「君もネジキが好きなのか?」
俺がそう尋ねると、隣の少年は腕を組みながら真顔で答えた。
「……推しだ」
その瞬間だった。
「彼女の歌唱力は現代ギアミュージック界でも間違いなくトップクラスだ。特に高音域の伸びと声量が凄まじい。それだけじゃない。作曲センスも非常に優秀で、歌詞の世界観構築能力にも長けている。加えてあの圧倒的なビジュアル的カリスマ性、そして何より――」
「あ、あぁ……」
止まらない。
完全にスイッチが入ってしまった。
どうやらかなり熱心なファンらしい。
「――あと明朗快活な性格! ファンサ精神! ライブパフォーマンス能力! どれを取っても超一流だ!」
「……別にそこまでは聞いてないんだが」
俺は苦笑いを浮かべながら心の中で呟いた。
熱中すると人の話が聞こえなくなるタイプか。
研究者気質というか、オタク気質というか。
「君も……って事は、お前もネジキーパーなのか?」
「……なに? ネジキーパーって」
初耳だ。
そんな単語、原作にあったっけ?
「ネジキのファンネームさ」
なるほど。
現実世界でいうところの、アーティストや配信者のファンの総称みたいなものか。
「まぁそんなところかな」
「よし! じゃあオレがテストしてやろう! 第一問!」
なんか勝手にクイズ大会が始まった。
「ネジキの本名は?」
「七色音色ちゃんだろ?」
ネジキの本名は七色音色(なないろねいろ)。
“音色”の読み方を変えて、“ネジキ”というミュージシャンネームにしている。
「正解!」
少年は勢いよく指を差す。
「じゃあ第二問! ネジキのデビューシングルとなった曲の名前は?」
「『どこまでも届く声』」
「正解!」
またテンションが上がる。
「じゃあ最後の問題! ネジキがライブ前に必ずやってるルーティンは?」
「ドレミの歌を全力で熱唱すること」
「正解ッ!!」
少年は勢いよく立ち上がった。
「君も立派なネジキーパーのようだね!」
いや、別に俺はそこまでじゃ――
「改めて僕の名前は万原秀俊! ヒデって呼んでくれ!」
元気よく手を差し出される。
「えーっと君の名前は……?」
「キョウヤ。常磐城キョウヤだ」
「常磐城キョウヤ……?」
ヒデの目が細くなる。
「聞いたことの無いコマンダーだな」
次の瞬間。
ヒデは左目に装着していた片眼鏡のスイッチを押した。
「HELLO MY HERO!」
『WELCOME BACK HERO!』
電子音声と共に、片眼鏡に青白い光が走る。
出た。
ヒデの自作AI――アインシュタインだ。
原作でも印象的だった。
ヒデが設定した合言葉で起動し、ギアバトルをあらゆる面からサポートする高性能AI。
そしてこいつには、ある特殊能力がある。
「G5を起動して。検索ワードは『常磐城キョウヤ』」
『OK! MY HERO!』
片眼鏡のレンズに高速で文字列が流れ始める。
G5。
ヒデが独自開発した検索エンジンだ。
膨大なデータを収集・分析し、有用な情報を抽出するためのシステム。
数秒後。
ヒデが小さく首を傾げた。
「おかしいな……全然ヒットしない」
その言葉に、俺の心臓がわずかに跳ねる。
「もしかして、ギアシューターとギアフォースを手に入れてまだ間もないのかい?」
「え? あぁ……まぁね」
誤魔化すように曖昧に答える。
だがヒデは納得していない様子だった。
「それにしたって情報が少なすぎる」
片眼鏡に表示されたデータを見ながら、ヒデは呟く。
「データ一致率は21%か……」
一致率。
G5が収集した情報の信頼性を数値化したものだ。
情報源が多く、整合性が取れていれば高い数値になる。
逆に情報が曖昧だったり少ない場合、一致率は下がる。
「ただ……興味深いデータを見つけたよ」
ヒデの口元がニヤリと歪む。
「キョウヤ。君、ここに来る前に歯車廻とギアバトルをしたそうだね?」
「……!」
「敗北はしたものの、互角以上の戦いをした……しかも」
ヒデは片眼鏡を押し上げた。
「歯車廻のギアフォース、“サンライザー”と同等の能力を使ったとか」
思わず息を呑む。
信じられない。
この世界に来てまだ一時間も経っていない。
それなのに。
たったそれだけの短時間で、ここまで情報を集めるなんて。
「あちゃちゃ……データマンヒデ相手に隠し事は出来ないか」
「情報は何物にも勝る武器さ」
ヒデは得意げに語り始めた。
「孫子の兵法にもあるだろ? “彼を知り己を知れば百戦殆うからず”ってね」
いや微妙に違う気もするが。
「敵の能力、戦法、思考パターン……情報があればあるほど勝利は有利になる!」
ヒデは勢いよく人差し指を突き立てる。
「敵のギアフォース能力から、おにぎりの具まで! あらゆる情報が武器になるのさ!」
「いや……おにぎりの具は関係なくないか?」
「そうとも言い切れない!」
ヒデが急に顔を近づけてくる。
近い近い近い。
「人間の趣味嗜好には育った環境や遺伝子が影響する! つまり食文化も立派なデータだ!」
熱量が凄い。
「例えば鮭おにぎりしか食べたことの無い人間は、鮭おにぎりの美味しさしか知らない!」
「いや何の話だよ」
「逆にツナマヨ派は――」
「つーか顔近ぇよお前」
その時だった。
『お集まりのコマンダーの皆さん。本日はギアバトル日本代表予選へご参加いただき、誠にありがとうございます――』
会場にアナウンスが響き渡る。
いつの間にか、開会式が始まっていた。
ステージ中央。
一人の男が壇上へ立っている。
スーツ姿。
穏やかな笑み。
落ち着いた声音。
「あの人……誰だっけ?」
どこかで見覚えがある。
原作で見たはずだ。
なのに、どうしても思い出せない。
だけど。
――思い出さなければならない。
不思議と、そんな予感がした。