美しき敗者たちの特別試験   作:EXTERMINATION

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第7話 長谷部波瑠加の孤立

長谷部波瑠加の名前が第二位に表示された翌日、

綾小路グループは、もはやグループと呼べる空気ではなくなっていた。

 

以前なら昼休みになれば、誰かが自然に声をかけ、

誰かが適当に返事をし、気づけば五人が同じ場所に集まっていた。

 

そこに明確な約束はなかった。

 

だからこそ居心地がよかった。

 

無理に仲良しを演じる必要もなく、

クラスの中心にいるわけでもなく、かといって完全に孤立しているわけでもない。

 

それぞれが少しずつ不器用で、

少しずつ他人との距離の取り方が下手で、だからこそ偶然できた居場所だった。

 

だが今、その居場所は壊れかけていた。

 

原因は単純だ。

 

長谷部を守ろうとすればするほど、長谷部の危険度が上がる。

かといって距離を置けば、それは見捨てることと同じに見える。

 

どちらを選んでも、グループは傷つく。

 

学校はそういう形で、人間関係そのものを試験の材料に変えていた。

 

昼休み。

 

いつもの休憩スペースには、幸村、明人、愛里が先に来ていた。

 

だが長谷部はいない。

 

彼女がいないだけで、その場の空気はひどく寒々しかった。

 

「……波瑠加、来ないのか」

 

明人が低い声で言う。

 

「朝からあまり話してくれなかった」

 

愛里が俯いたまま答える。

 

「メッセージ送っても、既読だけで……」

 

幸村は端末を見つめていた。

 

表情は硬い。

 

「無理もない」

「無理もないって何だよ」

 

明人が噛みつくように言った。

 

「波瑠加が一番きついんだぞ」

「分かっている」

「分かってんなら何とかしたいだろ!」

 

明人の声が少し大きくなる。

 

周囲の生徒がこちらを見る。

 

幸村は一瞬だけ目を閉じ、声を抑えて言った。

 

「声を荒げるな。今の状況で注目を集めれば、

また彼女の危険度に影響する可能性がある」

 

その一言で、明人は言葉を失った。

 

正しい。

 

あまりにも正しい。

 

だからこそ、腹が立つ。

 

長谷部を心配する言葉すら、彼女を追い詰める要因になり得る。

 

明人は拳を握りしめた。

 

「じゃあ黙って見てろっていうのか?」

「そうは言っていない」

「でもそういうことだろ!」

 

愛里が小さく震える。

 

「やめて……」

 

その声は弱かったが、二人は口を閉じた。

 

オレは少し遅れてその場へ着いた。

 

全員の視線がこちらへ向く。

明人の目には明確な怒りがあった。

 

幸村は警戒。

愛里は不安。

 

そしてそこに、長谷部はいない。

 

「来たか」

 

幸村が短く言った。

 

「波瑠加は?」

「来ていない」

 

明人が吐き捨てるように言う。

 

「お前のせいでな」

「明人」

 

幸村が制止する。

 

だが明人は止まらなかった。

 

「だってそうだろ」

 

彼はオレを睨む。

 

「波瑠加が危ないって分かってたんだろ?

守ろうとすればするほど指数が上がるって予想してたんだろ?」

「予想はしていた」

「だったら何で言わなかった!」

 

昨日と同じ問いだった。

だが、今日は昨日よりも重い。

 

なぜなら、昨日の時点ではまだ怒りだったものが、

今日には亀裂として固定され始めているからだ。

 

「言えばどうなった」

 

オレは静かに返す。

 

「……何?」

「波瑠加にお前を守ろうとするほど危険になると伝えれば、どうなった」

 

明人は言葉に詰まる。

 

「それは……」

「彼女は自分から距離を置いたかもしれない。

あるいは、オレたちが距離を置くことを求めたかもしれない」

 

オレは続ける。

 

「どちらにせよ、グループは壊れる」

「今壊れてるじゃないか!」

 

明人の声が響く。

今度は幸村も止めなかった。

 

「お前は最初からそれが分かってて、何もしなかったんだろ!」

「違う」

「何が違うんだ!」

「何もしなかったんじゃない」

 

オレは明人を見た。

 

「見極めていた」

 

その言葉に、明人の顔が歪んだ。

 

「……最低だな」

 

その反応は当然だった。

人間関係が壊れていく様子を見極める。

その言い方は、感情を持つ人間には冷酷に聞こえる。

だが、この試験では感情だけで動けばさらに悪化する。

 

「清隆」

 

幸村が口を開いた。

 

「俺も聞きたい」

 

彼の声は明人ほど感情的ではない。

 

だが、怒りがないわけではない。

 

「お前は、波瑠加を守るつもりがあるのか?」

 

愛里が顔を上げる。

明人も黙る。

 

全員がオレを見る。

 

その問いは単純だ。

 

そして、単純だからこそ厄介だった。

 

「現時点では、波瑠加を最優先で守るとは決めていない」

 

その瞬間、空気が凍った。

愛里の顔が泣きそうに歪む。

明人は今にも掴みかかりそうだった。

 

幸村ですら、目を伏せた。

 

「……そうか」

 

幸村は低く呟いた。

 

「分かった」

「何が分かったんだよ」

 

明人が言う。

幸村はしばらく黙っていた。

 

そして、苦しそうに言った。

 

「俺たちは、綾小路とは違う」

 

その言葉は静かだった。

だが、明確な線引きだった。

 

「波瑠加を守りたい。少なくとも、そう思っている」

「それが危険度を上げるとしてもか」

 

オレが尋ねると、幸村は目を閉じた。

 

「……それでもだ」

 

幸村は理性的な人間だ。

感情で走るタイプではない。

だからこそ、その答えの重さは大きかった。

 

彼は分かっている。

 

長谷部を庇えば危険度が上がる。

それでも、見捨てることはできない。

 

「それなら、お前たちは覚悟しろ」

 

オレは言った。

 

「守るという行為が、長谷部をさらに追い詰める可能性を」

 

明人が怒鳴る。

 

「だからって見捨てろっていうのか?」

「見捨てるとは言っていない」

「同じだ」

 

その時だった。

 

背後から声がした。

 

「もういいよ」

 

全員が振り向く。

長谷部が立っていた。

いつからそこにいたのかは分からない。

だが、少なくとも今の会話の大部分は聞いていたのだろう。

 

彼女の顔は青白かった。

 

「波瑠加ちゃん……」

 

愛里が立ち上がる。

 

長谷部は小さく首を振った。

 

「来るつもりなかったんだけどさ」

 

彼女は笑った。

 

だが、その笑みは痛々しかった。

 

「やっぱり、来なきゃよかった」

 

誰も言葉を返せない。

 

長谷部はオレを見る。

 

「きよぽん」

「何だ」

「きよぽんの言うこと、たぶん正しいんだと思う」

 

その言葉に、明人が驚いたように振り向く。

 

長谷部は続けた。

 

「私を守ろうとすればするほど危険になる。

だから距離を置いた方がいい。それが一番合理的」

 

彼女の声は震えていた。

 

「でもさ」

 

長谷部は唇を噛む。

 

「それって、私に一人になれってことじゃん」

 

沈黙。

 

「みんなといると危険度が上がる。男子と話すと評価される。

笑えば媚びてるって見られる。黙れば不機嫌って言われる」

 

長谷部の目に涙が浮かぶ。

 

「じゃあどうすればいいの?」

 

誰も答えられない。

 

「ねえ、どうすればいいの?」

 

その問いは、綾小路グループ全員へ向けられていた。

 

「私、別に人気者になりたかったわけじゃない」

 

長谷部の声が震える。

 

「ただ、ここが居心地よかっただけなのに」

 

その言葉は、全員の胸に刺さった。

綾小路グループは、彼女にとって居場所だった。

 

それを学校は限定依存型と名付けた。

 

仲間を、リスクに変えた。

絆を、数値に変えた。

 

「波瑠加」

 

明人が近づこうとする。

だが長谷部は後ずさった。

 

「来ないで」

 

明人の足が止まる。

長谷部は苦しそうに笑う。

 

「だって、また上がるかもしれないじゃん」

 

その一言で、明人は完全に黙った。

 

それは残酷な場面だった。

助けたいのに近づけない。

慰めたいのに触れられない。

 

声をかけることすら、相手を傷つけるかもしれない。

 

学校は、そういう形で人間関係を壊している。

 

「私、しばらく一人でいる」

 

長谷部が言った。

 

「波瑠加ちゃん、それは……」

 

愛里が涙声で言う。

長谷部は首を振る。

 

「お願い。今はそうさせて」

 

そして最後に、彼女はオレを見た。

 

「きよぽんは間違ってないのかもしれない」

 

彼女は静かに言った。

 

「でも、私はあなたのそういうところが嫌い」

 

そう言い残して、長谷部は去っていった。

 

誰も追えなかった。

 

追えば、また彼女を危険にするかもしれないから。

 

長谷部の背中が見えなくなった後も、誰も動かなかった。

 

愛里は泣いていた。

明人は拳を握り締めていた。

幸村は端末を見つめたまま、何も言わなかった。

 

そしてオレは理解していた。

 

この瞬間、綾小路グループは完全に以前の形を失った。

 

壊れたのではない。

 

もっと厄介だ。

 

誰も悪意を持っていないのに、全員が互いを傷つける構造に置かれた。

 

それがこの試験の本質だった。

 

放課後。

 

男子投票の第二回結果が発表された。

 

1位は一之瀬帆波。

2位は長谷部波瑠加。

3位は白石飛鳥。

4位は堀北鈴音。

5位は櫛田桔梗。

 

順位そのものは大きく変わっていない。

だが注目すべきは、長谷部の数値だった。

 

前日よりさらに上昇している。

 

理由は表示されていた。

 

【特定少人数グループ内における情緒的保護行動の増加】

【対象者の孤立傾向に伴う保護欲誘発率上昇】

【対象者への同情的言及増加】

 

長谷部が距離を置こうとしても、それすら危険度を上げていた。

 

守られても危険。

孤立しても危険。

傷ついても危険。

 

彼女が苦しめば苦しむほど、周囲の同情が集まり、

その同情がまた影響力として加算される。

 

「ふざけるなよ……」

 

明人が低く呟いた。

その声には、怒りではなく絶望が混じっていた。

幸村は画面を見つめたまま動かない。

愛里は泣き疲れたように俯いている。

 

オレは表示された数字を見ながら、一つの結論へ近づいていた。

 

長谷部を直接守ることは難しい。

 

だが、長谷部を落とさない方法はある。

 

それは、彼女以上の危険度を持つ対象を作ること。

 

より大きな影響力を示す者を浮上させること。

 

つまり、別の誰かを盤上へ引きずり上げることだった。

 

その時、端末が震える。

 

新たな通知。

 

【次回集計より、非候補者の潜在影響指数も反映対象とする】

 

教室中がざわついた。

 

非候補者。

 

つまり今まで名前が上がっていなかった女子たちも、

次回から正式に危険度計算へ組み込まれる。

 

オレは静かに画面を見た。

 

学校側は、初期候補だけで終わらせるつもりがない。

 

そしておそらく、この通知によって初めて浮上する者がいる。

 

・椎名ひより。

 

・軽井沢恵。

 

・坂柳有栖。

 

初期候補ではなかった、別種の影響力を持つ者たち。

 

長谷部が救われるとすれば、それは誰かが代わりに危険圏へ入る時だ。

 

オレは端末を閉じた。

 

そして、静かに理解する。

 

ここから先は、守る戦いではない。

 

誰を残し、

 

誰を切るかを決める戦いになる。




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