「あれは確か…」
大型モニターに映し出された初老の男の姿を見た瞬間、俺の脳裏に微かな違和感が走った。
黒いスーツに身を包み、堂々と観客へ手を振る男。
会場中から歓声が沸き起こる。
「えっ、キョウヤ知らないの? GBAで会長をやってるマサムネ会長だよ?」
隣でヒデが不思議そうな顔をする。
「マサムネ会長…?」
俺は子供の頃に見ていた原作アニメ『遊戯武装ギアフォース』の記憶を辿った。
確か日本代表戦編は、物語でもかなり序盤のストーリーだったはずだ。
なのに。
何かがおかしい。
頭の奥で引っかかるこの違和感。
無視してはいけない何かがある。
「やれやれ…アインシュタイン、検索を頼むぞ。検索ワードは『GBA会長マサムネ』だ」
『OK! MY HERO!』
ヒデのノートパソコンから陽気な電子音声が響く。
直後、空中ホログラムが展開され、大量の情報が高速で流れ始めた。
『一致率99%』
表示と同時に、信頼度の高い情報から順番に画面へ表示されていく。
『マサムネはGBA(GEAR BATTLE ASSOCIATION)の会長である』
『GBAは世界中のギアバトル大会を統括する国際機関である』
『本日行われる日本代表戦にスペシャルゲストとして登場予定』
『かつてはプロコマンダーとして活躍していた』
情報を見ながらヒデが肩を竦めた。
「まさかギアバトルを嗜むコマンダーがGBAのマサムネ会長を知らないなんて…君ホントにコマンダーなの?」
ヒデは呆れたように続ける。
「昔は名のあるコマンダーだったみたいだけど、
――その瞬間だった。
「…ッ!」
全身に電流が走る。
その一言で、止まっていた記憶が一気に繋がった。
思い出した。
中々思い出せなかったはずだ。
アニメ本編でもマサムネ会長がギアバトルする描写は無かった。
だから印象が薄かったんだ。
だが。
これから彼に起こる“結末”だけは、嫌でも思い出してしまった。
俺は思わず身震いする。
その時だった。
『一致率45%』
突然、検索画面の数値が激減する。
「え、なんで!?」
ヒデが目を見開く。
「アインシュタインがハッキングされてるのか!? でも遠隔操作された形跡なんて――な、なんだこれ!?」
ホログラム画面に不気味なノイズが走る。
文字列が歪み、表示内容が崩れていく。
さっきまで表示されていた。
『かつてはプロコマンダーとして活躍していた』
という一文が、跡形もなく消えていた。
「なんで情報が勝手に消えてるんだ…?」
ヒデの声が震える。
情報を武器に戦う人間だからこそ、彼は“あり得ない現象”に弱い。
現実そのものが壊れていく感覚に、明らかに動揺していた。
「これはもしかすると…奴らの歴史改変の影響かもしれない」
「…歴史改変?」
ヒデがゆっくりとこちらを見る。
「本来の歴史を捻じ曲げて、自分達に都合の良い歴史へ書き換えることさ」
「そんな…SF小説じゃないんだぞ!? そんなあり得ない事が出来るわけ――」
「あるんだよ」
俺は低く呟いた。
「そんなあり得ないことを本気でやろうとしてる奴らが…しかも、もうこのグランドアリーナの中に潜り込んでる」
ヒデの表情が強張る。
「さっきから君が言ってる“奴ら”って、一体誰なんだよ?」
可能性は低い。
だが、確認する価値はある。
「ヒデ。G5を使って検索してくれ」
「検索ワードは?」
俺は静かに告げた。
「――クロノギアス」
ヒデがアインシュタインへ視線を向ける。
「クロノギアス…だな? アインシュタイン?」
『OK! MY HERO!』
いつも通り陽気に返答したアインシュタインだったが。
数秒後。
『SORRY…MY HERO…』
電子音声が妙にノイズ混じりに歪んだ。
次の瞬間。
『一致率0%』
空中へ無機質な数字だけが表示される。
「一致率0%…該当データ無し?」
ヒデが困惑したように呟く。
俺は静かに目を細めた。
「やっぱりな…検索したところでヒットするわけがない」
クロノギアス。
奴らは歴史の影から歴史を弄ぶ秘密結社だ。
自分達の存在を知る者。
邪魔になる者。
不都合な歴史。
その全てを、歴史改変によって消し去ってきた。
G5で検索しても情報が出ないのは当然だった。
原作アニメ『遊戯武装ギアフォース』において。
歯車廻率いるライズブレイバーズと熾烈な戦いを繰り広げた、全ての事件の元凶。
それがクロノギアスだ。
このままでは。
マサムネ会長は原作アニメと同じ運命を辿る。
マサムネ会長は――この日本代表戦の最中に。
クロノギアスによって抹殺される。
そして歴史の闇へ葬られる。
「なんとかしなければ…!」
気付けば俺は立ち上がっていた。
いてもたってもいられず、観客席を飛び出す。
「ま、待ってキョウヤ!」
ヒデの声に振り返る。
「君は何者なんだ? 一体何を知っている?」
「言えない」
即答だった。
「どうして?」
俺は少し考える。
だが。
「…言えない」
結局それしか答えが見つからなかった。
「だから! どうしてだって聞いてるんだろ!」
ヒデが珍しく声を荒げる。
当然だ。
もし俺が“外の世界”から来た人間で。
ここがアニメの世界だと説明したところで。
普通なら頭がおかしいと思われるだけだ。
それに。
不用意に自分の正体を明かすことで、自分自身が歴史改変の引き金になる可能性もある。
リスクが高過ぎる。
「もし言える時が来たら言う。だから今は何も聞かずに察してくれ」
「キョウヤ…ど、どこに行くんだ?」
俺は数秒考えた。
だが、それっぽい言い訳が思いつかなかった。
仕方ない。
俺はビシッと指を前へ突きつけ、決め台詞みたいに叫ぶ。
「しょんべん!」
「は?」
ヒデが完全に固まった。
絶対嘘だろ…という顔をしている。
俺に何が出来るかなんて分からない。
でも。
やるしかない。
俺が上手く立ち回れば。
原作アニメで救えなかったあの人を救えるかもしれない。
まずはマサムネ会長の暗殺を阻止しねえと。
マサムネ会長は既に開会式のスピーチを終えている。
恐らく関係者用通路から中へ入れば接触出来るはずだ。
先を急ごう。