には、そんな視線を気にする余裕すらなかった。

 

「投票する側じゃん、男子って!誰を残して誰を切るか決める側じゃん!」

 

その言葉は、綾小路グループだけではなく、

学校全体へ向けられた怒りだった。

 

「私たちは勝手に点数つけられて、勝手に比較されて、勝手に危険とか言われて!」

 

長谷部の呼吸が荒くなる。

 

「なのに男子は、選ぶ側なんだ……!」

 

愛里が泣きそうな顔になる。

 

明人も何も言えない。

 

幸村だけが静かに言った。

 

「男子側にもリスクはある」

「でも退学するのは女子じゃん!」

 

その通りだった。

 

男子にも減点はある。

 

だが、根本的な立場は違う。

 

女子は盤上に置かれた駒であり、男子はその駒へ投票する側だ。

 

それがどれほど歪んだ構造か、

長谷部は痛いほど理解してしまっていた。

 

「……最低」

 

長谷部は小さく呟いた。

 

その言葉が誰へ向けられたものなのか、もう分からなかった。

 

学校か。

男子か。

 

それとも、

そんなルールに少しずつ順応し始めている自分自身か。

 

その時だった。

 

「おー、いたいた」

 

軽い声が飛んでくる。

 

橋本だった。

 

その後ろには数人のAクラス男子もいる。

 

「何の用だ」

 

幸村が警戒気味に言う。

 

橋本は肩をすくめた。

 

「いやー、ちょっと情報交換?」

 

その視線が長谷部へ向く。

 

長谷部は露骨に嫌そうな顔をした。

 

「……何」

「いや別に? たださ」

 

橋本は端末をひらひらさせた。

 

「長谷部さん、結構ヤバい順位じゃん」

 

空気が冷えた。

 

「限定依存型、だっけ?」

 

橋本は笑う。

 

「なんか妙にリアルだよなー」

 

明人が立ち上がる。

 

「おまえ……!」

「怒んなって」

 

橋本は笑みを崩さなかった。

 

「でも実際、綾小路グループって妙に距離近いし?」

 

その瞬間、長谷部の顔色が変わった。

 

橋本は続ける。

 

「特に男子側がさ、長谷部さんに妙に甘い空気あるよな」

「やめろ」

 

明人が低く言う。

 

「別に悪口じゃない。学校の分析が正しかったんだなーって話」

 

その言葉は、昨日の山内よりも遥かに悪質だった。

 

橋本は理解している。

 

この試験がどこを刺せば人間を壊せるのか。

 

そして、それを楽しんでいる。

 

「お前……」

 

明人が一歩前へ出る。

 

だが、その前にオレが口を開いた。

 

「情報交換に来たなら、本題を言え」

 

橋本がこちらを見る。

 

「さすが綾小路。話早いね」

 

彼は笑いながら言った。

 

「坂柳が興味持ってる」

「何に」

「この試験で、お前が誰を切るのか」

 

長谷部の肩がわずかに震える。

 

橋本は続けた。

 

「綾小路ってさ、合理性優先だろ?だったら最終的に守れない奴切るよな」

 

その場の空気がさらに重くなる。

 

橋本はわざとやっている。

 

長谷部へ聞かせるために。

 

「例えばさ」

 

橋本は笑った。

 

「綾小路グループって、切り捨て候補多そうじゃね?」

 

明人が本気で殴りかけた。

 

だがオレが止める。

 

「落ち着け」

「だが……!」

「ここで騒げば相手の思う壺だ」

 

橋本は楽しそうに笑っていた。

 

「怖いねぇ、綾小路。でも実際、否定しないんだ?」

 

オレは答えなかった。

 

その沈黙こそが答えになってしまう。

 

長谷部はそれを見ていた。

 

そしてゆっくり立ち上がる。

 

「……もういい」

 

その声は静かだった。

 

だが、完全に冷えていた。

 

「波瑠加ちゃん」

 

愛里が呼び止める。

 

「ごめん、今ちょっと無理」

 

長谷部はそう言って背を向けた。

 

だが去り際、一瞬だけこちらを見る。

 

「きよぽん」

 

その声には怒りよりも、

深い失望があった。

 

「本当に誰も守らないんだね」

 

そう言い残し、彼女はその場を去った。

 

重い沈黙が残る。

 

橋本は肩をすくめた。

 

「いやー、空気悪くしちゃった?」

「帰れ」

 

幸村が冷たく言う。

 

橋本は笑いながら去っていった。

 

その後ろ姿を見ながら、オレは理解していた。

 

試験はまだ始まったばかりだ。

 

だが既に、綾小路グループは壊れ始めている。

 

友情。

信頼。

居場所。

 

そういうものが、異性影響指数という数字一つで簡単に歪められていく。

 

愛里が小さな声で言った。

 

「……どうしてこんなことに」

 

誰も答えられなかった。

 

いや、答えは分かっている。

 

この学校が、人間関係そのものを試験に組み込んだからだ。

 

そしてその時、オレの端末が震えた。

 

新着通知。

 

【男子匿名投票開始まで:12時間】

 

その文字を見た瞬間、オレは静かに理解した。

 

明日から、男子たちは本当に女子を選び始める。

 

誰を残すか。

 

誰を切るか。

 

その瞬間から、この学校の空気はもう二度と元には戻らない。




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